牙狼 〈GARO〉 -戦国ノ希望-   作:鳳凰白蓮

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個人的なことですがザルバのシールドバージョンを買うために必死に貯金しています。
六万もするからかなり高い買い物です(笑)
さて今回は流牙がまたもや女難に巻き込まれます。
梅ちゃんは面白くて行動力があるからいいんですよね。


『降 〜Advent〜』

久遠達は観音寺城を攻め落とし、先に進入していた流牙達と合流した。

 

観音寺城は城主が逃げて抵抗が少なかったことと森一家の活躍で難なく攻め落とすことができた。

 

「それに、お前と結菜が放った雷の狼……あれで敵は大分怯えていたみたいだ」

 

「ああ……やっぱりか……」

 

流牙は間接的に戦に関わってしまったことに消沈してしまったが、過ぎてしまったことは仕方ないのでひとまず抑えた。

 

「あ、実は進入した時に女の子を一人保護したんだ」

 

「女の子だと……?」

 

「外傷はないから多分雷で驚いて意識を失ったみたいで。他の人はいなかったーー」

 

「こんの色情魔ぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」

 

「うおっと!?」

 

突然飛び蹴りで流牙を襲ってきたのは保護した少女で、流牙は体を捻って回避した。

 

「んべっ!?」

 

少女は流牙に蹴りが当たらないままを地面に直撃した。

 

「流牙、こやつか?」

 

「あぁ……」

 

「デアルカ」

 

少女は勢い良く起き上がると流牙に指を差し怒声を飛ばす。

 

「ちょっとそこのあなた!このわたくしを穢した責任、どう取ってくださるのですっ!」

 

「いやいや、そんな事をしてないから」

 

「そんなの信じられませんわ!いまここで貴方を……」

 

「おい、何を揉めている……」

 

流牙と少女が言い合っている間にに久遠が仲介に入る。

 

「ちょっとあなた!いきなり入ってこないでくださいまし!何者ですか?」

 

「我が名は織田上総介久遠信長だ!」

 

「……………………え?」

 

少女は口をポカンとあけ、電池の切れた人形のように動かなくなってしまった。

 

「どうしたの?」

 

流牙は少女の目線の前で手を振り問いかけると、いきなり動き出して久遠に跪く。

 

少女の名は蒲生忠三朗賦秀、通称は梅。

 

六角家家老蒲生賢秀が三女で六角家の大黒柱と呼ばれる蒲生の娘で久遠に憧れていた。

 

久遠は流牙の誤解を解くために梅に話しかける。

 

「梅とやら」

 

「は、はひぅ!」

 

「なにやらこの男に色々な事をやられたと言っておるが、状況から見れば、貴様の勘違いだと思うのだ。我はこの男を良く知っておる。誰にでも優しく、困っている者がいれば手を貸し、そして邪悪なる存在から己の命をかけて人を守る……言うなればお人好しな男だ。それに、こやつは俺の夫であるのだからな」

 

「お、夫?久遠さまのっ!?」

 

「そうだ。貴様も聞いた事があるだろう?織田久遠の夫である、田楽狭間の―――」

 

「田楽狭間の天上人っ!?こいつがっ!?」

 

「そうだ。梅がここにいるのは何故なのか、事の次第を説明してやれ。流牙」

 

「ああ」

 

久遠に促され、流牙は小波や鞠の助けを借りつつ、梅を保護した経緯を説明した。

 

「勘違いですのね。……良かった。では、あの雷はこの男が?」

 

「正確には我が妻、帰蝶のお家流を流牙が受け止め、誤ってこちらに飛ばしてしまったのだ」

 

「き、帰蝶様とはあの斎藤のですか……?あの時の雷は音と光があまりにも激しく、私は驚いて意識を失いました。他の方が見当たらないとなると、多分あの雷が神の祟りと思って逃げ出したのだと思いますわ」

 

「じゃあ他に怪我人とかいない訳だな。よかった……」

 

