小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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湊と雷電姉妹の憲法と自衛隊についてのお話。




内地にて

第13泊地 司令室。

 

「横須賀へ出張なのですか?」

「そうみたいですね」

 

通称大本営。正しくは日本国防軍 海軍幕僚監部からの定期便に入っていた命令書には、

こう書かれていた。

 

高梨湊 殿

 

 貴官を第13泊地司令官・准将に任命する。

 よって、辞令と階級章を受領の為、海軍司令部に出頭されたし。

 

                 日本国防軍 海軍幕僚長

 

 

「え?今まで司令官じゃなかったのですか?」

「んー……司令官でしたよ?」

 

釈然としていない電に、湊は穏やかな笑みのまま続ける。

「本来、泊地司令官は准将を以て充ててるんですよ。

 ですけど、私は少佐な訳で、見せかけの大佐(特務大佐)でも、階級が足りないんです。

 それで、それまでは『司令官(心得)』ってことで、一年経ったことで………あ、やられた……」

 

そこまで言って、はたと何かに気づくと、途端に苦い顔に変わる。

「どうしたのです?」

 

「いつの間にか、大佐が()()()にされてますね……」

「どういうことなのです?」

「士官学校を出て、海軍艦娘本部に配属されると、二つのコースに分かれるんですよ。

 司令官(提督)を目指す、所謂()()()()のコースと、それ以外の一般士官コース。

 前者は、鎮守府や艦隊の実績に応じて階級が上昇する為、20代で将官も珍しく無いと。

 まあ、それもあって海軍には()()()()准将が創設された訳で……」

湊はそこで一度言葉を止めて、紅茶を飲んでから説明を続ける。

 

「私は、一般士官コースで一般卒業組だったので、()()()()()()()()んですよ。頑張ってなかったですし。

 奈緒みたいに、()()()()()()()()()でもなかったですから。ですが、提督コースに横滑りして、

 司令官(提督)の評価基準は、艦娘の平均練度、遠征の()()()、出撃の()()()……()なんですよ」

 

「率……極めて高い練度(平均レベル90台)、 100%の遠征遂行率、一回中一回の完全勝利……あ」

やっと、電は気づいた。

湊の、慎重に慎重を重ねた運営で、戦果()は横須賀鎮守府の精鋭司令官(提督)に及ばないものの、

評価基準に当てはめれば、諸司令官(提督)に並ぶ結果を出している、という訳である。

 

「まあ、本来『司令官(提督)が変われば、所属艦娘は全員退役』の慣例に従ってなかった()()()()はありますが」

いたずらっぽく笑うと、少し困った表情へと戻る。

「そんな評価基準で少佐、というのは、非常に問題があるんですよ。

 ()()が待遇に反映されないとか、モチベーションを落とす最たる原因ですから。

 かと言って、()()()()()()()()は許されない。だから、()()()()大佐ということにして、

 私の着任まで遡って、階級を弄ることにしたんじゃないですか? お役所仕事の弊害ですね。

 まあ、その分給料が増えるし、妹達にも仕送り増額できるから、喜ばしいことですが」

そう言うと、軽く湊は背伸びをする。

「さて、本題に戻りますね。電は秘書艦だから同行するとして、もう一人連れて行けるんですよ、

護衛の名目で」

「大村隊長じゃダメなのですか?」

「ダメですよ。彼女には、私不在の留守をお任せしたいと思います。まあ、別の理由もありますが、

 それに、内地には辞令受領に行くのであって、殴り合いに行く訳じゃないですから」

「それじゃあ……?」

「話は聞かせてもらったわ!」

二人がその声のほうを向くと、雷が立っていた。

「ねぇ司令官!私も連れてって!」

よくよく考えると、前司令官時代には、天龍と電以外の第六駆逐隊、吹雪は遠征の連続で、ほとんど泊地にはいなかった。

そして、ある意味純粋な雷を皆が守っていた為、ほかの艦娘ほど、悲惨な現実を見ていない。

一年経って和らいだとはいえ、他の艦娘の現在の()()()()()()()()()への不信感は、そうそう簡単に拭えるものではない。

そうなると、同行を希望するのは雷くらいしかいない、と考えると、湊は笑顔を向けて、

「それじゃあ、駆逐艦雷。あなたに、司令官の護衛艦を命じます。

出発の準備をお願いしますね」

「わかったわ! それじゃあ、準備してくるわね!」

そう言うと、敬礼もそこそこに走って行ってしまった。

 

 

 

