流牙を救うために一葉達が頑張ります。
そして、今回はビックゲストを出させていただきましたのでお楽しみに。
美濃へと撤退している久遠達。
鬼から必死に逃げている中、久遠は左手薬指にはめているザルバの半身の指輪から一瞬、電気のようなものが流れた感覚が体中に過った。
「っ……!?」
久遠は咄嗟に手袋を外して指輪を見つめた。
カタカタカタ……。
指輪がまるで何かに怯えているように僅かに震えていた。
「ザルバ……何かあったのか……?」
ザルバの半身で作られた指輪は互いに何かあれば強い反応がある。
久遠の指にはめられている指輪はただ震えているだけだが、それが久遠の不安が大きくなったいく。
「流牙……結菜……」
久遠の脳裏に浮かぶのは大切な二人の姿……久遠は指輪を額に押し付けて祈るように強く願った。
「頼む……みんな、無事でいてくれ……」
少女の儚くも強い願い……その願いが天に昇り、銀の光が輝き、空を駆け抜ける。
☆
『「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーッ!!!」』
結菜と詩乃と一葉は流牙とガロの鎧に起きた変化に最初は呆然としたが、すぐにそれが何なのか思い出した。
それはザルバが話していた魔戒騎士の闇……全てを破壊する暴走の獣、牙狼・心滅獣身。
ザルバは流牙が心滅で闇に堕ちないよう久遠や結菜達に頼んでいた。
しかし、そんな思いとは裏腹に流牙の命の危機から鎧装着の制限時間である99.9秒を過ぎてしまい、心滅が発動してしまった。
『「グォオオオオオオオオオッ!!」』
流牙は獣のように吼え、鋭い殺気を放つ瞳で鬼を睨みつけた。
もはや視線だけで殺せそうなその瞳に鬼達は理屈抜きで恐れ、体から震えが止まらなかった。
流牙は動けなかった鬼達に向けて巨大化した鎧の腕で振り払った。
グシャッ!!
横に腕で振り払う……ただそれだけの行動だった。
しかし、その一振りで数十体の鬼の体はいとも簡単に引き裂かれてしまった。
幾つものの突き出た刃を持つ腕には鬼の頭部や胴体が無残にも突き刺さっていた。
今までよりも圧倒的過ぎるその力に鬼だけでなく流牙と共に戦う人も言葉を失ってしまうほどだった。
『「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」』
再び咆哮を上げた流牙は心滅獣身となったガロの力を駆使して鬼を滅ぼしていく。
鬼の爪よりも鋭く大きな両腕をがむしゃらに振るい、近づく鬼を次々と引き裂いていき、その穢れた血が鎧の金色を赤く染めていく。
背中の龍のような尻尾が一気に伸びて別の意思を持つかのように俊敏に動き、鬼を次々と数珠繋ぎのように串刺しにしてから叩き落とし、更に追い討ちをかけるように足で踏み潰していく。
相手が鬼とはいえ、まるでこの世のものとは思えない生地獄のような悍ましい光景だった。
殺戮、蹂躙、殲滅……もはや誇り高き守りし者である魔戒騎士の戦いでない、一方的な滅びだった。
『結、菜……一、葉……詩、乃……』
「っ!?ザルバ!!」
ガロの左手の鎧に装着されているザルバが苦しそうな声で結菜達に呼びかける。
ザルバは心滅獣身となったガロに少しずつ呑み込まれていた。
『早く……鎧を解除、してくれ……流牙が鎧に喰われちまう……』
心滅獣身は強大な力で暴走する対価として装着者の魔戒騎士の肉体と魂が鎧に喰われてしまう。
こうしている間にも流牙の肉体と魂がガロの鎧に少しずつ喰われていっている。
流牙を鎧から解き放つ方法はただ一つ。
それは回転して逆三角形となった腰のエンブレムを『魔戒剣』で突くことだ。
しかし、心滅獣身で暴走する破壊の化身となっているガロの懐に潜り、エンブレムを突くことは並大抵のことでは出来ない。
そして何よりこの世界には流牙以外の魔戒騎士が存在しない。
このままでは流牙は鎧に喰われて死んでしまうが、唯一魔戒剣を『召喚』できる者がいる。
