小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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ハワイ解放作戦~退却~

「行きましょう!いなづまを迎えに」

 

 一頻り雷の胸で泣き続けた後、顔を上げたみなとは、力強く宣言した。

「ちょっとは、頼り甲斐が出てきたじゃねえか?湊ちゃん提督よ?」

 天龍が、ばしっと背中を叩き、()()()()を、みなとの腕に付ける。

「あ、あの?」

 旗艦腕章まで付けられたことに、少し戸惑いがちに天龍に声をかけると、天龍はニヤッと笑う。

「オレ達の()()は、電と湊ちゃん提督以外は考えられねえ。出迎え艦隊を仕切るのは、湊ちゃん提督しかいないだろう?」

 その言葉に、他の面々も頷く。

「わかりました。よろしくお願いします」

 みなとは一同を見回すと、頭を下げてから、ハワイの方角を見て、電探(レーダー)を起動させる。

「………第三警戒航行序列の艦隊が、別の艦隊の追撃を受けているようです。追撃艦隊を敵と判断、トマホーク発射……っ!げほっ……」

 背部のVLSから、タクティカル・トマホークミサイルが発射された直後、みなとは突然咳き込み、口を押さえるが、押さえた指から血が零れ出る……血を吐いていた……

「お、おい!湊!?」

 慌てて、支えようとする天龍を手で制して、歯を食いしばると、トマホークのレーダー誘導を続ける。

「ちゃ……着弾まで後二分……」

 心配そうな出迎え艦隊の面々が見守る中、脂汗を流したみなとは、トマホークを敵の中枢部に、ホップアップモードで突入させる……

 

 

「追撃艦隊!旗艦は戦艦水鬼の模様!ああ……不幸だわ」

 空母水鬼が沈んで、混乱している包囲艦隊の包囲網を突き破って、ハワイから離れているところに、後方を警戒していた山城が報告する。

「こんな時に……やってみるのです。VLA発射!目標、敵単縦陣先頭の敵艦!」

 いなづまの、VLS発射セルからVLAが発射され、短魚雷が切り離される。パラシュートが魚雷を海面に運び……

「電提督! 前方から飛翔体!先ほどの『とまほーく』とやらよ!海面スレスレを、敵艦隊に向かっているわ」

 前方を警戒していた、総旗艦である加賀の艦載機が、トマホークを捉える。海面スレスレの捕捉しづらいところを捉えるのは、さすが高練度の艦娘である。

「今水上艦に誘導してるから、声をかけないで欲しいのです!」

「り、了解。索敵を続けます」

 怒鳴りながら、いなづまは目を閉じて、対水上艦モードで誘導中の魚雷を、先頭にいた雷巡型深海棲艦に接触させると、爆発を起こし雷巡が海の藻屑になっていく……それを確認したいなづまは、すぐに哨戒ヘリを発進させる。

 発進した哨戒ヘリが、トマホークを捕捉すると、トマホークは、既にホップアップを始めており……

「喰らいやがれ!なのです!ヘルファイアⅡ発射!」

 対空挙動をとった戦艦水鬼に、ヘルファイアⅡ空対艦ミサイルを放つ。ミサイルは、真っ直ぐ戦艦水鬼に向かって飛んでいき……20インチ連装砲に直撃する。

「チッ!アノハエヲ、タタキオトセ!」

 怒りに満ちた戦艦水鬼の命令で、上空に弾幕が張られ、SH-60Kは大爆発を起こして墜落して行く………最期の抵抗のヘルファイアⅡを発射させながら……だが哨戒ヘリに気を取られて、戦艦水鬼は忘れていた……上空から襲いかかる、巡航ミサイル・トマホークの事を……

「シマッ……!!」

 彼女が上を向いた瞬間、トマホークが大爆発を起こす。無防備な状態で直撃した戦艦水鬼は、大破状態で、鬼のような形相をしている……

「ニガスナ!オエ!」

 副旗艦の空母ヲ級改Flagshipが、艦載機を発進させようとするが……墜落間際に放った、ヘルファイアⅡが頭部の艦載機発艦口に飛び込んで、大爆発を起こす。

「アウウッ!」

 撃沈は免れたものの、頭部の発艦口が吹き飛び、ヲ級の顔が顕になる……白い肌からは血が流れており、片目からも血が流れている……

「今です!全艦、全速前進!前方の艦隊に向かうのです!」

 

