小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

5 / 28
未だに湊ちゃん提督は内地にいます。

安藤龍… うっ、頭が……


泊地と内地

その夜。

横須賀鎮守府 大ホール テラス。

 

その日湊は、准将の任官式から慌ただしい時間が始まった。

慣例とはいえ、分刻みのスケジュールで、三人共疲れ切っていた。

 

「ふう、疲れましたね」

ワイングラスを片手に、テラスに座っている湊。

雷は、パーティの雰囲気にはしゃぎ過ぎて、湊の膝枕で夢の中。

電は、反対側の隣にいて、緑茶のグラスを持っている。

「副官さんは、司令官は同期の星だ、と言っていたのですね?」

「ん?私は落ちこぼれでしたよ、士官学校では。言うのと言われるのが逆ですよ」

湊は、少し困ったように笑みを向ける。

「そうなのですか?皆、『前から君の素質を高く買っていた』と、言っていたのです」

不思議そうに、隣の司令官を見上げる。

「それは、()()()()私が将官になったから言ってるんでしょう。社交辞令ですよ」

湊は、苦笑いしながら眠っている雷の頭を撫でる。

「でも、副官さんは言っていたのです。『不敗の女神』と、同期では呼ばれていた、と。

 戦略戦術シミュレーションでは負け知らずだった、と」

「いやあ、まぐれですよ。進むべき方向と、引くべき方向と時期を弁えていれば、誰にでもできます」

そう言って、ワイングラスを電に渡すと、電が脇のテーブルにそっと置く。

「ところで、司令官は主役なのにいいんですか?」

「いいんですよ。お偉方への挨拶回りも終わりましたし……」

会場に目線を遣ると、軽く溜め息を吐く。

「しかし、こんなことしていて、良いんでしょうか……?」

「どうしたのです?」

きょとんとして聞き返す電に、優しい笑みを浮かべて、

「できれば、私はその日のうちに帰りたかったんですよ」

「どうしてなのです?今日明日と、滞在の予定になってるのですよ?」

「今は戦時中ですよ?膠着状態になったとはいえ……たかだか一准将の、前線の司令官を呼びつけて、

 着任祝賀会なんてこんな無駄な…」

普段の笑みが消え、真面目な表情になる。

「司令官……?」

「心配させてすみません。ちょっと、飲み過ぎたみたいですね。

 私もパーティの雰囲気に毒されたみたいです。そろそろ戻りましょうか?」

 

 

そう言って、眠ってる雷を背負い、中に入ろうとする湊の前に、同じ准将の階級章を付けた男が立ちはだかった。

「おや、新任の准将殿(不敗の女神様)がこんなところで」

「ええと……?」

「私は安藤龍。呉鎮守府の分艦隊司令だ」

「ご丁寧にありがとうございます。高梨湊、この度准将を拝命いたしました。第13泊地の司令官職を務めております。

 眠っている子を背負っておりますので、失礼致します」

湊は普段の笑みに戻ると、丁寧に頭を下げる。それと同時に、電が司令官の分も敬礼する。

「時に高梨准将、海賊の話はご存知ですかな?」

「ええと、申し訳ありません。ここ一年、泊地の立て直しに奔走しておりまして。勉強不足でした」

困ったような笑みを浮かべる湊を、安藤は馬鹿にするように軽く鼻で笑うと、

「それはそれは。では新任の准将殿(不敗の女神様)に教えて差し上げよう。

 元呉鎮守府の直木智也元少将が、軍を脱走して艦娘と海賊をやっている、なんて噂が流れていてな」

「海賊ですか……?」

少し不機嫌そうな電を尻目に、安藤は饒舌に喋り出す。

「不敗の女神様と誉れ高い高梨准将は、そのような輩と交戦したらどうするか、

 小官にご教授願えないだろうか?」

「……」

湊は少し考えると、

「ご教授といえるほどの、()()()()()ではありませんが……

 そうですね……艦娘同士の戦闘となりますか、元少将はともかく、艦娘は全員捕縛しておきたいですね。

 幸い、艦娘同士の戦闘は、()()()()()をしない限り、轟沈の心配はありません。

 初撃で、立て直せない程の痛打を与えておいて、降伏を勧める。轟沈者は出したくありません。前後の事情も聞かなくてはいけませんし」

そう、穏やかな口調で答える。

「甘いな」

鼻で笑う安藤に、電は明らかな不快感を見せようとするが、「電」と湊に呼びかけられて、顔を上げると、

湊が困ったように、首を横に振ると、一歩下がる。

そして、安藤に向き直ると

「では、安藤准将はどういったお考えをお持ちか、教えていただけますか?」

「よろしい。私なら、()()()()()()。軍に刃向かう奴の末路、というものを知らしめる為にも」

「大破した艦娘に、更に追撃を加えて、轟沈させると仰るのですか?」

「当然だ。反逆者等、ましてや職務を放棄した艦娘(使いものにならない兵器)等、生かしておく理由等無い」

「………」

湊は、少し目を伏せた。電も、湊の軍服の裾を掴んで、悔しさに耐えている。

「もっとも、貴女のような、()()()()()()()()の手を煩わせるほどの問題、ではあるまい。

 海賊の掃討は、我々()()()()()呉鎮守府にまかせておけば良い」

湊の目を伏せる行為を、論破されたと勝手に思ったのか、気を良くして安藤は中へと入っていく。

 