流牙はあの雷で被害者がいないことを知ると安心した。

 

「さて、梅よ……」

 

「は、はい!」

 

「貴様さえ良ければ、織田の者にならんか?」

 

「なります!」

 

「おお、即答だね」

 

即答で久遠の配下に降ったことに流牙は少し驚いた。

 

「ちょっとそこの人、うるさいですわよ?わたくし、ずっと織田家に。いいえ、久遠さまに憧れていましたの、この乱世に舞い降りた、革命の戦士。古き習慣に縛られず、どんなことにも次々と挑戦していくその姿は、まさに英雄!墨俣に一夜城を築いた方法など、因循な年寄り達には思いつくことさえ出来なかったでしょう!その久遠さまに直々に、ご勧誘されるなんて!この蒲生梅、命を賭しても久遠さまにお仕え致しますわ!」

 

「我らは貴様を歓迎しよう。梅、励め」

 

「はっ!有り難き幸せでございます!」

 

「うむ。……流牙、こやつの世話をせい」

 

「えーーーーーーーーーーっ!!」

 

「俺の部隊で?いいよ」

 

「何あっさり了承しているんですか!?久遠さまっ!わたくしの貞操を、こんなケダモノに捧げろとっ!?」

 

「ケダモノって……まあ、狼の鎧を纏ってるから間違ってはないけど、君の貞操を捧げなくていいからね」

 

「方針は変わらん。梅、我の夫をよろしく頼むぞ?」

 

「は、はぁ……」

 

久遠に言われ、梅は渋々といった調子で頷いたが流牙を睨みつけていた。

 

「それで、久遠。観音寺城を落として次はどうするんだ?」

 

「壬月たちの到着を待つ。恐らく数日は掛かるだろうが……その後、京に入るつもりだ」

 

「了解。なあ……俺たちが先行して、京の内部を探っておこうか?」

 

「いや、麦穂たちに任せておけば良い。……貴様も少し休め」

 

「そう?分かったよ。久遠もしっかり休んどけよ。これから忙しくなるからな」

 

「ああ。あの……流牙……」

 

「あ、そうだ。久遠、今夜空いてる?」

 

「今夜?うむ……大丈夫だぞ」

 

「久遠にどうしても聞かせたいものがあるからさ」

 

「聞かせたい……そうか、分かった!待っておるぞ!」

 

「ああ、楽しみに待っていてね」

 

流牙は久遠の頭を撫でると、久遠は笑みを浮かべてその場を後にした。

 

その後、流牙隊で新しく仲間になった小波と梅の歓迎会を開くことになった。

 

結菜とエーリカも一緒に参加することになり、みんなで鍋を囲いながら歓迎会を始めた。

 

小波を呼んで一緒に食べようと誘った時は酷く驚いていたが、身分の差を考えない流隊の方針に従って一緒に食べる。

 

食事が終わるとエーリカは梅に鬼の話をする。

 

「……なるほど。久遠さまとエーリカさんは、その鬼を操るという者を追って越前まで……」

 

「はい。先に京で足利将軍達を松永・三好の包囲からお救いした後、近江の浅井さまと合流して越前を攻める事になります」

 

「梅は鬼のこと知ってるのか?」

 

「噂くらいは聞いた事もありますけど、まだ実際に見たことはありませんわ。この辺りでは、報告もそう多くはありませんでしたし……」

 

「恐らくここでは見つかる鬼は北近江経由ではなく、近江の西側……若狭を経由して回りこんできたのでしょう」

 

この辺りは琵琶湖の南側で、眞琴や市達のいる小谷城が越前からも防壁になっており、鬼が流れてきたのだろう。

 

「そうですわね。鬼の報告は、観音寺城よりも西からの方が多いはずですわ、それにしても、でうすの教えに逆らうだけでなく、日の本の女性を辱め、そんなおぞましい企みに利用するだなんて……断じて許すわけには参りませんわ」

 

「お手伝いいただけますか?」

 

