二度目の厄災と衝撃的な出会いと
ジルの故郷を飛び出して早数日。
歩けど歩けど見えるのは一面の緑だけ。
平たく、わかりやすく言おう。
「…トア。これって…?」
「迷ったなぁ~」
間延びした、呑気な声でそう告げるトアにジルは叫ぶ気力さえ奪われ頭を抱えるしかなかった。
旅を初めてから数日。二人はジルの故郷からすぐそばにあるという町「リリネル」を目指して歩き続けているが、不運なことに道に迷ってしまった。
別に野宿などに不平不満を言うわけではないが、数日それが続けば流石に体が悲鳴を上げてくるのは必然なこと。
その上…
「たくっ…またかよ」
「文句言ってないで!くるよっ!!」
ため息をつきながらトアは腰につけた鞘から二振りのガンブレードを抜き取り、ジルは太ももにつけたガーターベルトから細い掌に乗るくらいの棒を取り出した。ジルはそれをおもむろに振り下ろす。するとそれが金属音をたてながら彼女の背丈ほどの長さに伸びた。
「いつ見ても面白いな、お前の武器」
「それ、褒めてる??」
トアは呆れたように瞳を細めるジルに小さく笑い、眼前の敵に瞳を向ける。そして迷わず地をかける。
「さっきから…うぜぇんだよ!」
狼の形をした魔物に、トアはその剣を振り下ろす。それは見事にその魔物の頭を直撃し血しぶきを上げながらそれは倒れた。未だ生きているそれに、トアは止めとでも言うように二振り目の剣…否、銃を向け引き金を引いた。
それを横目で見ながらジルは長く伸ばした棍棒で、狼の魔物に紅の衝撃波を与える。
「紅破っ!」
それは見事に魔物に当たり、敵を後方に飛ばす。動かなくなったそれに目を向けず、ジルに迫る魔物に瞳を向ける。
迫り来る魔物に恐れることなく自身の武器を向ける。飛んでいる敵を地に落とし、地にいる敵を地面に叩きつける。その度に上がる悲鳴にも似た雄叫びに心が引き裂かれるような心地になる。
それでもジルはその武器を振るい続けた。
「…」
そんな様子をトアは目の前の魔物を倒しながら大きくため息をつき、呆れたように見つめていた。
程なくして戦闘は終わりを告げ、二人は少しの休憩を挟んだあと再び歩き出す。
なにか言いたげなジルの視線をトアはあえて無視しながら無言のまま歩き続けること数時間。日差しが陰りを見せてきた頃。ふと、目の前に見えたものがあった。
「えっ…」
それは、忘れもしない光景。
どこまでも残酷で、美しいもの。
「これ…って」
掠れて聞き取りづらいジルの声。それを耳にしながら、やはりどこまでも無感動な声でトアは言った。
「クリスティア、か…」
それはまるで花のように広がる、澄んだ水の色をしていた。
「そこそこデカイな」
「うん」
「人はいないみたいだが…」
「うん」
「お前の故郷とはまた違った水晶にも見えるような…」
「うん」
「…おいおい、大丈夫かよ」
「うん」
「…」
完全な水晶になっている地面をコツコツと音を立て進む。その間にどこまでも無感動な声と瞳でトアは話す。それをジルはボンヤリと聞き流していた。
当たり前かもしれない。自分の大事な居場所を奪われたと思ったらすぐにそれと同じ惨劇を目にしてしまったのだから。
けれど、そんなことは彼には関わりもない話なわけで。
パンっ
「きゃっ!?」
突然の音。それに驚いたジルは思わず大きな声を上げる。その様子を優しい瞳でクスクスと笑いながら見る少年がいた。
「ト、トア…っ!」
「ククッ…悪い悪い、お前がかなーり真面目な顔して悩んでたから…つい」
「人が真剣に悩んでたのに!酷いわトアっ!!」
「だぁから、悪かったって」
「そんな態度じゃ反省なんてしてないじゃない!!」
話しながらもなおクスクスと笑い続けるトアのことを非難するように睨めば「おー怖い怖い」と、どこか楽しげにも聞こえる声でやっと笑いを収める。いや少し怪しいが。
…その時、そんなおふざけにも似た会話を打ち消す、冷ややかな声が突然放たれた。
「ここで、何をしているんです?」
ジルはハッとした顔で顔を上げ、トアは素早く己の武器に手をかけ、鋭い瞳でその人物を睨みつける。が、トアが振り向いた瞬間。その男は苦しそうに、そして悲しげにポツリと呟いた。
「…シル、ヴィア…?」
「え?」
その声は緊迫したその場に似つかわしくないくらいによく響いた。
困惑しているジルを横目で見ながら、トアはその男に語りかける。
「悪いがこいつの名前はシルヴィアなんてもんじゃねぇよ。」
しかし、トアのその声を否定するようにその人物は首を振り。トアに近づくように歩みだした…敵意は感じない。しかし油断はできない。トアは未だ武器に手をかけている。
その男が目の前に来る。そして、おもむろに右手をトアに向け…
「シルヴィア…では、ない?」
「…は?」「え?」
トアとジルは同時に怪訝そうに眉根を寄せ、その男を見る。当たり前だ、その男はトアのことを女と間違えているのだから。
「どこにいるんですか…俺の、シルヴィア…」
落胆したように、トアのことを抱きしめるその男に、ジルは言葉をなくした人間のようにただただ口に手を当てトアだけを見つめている。トアはそれを呆れたように、困ったように見つめた後。その男を力づくで引き剥がし己よりもかなり大きいその男に尋ねた。
「近くで飯食えるところはどこだ?」
「いや!普通この人のこと聞くでしょう!?」
トアのマイペースな質問と、ジルの鋭いツッコミはその男を小さく笑わせるには十分な効果を持っていたのだった。
――「お前が探しているそのシルヴィアってやつさ」
少年が、冷たい瞳でその男を見つめる。
「…お前が殺したんだろ?」
その男は粘着くような微笑みを浮かべた――