「司令官……」

電が顔を見上げると、湊の顔から笑みが消えていた。

湊が目を伏せる時は、著しく気分を害した時で、気持ちを落ち着かせる為の癖なのだ。

「いずれ、彼は取り返しの付かない失敗をするでしょう。

 ()()()()が何によって築き上げられているか、を知らない限りは」

「……」

不安そうな電に、いつもの優しい笑顔に戻ると、

「すみません。やっぱり、アルコールが過ぎてしまったようですね。

 帰りましょう。確か軍が宿舎を手配している、と聞いてますから……」

「はいなのです」

そう言うと、三人はこっそり会場を後にした。

 

 

 

同じ頃。  第13泊地 港湾部。

 

大村奈緒は、いつもの夜間巡回にかこつけた、散歩に出掛けていた。

右手には、缶ビールとツマミの入ったビニール袋。

そして、いつものように岸壁に座って晩酌をしようとすると、先客がいた。

戦艦長門である。

「おっす、ながもん」

気さくに声をかけるも、バッと振り向いた長門は、

「ながもんとか言うな!」

と、抗議する。

「あは、ごめんごめん。で、長門は何してたの?」

「私は、ちょっと月を見ていた。隊長、いや司令官代理は?」

訊き返された奈緒は、缶ビールの入った袋を見せると、

「ちょっと月見酒?」

との答えに、軽く溜め息を吐く長門。

「まったく……しかし……提督は、今何をしているんだろうな?」

そう訊きながら、空を見上げる長門に、

「まあ、新任将官の祝賀会じゃないの?」

という言葉に、

「この戦時中にか……?」

という長門の言葉に、苦笑いしながら、奈緒は缶ビールを一つ手渡す。

「戦時中とは言っても、今は膠着状態で、北回りとはいえ、主要航路はなんとか繋がってる状態だからね。

 それに、軍事費はどんどん拡大している訳で、『()()()()』というのを見せる為には、

 ()()()()()は、やらない訳にはいかないわな?」

「だが……」

ビールを一口飲んで、言い募る長門に、

「そういうのが一番嫌いなのが、うちの司令官()なんだけどね。

 前線の司令官呼びつけて、何が祝賀会や、と」

「そうかもしれないな」

ふふっと笑う長門が、ふと思い出したように、

「ところで、隊長は提督と士官学校同期だった、と聞いているが?」

つまみの、ビーフジャーキーに手を伸ばしながら長門が訊くと、

「うん、同期だよ」

ビールを一缶飲み干して、次の缶を開ける奈緒が答える。

「士官学校の頃の提督は、どんな方だったんだ?」

「そうねえ……」

ビールを一口飲むと、

「歴史は優秀、座学もそこそこ上位、でも実技はクラスの最下位で、落第寸前。

 でも、戦略戦術シミュレーションでの勝率100%。通称『不敗の女神』

 可愛いし、ちっこいし、密かなファンはいたみたいよ。本人は全然気づいてなかったけど」

「確か、最上級生のシミュレーションは、現役司令官(提督)との対戦もあると聞いたが……?」

「そうそう。勝った、という表現は正しくないかもしれないけど、当時の横須賀鎮守府の司令官に、

 ドローに持ち込んでいたわね。湊も真剣だったわ。対戦後知恵熱で倒れたくらいだし」

「そいつは凄い……」

「その時の、横須賀の司令官の顔ったら、顔真っ赤で面白かったわね」

「隊長も人が悪いぞ、だがしかし……

 現役司令官(提督)が、最上級生とはいえ、()()()()()にドローに持ち込まれるのは、面目丸潰れだから、無理も無いだろう」

「まあね。その司令官(提督)は、それから毎週士官学校に来て、「弟子にしてください」と付きまとって、困ってたけど」

「確かに、あれだけ可愛い提督とお付き合いできる機会は、少ないものな」

「その時、湊はこれだけ言ったのよ。

 『進むべき時期と方向、引くべきタイミングを弁えていれば、誰でも出来ますよ』と」

「うむ……だがそれをわからぬ輩の、何と多いものか」

ブラック鎮守府という話を他所から聞いたり、前任者のことを思い出した長門は、渋い顔になり頷く。

「今では、大湊警備府の司令長官になってるそうよ」

「ほう。あの()()()()()()という異名を持つ、あの提督か……」

大湊警備府の司令長官は、大垣守という名前の軍人だった。

当初は、若さ故に無茶な戦法を多用する司令官だったが、ある時期から、

堅実に堅実を重ねた無理のない戦術と守勢の強さ、そしてここ一番の度胸に定評のある、北方航路を支えている司令長官である。

 

「それでね、その大垣司令長官……当時は准将だったかな?彼が、是非彼女を艦娘本部に、と嘆願を出して、

 当時の校長である高野司令長官の推薦で、横須賀に配属になったのよ。

 アタシは、それを知って、()()()()()である配属先逆指名権を行使して、一緒についてきた、と」

 

 

「それは凄い話だな……ところで、隊長はなんと呼ばれてたんだ?」

「それは、その……」

妙に言葉が詰まる奈緒に、長門が、

「どうしたんだ?」

そう、更に追撃をかけると、

「……『鉄腕娘』……」

ぼそっと言う奈緒に、長門は噴き出して、大笑いし始める。

「な、何よ!?」

「すまない、あまりにも()()()()()()()からな」

その言葉に、奈緒はビールを飲み干すと、空き缶を横に置く。

「まあ、喧嘩っ早いのと、湊に()()()が付かないようにしてたからね」

「その頃から、隊長は提督の護衛役だったと?」

「違いないわね」

二人で笑うと、

「そろそろ戻ろう、隊長」

「そうね」

と、空き缶を片付けると二人、宿舎の方へと歩いて行った。





安藤龍→あんどりゅう  あっ…

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。