「もちろんですわ!この蒲生忠三郎がお手伝いするからには、大船に乗った気でいてくださいまい!」

 

「は、はぁ……」

 

「まあ、あなたが倒せるような相手ですから、このわたくしにかかれば、ひとひねりですけれど!」

 

「……魔獣を侮るな、梅」

 

流牙は声のトーンを低くし、鬼に対して油断している梅に対し、鋭い視線で睨みつけた。

 

「な、何ですの、いきなり……」

 

「もう一度言う。魔獣を侮るな。油断していたら足元を掬われる。すぐにその身と魂を食い殺されるぞ……」

 

魔戒騎士として鬼を相手に油断している梅に警告をする。

 

「は、はん!そう言って私を脅かそうとしても無駄ですわよ!」

 

「奴らは人の命と未来を奪う存在だ……二度と油断すーー痛ぁっ!!?」

 

隣にいた結菜に扇子で思いっきり叩かれ、流牙は軽く撃沈した。

 

「全く……いきなり流牙隊の頭から魔戒騎士の道外流牙にならないでよ。みんな怖がってるじゃない」

 

いつも穏やかな流牙が突然鋭い刃のような性格になり、結菜以外のみんなは軽く怖がっていた。

 

「で、でも、鬼は危険な存在だからその事を……」

 

「お黙りなさい。あんまり女の子を怖がらせると……雷閃胡蝶を放つわよ?」

 

「はい……」

 

ニッコリと笑顔で体からバチバチと紫電を迸らせる結菜に流牙は頷くしかなかった。

 

「おーい、流牙ー!鬼ぶっ殺しに行こうぜー!」

 

「小夜叉?」

 

そこにまるでこれから遊びに行く子供のようにノリノリな感じで小夜叉がやって来た。

 

「鬼がいたのか?」

 

「むぐむぐ……おう。偵察に出したウチの若い衆が見つけたんだよ」

 

鍋に残っていた雑炊を掻きこみながらの小夜叉の説明を聞いた。

 

梅から鬼は少ないと聞いたばかりだったので一同は言葉を失っていた。

 

「それはもしかして、城の北側ですか?」

 

「や、違うけど、どうかしたのか?」

 

どうやら眞琴たちのいる北近江から入ってきた鬼達ではないようだった。

 

「それで、敵の規模は?」

 

「この城の西の方と、南よりにもう一隊。むぐむぐ……西の方は十匹ちょいで、南側は数匹ってとこらしい」

 

「流牙殿、でしたら、私達は……」

 

「俺達は南側ってことだな」

 

「えっ?」

 

「ああ、雑魚はいちいち回るのはめんどくせーから、流牙に殺させてやる」

 

「あの……すいません」

 

「なんだ?この変な髪の奴」

 

「エーリカだよ。久遠の客将だ」

 

小夜叉は評定に出てなかったのでエーリカとは面識がなかった。

 

「我が名はルイス・エーリカ・フロイス。ポルトゥス・カレという異国より、参りました。天守教の司祭です。日の本での名は、明智十兵衛と申します」

 

「オレは森長可。通称は小夜叉だ。……で、何だって?」

 

「あなた方の隊はどれだけの戦力があるのですか?」

 

「?オレと母の二人だけど?」

 

「たった二人で、十体以上もの鬼を……!?流牙殿。でしたら数に優れる我々が敵の数が多い方を……」

 

「……流牙」

 

「ああ、わかってるよ小夜叉。エーリカは事情とか知らないから抑えてくれ。エーリカ。桐琴さんや小夜叉は強い。二人だけで多くの鬼を狩っていたからな」

 

エーリカに怒鳴り散らそうとした小夜叉を宥めながら流牙は説明する。

 

「お二人だけで鬼狩りを!?」

 

「おうよ!あんな奴ら、私と母だけでぶち殺してやるよ!むぐむぐ……」

 

「あの小夜叉ちゃん?おかわりは?」

 

