さて今回から美空がメインヒロインの越後編がスタートです。
しばらく久遠が全く出なくなるのが本当に悲しいです・・・・・・。
心滅獣身で暴走していたガロを止める手助けをした長尾景虎……美空は不敵な笑みを浮かべて流牙を見つめていた。
「君が……越後の当主、長尾景虎さん……?」
「ええ、そうよ。道外流牙。早速で悪いんだけど、私の城までご同行願うわ。……それから時間をかけて吟味してあげる」
美空は自分の国である越後まで流牙を連れて行こうとした。
詩乃たちはそれを阻止しようと反論しかけたが、流牙は手をかざしてみんなを止め、ゆっくり立ち上がりながら美空を見る。
「えっと……景虎さん」
「通称は美空。美空で良いわよ。禁裏からお許しが出た天下御免の女誑しくん」
「別に好きでそんな名をつけられたつもりはないんだけどな……とりあえず、助けてくれたことに礼を言いたい。ありがとう」
「まぁ良いわ。中々面白いものが見れたからね」
「それで……俺をどうするつもりだ?」
「んー……まだ決めてないわ。どうしよっかなぁ〜……。そうだ。あなたの存在って結構目障りだから、処分しちゃおうかな♪」
流牙を処分すると聞いて一葉や結菜達はギロリと睨みつけて戦闘態勢を取ろうとするが、流牙が手をかざして抑えながら美空に真っ直ぐ視線を向ける。
「そんな事を一欠片も考えてないくせによく言うよ」
「……なんでそう思うのかしら?」
「俺は鎧の暴走……心滅獣身で闇に堕ちていた。一葉達からあのままだと俺が死ぬと聞かされているはずだ。俺を処分したいなら手を出さずに遠くから見ていれば良い。この中で一番価値のある将軍の一葉を救いたいなら一葉を連れてとっとと退散すれば良かったはずだ。それでも出てきて助けたのなら、俺に何らかの利用価値があるからだろ?」
「……ふーん。馬鹿じゃないってことかしら?」
「馬鹿は馬鹿でも大馬鹿かもしれないよ?俺のことを利用するなら好きにしろ。だけど、俺の話を聞いてほしい」
「……話を聞いて、織田に協力しろって私を誑すつもりかしら?」
「誑すつもりなんてないよ。だけど、この国で起きている現状について日の本の国の一つの当主である君と相談したい」
「話、ねぇ……」
「とにかく、今は君について行く。話はそれからだ……」
「分かったわ。でも、あなたの奥さん達が納得してないみたいよ」
流牙の後ろにいた一葉達は勝手に越後に行くと決めた流牙に何か言いたそうにしていた。
「みんな。言いたいことや気持ちは分かる。久遠との合流は遅れるけど、今は越後に行く必要がある。ここは彼女達におとなしく従おう」
流牙は皆を宥めながら説得して行く。
ひとまず流牙の意向で話は進められ、大人しく美空と一緒に越後に向かうことになった。
「ザルバ……久遠は?」
結菜はザルバに久遠が無事かどうか尋ねた。
「どうだ……?」
『……心配するな、無事だ。遠すぎて気配は小さいが、他にも複数の人の気配を感じる』
ザルバの半身で作られた指輪をはめている久遠をちゃんと感じており、結菜は大きなため息を吐いて安心した。
「そう……良かった……」
「連絡は取れないけど、無事を確認出来ただけでも良かったよ」
しかし、久遠との合流はそう簡単に出来なくなってしまい、ザルバと久遠の指輪が唯一の繋がりとなってしまった。
「ほら、ぐずぐずしてないで早く行くわよ!」
「待ってくれ!行く前に……」
急かす美空に流牙は地面に突き刺さった牙狼刀の元に行った。
牙狼刀は既に元の刀の形となっており、流牙は鞘に納めてから魔法衣にしまった。
そして……銀狼の魔戒騎士が地面に刺して置いていった牙狼剣。
「牙狼剣よ……俺は自分の弱さから闇に堕ちてしまった……」
流牙は牙狼剣に語りかけながら柄を握りしめる。
目を閉じて牙狼剣の声に耳を傾けながら誓いを立てる。
「だから俺は、もう一度ここに誓いを立てる。もう二度と、闇に堕ちたりしない。邪悪なる魔獣の魔の手から大切な仲間を守る為に、人々を守る為に、そして……亡き者達の思いを背負って強くなる!!俺は……守りし者。黄金騎士ガロの称号を受け継ぐ者だ!!!」
