「散らかっていて申し訳ないですが…どうぞ、好きに使ってください」
「そんなことないです!本当になにから何までありがとうございます…っ」
「そんなにかしこまらないでください。オレ達は対等な立場でしょう?」
二人はリリネルのアンフェールの自宅のそばにある小さな小屋を、トアがある条件をのむことで、宿屋の代わりに使わせてもらうことになった。
「確かに宿代が浮くのはかなり助かる。助かるんだが…」
何度も感謝の言葉を口にするジルにアンフェールは優しく声をかける。そんな和やかな雰囲気の二人を横目で見ながら、疲れたようにため息をつく少年がいる。言わずもがな、トアだ。
「助かるんだが…なんです?」
そんな様子に目敏く気がついたのはアンフェールだ。視線をジルからトアに向け、いたずらっ子のように首を傾げる。その挑発にも取れる行為に、トアは少しも乗ることなく逆に呆れたように瞳を細め。
「さっきは了承しちまったが…男がモデルでいいもんできるのか、かなり心配だ」
と、至極まじめに言い放った。けれど、アンフェールは心底驚いたかのように息を止めてトアをただ見つめる。
「?、なんだ?」
「いえ…オレ達は、いわゆる『契約上』の関係ですよね」
その言葉にトアはアンフェールの隣で男二人の会話に耳を傾けていたジルに視線を移し、再びアンフェールに視線を向け、はっきりと言った。
「ま、そうだな。利害の一致ってやつだ」
「そう、ですよね」
ホッとしたように、けれどどこか悲しげにも聞こえる声音にジルは無意識にトアに顔を向ける。トアと出会って日は浅いが、こんなふうに誰かが落ち込んでいたり悲しそうな顔をしている時のトアは頼りになるということくらいはわかっている。
そして今回もそうであったようで。
「けどな…俺達だけがいい思いをするのはフェアじゃない…俺達は対等だって言ってたよな?」
「あっ…」
薄く微笑みを浮かべて幼子に語りかけるように言葉を発したトア。そんな彼に、アンフェールは困惑した顔をした。
「つまり、トアはアンフェールさんにいい作品を作って欲しいって言ってるんですよ」
「そんなことは言ってません」
トアの言葉が終わるのを待ってから、ジルが言う。その言葉の内容は、トアにとってはお気に召さなかったようだがこのさい無視してしまったほうが勝ちだと言うが如く、トアの珍しい敬語を無視して明るい笑顔をアンフェールにかける。
そんな優しい不思議な二人のことを見て、アンフェールもほのかに微笑みをこぼす。
「ほんと、変な人たちですね。貴方達って」
それを見て、ジルは花が咲くように笑い、トアは本当に小さく笑みを浮かべた。
その後、トアとジルはアンフェールの家でお世話になりながらリリネルのそばで発生した晶破現象のことについて調べていた…が、
「思うように情報が集まらないね…」
「まぁ、そんなもんだろ」
有力な情報を得ることができず、ただ時間だけが過ぎていた。
「それに、いきなりあたり一面が水晶になっちまんうだ。そんな物、眼の前で見せられたら怖いし、何より思い出したくもない光景になっちまうんじゃないか?」
「…そう、だよね」
「ま、あんたもそうだろ?」
「…っ、」
何気ない言葉に息をつまらせるジルに気付いたトアは、内心ため息をつきつつ話題を変えた。
「ところで、アンフェールの創作活動は終わったわけ?」
「んー…それはまだみたいだけど?…って、トアのほうが詳しく知ってるでしょう?」
「まぁそうなんだけどな…参考に?」
「意味がわからないよ…」
「自分以外の意見を聞きたかったんだよ。深い意味はない」
「そっか」
そんなトアの気づかいを感じ取ったジルは、無意識にホッとしたような顔をしながから微笑んだ。
それからトアとジルは、1時間ほど村の中で再び情報収集に勤しむことになった。ちなみに2つに分かれないのはトア曰く「一人じゃ危なっかしい」だそうだ。
「すみません。ここの近くの湖のことを聞きたいんですが…」
「湖?リーンの泉のことかい?」
「はい」
「うーん…それなら村長に話を聞くといい」
「村長?」
そんな情報収集という名の村探索も、例に違わずなんの収穫もないまま終わるように思えたが、今回は違うらしい。
「グトン村長って言ってなぁ、本当に優しい方でこの村ではアンフェールが産まれるまでは一番の造花の作り手だったんだ」
「ふーん…で、なんでそのグトン様々に話を聞くといいんだ?」
「そりゃ、リーンの泉がああなった時…それを一番見つけて巻き込まれそうになったアンフェールを助けたのは、何を隠そうあの人あの人だからな」
「えっ!?」
突然の有力な情報にジルは嬉しそうに顔をほころばせたが、トアはすっとその瞳を細めた。
その村人曰く、村長は村の中心部にある大きな木の隣に家を持っているということだった。トアとジルは、その家を目指し少し赤くなって空を背にして歩き出した。
「…お優しい村長様…ねぇ?」
どこか嫌悪感をにじませる声音でつぶやいたトアの声に気づかずに。