「あんまり食べ過ぎると動けなくなるからな。雑炊美味かったよ。ご馳走さん!」

 

「あ……おそまつさまでした」

 

「じゃ、オレ達は先に行くぜ。場所はウチの若い奴に案内させるから、ちょっと待ってろ」

 

「了解。それまでに準備をしとく」

 

「せいぜいしくじるなよ、流牙」

 

「そっちも油断しないでね」

 

「たりめーだ。こんなの準備運動にもなりゃしねえ」

 

ニヤリという、不敵……否、神をも恐れぬ笑顔を一つ残して、小夜叉は大股で去って行った。

 

「そんなにお強いのですか?あの小夜叉という方と、そのもう一人は」

 

「……強いよ。その内見ることになるから」

 

「でうすに逆らう不浄の者達を許すわけには参りません。このわたくしが成敗してあげます」

 

鬼狩りに梅が参加の意思を示し、流牙は鬼狩りに向かうメンバーを考える。

 

「わかった。あとは鬼との戦いに慣れている俺とエーリカと……」

 

「鞠も行くの!鞠は流牙の護衛なの!」

 

「なら私も参ります。私は流牙様の草ですから」

 

鞠と小波が手を挙げ、流牙は少し考えてから答える。

 

「……鬼との戦いを知るに良い機会か。よし、詩乃はここから小波のお家流で指示を出してくれ」

 

「御意」

 

「みんな、気をつけてね」

 

「ありがとう、結菜。みんな、行くぞ!」

 

出発の準備を整え、流牙達は案内役の森兵と共に向かったのは観音寺城の南にある小高い丘の上。

 

「……道外殿。あそこです」

 

警戒に残っていた森衆が指した先には、いくつかの巨大な影が草原をゆっくりと進んでいるのが見えた。

 

小夜叉は数匹と言っていたが、どうやら途中で増援した様子だった。

 

「いるな……近くに人は?」

 

「あと半刻ほど進めば、小さな村が……。とりあえず、途中で数体合流して増えましたが、それからは増える気配はありません。あれで全部でさ」

 

「あれが……」

 

「百鬼夜行みたいなの……」

 

鬼がぞろぞろと群れをなして不気味に歩いていた。

 

まさに妖怪が夜に歩き回る百鬼夜行そのものだ。

 

「なら今のうちに片付けよう。もう一度作戦を確認するぞ。鞠、小波、梅は鬼とは初めて戦うよな?」

 

「でも、あんな奴らになんかに負けないの!」

 

「さっき梅にも言ったけど、油断は禁物だ。今回は俺とエーリカを主体で戦う。だから三人は戦い方を先に覚えてくれ」

 

「……鞠は流牙の護衛なの」

 

「差し出がましいようですが、自分もです」

 

「だからだ。今日の戦いで鬼との戦い方を身につければこれからの鬼の戦いで俺を守れるだろ?それに、俺は大切な仲間を失いたくない。わかってくれるな?」

 

「……分かったの」

 

「承知いたしました」

 

二人はそれでも不満そうだが、流牙の説得で渋々ながらも頷いてくれた。

 

「梅もいいな?」

 

「分かっています。……どうしてわたくしだけ改めて聞くんですの?」

 

「俺は梅の戦っているところを見たことはない。いきなり飛び込んで鬼に返り討ちにあわないか心配なんだ」

 

「そのような心配は無用。皆様にもわたくしの実力がどれほどのものか、見せてさしあげますわ!」

 

「……わかった」

 

あまり人の話を聞かない人種だと半分諦めながら森兵にも言葉をかける。

 

「森衆のみんなは周囲の警戒を。もし討ち漏れがあったらお願いね」

 

「へへっ。心配無用ですぜ!」

 

「ヒャッハー!ぶち殺してやるぜ!」

 

「みんな……行くぞ」

 

「ご主人さま。まだ連中には気取られていないようです」

 