「余だけしか流牙を救えんか……」
一葉のお家流、三千世界……実在や空想を関係なく刀を召喚することができる。
つまり、本来なら魔戒騎士にしか使えないソウルメタル製の剣である魔戒剣を振るうことは出来ないが、召喚して一時的に操ることが出来る。
しかし、一つ問題がある。
魔戒剣を召喚する際には通常の三千世界よりも一葉の魂が大きく疲労し、一日に一度しか使えない。
もし仮に三千世界で魔戒剣を呼び出してガロの腰のエンブレムを突こうとしても周囲にはまだ大量の鬼が存在している。
更には暴走している流牙とガロがそう簡単にエンブレムを突かしてくれるはずがない。
一度しかないチャンス……それを確実に決めるには鬼を全て排除し、流牙とガロの動きを封じなくてはならない。
「心苦しいですが、ご主人様を……今のガロを一時的に止める手があります!発動には多少の時間がかかってしまいますが……」
それは鬼を一気に倒すために温存していた小波のもう一つのお家流だった。
「流牙の目眩しと小波の時間を稼ぐなら私の雷閃胡蝶でやるわ!」
「鞠も!鞠も結菜と頑張るの!」
中距離のお家流である雷閃胡蝶と疾風烈風砕雷矢で目眩しと注意を引きつける役目を結菜と鞠が受ける。
時間がないので簡単な作戦しか立てられなかったが、これしか方法はない。
小夜叉や綾那達も流牙を止める為に動きたかったが、下手に近づくとソウルメタルに触れただけで皮膚が引き裂かれ、鬼以上の力を持つガロに人の身で対抗出来るわけないと今回は大人しく下がった。
一葉達は早速作戦を開始しようとしたその時、一つの影が近づいてきた。
「不穏な気配を感じると思ったら……何なのよ、あの金色の化け物は」
それは結菜達も知らない勝気な態度をした少女だった。
そして、一葉と幽はその少女のことを知っていた。
「……やれやれ。誰が来たのかと思いきや」
「あはっ……」
「長尾景虎。久しいな、美空」
その少女は越後の龍と呼ばれる越後の当主、長尾景虎だった。
「ええ。お久しぶりね、一葉様」
「挨拶はいい。何をしに来た?」
「あなた達のご主人様、天人様を見に来たんだけど……何処にいるのかしら?」
「……あそこで暴れている金色の狼の中にいる」
「あの中に……?柘榴!」
景虎は一緒に来ていた家臣である柘榴を呼んだ。
「お側に居るっす!って、何すかあの化け物!?」
「知らないわよ。あれが金色の天狼らしいんだけど、あんな化け物だって聞いてた?」
「いやいや、あんなに大きいはずはないっすよ!!」
「流牙は今、鎧の力が暴走しているのじゃ!早くしないと死んでしまう!邪魔するなら黙っておれ!!」
「ふーん……まあ何が起きているか知らないけど、今死なれると困るのよね。いいわ、手伝ってあげるわ」
「そうか。それなら流牙の周りにいる鬼を頼む!急ぎでな!」
「はいはい、お任せあれ。鬼を皆殺しにしてあげるわ!」
景虎は目を閉じて腕を組むとその身に白い気を纏う。
「ふふっ、さぁ派手にぶちかますわよーっ♪おいで!私の妹たち!」
美空の周囲に様々な姿をした戦装束を身に纏った少女達が顕現した。
それは毘沙門天の加護を受けた景虎が現世に護法五神と呼ばれる仏教の守護神を召喚するお家流である。
多聞天、持国天、広目天、増長天……そして、その長、帝釈天。
「帝釈、ごめんねー。初のお披露目だから派手に行きたくって」
片目を瞑り、戯けた様子で謝る景虎に帝釈と呼ばれた少女は重々しく頷きを返す。
「さぁみんな!日の本の法を守る神として、異形の者どもを皆殺しにしてあげましょ♪さぁお行きなさい!私の可愛い妹たち!」
景虎の言葉と同時に戦装束に身を包んだ護法五神の少女達は光の如く駆け抜け、鬼を瞬殺していく。
「んー……数が多いわねー。時間も無さそうだし、めんどくさいから纏めて殺っちゃおっか」
そんな景虎の呟きに呼応するように、護法五神の光は鬼を囲むように移動した。
