翌日。 第13泊地 司令官執務室。
久々に司令室執務室に帰り着いた湊が、デスクに座っている。
その横には雷と電が控えており、その前に第1艦隊の面々と天龍、それに奈緒が並んで立っている……
どうしてそうなったかというと、二時間前の事だった。
予定より半日も早く、湊は第13泊地に帰還した。
執務室に戻ると、大量に残っている決裁書類の
直ぐに目を通した後、敢えて陸戦隊
結果、バックブラスト事件のことも、口止めを忘れていた為、正直に話した各務原大尉のおかげで、バレることになってしまったのだ。
「お、おい、提督……」
呼び出された長門は、執務室に入ってから、伏目がちで俯いて無言でいる湊に対して、困惑気味に声をかける。
その横では、奈緒が引きつった顔で冷や汗をダラダラ流している。
そして顔を上げると、湊はいつもの優しい笑顔に戻っていた。
「報告書は確認しました。皆さん、協力ありがとうございました。
特に天龍には多大なご迷惑をお掛けしたそうで、申し訳ありません」
深々と頭を下げる湊に、天龍は慌てて手を振る。
「い、いいってことよ」
天龍の反応に湊は頷くと、第1艦隊の面々を見回す。
「今夜は、艦隊の皆で夕食に行きましょう。電、いつものお店の予約をお願いします。
あと、各務原大尉も、お誘いしましょうか?雷、手伝ってあげてください」
「わかったのです」
「雷に任せなさい!」
二人は、手を繋いで仲良く出て行く。
湊は笑顔でそれを見送ると、少し真面目な表情になる。
「さて、皆さんのおかげで少し方向性が見い出せそうです。ありがとうございます」
改めて頭を下げる湊に、第1艦隊の面々は、少し困惑していた。
湊の帰還まで、奈緒は取り乱していたのだ。
「本日より、皆さんには陸上での拳銃の携帯を義務付けます。第2・第3艦隊の皆さんも同様です」
「了解した。だが……」
長門が言うより前に、湊は手を上げてそれを制す。
「万一、陸地に深海棲艦が現れた時の為です。危機管理というのは、準備して無駄になれば、それはそれで大事なことですから。
明日より、射撃訓練も組み込ませていただきたいと思います。希望の拳銃があれば、手配しましょう」
「了解いたしました」
加賀が頷くと、赤城も真面目そうに頷く。
「皆さんも今日は夕食会ですので、
下がって結構です。あと、大村少佐は残ってください」
湊が笑顔に戻ると、安心した第1艦隊の面々と天龍は、敬礼して出て行く。
バタンと扉が閉まった瞬間、笑顔を向ける湊。だが、目は笑っていない。
「奈緒」
「ひいっ!?」
悲鳴を上げる奈緒に、少し困ったような笑みになると、
「別に、勝手に出撃したことに怒ってるわけでもないし、奈緒にもお礼を言わないといけないけど……」
それだけ言うと笑みが消え、怒りの表情になり、山積みの決裁書類をバンと叩きながら立ち上がる。
「これ、何でやってくれなかったの!? 私言ったよね、お願いねって!」
「ご、ごめんなさい……私だって気になってて……」
「はぁ……」
涙目になりながら、
そして、捨てられた子犬のように見上げる奈緒に、いつもの笑顔を浮かべる。
「奈緒、夕方までに終わらせないといけないから手伝ってくれる?」
「アイアイマム!」
その後二人は、息のあった連携で集合時間までに執務を終わらせることが出来たのだった。
夕方 居酒屋鳳翔。
湊と奈緒が到着する頃には、艦娘の皆は中に入っていて、雷と電が入り口で待っていた。
「司令官、おっそーい!」
「雷、
隣の姉にツッコミを入れながら、電は湊と奈緒を見上げる。
湊は、デニムのロングスカートに桜色のカーディガン。奈緒は、ジーパンにTシャツ、革ジャケットにサングラスと言った出で立ちである。
「早く入るわよ!」
雷に手を引かれた湊は、中へと入っていく。
居酒屋鳳翔は、前司令官に艤装を解体された元艦娘・鳳翔が経営している居酒屋で、
設立にも、湊が関わっていた。
「あら、いらっしゃいませ、湊さん。皆さんお待ちかねですよ?」
「お、司令官じゃねえか。久しぶりだなあ!」