辺りを警戒してるのか、普通の鬼よりも少し小柄の鬼が二匹、群れから少し離れたところにいる。

 

闇に紛れて素早く動けば、多分本隊に感づかれることなく仕留めることはできるだろう。

 

「俺とエーリカで一匹ずつ。鞠と小波は俺、梅はエーリカを………」

 

「雑魚の二匹はお任せしますわ!わたくしは本隊を叩きます!」

 

「梅!?」

 

梅は馬に跨り全速力で鬼の本隊の方へと駆けて行った。

 

「あの馬鹿!エーリカ、後ろを頼む。鞠と小波はエーリカを助けて!絶対に敵に後ろを向けるな!」

 

「流牙殿は!」

 

「梅のところに行く!!」

 

流牙は先走った梅を追いかけ、魔法衣から牙狼剣を取り出し、鬼の群れへ突撃する。

 

 

「てえええええええいっ!」

 

裂帛の気合と共に振り落とされた刃の一撃で崩れ落ちるのは、梅よりはるかに大きな異形。

 

「あら……思ったよりも簡単な相手ですのね。この程度の相手なら……やはりわたくし一人で十分ですわ!次はあなたがお相手ですのね!参りますわよ!」

 

正々堂々の戦いならば、掛かって来いとでも言うべきところだろうが、今日の相手は神に仇なす悪鬼羅刹の類である。

 

わざわざ待ってやる理由などない。

 

「でうすの加護を受けた正義の刃、受けて御覧なさい!はあああああああっ!」

 

「グホァ……」

 

名門蒲生家に生まれ、武芸百般に通じる梅の実力はかなりのものだった。

 

初めて戦う鬼に対して勇敢に戦っている。

 

「これなら行けますわ!さあ、どんどんかかっていらっしゃい!」

 

次に定めたのは、今までの鬼よりもふた回りは大きな鬼であった。

 

「次はあなたですわ!覚悟なさい!」

 

月光を弾き爛々と輝く瞳も、その巨大な体躯も。

 

神に仇なす悪の使徒は、全て自身が下してやる。

 

「はああああああ!」

 

そんな想いと共に振り下ろされた刃は。

 

「え……………?」

 

あっさりと受け止められた。

 

驚きにもらす言葉も間に合わない。

 

丸太のような巨大な腕が横薙ぎにぶうんと空を裂き。

 

その先にあった細い体を巻き込んで、速度緩めぬままに振りぬかれる。

 

「ぐ…………が、はっ!?」

 

打撃の重みに重なったのは、地面に叩きつけられたときの大きな痛みと、そこから転がった先、止まるまでに幾度となく打ち付けられた連続の痛み。

 

「かは………は……っ」

 

全身を揺さぶる一打に、杯の奥底までの空気全てを吐き出されたようで、今は呼吸もままならない。

 

痛みに至っては体中に広がり、もはや何処が痛いのかすらも分からない。

 

「は、は………っぁ…………」

 

そんな梅に掛かるのは、月光を背にした巨大な影だ。

 

大きい。

 

それは、これほどに大きな相手だったのか。先ほど倒した鬼達よりも、幾分か大きいだけではなかったのか。

 

「………ひ………っ」

 

爛々と輝く瞳に見据えられ、漏れるのは、言葉どころか歯が震えてぶつかりあうかちかちという音だけだ。

 

鬼とは、これほどに恐ろしいものだったのか。

 

(わ……わたくしの剣……でうすの祝福を受けた剣が……どうして……っ)

 

心の中に渦巻くのは、そんな混乱と怯えに彩られた黒い嵐。目の前の恐怖からにげようとするが、かち合う視線は彼女を捉えたまま、逃げることを許さない。

 

「あ………ぁ、あ…………っ」

 

目の前の大きな闇が一歩を踏み出す度に、体が震え、視界が恐怖にぐらりと揺れる。

 

(お、鬼は………攫った女性を襲って……)

 

そして、どうするのだったか。

 

(孕ま……せて……生まれた子供は……)