二度目の絶望で闇に堕ち、仲間のお陰で救われたこの命に報いるために再起の誓いを立てた流牙は牙狼剣を地面から引き抜く事が出来た。
それは牙狼剣が流牙を黄金騎士として認めている証だった。
「ありがとう、牙狼剣……」
牙狼剣は魔戒剣の姿に戻ると、静かに赤い鞘に納めた。
「剣が大剣から直剣に変化した……?へぇー……面白そうじゃない」
姿形を変える牙狼剣を見て興味深そうに見つめる美空だった。
「あぁ……御大将の悪い癖が……」
「あの男も大変だ……」
苦笑いを浮かべる柘榴と後から合流した美空のもう一人の家臣、大きな甲冑を持ち静かな雰囲気の少女、松葉が柘榴に同意していた。
流牙達は生き長らえたものの、多くのものを失いながら大きな敗北を受けた。
そして……美空との出会いが新たな運命を刻むこととなる。
☆
流牙と流牙隊は美空達長尾衆と共に越後へ向かう。
流牙はなんとか動けるが、兵のほとんどが敗走の疲れが溜まっており、体に鞭を打って必死に歩いていた。
その後、船に乗って日本海の荒波を乗り込えてたどり着いたのは越中と越後国境辺りにある海津の湊だった。
船酔いで気分を悪くする者が多かったが、体は休める事が出来、ここからまた歩きになる。
すると、湊の入り口の方が騒がしくなってきた。
「おんたいしょーーーー!」
「……何だありゃ」
「……おっぱいが走ってきます」
「何それ……?」
雫が変なことを言い疑問符を浮かべている流牙はその声に耳を傾けて、目を細めて遠くを見ると……大きな胸を揺らしながら必死に走っている女性の姿が見えた。
「あぁ……そういうことね」
流牙が納得したように苦笑を浮かべ、ひよ子達が自分の胸を触りながら恨めしそうに色々呟いていたが、流牙は何も聞かなかったことにした。
「お、御大将ーーーー!」
「秋子?あなた、どうしてここに?」
その女性……秋子は美空の家臣の一人でここにいることに美空達は驚いていた。
秋子は息を整えながら美空達に何が起きたのか話し始めた。
「か、かすが、やまじょうが、おちました……!」
「……っ!?」
「かすがやま……?」
「春日山です。長尾家の本拠地ですよ」
「美空達の……?どう言うことだ……?」
流牙は目を閉じて耳を傾けながら美空達の話を聞く。
どうやら美空の姉が春日山城を乗っ取ったらしく、場内には空と愛菜と言う美空と秋子にとって大切な子達が人質に取られたらしい。
しかし、難攻不落と言われている春日山城を攻められるとあって美空達は俄然やる気が出ていた。
話が一通り終わったところで流牙は美空達に話しかける。
「なんか大変な事になっているみたいだね」
「ああ、流牙。いたの」
「盗み聞きは趣味悪い」
「悪いね。昔から耳が良いからさ。それより、空って誰?」
「ああ。空は私の娘よ」
美空に娘がいることに驚きで流牙は目をパチクリとさせながら尋ねた。
「娘?美空、結婚していたの?」
「してないわよ!」
「え?じゃあ未婚の母?若いのに大変だったね」
「違うわよ!!男と付き合った事ないし、まだ処女よ!!」
「何もそんな暴露をしなくても……」
「はぁはぁ……く、空は私が養子にしようと思っている子。正式に盃を交わした訳ではないから、まだ本当の娘って言うわけでもないけどね。ちなみに愛菜はここにいる秋子の養子よ」
「あ、そう言う事?」
『と言うか、お嬢ちゃんみたいなキツイ性格の女が嫁だと結婚した男は苦労しそうだな……』
「おおー!指輪さん、分かってるっすねー!御大将、見た目とかはバッチリなんすけど、なかなか嫁の貰い手がいなくて……」
「貰い手よりも先に娘の空様が出来た。夫が出来るのはまだまだ先」
ザルバの呟きに同意し、自分達の大将なのにぶっちゃけた発言をする柘榴と松葉だった。
「あんた達……馬鹿姉の前にぶっ飛ばしてやろうかしらぁっ!!?」
「お、御大将!落ち着いてください!」
散々な言いがかりにブチ切れそうになった美空を秋子が抑えながら小さい声で流牙のことを聞いた。
(と、ところで、こちらの方は、一体どなたなんです?)
