小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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みなさん、無反動砲(対戦車ロケット砲)を撃つときは 後方に誰も居ないことを確認してから撃ちましょう。


一つの可能性に至る道

翌朝 横須賀市内のホテル。

「おっはよー!司令官!バイキングに行きましょう!」

今は0600(マルロクマルマル)

しっかり寝て、元気っぱいの雷は、未だに夢の中である湊を、ゆさゆさ揺り起こす。

低血圧気味で、寝起きがよろしくない湊は、

「後30分………」

と抵抗しつつ、枕元に置いてある私用のスマートフォンを手に取り、時間を見る。

「まだ六時じゃん……0900(マルキューマルマル)まで寝ます……」

そのまま枕に突っ伏して、再び眠ろうとする。

「ダメよ!司令官と行くんだから!電も、もう着替え終わって待ってるわよ!?」

「わかった。わかったから……」

更に激しく揺らして起こそうとする雷に、湊も根負けして目をこすりながら起き上がる。

目が腫れぼったく、普段以上にぽんやりしている湊に、雷が冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して手渡す。

「はい、司令官」

「ありがとう……」

ちょっと寝ぼけた笑顔を向けて、ミネラルウォーターを半分まで飲むと、ベッドの横のテーブルに置く。

だいぶ目を覚ました湊は、いそいそと、若草色のカーディガンに軍服ズボンという、いつもの格好に着替えていく。

「お待たせ」

軽く化粧をすると、ずっと待っていた電と雷の頭を軽く撫でて、手を繋いで部屋を後にした。

 

 

横須賀鎮守府内 横須賀大工廠。

 

食事を終えて、チェックアウトしてから、鎮守府に戻ってくると、電と雷がかつて電の救助をしてくれた、大和に会いにいくというので、

二人を見送ると、湊は待っている時間で、横須賀大工廠を訪ねていた。

横須賀大工廠は、横須賀鎮守府の艤装開発や修繕を一手に引き受けているところで、

湊と奈緒の持っているM500も、彼女達(明石・夕張)がカスタマイズしたものである。

「高梨准将、お久しぶりです」

湊の姿を見つけると、明石と夕張が手を止めてやってくる。

横須賀鎮守府次席副官時代には、よく一緒にランチに行った間柄だった。

「准将とか堅苦しいですし、今まで通りでお願いします、ね」

穏やかな笑顔を向けると、二人の工廠担当は頷く。

「それで、湊さんは今日はどうしたんですか?」

「それが……」

湊は少しの間思案した後、意を決して切り出す。

通常武器(兵器)で深海棲艦にダメージを与えられた時の話を、

艦娘の深海棲艦化、という部分だけ伏せて話すと、二人共真剣な表情で聞き入っていた。

「ふむ……それはおかしいですね?」

明石が、考えを巡らせながら答える。

明石の話によると、深海棲艦を倒すには、やはり艦娘が必要で、湊の銃も()()()()()カスタマイズ以上のことはしていない、との事だった。

「そもそも、一般兵器でしかも、通常の銃で深海棲艦を倒せるなら、艦娘でなくても良くなりますからね」

というのが、夕張の見解である。

「そうですか………」

近くの空き箱に座ると考えを巡らせる……湊は、やはりどうして通常兵器が通用したか、納得できていなかったのだ。

「湊さんは、何が引っかかっているんですか?」

「実は……」

心配そうに夕張が声をかけると、やはり信頼できるこの二人の見解は聞いておこう、と考え直し、口を開く。

深海棲艦化した艦娘の話をすると、二人共絶句していた。都市伝説程度の話だと思っていたことが、現実化していたのだった……

「もしかしたら、深海棲艦化が()()になるまでは、通常兵器が効くのかもしれませんね?」

「まだ一例しか起こってないことなので断定はできませんが……変わる間は艦娘としての保護も、深海棲艦の通常兵器無効能力も、消える可能性はありますね?」

明石と夕張の見解をそれぞれ聞いて考えこむ……しかし、まだ乏しい情報で決定的な結論には至っていない。

「わかりました。また相談させていただきます」

「あまりお役に立てずに申し訳ありません、こちらでも調査をしますね」

申し訳無さそうな明石に、軽く首を振って笑みを浮かべると立ち上がり、工廠を出て行く。

その様子を、()()()が窺っていた。その人物は湊が出て行くのと時を同じくして、携帯電話を取り出しながら立ち去っていった……

 

 