 

どうなるのだったか。

 

天守教の司祭から聞いた話はあまりにもおぞましく、それ以上は思考の端に浮かべる事すら汚らわしいものだ。

 

「いや………っ」

 

故にその恐怖は、限界を超えた。

 

「いや………いやいやいやいやいやぁ………っ!」

 

口から止めどなくあふれるのは、拒絶を示す言霊だ。

 

けれど少女の拒絶の声など涼風のごとく。

巨大な手は涼風を前に一分の速度も緩めることなく、梅の甲冑に伸ばされて………。

 

「いやぁ………っ!」

 

「はあっ!!」

 

ズシャッ!!!

 

「…………え?」

 

梅の悲鳴を掻き消すかの如く響き渡ったのは、裂帛の気合と、梅のそれよりはるかに鋭い斬撃の音。

 

そして怪物の断末魔と、巨大な体が崩れ落ちる轟音だ。

 

「あ…………」

 

涙に揺れる視界に映るのは、夜の闇と同じ色をした漆黒の衣に身を包んだ大きな背中。

 

そして、闇を切り裂く白銀の輝きを放つ直剣の刃。

 

「……梅、大丈夫か?」

 

切り伏せた大鬼は、立ち上がってくる気配はない。

 

その後ろに控えた鬼達も、今の一撃と喉が割れるほどに吐き出した気合に驚いたのか、近付いてくる様子もない。

 

「梅!」

 

「あ………」

 

「立てるか、梅!」

 

鬼に視線を向けたまま流牙は梅に問うた。

 

「あ、あの……わ、わた…わたくし……」

 

「心配するな、俺が必ず守る。だから立つんだ!」

 

「うっ……あっ、くっ……」

 

梅は震える体で刀を杖代わりにして何とか立ち上がった。

 

立ち上がるのを確認した流牙は牙狼剣を鞘に収め、左側で垂直に構える。

 

そして、牙狼剣を鞘から引き抜いて頭上に掲げ、円を描く。

 

円の内側がひび割れて満月のような光り輝く円となり、その中から黄金の塊が降り注いで流牙の体に装着される。

 

眩い金色の輝きを放つ狼を模した鎧が闇夜を照らし、鬼たちはその神々しい姿に恐れる。

 

「金色の、天狼……?」

 

まるで目の前に邪悪なる存在を倒すために降臨した救いの神が現れたかのような光景が梅の瞳に映っていた。

 

魔を戒める黄金の騎士……黄金騎士ガロとなった流牙は牙狼剣を引き抜き、静かに鬼の元へ歩き、鋭い緋色の瞳で撃ち抜く。

 

「貴様らに俺の大切な仲間を、手出しはさせない!」

 

闇夜に魔獣を狩る天狼の咆哮が轟いた。

 

 

流牙達の帰りを待っているひよ子達はまだかまだかとそわそわしていた。

 

「うぅ……流牙様達、遅いなぁ……」

 

「小波さんからは戦いは終わったと連絡がありましたから、そろそろ戻ってくる頃だとはおもうのですが……」

 

「あ!見えてきたよ!おーい!おーい、流牙さまーっ!」

 

「あ、ひよ、待ってよー!ほら、詩乃ちゃんも行こう!」

 

「ええ。ひよ、単騎駆けはしないと約束したではありませんか!」

 

「あらあら。みんな本当に流牙が好きなのね」

 

ひよ子達は流牙の姿を確認すると一目散に走り出し、みんなのお姉さんである結菜はニコニコしながら後を追う。

 

「流牙さまーっ!お帰りなさ…………」

 

「皆さんご無事で…………」

 

「…………」

 

「あーあ、またなの?」

 

ひよ子達はその光景に無言になり、結菜は苦笑を浮かべていた。

 

「えっと、さっきの連絡通り、みんな無事だ」

 

「それは何よりです」

 

「ただいま帰りましたわ!」

 