(……こいつが例の男。道外流牙よ)
(道外流牙!?あの田楽狭間に舞い降りた天人で黄金の鎧を身に纏う金色の天狼!?はぁ〜……なんか想像と全然違いますね〜……)
(確かに。私も最初、鎧の下にどんな厳つい顔をしているかと思ったら見た目は結構可愛いし。でも、意外と奥手よ。だって……沢山の妻がいるのに一人も手を出してないんですって)
(ええっ!?ほ、本当ですか!?見たところ可愛い子達があんなにいるのに!?)
(一葉様に聞いたら身持ちが固いらしいわよ。全く、ヘタレなのかどうか知らないけど、男としてかなり勿体無いことをしているわね)
(でも、見境なく手を出す男よりは好感が持てますよ?手を出さないのも大切に思っているからでは?)
(さぁ?知り合ってまだ間もないからあいつがどんな男かまだ知らないわ。これからじっくり見定めるわ)
二人がヒソヒソ話をしているのを流牙にはしっかりと耳に届いており、心の中で苦笑いを浮かべながら秋子に近づく。
「えっと……お姉さん、初めまして。俺は道外流牙。これからお世話になるみたいなので、よろしくお願いします」
「お、お姉さんだなんて……えっと……私は直江与兵衛尉秋子景綱と申します。秋子とお呼びください」
「よろしく、秋子さん」
「え、あ、は……はい……」
にっこりと優しい笑みで微笑む流牙に秋子は何故か顔を赤く染めながら頷いた。
「……やれやれ。早速一人誑したのね。スケベじゃないのによくやるわ」
『そう言うなお嬢ちゃん。こいつは素でやっているだけだ。天然といってやれ』
「ザルバ……だっけ?あんたも苦労しているわね」
『いんや、もう慣れた』
「あぁ、そう……」
呆れと諦めたような感情が混ざったザルバの声に美空は同情していた。
「あはは……さて、話を戻すけど、春日山が大変なんだろ?どうするんだ?」
「……んー。ねぇ流牙」
「何?」
「手伝ってみる気……ない?」
流牙を見上げる赫い瞳は牙を隠した龍のように見え隠れしており、流牙はさっきとは違う笑みを浮かべた。
「……ひとまずは保留にして?」
「保留?ふーん……流牙、あなたが見据えている未来に向けて、私に借りを作るのも悪くないんじゃない?」
「一理あるけど、まだ状況が分かってないのにそう簡単に了承できないよ。それに……何を手伝うか明確に言ってないから何をされるか怖いからね」
相変わらず笑顔を浮かべながら美空と交渉する流牙。
場に妙な静けさと緊張感を漂わせており、流牙と美空の背後には狼と龍のオーラが現れて睨みつけているように見えていた。
「……ふん。食えない男」
「食えないか、初めて言われたよ」
美空は流牙達の力を借りられないと知るとすぐに秋子達と現状の整理をする。
どうやら美空の母まで反乱に加わっているらしく、状況はかなり悪かった。
美空は一足先に街の外にある陣へ向かい、流牙達はこれからどうするか柘榴達に尋ねた。
「何すかリュウさん!」
「流牙だって……なんで牙を抜くの?」
何故か柘榴は流牙の事を『リュウ』と呼んでいる。
「あ、失礼しましたっ!柘榴は柿崎景家、通称柘榴っすー!よろしくっすよ、リュウさん!」
「甘粕景持、通称松葉」
「直江与兵衛尉景綱と申します。通称の秋子とお呼びくださいね」
「改めて、道外流牙だ。よろしく。それで、俺たちはどうすればいいんだ?美空に人質として連れてこられたんだけど……こんな状況になったし」
「んー……どうすりゃいいっすか?」
「わ、私に聞くの!?」
「秋子は家老。松葉たちは武将。よろしく」
流牙達の事を丸投げする柘榴と松葉に秋子は頭が痛くなる思いだった。
「都合の良い時だけ家老なんだかもう……。でもどうしてこんな時に、こんな人たちを拾って来ちゃったのかしら、御大将は……」
「リュウさんの金色の鎧もそうっすけど、一番は姿形が変化する剣に興味があったんっすよ、きっと……」