数日後……

横須賀鎮守府 海軍総司令部。

「ここが内地なのね!」

「雷ったら、おめめキラキラなのです」

「い、いいじゃない。初めての内地なんだから」

姉妹でじゃれ合ってる二人を、楽しそうに眺めている湊。

流石に、軍関係の用事では『軍服着たくない』は通用せず、

ほとんど着用したことのない、真っ白な海軍の制服(詰襟)を身に着けている。

そんな中、軍服を着た男が一人近づいてくると、電は雷と湊を庇うように、前に出る。

「誰なのです!?」

すぐに反応した電を、湊は頭を撫でて制すると、

「久しぶりですね、敬一郎くん」

そう、湊が声をかける。

「司令官、この人は誰なのです?」

そう訊かれた湊は、

「神波敬一郎くん。今は、高野司令長官の主席副官を務めていて、階級は准将。私の同期の、学年主席ですよ。

 電が助けを求めにやってきた日は、偶々東京の幕僚監部に出かけていて不在だったから、初めてでしたね。

 ええと、敬一郎くん。こっちが第13泊地の秘書艦の電と、今日の護衛艦の雷」

「あなたが副官さんね!私は雷、よろしくね!」

「私は電なのです」

それぞれ自己紹介すると、人のいい笑顔を浮かべて、

「湊さんから紹介があったけど、神波敬一郎。よろしくね」

「あの。一つ訊いてもいいのです?」

電が敬一郎に声をかける。

「ん?答えられることなら、なんでも」

「司令官とお付き合いしているのですか?」

「「いや、全然」ですね」

何故か湊とハモる回答。

きょとんとしている電に、湊は意地悪な笑顔を浮かべて、

「敬一郎くんが好きなのはですねー、奈緒の方なんですよ」

「ちょっ!?」

絶句している敬一郎に、にこにこと笑顔を向けながら、

「ごめんなさいね、敬一郎くん。奈緒が護衛じゃなくて?」

「いや。そこは奈緒さんは、白兵戦の達人だし、戦術能力もあるから司令官代理として、残留は必然だとは……」

しどろもどろになり始めた敬一郎を見て、雷は、

「司令官、あんまりいじめたら副官さんが可哀想じゃない!」

そう、敬一郎の前に立って、抗議をし始める。

「それもそうですね」

その湊の言葉に、一度敬一郎が咳払いをすると、雰囲気が凛とする。

「高梨大佐、1300(ヒトサンマルマル)、総司令部で辞令及び階級章の交付を行います。

 また、新任将官となりますので、今晩は総司令部にて祝賀会を予定しています。

 本日のスケジュールはこちらとなります」

「……了解いたしました……さて」

その言葉を合図に、雰囲気が元に戻る。

「1300ということは、お昼は外で食べてきていいですか?」

「うん、今は1032(ヒトマルサンニー)だから、1230(ヒトフタサンマル)までに、総司令部に戻って来てくれればいいからね」

「分かりました。それじゃあ、私の行きつけのお店に行きましょうか?」

そう言うと、二人を伴って、ゲートの外へと歩いて行った。

 

 

 

横須賀鎮守府 正門ゲート。

「艦娘はんたーい! 人道を守れー!」

「戦争はんたーい! 帝国主義を許すなー!」

正門ゲート前では、多数の人間がプラカードを掲げて、デモを行っていた。

 

正門を出ようとすると、守衛に呼び止められた。

「大佐殿。今はデモがありますので、出入りは西ゲートからお願いします」

「ねえ、守衛さん。何してるのあの人達?」

呼び止めた守衛に雷が質問をぶつけると、年若い守衛は返答に困る。

「あれはですね。()()()()()()()()()()()から、艦娘制度を撤廃せよ、と主張している、()()()()()()()()ですね」

端的に纏めて答える湊に、雷はかなり不機嫌そうな顔をする。

「なによ!私達が深海棲艦から海を守ってるんじゃないのよ! 私達いなかったらどうするつもりよ!

 ちょっと文句言ってくる!」

ふんすと、鼻息を荒げてゲートを出ようとする雷の手を、湊がギュッと握る。

「やめときましょう、無駄ですよ」

「でも!?」 

振り向いて抗議を続ける雷に、

「ちょっと前まで、この国の軍隊は()()()ではなく、()()()でした」

「そ、そのくらいは知ってるわ」

「当時の日本国憲法第九条には、こう書かれていました。

 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 前項の目的を達する為、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」

「???どゆこと?」

頭がはてなマークになっている雷に、

「要するに、戦争しちゃダメですよ、武力も使っちゃダメですよ。その為に軍隊を持っちゃダメですよ。ってことです」

「でも、自衛隊って軍隊じゃないの?」

「だから()()()なんですよ。英語で言うと、Self Defense Force。実際問題、自衛隊の頃から自衛隊は憲法違反だからなくせ、って人達がいたんですよ」

