安藤艦隊の到着が目前に迫った頃、第1艦隊の面々は演習に励んでいた。
湊と秘書艦の電は、その様子を眺めていた。湊にはいつもの笑みはなく、何やら考え込んでいるようだった。
「司令官、どうしたのです?」
「…」
電が何度も呼びかけても、返事がない。
「司令官?」
「あ?ああ、ごめんなさい」
再び呼びかけられた湊は、少し困ったような笑顔を浮かべると、電の頭を撫でる。
「どうしたのです?」
心配そうな電に、少し思案の後に、長時間の演習視察で用意されていたディレクターズチェアーに座ると、
「最近夢を見るんです。不思議な夢なんですよ。海の底を泳いでいる夢を………
深海魚が周りを取り囲んで一緒に泳いでいて、でも、その先が思い出せなくて……」
「ちょっと、メルヘンな夢なのです。その夢がなにか心配事なのです?」
不思議そうに首を傾げる電に、湊は言葉を選びながら、ポツポツと話し始めた。
「私、事故にあった後の記憶が無いんですよ。その前の記憶も、何か曖昧で………
馬鹿みたいな話だし、笑ってくれて良いんですけど、
本当に、
目の前の
「妹達は皆背が高いし、私だけ背がちっちゃいせいかもしれませんね?」
ふふっと笑いながら、再び演習の様子に視線を戻す……
電は、言葉では表せない
その翌日には、演習査閲官として、横須賀鎮守府司令長官付主席副官神波敬一郎准将が到着していた。
湊以下、副官の奈緒、防御隊副隊長の各務原大尉が出迎えに軍港に来ていた。秘書艦の電は、司令官執務室で代わりに執務をしている……
「敬一郎くん、ごめんね?」
内火艇から降り立った敬一郎は、優しい笑顔を浮かべると、首を横に振る。
「いや、構わないよ。僕も、
湊の隣に立っていた奈緒は、少し落ち着かない感じで、頬を掻いていた。
「どうしたんだい?」
「いや、その……」
不思議そうに声をかける敬一郎に、言い淀む奈緒を見て、湊はコホンと咳払いをする。
「ようこそおいでくださいました、神波准将。急な要請申し訳ありません。准将のご滞在時は、守備隊長の大村少佐が、護衛を務めさせていただきます」
「よ、よろしくおねがいしま゛っ……」
突然話を振られたものだから、慌てて敬礼して、語尾まで噛んでしまっている。
「よろしく頼むよ、少佐」
動揺を隠せないまま、士官用の官舎へと歩いて行く奈緒に、不思議そうな顔をしながら従いていく敬一郎を、湊と各務原大尉が見送る。
「なるほど。隊長、神波准将に
得心がいったように、うんうん頷く各務原大尉に、湊は少し苦笑いを浮かべる。
「ご存知なんですか?」
「いやあ、見ればわかるでしょう。護衛を、
意地悪そうに笑い出すと、湊も釣られて笑い出す。
「お互い好きなら、さっさとくっついてしまえばいいんですよ。ところで、大尉の時はどうだったんですか?」
ちょっといたずらっぽい笑みに変わって、隣の護衛に話を振ると、
「私の場合は、妻とは小さい頃から一緒で、中学も高校も一緒で幼馴染だったんですが、私の方から告白しましたよ」
「やっぱり、男の人の方から告白される方が良いんですねぇ……」
しみじみとした感じで呟く湊を見やると、
「妻は内気でしたから、私から言わなければ始まりませんでしたが、隊長の場合はどうなんでしょうかね?」
「どうでしょうか?後は本人達次第ですよ。さて、今日の護衛はお願いしますね?執務室に戻ります」
「了解しました」
といいつつも、
官舎へと歩く途中……
「ところで、奈緒。今日はどうしたの?顔赤いし、熱?」
ふたりきりになったところで、敬一郎が心配そうに声をかけると、奈緒はバッと振り向く。