「御大将の趣味……」
「あぁ……そう言う事……」
柘榴と松葉の話に秋子は呆れ果てて大きなため息を吐く。
「牙狼剣を……?」
おもむろに魔法衣から取り出した牙狼剣を見つめながら秋子たちを見ると、柘榴と松葉は少し心配するように警告した。
「リュウさん、御大将はその剣を狙ってますから気をつけた方が良いっすよ!」
「御大将、刀を集めるのが趣味だから……」
「まだ若いのにね……」
「そうなんだ……」
刀を集めるのを趣味にするのは珍しくはなく、牙狼剣を目に付けるのは美空の目は正しいと言えるが……。
「そんな事で連れてこられたのか……」
「あれ?でも牙狼剣は流牙にしか持てないじゃない」
「そうじゃな。あの銀狼の魔戒騎士は……まあ、実体じゃないが魔戒騎士だからこそ持てたようじゃな。それ以外で持てるのはこの世界にはいないだろう」
結菜と一葉が牙狼剣を見ながら言うとそれを聞いた柘榴は興味深そうに牙狼剣を見る。
「そうなんすか?へぇー、もしかして選ばれた者にしか使うことができない!とか、そう言う感じの不思議な力が込められた剣っすか?」
「まさか、そんな神話のような剣があるわけ……」
「え?そうだけど?」
「そうなんですか!?」
ガロの鎧や牙狼剣の変化した姿を見たことない秋子は目を見開くように驚いた。
「柘榴、試しに持ってみる?」
牙狼剣を鞘から抜き、刃の切っ先を地面に向けたまま柘榴の前に持っていく。
「え?良いんすか!よっしゃあ!この神剣を持ってみせるっす!」
「離すよ」
柘榴が目を輝かせながら牙狼剣の柄の辺りを持ち、流牙が手を離した瞬間。
ズドォン!!
牙狼剣がまるで地面に引き寄せられたように突然重くなった。
刃が地面に突き刺さり、柄を持っていた柘榴が地面に撃沈する。
「どわぁあああっ!?な、何すかこれ!?重すぎるっす!!松葉!一緒に持ち上げるっす!!」
「そんなに重いの……?あれ……持ち上がらない……まるで杭で止めているみたいに重い……」
柘榴と松葉の二人掛かりでも持ち上がらない牙狼剣……流牙は悪戯っ子みたいに笑いながら二人の手を退けて羽根を持つように軽々と持ち上げる。
「牙狼剣の刃はこの世界には存在しないソウルメタルと言う特殊な金属で作られていて、普通の人は持ち上げることできないんだ。そして、牙狼剣と魔界に眠るガロの鎧には、何十人と言う先代の黄金騎士の魂が宿っていて、選ばれた継承者にしかこの牙狼剣を扱うことは出来ないんだ」
流牙が持つことによってソウルメタルが羽根のように軽くなっており、牙狼剣を軽やかに回しながら振るい、鞘に納めた。
「そこまで聞くとリュウさんのお家流、かなり規格外っすね……御大将の護法五神も凄いっすけど、あの鎧に三昧耶曼荼羅が効かなかったし……」
「……あれはかなり驚いた」
「お、御大将の三昧耶曼荼羅が!?なるほど……これが金色の天狼と言われる所以ですね」
「いや、その三昧耶曼荼羅を受けた時は鎧の力が暴走してあまり記憶に無いんだけど……ところで話は逸れたけど、とりあえずは一緒に行動すれば良いかな?」
「は、はい。食料もお出ししますので安心してください」
「ありがとう。さてと……それじゃあまた後で」
流牙は秋子たちと別れてその場を後にする。
そして、少し離れたところで陣を引いている松平衆の元へと足を運んだ。
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人の数だけそれぞれの考えや思いがある。
同じ未来を見据えても思いが交わる時もあれば外れる時もある。
次回『道 〜Road〜』
彼は行く、己の心が決めた道を。
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