そして、護法五神で地面に光を描いて繋ぎ、星の形をした五芒星を描いた。
「三昧耶曼荼羅!!!」
景虎の声を発すると同時に五芒星から強烈な浄化の光が天に向かって輝いた。
浄化の光に鬼達は一瞬にして蒸発した。
「……ふぅ。久しぶりに気持ちよく三昧耶曼荼羅をぶっ放したわね。さーて、鬼は全滅したし、あの狼さんも……」
鬼は確かに全滅したが、三昧耶曼荼羅の中心にいた流牙……牙狼・心滅獣身は……。
『「ゴォオオオ……」』
「えっ……?」
流牙は膝をついて腰を下ろし、巨大な両腕で顔や体を隠して防御の体勢を取っていた。
そして、静かに腕を下ろし、橙色の瞳がギラリと鋭く輝いて立ち上がり、再び咆哮を轟かせる。
『「グォオオオオオオオオオオオオオオオーーーッ!!!」』
多少は手加減していたとはいえ、三昧耶曼荼羅の浄化の光が通用しないことに景虎は目を疑い、彼女の元に戻っていた帝釈天たち護法五神も驚いている様子だった。
「う、嘘でしょ……?帝釈たちの三昧耶曼荼羅が効かないって言うの……?なんでデタラメな鎧……」
「御大将の三昧耶曼荼羅が効かないっす!?どうやってあんなの止めるんっすか!?」
「いいや、美空のお陰で鬼は全滅した。後は余らに任せろ。結菜、鞠、小波、行くぞ!!」
「はい!」
「うん!」
「はっ!」
美空と護法五神のお陰で鬼は全滅し、これで鬼の心配をせずに流牙を解き放つための作戦を始められる。
結菜と鞠は精神を集中して気を高め、青白い電光と桃色の気が爆発する。
「行くわよ、鞠ちゃん!」
「了解なの、結菜!」
「舞い踊れ!雷閃胡蝶!!!」
「うにゃー!疾風烈風砕雷矢!!!」
雷の胡蝶と気の光弾が流牙の周りに飛び、顔を中心に当てて爆発し、目眩しをする。
その間に両手で印を結んで気を高めていた小波は呪文を唱え始める。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!伊賀流奥義!妙見菩薩掌!!」
小波が声をあげると同時に、練りに練りこまれた小波の気が一気に爆発した。
「来い!北辰より出でて邪悪を打ち祓う、妙見菩薩が慈悲の手よ!」
小波の叫びと共に天空から巨大な手……妙見菩薩の手が召喚され、そのまま暴れているガロを押さえつけた。
『「ゴォオオオオオッ!?」』
本来なら巨大な拳で敵を叩き潰す妙見菩薩掌で背中から強く抑えられ、強大な力を持つ心滅獣身でさえ簡単に振り払うことが出来なかった。
そして、ガロの腰のエンブレムが露わとなっており、今なら魔戒剣で突くことができる。
「一葉様、今です!!」
「任せろ!!」
一葉は愛刀を掲げ、精神を集中させて己の魂を三千大千世界と繋げる。
「古の時代より人々を守りし、名も無き騎士達の剣よ、ここに集え!!」
一葉の思いに応え、周りに沢山の魔戒剣が現れる。
それは黄金騎士や名のある騎士達のように実績を持つ騎士の剣ではないが、ホラーの魔の手から人々を守る為に戦ってきた紛れも無い誇り高き勇者達の剣である。
「そして……」
天から一筋の銀色の光が滑空するように舞い降り、一葉の前で止まった。
暴走する金色の天狼を止めるべく、銀色に輝く狼のオーラが現れ、オーラが消えると同時に二つの剣が姿を現わす。
「黄金と対を成す白銀の光……暗闇に輝く二つの銀の牙……『銀狼剣』!!!」
一葉の前に現れたのは牙狼剣と対を成すような二振りの白銀の双剣だった。
「流牙を……心優しき黄金騎士を闇から解き放て!!」
魔戒剣と銀狼剣が流牙に向かって一斉に飛ぶ。
ガロは魔戒剣が飛んでくる直前に無理やり妙見菩薩掌を振り払い、飛んできた魔戒剣を両腕で薙ぎ払って行く。
振り払われた魔戒剣は次々と霧となって消えて行き、これでは流牙を救えないと一葉達が絶望する中……銀狼剣から銀色の輝きが放たれると人の形をしたオーラが現れる。
銀色のオーラが形を成すと、そこにいたのは銀色の鎧に身を包んだ魔戒騎士だった。
