小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

3 / 28
探検と泊地の闇(改)

深夜……

第13泊地 司令部庁舎 司令室。

 

 

皆が寝静まった夜。

湊は、大量の資料を持ち込んでいた。

資料は、深海棲艦についての報告書を纏めた、過去の「深海棲艦白書」である。

()()()()()()()()()事実が、帰港した後も、湊の気がかりになっていた。

電も、日付が変わる頃まで手伝っていたが、うつらうつらし始めた頃に、

隣室の、自身の私室のベッドへ抱き抱えて寝かせたので、今は夢の中である。

「どうしたのさ?湊」

護衛を兼ねている、副官の奈緒は、応接セットのソファーに座って、コーヒーを飲んでいた。

さっきから、手伝う素振りも見せずに、ずっとコーヒーを飲んでいた。

「いえ、深海棲艦の情報をもう一度整理しておきたくて……」

湊は、すっかり冷めた紅茶を一口飲んでから、再び資料に視線を落とす。

「確かに、目の前で艦娘が深海棲艦化したのには、驚いたけどね」

奈緒はコーヒーを飲み干すと、コーヒー()()()()()も感じていた。

日頃から、『護衛は相手が撃つ前に無力化させる』ということを言い続け、実践してきた彼女に、

反応する前に敵が跳びかかり、護衛対象に銃を撃たせてしまった、のは、()()()と、言ってもよかった。

だが、()()()()()を咎める司令官ではないことはわかっていたので、口に出さずに、悔しさを噛み締めていた。

「ですが……」

そんな奈緒の心情を察したのか、湊は、去年版の深海棲艦白書を閉じると顔を上げた。

「これではっきりしましたね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」

そういう噂はあった。艦娘の無念や悔しさの念が、深海棲艦化するという。

だが、前線の司令官(提督)達には、到底受け入れられることではなく、世間にも()()()()()()()()()として認識されていた。

「そうね………」

「しかし、どうして()()()()()()()()()?の説明にはなりませんね」

それに同意する奈緒だったが、まだ謎は何も解明されていない湊の表情は、暗いままだった。

「ま、無理して根詰めてもしょうがないよ」

その、重苦しい空気を打破しようとした奈緒は立ち上がると、司令官執務室に()()()()()()()、コーヒーマシンのスイッチを入れる。

豆がミルされる音が響き、コーヒーがドリップされる。

ドリップし終わったサイフォンを見せて、飲む?と聞くが、答えはNOであることは判っていた。

湊は、筋金入りのコーヒー嫌いで、泥水呼ばわりしている。

湊は湊で、ティーポットの茶葉を入れ替え、机に設置してある電気ケトルのお湯を沸かしてから注いで、

自分で紅茶を淹れていた。

そんな湊の態度に肩を竦めると、会議テーブルに置いてある椅子を引っ張り出して、執務デスクの対面に置き、コーヒーをデスクに置いてから椅子に座る。

湊は、デスクの引き出しに隠してあったクッキーを取り出すと、電には内緒ですよ、と奈緒に勧める。

 

「ところでさぁ、湊。前々から訊いておきたかったんだけど?」

「なんですか?」

クッキーを食べながら首を傾げる湊に、意を決してずっと残っていた疑問を伝える奈緒。

「何で、高校の時留年したの?」

湊と奈緒は()()である。でも、湊は奈緒より一つ()()だった。

それもあって、()()()()の間柄であってもフランクに付き合ってきたし、

上官部下が()()()()()は、ある意味やっとホッとした、というのが奈緒の本音だった。

湊は、少し思案の後に口を開いた。

「事故だったんですよ。ただ、どういう事故かは()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。

 当然、出席日数不足で留年。二回目の一年生は、なんとか頑張りましたけど……」

「そっか、ごめん」

あまり思い出したく無いことを思い出させてしまった奈緒は、申し訳無さそうな顔をする。

そんな顔の奈緒を見て、笑みを浮かべて首を振る湊は、何かを思いついたように立ち上がった。

「そうだ、探検しましょう」

「はぁ?」

何を言ってるんだ、という奈緒の反応を他所に、湊は話を続ける。

「周辺の深海棲艦を片付けたので、明日司令部は、皆休暇ということになってます」

第1艦隊及び司令部は、日付が変わった今日は、一日何もなければ休暇、という指示を、湊自身が出していた。

湊は普段は真面目でおとなしく、常識的なのだが、時折こういう子供っぽい一面を覗かせる。

「せやな。ちなみにもう今日ね」

奈緒は、呆れたままの表情で湊を見やる。

「この間、庁舎の奥に開かずの扉を見つけたんですよ。そこ行きましょう」

「明日でもいいじゃん?寝ようよ、湊」

「ほら、肝試しってやつですよ?」

奈緒だって、この時間まで起きていて、眠くない訳がない。

だが、一度好奇心に火が点いた湊は引き下がる訳もなく、楽しそうに窓辺へと歩いて行き、

外を眺めると、流し目で奈緒の方を向いた。

「ちょうど道連れもいます」

「道連れ?あぁ……()()()()()()()か……」

奈緒も窓辺に向かうと、視線の先には軍港の岸壁で仲良く月を見ている、大井と北上がいる。

こうなっては仕方がないなと、大きな溜め息を吐いて、壁に掛けていたS&WM500ハンター改が収められているガンベルトを手に取ると、腰に身につけた。

 