「ばっ……」
馬鹿じゃないの!?と言おうとして、必死に言葉を飲み込むと、意を決したように向き直った。
「……敬一郎、ちょっと真面目な話があるんだけど?」
「何?」
真剣な奈緒の雰囲気を感じて、敬一郎も真面目な顔になる。
「……敬一郎ってさ、好きな人いるの?」
不意に掛けられた言葉に、優しい笑顔になると空を見上げた。
「いるよ。成績は良いのに、毎日努力を惜しまない苦労の人、友人思いで、身体の弱いその子が倒れた時は、寝ずに看病をしていた。
配属になってからも、その友人にお節介を焼く為に、
今も、こうやってその子の側で力になっている」
真っ直ぐ目を見ていう敬一郎に、奈緒は顔が真っ赤のまま目が潤んでいる。
「それって……?」
「君だよ、奈緒。僕は君が好きだ」
「敬一郎!」
嬉しそうに泣きながら、奈緒は敬一郎に抱きつく。
敬一郎は優しく受け止めると、そのまま唇を重ねていった……
その様子を、湊と各務原大尉が見ていた。
気配を完全に消した湊と、
尾行をして、今は物陰から様子を見ていたからだ。
長い間キスをしてから、官舎へと手を繋いで歩いて行く二人を見送ると、
湊と各務原大尉は物陰から出る。
「予想以上に情熱的でしたね?」
子供のようにウキウキしながら言う
「お互い片思いだったんでしょうな。今日は
「そうですねえ……」
湊は、ニンマリした笑みを浮かべたまま、
「それじゃあ、執務室に戻りましょうか?」
「了解しました。司令官閣下」
二人は、今度こそ執務室へと歩いて行った。
なお、帰りが遅かったので、電に叱られたことは言うまでもない。
数日後……
安藤艦隊が到着する日がやってきた。
安藤准将の乗る指揮艇を囲むように航行してくる、六人の艦娘。
航空戦艦の艦娘を旗艦に、正規空母1、軽空母1、軽巡1、駆逐2、という編成であった。
「いよいよやってきたわね……ん?」
出迎えの為に、軍港に集結して整列している加賀は、遠くからやってくる艦娘達に何か
「どうしましたか?加賀さん」
心配そうに顔を覗かせる、隣にいた赤城に思い過ごしだ、と心で言い聞かせて、首を振った。
「いえ、なんでもありません。航戦の分、荷が重いですが、一航戦の誇りを見せつけてあげましょう」
「はい」
赤城が答えると笑みを向けてから、すぐに真面目な顔になり、真っ直ぐ前に視線を戻す。
慣例通り、所属艦娘全員の出迎えを受けた安藤艦隊は、艦娘達の艤装を収納させ、泊地の軍港へと降り立った。
「ようこそ、第13泊地へおいでくださいました。心より歓迎いたします」
湊は、滅多に着用しない第2種軍装に身を包み、真面目な表情で敬礼を行う。
「出迎えご苦労。
接舷された指揮艇から降りて来た、第2種軍装に軍刀を帯びた安藤も、嫌味を加えた挨拶と共に、敬礼で返す。
湊は、その安藤の
「ところで、安藤准将。ご気分がすぐれないのですか?顔色があまりよろしくないようですが……?」
湊に心配そうに声をかけられるも、安藤は首を横に振る。
「いや、船旅で少し疲れたのだろう。早速だが、演習まで休みたい。案内してもらえるか?」
「はい、直ちに。第3艦隊の艦娘達が、安藤艦隊の皆さんの案内役を務めます」
湊の言葉に、並んでいた第3艦隊の艦娘達が、一歩前に出て敬礼する。
「私達が皆さんの案内役を務めます。よろしくお願いします」
「よろしく頼む」
安藤が敬礼を返すと、第3艦隊の艦娘達の先導の元、安藤と安藤艦隊の艦娘達がその後に続き、来客用の宿舎へと歩いて行った。