そんな微妙な空気の中……流牙の側で腕を組んでいたのは、出掛ける前まで流牙の事を嫌っていた梅だった。

 

「またですか」

 

「……あはは」

 

出掛ける前までは毛嫌いしていたのにいつの間にかニコニコしていたら誰でも驚くのは無理はない。

 

「ただいまなのー!」

 

「鞠ちゃん、お帰りなさい」

 

マイペースな鞠に結菜もペースを崩さずにしていた。

 

「うん、きっと鬼の群れに一人で突っ込んでいった梅さんが……」

 

「それを流牙さまが必死に追いかけて助けたら。な・ぜ・か、こうなっちゃったんですね?」

 

ひよ子達はどうしてこうなったのかあっさりと推理をして言い立てた

 

「当たってるよ……」

 

どうしてこうなったのか流牙には分からず、頭を悩ませる。

 

「流牙……あなた、どんだけ天性の女誑しなのよ」

 

結菜は呆れから大きなため息をついてジト目で睨みつける。

 

「だから誤解だよ……ただ梅を助けただけなのに……」

 

「ああ……あの時のハニーは最高に勇しかったですわ!黄金の鎧を召喚し、その身に纏って鬼を切り裂くその姿……まるで神話の神様をも彷彿とさせるものでしたわ!!」

 

「は……はにー ……?」

 

「南蛮の言葉で愛しの君という意味だよ……」

 

何故か流牙への呼び名がハニーとなり、頭を悩ませる原因が増えてしまった。

 

ちなみに小夜叉と桐琴はあっさりと鬼を倒して陣で不貞寝をしているらしい。

 

周囲の警備は流牙隊や明智衆、それと森衆で行うので大丈夫と詩乃は言う。

 

「ひとまず、今夜はもう遅いから早く休もう」

 

流牙が解散してみんなを休ませようとしたその時だった。

 

「ではハニー。南蛮では、好き合う二人は寝る前にお休みの口づけをすると聞きますわ。ハニーもぜひ……」

 

「はぁっ!?」

 

静かに終わろうとした矢先に投入された爆弾に流牙は驚愕する。

 

「あーっ。梅ちゃんばっかりずるいのー。鞠も流牙に口づけしてもらいたいのー!」

 

「だ、だったら、私も……っ!」

 

「エーリカさん。南蛮とは、そのような破廉恥な風習が公然とまかり通るような場所なのですか?」

 

「は、破廉恥……!?」

 

「うぅ……流牙様ーっ!梅さん一人だけなんてずるいですーっ!」

 

「み、みんな!一旦落ち着こうか?」

 

「ハニー!わたくしに、熱い口づけをーっ!」

 

「ま、待て待て待てぇっ!!」

 

これは非常にマズイ……そう思った流牙は急いで梅から離れて走る準備をする。

 

「あ、あー!俺用事があるんだった!みんなは先に休んでいてね、じゃあねー!」

 

思い出したように棒読みで言いながら流牙はダッシュでその場から逃げた。

 

「あ!逃げましたわ!」

 

「待ちなさい!逃がさないわよ、流牙!!」

 

「流牙、待つのーっ!」

 

「みんなで追いかけるよ!ひよ達は反対側から回り込んでっ!」

 

「ほら、小波ちゃんも!」

 

「じ、自分もですか!?」

 

「……はぁ。なら、私達も行きますか。エーリカさん」

 

「ははは……。皆さん、お元気ですね」

 

即席の割には何故か妙に連携が取れている流牙隊+αが流牙にお休みのキスをしてもらうために奮闘する。

 

流牙はこの世界に来て三度目となる追いかけっこに巻き込まれる事となった。

 

「もう勘弁してくれぇええええっ!!」

 

流牙の叫びが夜の観音寺城に響き渡るのだった。

 

 

 




着実に進む夢への道。

思いに耽け、夜空を見上げる。

暗き空を彩るは金の輝き。

次回『月 〜Moon〜』

そして、隣には愛するあの人。



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