第13泊地 軍港。

「今夜も月が綺麗ですね、北上さん」

「そうだね、大井っち」

仲睦まじく月を見ている二人から、少し離れたところの建物の影に隠れている、湊と奈緒。

湊の発案で、驚かせよう、ということになり、こうして様子を窺っている。

「本当にやるの?」

「はい。ちょっと行ってきます」

そう言い残して、そろりそろりと二人に近づいていく。

どういう訳か、湊は気配を殺すのが上手で、本気で気配を殺すと、誰にも気づかれない。

士官学校時代、気配を殺して寮のクローゼットで昼寝をしてたら、同室の奈緒に()()()()だと騒がれて、大騒動になったこともある。

その時は、なぜか奈緒()()がこってり叱られて、後で大喧嘩になったものだ。

湊は足音一つ立てずにそろりそろりと背後に近づいた。これで身体能力もあれば、暗殺者も出来そうだが、湊の運動神経では到底無理だろう。

静かに息を吸い込むと、自分の出せる最も大きな声で叫んだ。

「どっかーん!」

「きゃああっ!?」

北上は、何が起こったのか理解できずに、声のした方を振り向くと、司令官()がいた。

「え、な、なに…?提督」

大井は反応がない。それに気づいた北上は、大井の表情を見る。

湊は、大井は驚いてないのか、と不思議そうな表情を浮かべる。

「あれ?大井はびっくりしてなかったですか……?」

「ううん、提督。大井っち、気絶してる」

北上が、溜め息を吐いて、首を振った。

「ええっ、気絶しちゃったんですか?」

「ああ、やっぱり気絶するよねえ……」

「大村隊長まで……何か用?」

奈緒も物陰から出て来る。司令官と防御指揮官が二人揃って何があったのか、と思いながら、疑問を口にすると、

「ちょっと、肝試しに行きませんか?」

「はぁ?」

全く理解からかけ離れた言葉が返ってきた北上は、呆れたまま何も言えなくなっていた。

 

 

第13泊地 庁舎。

「……と、いう訳なんですよ」

「子供ですか、あんたは?」

気絶から復帰した大井は、移動の途中で説明を受けると、呆れ返ってジト目で上官を見やる。

「思い立ったら吉日、と言うじゃないですか?」

湊が、子供のような無垢な笑みでニコニコとしながら、懐中電灯を照らして歩く。

庁舎一階に詰めている、防御隊員に電灯を落としてもらい、廊下は真っ暗になっている。

 

最低限の防御隊以外のスタッフは、隣接している寮で休んでいる為、

一階の防御隊詰め所と、司令室隣室で寝ている電と、この探検隊以外は、人がいない。

庁舎は、全てが使用されているのではなく、奥の方には使用されていない部分もあった。

そんな、普段は使用していない区画へと立ち入った。

先日、湊が発見した開かずの扉は、

この一年間、湊も艦娘達も多忙な日々を送っていたのと、

開かずの扉自体、見つけにくい場所にあった為、誰も気づかなかったのだ。

「さて、何が出ますか……?」

司令室に残されていた、鍵束の鍵を順番に差し込んでみるも、全て違う。

「うーん……この鍵でもないみたいですね……?」

最後の鍵を差し込んだ湊は、困ったように後ろの三人に振り向く。

「雷撃で扉をふっとばす?」

「おい馬鹿やめろ、せめてM500にしろ」

「電が起きるんじゃないかな?」

過激な大井の発言に、ぺしっと頭を叩いて突っ込む奈緒。

そして、それに突っ込む北上。

当の湊は、そのじゃれ合いには参加せず、何かを思いついたのか、落ちていた針金と、前髪を留めていたヘアピンを外すと折り曲げて、それを差し込んでカチャカチャと弄り始める。