「なによ!?その自衛隊に守られてたんじゃなかったの!?」

「私は、現役の軍人としてそれが正しいとか誤ってるとか言う気はありませんし、言う権利もありません。それにあのデモの人達の言うことも、一理あります。

 実際、第13泊地の前司令官のような輩や、ブラック鎮守府と呼ばれる司令官(提督)の発生を防げなかったのは、私達の不手際なのですから」

「でも……」

まだ悔しそうな顔をしている雷の頭を、優しく撫でる。

「士官学校の前身、防衛大学校の一番最初の卒業式で、当時の総理大臣だった吉田茂さんが、こう言ってたそうです。

 『君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることもなく自衛隊を終わるかもしれない。

  きっと非難と叱咤ばかりの一生かもしれない。 ご苦労だと思う。

  しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、

  災害派遣の時とか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

  言葉を変えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。 どうか耐えてもらいたい』と」

 

「………」

二人の艦娘と湊よりも若い守衛は、その言葉に聞き入っていた。

「私は、歴史を少しだけ学びました。今も昔も、軍隊というのは、その国家における()()()()()()()です」

「………」

「国家の危急というのは、外国からの攻撃やテロだけじゃありません。

 深海棲艦の攻撃や、台風や地震などの救助活動。並大抵のことじゃ救えませんよね?

 だからこそ、きちんと組織されて強大な力を持つ集団が必要なのですよ。

 だからね、雷、電。 自分達を誇りに思いなさい。あなた達は、皆の幸せを守っているのですから。

 たとえ日陰者と呼ばれたとしても、深海棲艦と戦ってくれるあなた達のおかげで、輸入に頼ってるこの国も、干上がらずに済んでいるのですから。

 私は、そうやって戦ってくれるあなた達を生きて帰せるように、最大限の力を尽くします。軍人になりたくてなった訳じゃないですけど、

 泊地の皆は、大切な友人であり、家族ですから…」

穏やかに笑みを浮かべると、二人の頭を撫でる。

「さあ、もう時間もあまり無いですし、ご飯を食べに行きましょう」

「「はーい!」なのです!」

 

 

とある定食屋。

「ここが、横須賀に来るといっつも寄る定食屋ですよ?」

湊が二人を連れてのれんを潜ると、

「あれ、お姉ちゃん!?どうしたの?任地じゃなかったの?」

と声が掛かる。

カウンター席に座っていた、茶髪の背の高い女性が、こっちを見ていた。

「誰ですか?」

「ああ、私の妹ですよ。渚砂(なぎさ)、この二人が任地の艦娘で、電と雷」

前半は艦娘達に、後半は渚砂に湊が言うと、

雷電(RYDEEN)?」

そういう渚砂に、

「「一緒にするな!」しないでなのです!」

と、二人が抗議する。

「あはは、ごめんね。アタシは高梨渚砂。湊お姉ちゃんの一番上の妹。短大生ね」

「あの、渚砂さん。一つ聞いていいのです?」

「ん?なあに?」

「司令官の背をとったのですか?」

「えっ?」

答えに窮する渚砂に、電は笑顔のまま見上げながら、

「とったのですね?」

「えっと………?」

「とったのですね?」

「その………?」

助けを求めるように、姉に視線をやる渚砂だったが、

それを放ったらかしにして、雷と湊は、既にテーブル席についてメニューを見ていた。

「お姉ちゃん助けてよ!」

「私を差し置いてぐんぐん伸びた報いだよ。さあ、雷。これがお勧めの生姜焼き定食ですよ」

「じゃあ、私これにする。司令官は?」

「ちょっとー!?」

半分涙目の渚砂に、

「うふふ、冗談、冗談。電、渚砂、一緒に食べましょうか?渚砂も今日はごちそうするよ?」

「はーいなのです」

「いや、いいよ。お姉ちゃんからの仕送りで、充分余裕で暮らせてるし、さ」

 

 

 

数十分後。

「ごちそうさまでした(なのです)」

「ごめん、お姉ちゃん。アタシ、レポートあるからもう行くね。

 あたし週末実家だけど、お姉ちゃん実家帰れそう?」

「うーん、今回はとんぼ返りかな、ごめんね。汐奈(せな)夏海(なつみ)にもよろしく言っておいてね」

「OKOK、また休暇になったら、連絡頂戴」

「うん、連絡するね」

そう言うと、慌ただしく渚砂が出て行く。

それを見送ると、

「司令官、渚砂さんは何をお勉強してるのです?」

「ええとね、保育士ですよ。来年就職だから、今忙しいみたいですね」

「そうなのね。でも、気さくで優しそうだからぴったりかもね!」

「私がいない間は、渚砂がお姉ちゃん役ですからね」

誇らしげな笑顔を浮かべると、

「二人も、泊地の皆も、大事な私の家族、ですからね」

そう言われた二人は、少し照れくさそうに笑顔を返す。

「さあ、そろそろ戻りましょうか?」

「「はーい」」




なお、高梨4姉妹で一番背が低いのは湊のようです。

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