同じ頃……

大村奈緒は、会議用テーブルで、艦娘白書を一生懸命読んでいた。

司令官代理とはいえ、防御隊指揮官の為、今日も青色迷彩服での執務だ。

執務だ……と言っているが、()()()()()はほったらかしたままだが……

「どうした?司令官代理」

秘書艦代理の長門が、訓練を終えて司令室に入ってきた。

「おっす、長門。ちょっとね、深海棲艦化艦娘の件で気になってさ……」

「そうか……」

「ごめん、コーヒー持ってきてもらえる?」

頭を掻きながら長門に言うと、長門は頷き、保温されていたサイフォンと自分用のマグカップを手に取り、奈緒のマグカップと自分のマグカップに注ぐ。

「それで、司令官代理は何に引っかかってるんだ?」

「………」

差し出されたコーヒーを受け取りもせず、艦娘白書を読んでいたが、ぼさぼさと頭を掻き毟ると、

「一度、やってみるしか無いか……?」

そう呟く。不思議そうな顔を浮かべる長門に、奈緒は、

「第1艦隊と天龍を招集してちょうだい」

と、指示を出す。

「わかった。すぐに集めよう」

長門は立ったままコーヒーを飲み干すと、マグカップを会議テーブルに置いたまま出て行く。

それを見送った奈緒は、無線で防御隊に何やら指示すると、コーヒーにも手を付けずに立ち上がり、執務室を出て行った……

 

 

軍港に集められた第1艦隊の面々と天龍は、軍港に用意されたものを見て、不思議そうにしていた。

自動拳銃に軽機関銃、アサルトライフルに対物狙撃ライフル、そしてロケットランチャー。

更には、携帯式対戦車誘導ミサイル。

「隊長、これは……?」

不思議そうに訊ねる加賀に、奈緒は不敵な笑みを浮かべると向き直る。

「皆、好きなもの選んで」

「選んでって………?」

発言の意図がわからずに戸惑う、第1艦隊の面々を他所に、奈緒は天龍に向き直り、

「天龍、イ級を釣ってきて。いっぱい」

「はぁ?」

何を言っているんだ、という表情を浮かべる天龍に、奈緒はさっきから浮かべている、不敵な表情を崩さない。

「イ級とエンゲージして、そのままこっちに連れてくるのよ」

「何の為にだよ?」

「それは後で分かる。とにかく、指示通りにお願い」

天龍は、目の前の司令官代理の意図が全くわからず、抗議しようと口を開こうとするが、

「天龍、言うとおりにしろ」

「了解!天龍……抜錨する!」

間に立った長門の指示に頷くと、海に降り立ち艤装を展開して、軽やかに沖へと海を滑って行く……

「そろそろ、意図を説明してもらえないか?司令官代理」

痺れを切らした長門に、奈緒は真面目な顔になると、

「通常兵器が、深海棲艦に通用する可能性を一つ見出したから、実験しようと思う訳よ。

 ところで質問だけど、艦娘達は、陸上では艤装展開可能なの?」

艦娘達は、水上でしか艤装展開はできない。元々船というものもあるが、陸上では艤装の重みで自壊してしまうのだ。

よって、陸上から艦砲で砲撃することはできないし、艦載機を発進させる飛行基地のようなことも不可能なのだ。

首を横に振る艦娘達に、満足そうに頷くと、

「では、一部の艦娘は深海棲艦に対して、殴ったり蹴ったり斬ったりできるわけよね。そのダメージも有効である、と」

その言葉に、加賀と赤城が頷く。

「じゃあ、艦娘が通常兵器を持って攻撃したらどうなるか……?ってことよ」

その言葉に、第1艦隊の面々はハッとした。今まで誰も試してこなかったし、試す必要もなかった。

そして、誰も人間の司令官(提督)側も思いついてこなかった……

「そういう訳だから、好きな武器を持って。陸戦隊の装備をいくつか掻き集めてきたから」

そう言うと、大井と北上はアサルトライフルを、加賀と赤城は自動拳銃を、

 そして、長門は軽機関銃を、陸奥はロケットランチャーを手に取る。そして奈緒は携帯式対戦車誘導ミサイルを担ぐ。

 