「銀狼の魔戒騎士……」
銀狼の魔戒騎士……黄金騎士と負けず劣らずの勇ましさと美しさを持っていた。
銀狼の魔戒騎士は銀狼剣を手の中で曲芸のような剣を巧みに回転させる鮮やかな動作をして双剣の二つの刃を交差させる。
そして、銀狼の魔戒騎士はガロに突撃して銀狼剣を振り下ろした。
黄金の爪と銀狼剣がぶつかり合い、金色と銀色の火花が激しく散る。
心滅獣身で暴走しているガロを相手に一歩も引かず、それどころか対等以上に渡り合っている銀狼の魔戒騎士の実力に一葉達は驚きで口が塞がらない。
銀色の魔戒騎士はガロの両腕の爪を銀狼剣で受け止め、器用な手先で銀狼剣を操り、銀狼剣の刃をガロの手の甲を突き刺した。
更にそこから刃を地面に突き刺し、杭として打ち込んで動けなくした。
ガロを動けなくした銀狼の魔戒騎士は流牙が落とした牙狼剣の元まで下がり、牙狼剣を持ち上げて構える。
『目を覚ませ!黄金騎士よ!!』
地を蹴って駆け抜け、牙狼剣を前に突き出してガロに一直線で飛んだ。
銀狼剣に両手を地面に打ち込まれ、動けなくなっているガロは銀狼の魔戒騎士に懐に潜り込まれてしまう。
そして……。
ギィン!!!
牙狼剣がガロのエンブレムを突き、ガロの動きが止まった。
銀狼の魔戒騎士は銀狼剣をガロの両手から抜くと、ガロは金色の輝きを放ち、心滅獣身で巨大化した鎧が小さくなり、元の大きさに戻る。
エンブレムを魔戒剣で突いたことで鎧が流牙から強制解除され、魔界に送還される。
鎧から解き放たれた流牙はその場に横たわり、一葉達は流牙に駆け寄った。
「流牙!流牙ぁっ!!」
「うっ……ううっ……?一葉、みんな……?」
「良かった……無事のようじゃな……」
流牙が目を覚まし、安心する一葉達。
何が起きたのか分からず呆然とする流牙だが、自分が心滅獣身を起こしてしまったことを思い出し、顔を真っ青にして体が震えだす。
「俺は……俺は……」
「大丈夫。あなたは……ガロは一人も人を殺していない。鬼を倒しただけよ」
「そうか……良かった……」
心滅獣身で暴走していたとはいえ、奇跡的に人を一人も殺していないことに流牙は心の底から安心した。
そして、心滅獣身から自分を解き放ってくれた張本人である銀狼の魔戒騎士を思い出し、ハッと顔を上げて目を向けた。
初めて見る銀色に輝く鎧に流牙は目を奪われながら静かに口を開いた。
「あなたは……?」
名前を聞き、感謝の言葉を言おうとした流牙だが、それよりも先に銀狼の魔戒騎士は持っていた牙狼剣を地面に突き刺さし、背を向けて静かに歩いて行く。
『強くなれ。新たな時代の黄金騎士よ。あいつらのようにな……』
銀狼の魔戒騎士は流牙にそう言葉を残し、銀狼剣と共に霧となって消滅していった。
「ザルバ……今の人……」
『残念だが覚えがない。だが……とても懐かしい感じがした』
ザルバは銀狼の魔戒騎士の事は記憶にないが、己の魂が懐かしいと言っていた。
流牙は銀狼の魔戒騎士の言葉……『強くなれ』を胸に秘めて自分の胸元を強く握り締める。
「へぇー。あの凶暴な鎧を脱いでどんな男が出ると思ったら中々の可愛い顔をしているじゃない」
景虎は流牙の素顔を見てニヤリと笑みを浮かべて近づいた。
「君は……?」
「私は長尾景虎。通称美空よ。初めまして……金色の天狼、道外流牙殿」
これが流牙と景虎……美空との最初の出会いだった。
そして、それが同時に久遠との一時の長い別れを意味していた。
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それは愛の強い娘。
想いが深く、優しき心で愛する皆を照らす。
然れど、己が敵には容赦無き刃を向ける。
次回『龍 〜Miku〜』
流と龍の未来への対話が始まる。
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