シャーンシャーンと耳元で音がなる。
澄んだ鈴の音は、重なり歪んで耳障りなものとなった。
それに耐え切れず瞳をそっと開ける。空は太陽を登らせ清々しい朝を迎えつつあった。
「また、か…」
その柔らかい日差しを浴びながら、トアは光のない瞳を辛そうに細める。考え込むようにトアはそのままベッドに寝転んでいたが、ふと彼を呼ぶ声が下から聞こえた。
「トアー!!降りてきて、朝ご飯できたよ!!」
よく響く、周りを安心させるような声。
それに一言も返すことなく、しかしゆっくりとベッドから起き上がり二振りのガンブレードを腰につけたトアは心の中でここ数日でもう何回目かもわからない溜息をついた。
トアの悩みごとは、7日前のことに遡る。
焼け焦げて跡形もなくなった故郷から時間がわからなくなるほど歩き続け、ふと見つけた小さな宿屋。
そこはとても温かい心が溢れている場所。冷たい心なんてなかった。
その中でも一際目を引く者がいた。
青い、髪と。瞳を持つ者。
自分とは真逆の…心の持ち主。
だから、助けた。生に満ち溢れ、輝くその瞳が気に入ったから。
でも、まさかこんなことになるなんて思わなかったんだ。
「貴方…何者?」
「俺を『殺してくれる人』を探している…よくいる旅人だ。」
トアが誰なのかと問うてきたその青い少女に、トアはわかりやくすかつ簡潔に答えた。すると、その少女の瞳が驚きに見開かれたと思った次の瞬間には怒りというものに満ち溢れたものとなっていた。
「『殺してくれる人』…ですって?ふざけたこと言わないでよ!!」
「…は?」
「は?、じゃない!!嘘でもそういうことは言ってはダメなのよ!」
「いや…嘘じゃねぇんだけど…」
「さらにダメ!!!」
それから暫くその青い少女はトアの死にたがり願望に丁寧にツッコミを入れ続けた。
そのやり取りは宿屋のお客が止めるまで続いたのだった。
仕度をしながら7日前のことを振り返り、トアは珍しく深い溜息をついた。本来ならすぐにここを立ちたいが青い少女…ジルに強く止められ未だとどまっている。
(まぁ、だからといって困ることなどないんだけどな)
そんなことをつらつら考えながらも無意識に体は仕度を済ませ宿屋ローゼスのエントランスまでトアは移動していた。
すると、青い肩につくかつかないかの髪を揺らしながら楽しげに今日の朝ご飯を用意しているジルの姿があった。
「あ!『おそ』よう、トア。遅いから起こしに行こうとしてたところよ?」
「おはよ…てか、まだおはようの時間だろ…お前の朝は早すぎんだよ。」
「あら?早起きは三文の得って言うでしょ?」
得意げに笑うジルに、トアは小さく溜息をつき食卓につく。今日のメニューは、今朝取ったのだろうと予想される新鮮な野菜のサラダ。こんがりと焼けたクロワッサン。焼き具合が絶妙目玉焼き。
「さぁ、たっぷり召し上がれ!」
「…頂きます」
ニコニコと明るい笑顔を浮かべながら食事に手を伸ばしたトアのことをじっと見ているジルは、何かを待っているようだ。
「いつもいつも、なんで俺に言わせようとするわけ?」
「いいじゃない。減るものでもないでしょ?たった一言言うだけでしょ?」
期待に満ちたその視線に、先に折れたのはトアだ。相変わらず無愛想な顔をしていたがそれでも口を開く。
「今日も、うまい」
「よかった!じゃあ、これから毎日作ってあげるから死ぬなんて思わないでね」
「それとこれとはまた別問題。俺の考えは変わらない。」
綺麗な声で放たれた賛否の声に嬉しそうに嬉しそうに微笑みながらも、今がチャンスとトアの『死にたがり』を直そうとする。けれど、それはあっさりバッサリ却下される。
「あのな?おたくは毎度毎度俺がお前の飯をうまいって言うたび、どうしてそうやって俺の旅の目的否定する上に終わりにしようとすんの?俺の旅終わっちゃうだろ?」
「だっ、て…死ぬなんて悲しいわ」
溜息をつきながら呆れた声音で話すトアに、ジルはどこまでも悲しそうな顔で呟き、そのままうつむいてしまった。それをつまらなそうに見ながらトドメとでも言うようにトアは言った。
「だから、なに?…死ぬのが悲しいだなんてそれはあんたの価値観。それを俺に押し付けないでくれるか…迷惑なんだが」
「そうね…でも」
一気に重くなるその場の空気。ふと、ジルが顔を上げトアの眼の前にある皿を見る。
「ちゃーんと食べ物は残さず食べるのね」
「だってマジでうまいもん。ここの飯」
そこには食べ物だけが綺麗になくなった空っぽの皿だけが残されていた。
「…とっても真面目なお話してるのに、リスみたいにモグモグご飯食べないでくれる…」
「それは無理」
一瞬流れた重苦しい空気を壊すように落ちてきた和やかな会話。二人のことを影から見守っていた宿屋の女将はやれやれと言った風に首をひとつ振った。
それから、数時間後。
宿屋のピークが過ぎ、朝の喧騒が静かになった頃。トアが自室として使っている部屋のドアがノックされる。トアはそのノックの音と階段を登る足音で扉の前にいるのが誰なのか予測をつけた。
「トーアーっ!!遊びに行きましょう!」
「…うるさい、わかったから騒ぐな」
果たして。ドアを開けて元気よく入ってきたのは何かをやり遂げたような顔をしたジルだった。
「毎日毎日、よく飽きないものだな…。」
「だってこうやって外に誘わないとトアはすぐに引きこもりになるでしょ?」
瞳を輝かせながら話すジルにトアは、またもや深い溜息をつく。
…死にたがり宣言をしてからというものジルはトアの事を何かと外に連れだす。
「別に構わないだろ…俺が引きこもりになろうがなるまいがお前には関係ないことだ」
「その言い分のほうが関係ないもんね!ほら、行こ!」
「おーい、引っ張るなぁ〜」
そして今日もそれは例外ではなく。言葉通りトアはジルによって文字通り『引っ張られて』行ったのだった。
―――この時、『私』は考えもしなかった。
当たり前のように、『私』は明日が来るのだと思ってた。
けれど、それはただの幻想なのだと『私』はこの後その身をもって味わうことになる。
自分が、どんなに。無知で、無力で…愚かだったという事を――