それを見送ると、天龍は第2艦隊の艦娘達に号令をかける。
周辺警備と、資材運搬の為に、遠征に向かうのだった。
「提督、第2艦隊遠征に行ってくるぜ」
「お願いします。まず、何もないと思いますが、異常を感じたら、貴女の判断において、引き返すように」
「わかってるぜ。提督は心配症なんだよ」
やれやれと肩を竦めると、第2艦隊の艦娘 吹雪、雷、暁、響が先に海へ降りると、艤装を展開させる。
「よっしゃ。第2艦隊、抜錨だ!」
その号令と共に、海へジャンプしながら艤装を展開して海面に着水すると、軽快な速度で沖へと航行していく。
その後を、他の艦娘達も従いていった。
昼食を挟んでから、演習が開始された。
最初は、艦載機のドッグファイトから始まる。
相手に航空戦艦がいるせいか、お互い制空権が取れないまま、
お互いに阻止しきれ無かった艦爆が、艦娘達へと爆撃を試みる。
「対空攻撃、急げ!」
長門の号令により、大井・北上が高射砲で撃ち落としていく。
長門と陸奥は、三式弾の装填された主砲を、上に向かって発射する。
三式弾により、木っ端微塵になる艦爆。
逆に、安藤艦隊の艦娘達は、艦爆の爆撃を受けて、損害を出していた。
「やるではないか……」
安藤は、苦々しい表情を浮かべると、気を取り直す。
「まあいい、
安藤艦隊の艦娘達に号令を下すと、湊も、
「対水上戦闘用意!」
と、号令をかける。
「目標トラックナンバー、3および2!」
長門の号令に、艦隊の面々は頷く。
ロングレンジで、長門の攻撃起点からの、集中攻撃作戦を狙っていた。
練度の高い艦娘だからできることだが、反復した訓練により、
仕草
これは、訓練に関しては
長門・陸奥の主砲と、加賀・赤城の第二次攻撃により、真っ先に空母と軽空母が中破判定になり、艦載機の再発艦が不可能になってしまっていた。
安藤が「反撃だ!」と命じるも、その前に突入した大井と北上により、魚雷を叩き込まれた航戦が沈黙。
そこまで来たら、安藤艦隊の敗北は、もう時間の問題だった。
「そこまで」
敬一郎が勝負ありと判断し、
「この演習、第13泊地の勝ちとする」
演習が終わると、
第3艦隊の艦娘達に、艦娘達の世話を命じる。
空を見上げると、日も暮れていた。
第3艦隊の艦娘達は、休憩後一緒に御飯を食べようと、安藤艦隊の艦娘達と約束をしたりしていた。
それを微笑ましく眺めていると、安藤から声がかけられた。
「ところで、高梨准将。深海棲艦について耳寄りな話があった。夕食後、軍港に来てもらえないか?」
「はい、分かりました。大村少佐と神波准将も、同席させて構いませんか?」
安藤は首を傾げるも、素直に応じる湊に、満足そうに頷くと、
「当然だな。同席してもらおう。では私も、それまでは休ませてもらおう」
そう言うと、来客用宿舎の方へと歩いて行った。
夕食が終わり、第3艦隊の艦娘達は、安藤艦隊の艦娘達と食堂でまだ楽しく話をしていた。
第1艦隊の面々は、各々の行動を取り始める。
大井と北上は敷地内の人工林へ散歩に出かけ、長門と陸奥は自室に引き上げていった。赤城は居酒屋鳳翔に行ってしまい、
一人残った加賀も、それを眺めながらお茶を飲んでいたが、湯呑みを片付けると、ソードオフショットガンとM93Rを手に、食堂を後にした……
赤城さんと一緒に行けばよかった、等と思いながら、食堂のある管理棟を出たところで、
食堂から、艦娘達の悲鳴が響いた!
「きゃああああ!!!!」
「えっ!?」
立ち止まって、食堂の方を振り返る加賀。
……惨劇はここから始まった……
ここから惨劇が始まります…。