女将……ここでは『
湊が司令官として着任した一年前から、第13泊地のある島を駆けずり回って、前司令官の
声をかけてくる常連客は皆、湊を助けてくれた人達なのだ。
「お二人共ご無沙汰してます。大将、いいんですか?また奥様に叱られますよ?」
「てやんでぇ、いいってことよ。男には付き合いってもんがなぁ。
大将と呼ばれるこの男は、この島の漁師長であり、着任して敵だらけの湊に、真っ先に協力してくれた人である。
余談だが、彼の妻は鳳翔と共に艤装を奪われ、売られた元艦娘・霧島であり、
二人が囚われていた非合法の店に、湊と二人で突入した事がきっかけで結婚して、今は漁師組合の理事をしているのだった。
「あ・な・た?だぁれがインテリメガネですって?」
冷たい声が聞こえたと思ったら、絶対零度のオーラを纏った元艦娘霧島が入り口に立っていた。
「うおっ!?霧島!?」
驚いて椅子から転げ落ちる前に、ガシッと耳を指でしっかりと摘まみ上げる。
「あいてててててぇぇ!?」
激痛に立ち上がる漁師長。霧島は艤装を奪われたとはいえ、
海の男とはいえ、為す術もなく、引きずられながら連れて行かれる。
「鳳翔さん、お代は後日支払いに来ます」
「はい、ツケにしておきますね?」
いつもの光景らしく、動じない鳳翔は、にこやかにそれを見送っていた。
「相変わらずですね」
それを若干の苦笑を浮かべて見送ると、湊達も艦娘達の待つ二階の奥座敷に歩いて行った。
数時間後。
夕食会から、飲み会へと変貌していた奥座敷は、賑やかになっている。
艦娘達には、
その為、小さな駆逐艦達も飲酒はできるのだった。
湊の周りには、奈緒と雷と電が陣取っていて、第1艦隊の面々も同じ卓袱台に座っている。
各務原副隊長は、暁と響に連れて行かれ、第2艦隊の卓袱台で艦娘達にお酌をされながら、楽しそうにしている。
「副隊長はロリコンと」
それを見ながら奈緒はぼそっというも、誰にも聞こえていなかった。
「ねえねえ、奈緒隊長!」
ウーロンハイを片手に、ぐいぐい服を引っ張って声をかけてくる雷に振り向く奈緒。
「ん?何よ?」
「隊長は、神波副官さんのことが好きなの?」
「んなっ!?」
とんでもない爆弾質問を投下された奈緒は、真っ赤な顔で絶句して湊を見る。
湊は、ニコニコしながらVサインをしている。顔が赤く、既にかなりアルコールが入っているようだ。
「湊め……そうよ。でもあっちは、湊のことが好きなんじゃないかな?」
「え?」
湊と電と雷は、きょとんとして奈緒の顔を見た。
「何よ?」
不満そうに言う奈緒に、
「神波副官さんは、奈緒隊長のことが好き、っていってたわよ!」
「言ってましたねえ」
「んなっ!?」
二人の言葉が追い打ちをかけ、奈緒の顔がぼふんっと赤くなる。
「そ、それこそ湊こそどうなのよ?大垣長官とか」
ドギマギしながら反撃を試みるが、湊は少し首を傾げて思案の後、
「私は好きですよ?真面目ですし、守ってくれそうですし。でも、先方は私など問題にしないでしょう?」
「でもさ……」
口を挟む奈緒に、首を軽く振る湊。
「まだ、Likeの領域であって、Loveではないってことですよ。私も、彼も、きっとね?」
「……」
「提督、もし大垣大将が提督の事が好きだったら、どうなさるつもりですか?」
「そうですねぇ……?」
話に加わった加賀に、湊は少し思案する仕草をするも、
「ご本人から、そう伝えて頂くまでは、内緒にしておきましょう」
笑顔を浮かべて話を打ち切ると、静かに日本酒を飲み始める。
翌日、司令室にやってくると、
いつもどおり執務机に、
通信文に湊が目を通していると、一つの文章が目に止まった。
呉鎮守府の安藤艦隊からの、演習の要請だった。
しかも、演習希望地は
「うーん……」
通常、演習というのは大きな鎮守府で行うことが多く、
辺境の泊地にて行うことは、滅多にない。
その違和感を感じながら、幕僚監部に了解する旨の返信を送る。
その判断の意味するものを、今の彼女には知る由もなかった……
次回からだんだんシリアスになっていきます。