泣きすぎて、赤くなった顔が水面に映る。それを洗い流すかのように勢いよく、服を身につけたまま水の中に飛び込んだ。
何の音もしない、静かな水の中。
瞳を閉じてただ、水の揺りかごに身を任せる。
しかし、その時間は長くは続かず。酸素を追い求めるために、揺らぐ水面に手を伸ばした。
「準備は済んだか?」
「…いたのっ!?」
水面から顔を出した瞬間、あったのは呆れたように瞳を細めながらこちらを見つめる少年の顔。
「だってあんた、入水自殺しようとしてるんだもん。」
「するわけないでしょ!!!」
常になく可愛らしい言葉遣いで語りかけてくるトアに大きな声で返す。トアは「はいはい」と適当な言葉を発しながらこちらに手を伸ばした。ジルは素直にそれに従った。
「…で、準備はできたのか?」
「うん、もう平気…泣いてても何も変わらないんだってこと、わかったから」
言いながらジルは水から上がり、ずぶ濡れの服をどうしようと考える。こんなふうに濡れてしまうのならば初めから脱いで入るんだったと今更ながらに後悔した。
後悔。
その言葉に、胸がジリジリと焼ける感覚に陥る。すっと遥か彼方を見やれば、そこにはクリスティアとなり大きな一つの結晶と化した故郷がある。
…戻さなければ、戻らなければ。そのことばかりが頭を覆い尽くす。そんなことを何度も繰り返すしかできない思考を振り払うように頭を数度振る。トアよりもかなり短い髪から水滴が飛び散った。
「あんたさ、あったかいといえど風邪引くだろ…」
そんなジルの様子を見てられないとでもいうように、トアはジルに向かって手をかざした。瞬間、水滴は弾き飛ばされ服が体にこびりつく嫌な感覚も消えた。
「ありがとう」
「出発早々風邪なんかひかれたら溜まったもんじゃないんでね…じゃ、行くか」
「…うん」
一瞬の間があったのは振り返った視線の先にある故郷が気がかりだからだ。
その故郷の変わり果てた姿を思い出す。優しい人達の恐怖に満ちた顔を思い出す。
…全ては、取り戻すために。
「今、行く」
この手の中に、すべて取り戻すために。
瞳を開けるとそこは見慣れた天井。
遠く聞こえるのは鳥のさえずり。
その音に耳を傾ければ、ほんの少しだけ心が軽くなるような気がした。
朝日が差し込む窓辺に立ち、遥か彼方。彼女がいた湖を見る…正確には湖が「あった」であろう方向を見る。
けれど、どんなに一途にそれを見つめても、彼女はその姿を表すことはない。
「お前は、どこにいる?」
呟いた言葉は風に乗り、そして誰にも届かずに消えていく。
【新たな出会いの可能性について】