数十分後、天龍がイ級を10隻程度引き連れて戻ってきた。

飛んで来る砲撃を掻い潜りつつ、逃げてきた天龍の顔色は、無傷とはいえあまり良くない。

奈緒は、岸壁に近づいた天龍に自動拳銃を投げ渡して、

「その場でこれで攻撃してみて!」

と命令し、天龍もそれに従い銃を構えて発射しようとするが、

バキッと音を立てて自動拳銃が壊れる。どうやら艤装展開時のパワーでは、銃の使用は出来そうもなかった。

「壊れちまったぞ!どうするんだよ!?」

「なるほど、ありがとう。天龍は入港しちゃっていいよ! じゃあ次は……」

奈緒は、携帯式対戦車誘導ミサイルを、無理やり水上のイ級に向けて発射する。

ミサイルは低弾道で水面スレスレを飛翔して、イ級に激突する。複合装甲を貫通する高性能爆薬が大爆発を起こすも、イ級には傷一つ付かない。

やはり、()()()()()()()()()ようだ。

「次、加賀と赤城。撃てぇっ!」

奈緒の命令により、加賀と赤城が自動拳銃を構え、発射する。

銃弾が当たると、着弾箇所から紫色の血が流れ始める。

二人が、装弾数を全て発射し終わる頃には、イ級が轟沈していく……

「えっ……?通常兵器で……?」

唖然とする加賀、赤城を他所に、奈緒は次に、アサルトライフルを所持した大井と北上を見る。

大井と北上は頷くと、レバーをフルオートに切り替え、イ級の群れに向かって銃弾の雨を振らせていく。

その間に、天龍は入港して艤装を収納し、必死の逃避行で疲れ切ったのか、岸壁に倒れこむ。

銃弾の雨は、イ級の身体に穴を開け、何隻か沈めていく……

「そうか……!」

漸く、奈緒の意図に気づいた長門は、軽機関銃を構えると乱射を始める。

先程よりも多い銃弾数で、ベルト一本分の掃射を終わらせると、瀕死のイ級を一隻残して海へと沈んでいく……

陸奥は、その間に場所を移して、しっかりと膝をついて構える。

「陸奥、撃てぇ!」

海を見たままの長門の声に頷くと、瀕死のイ級にむけて、陸奥が()()()()()()()()()()()()()()、ロケットランチャーを発射する。

発射されたロケットランチャーは、盛大な音と()()()()()()()()()()()()()弾頭を発射させる。

一直線にイ級に突っ込んでいき、大爆発を起こす。

辺りに、イ級の残骸がぱらぱらと落ちていく……もはや木っ端微塵である。

「なるほど。皆協力ありが……と……」

奈緒は、ずっと腕を組んだまま海上を睨んでいたが、ある程度の回答を見いだせたことで笑みを戻し、

第1艦隊の面々の方に向き直り、感謝の言葉を述べようとして、途中で言葉が止まる。

第1艦隊の面々は不思議そうな顔をしていたが、彼女達の後ろでは、焼け焦げて吹き飛ばされた天龍が、大破状態で転がっていた……

「って、天龍!? すぐに入渠を!!高速修復材の用意!」

慌てて駆け寄る奈緒に、陸奥は引き攣った笑みを浮かべて、冷や汗をダラダラ流していた。

どう見ても、これはバックブラストが直撃した、としか思えない状態で、

陸奥は、第1艦隊の面々にはバックブラストを当てないようにと、位置を変えて構えていたが、その背後に運悪く天龍が倒れ込んでいたのだ。

奈緒も、第1艦隊の面々も海の方に集中していた為、勇敢な釣り人(最大の功労者)の存在を、すっかり忘れていたのだった。

 

 

すぐに、高速修復材での修復が行われて、意識を取り戻した頃には、奈緒と第1艦隊の面々が集まっていた。

囲まれた天龍の顔は、膨れっ面で、ムスッとしていた。

無理もない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

「まったく、冗談じゃねえよ。なんで()()()()半殺しにされなきゃならねえんだ!?」

「ごめん、本当にごめん!」

主犯である陸奥が両手を合わせて謝ると、他の面々も口々に謝る。

天龍は、完全にへそを曲げてしまったようで、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

「天龍、悪かったから。今日はあたしがご馳走してやるよ。皆の分もね」

その言葉に、()()()赤城と加賀がキラキラとし始めるが、天龍もこれ以上意地を張るのもかっこ悪いな、と思い、

「し、しょうがねえな。その代わり、第2艦隊のチビ共も一緒なら許してやるよ」

と、そっぽを向いたまま言うと、奈緒は、ばしばしと天龍の背中を叩いて労う。

「ドーンと来なさい。今日のMVPは天龍だからね」

「痛ぇよ!」

抗議しながら、入渠の水をかけたりじゃれあい出す天龍を見ながら、北上が()()()()に気づいて、口にする。

「ねえ、隊長」

「何よ?」

振り向いた奈緒に、北上は、

「高速修復材使ったけど、いいの?司令官不在時は、出撃は禁止だし、敵襲の場合は、打電するように言われてなかった?」

「あ……」

一同が言葉に詰まる。

湊が内地に向かう前に、()()()()()()()()()()()があったのを思い出したのだ。

出張中は、敵襲があるまで遠征を含めて出撃は認めない、敵襲時は敵襲打電を鎮守府に送ること。

敵襲がなかったことは、他の駆逐艦の子に聞けば明白だし、勝手に出撃したなんて言えない。

無傷であれば、定期哨戒と言い訳がついたのだが、高速修復材を既に使用してしまっていた。

バックブラストで高速修復材を使いました、なんて言った日には、温厚な湊でも流石に怒るだろう。

湊は温厚だが、一度怒ったら大変になることを、奈緒は知っていた……

「ど、どうしよおおおおおお!?」

それを考えると、奈緒は叫び声を上げて、頭を抱える。

 

司令官の泊地帰還予定時刻まで、後24時間……


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