それに気づいた北上が、声をかけようとすると、カチャリと音を立てて鍵が開いた。

「開きましたよ」

「いや、そうじゃなくて」

満面の笑みを浮かべる湊に、溜め息を吐く三人。

これ以上、ツッコミをしても無駄だと思った北上が扉を開くと、湊が懐中電灯を照らす。

 照らし出された先には、地下へと続く階段があり、そしてそこから流れてくる、()()()()……

「……これはヤバイかもしれませんね?」

それまでの、子供みたいな無邪気な笑顔から一転、真顔になると、腰につけている護身用の銃の位置を確認する。

それに倣い、奈緒もいつでも射撃ができるよう、準備をする。

入り口にある、電灯のスイッチを入れようとするも、蛍光灯が切れてるせいか、電気が点かない。

懐中電灯をしっかり照らすと、奈緒が一番最初に降りていく。

その後を湊、そして大井と北上が続く。

階段を降り切ると、突き当りに扉があった。

扉の上には、『特別工廠』と書かれた札が見えた。

「ここは………?」

呟く湊に対し、大井と北上は、そこが()()()()()、薄々気づいてしまっていた。

「おそらくは、前の司令官の……」

言いかけた大井を無言で制すと、

「二人はそこで待っててください。此処から先は私達で行きます」

湊は、そう二人に声をかけると、懐中電灯を照らして奈緒を促す。

奈緒は頷くと、改めて湊の手前に立ち、先へと進み、特別工廠という扉を開けた。

 

 

第13泊地 地下 特別工廠室。

 

特別工廠室にはいった二人は、その()()()()()()()に気づいた。

()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()である。

そこから導き出されるのは、()()()()()()()()()()()()……

「これは……完全解体をやってたんですね……」

「完全解体!? 軍法で禁止されてる筈よ!?」

湊が苦々しい顔をすると、奈緒は驚きの声を上げる。

 

通常、艦娘を解体する時は艤装()()を解体し、()()は退役兵として社会に戻す。

ただ、不死とは行かないまでも、寿命の長い艦娘達を社会に戻すには、

簡単には行かない為、基本的には泊地や鎮守府の職員として再雇用したり、

軍から年金を与えたりして、社会に馴染ませたりしている。

だが、こういった小さい泊地では予算も限りがある。

その為に用いられていたのは、『捨て艦戦法』と言う()()()()()()()()()()と、

()()()()』と呼ばれる、本体ごと解体する(バラす)方法が考え出された。

完全解体には、もう一つ()()があった。

解体した()()()()()()()()を取り出して、建造素材として使用すると、

素材の練度に応じ、練度が最初からある程度まで()()()()艦娘が建造できるのだ。

だが、倫理上問題があるこの方法は、すぐに防衛大臣名により、禁止令が出されていた。

 

「しかし、それだけでしょうか………?」

「どういうこと?」

腕を組み考えこむ湊に、奈緒は心配そうに声をかける。

「いえ。今日び、完全解体なんて危険な橋を渡るより、もっと楽な練度育成手段はいくらでもあるでしょう。例えば、潜水艦を盾艦にした育成法(3-2-1レベリング)とか」

「確かに。疲労をいくらでも無視できるし、予備の潜水艦がいれば、いくらでも使い捨てられる、と」

「そこまで行かないにせよ、ブラック鎮守府と呼称される鎮守府や泊地のように、昼夜通して艦娘を酷使する司令官(提督)も、残念ながら存在します。

人海戦術でローテーションするのも含めて、完全解体に今日び、利点など無い筈、なんですよ」

そう言ってから、湊は大きく溜め息を吐く。今ここで考えても仕方がないし、予想以上に泊地の闇は深い、と感じていた。

「……()()()()()は、伏せておいたほうがいいでしょう。これは、私の手に余ります」

ちらりと部屋の奥を見回す。その先にも扉があったが、これ以上の探索をする気にはなれず、首を振った。

「高野司令長官に報告を上げる?」

「いえ。今、憲兵隊の調査を受けるわけには行きません。泊地解散にでもなったら、()()()()はともかく、

 艦娘達が不憫すぎますから……ある程度実績を上げた上で、改めて報告しましょう。まずは、ここの扉を再封印しましょう」

差し当り、問題を棚上げすることにした。過去の事件を検証している余裕は、()()()()()()にはない。

奈緒も、それに同意する。

「そうだね。すぐに新しい鍵を手配するよ」

「お願いします。では、帰りましょう」

特別工廠を出ると、待っていた大井と北上にも、この件は口外しないように、と懇々と語ると、

二人共、深刻な顔で頷いた。

 

 

湊は、大井と北上を見送って、奈緒と防御隊詰め所で別れると、

一人で司令室まで戻ってきた。

「ふう……完全……解体かあ……」

士官学校を出てから数年。高野司令長官は、公明正大でそういったことに無縁な男だった為、

初めて目の当たりにした、()()()()()()()()()()()に、疲労にも似た気の重さを感じていた。

カーディガンを脱いでデスクに置くと、静かに隣室に入っていき、寝間着に着替えると、気配を殺して電の眠っているベッドへと潜り込んだ。

「おやすみ、電」

 

数分後、湊も小さな寝息を立てて眠りについた。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。