「イナヅマメ!!マタシテモ!!オボエテオレ!!」

 遠ざかっていく、いなづま達の連合艦隊を見送る形になった戦艦水鬼は、それに向かって呪詛のような叫び声を放つ。

 

 

「前方の艦隊、捕捉。IUF(独立連合艦隊)の遠征艦隊の四人に、雷。それと……!?」

 追撃艦隊を振り切って、改めて負傷した艦娘達を輸送艦に収容し、念の為にと、他の艦隊も休養を取らせ、加賀隊のみでの輪形陣で航行を続けていた。加賀は、哨戒機を何度も出して、出迎え艦隊の状況を確認していた。漸く艦載機がその艦隊を捉えて、加賀は絶句した。行方不明になった、上官の姿を見つけたからだった。

「何があったのです!?まさか、大垣城が水上を十傑集走りでもして、従いてきてるのですか!?」

 いなづまは、往路の気分転換にと、武藤司令長官(提督)に無理やり貸し渡された漫画のことを思い出して叫ぶが、加賀は首を激しく振る。

「違う!大垣長官をイロモノ扱いしないで!違うのよ!湊……湊ちゃん提督が……!」

 そう叫ぶように、いなづまのいた方向を向いたが、そこには誰も居なかった。

「ちょっと!電さん!?」

 赤城が呼び止めるのも聞かずに、艦隊離脱をしたいなづまは、湊の元へと全速航行で、海の上を滑って行ったのだった……

「まあ、仕方がないよ」

 北上が、軽く肩を竦めて見送ると、大井も頷く。湊に会ったことのない比叡と榛名は、首を傾げて見送っていた……

 

 

「大丈夫かよ……?」

 その後も、激しく咳き込んで、血を吐いていたみなとだったが、天龍の心配そうな声に、弱々しく笑みを浮かべる。

「な、なんとか生きてますよ……あたっ」

 そんな、縁起でもない事を言うみなとの頭に、響がチョップを叩き込む。

「皆、湊ちゃん提督の帰りを信じてた。縁起でもないことは言わない」

 真っ直ぐ見つめる響に、みなとは頷く。

「前方から、超高速で向かってくる艦船あり……ええと……電司令官です!」

 双眼鏡を覗き込んでいた吹雪が、いなづまの姿を捕捉すると、出迎え艦隊もそちらの方に向かう。

「みなとさああああああああああああああんん!!!!!」

 その声が聞こえたと思ったら、既にいなづまがみなとにダイブしており……

「わっ……とと……っ!」

 ダイブしながら、艤装を収納したいなづまを、バランスを崩しながらも抱き締めると、いなづまも抱き返す。

「おかえりなさいなのです……湊ちゃん提督」

 顔を上げて笑顔を見せるいなづまに、みなとも笑みを返す。

「血を、吐いたのですか?」

 その顔を見て、ポケットからハンカチを取り出して、口元を拭ういなづまに、みなとは困ったような笑みを浮かべながら、

「ちょっと、無理をし過ぎたようです……」

 と答えると、別の声が聴こえる。

「電提督、湊ちゃん提督の為に、応急工廠を空けてあるからすぐに収容を。それと……勝手に離脱は困るわ」

 腕を組んだまま、加賀が声をかける。という彼女も、艦隊から先行しており、少し後に本隊が追い着いた。

「加賀さん……」

「言いたいことは山程ありますし、訊きたいことも山程あります。ですが、まずは()()()横須賀に帰ることが大事です」

「分かりまし……」

「み、湊ちゃん提督!すぐに運ぶのです!」

 加賀の言葉に頷こうとしたところで、みなとは意識を手放し、いなづまの手によって、輸送船の応急工廠に運ばれて行く……

 それと入れ違いに、武藤司令長官(提督)の駆逐隊の艦娘……不知火の後を継いで、旗艦となっている天津風が出て来て、海面に降りて来た……ヲ級への無茶な突撃で、連装砲くん共々大破・重傷で、痛々しく包帯が巻かれている。

「加賀さん、ムタ提督が今、息を引き取ったわ……」

「そう……それで、遺体はどうするの?後もう少しで日本領海よ?陸まで運んで、遺族にお渡しすることも可能だけど?」

 船に搬送された武藤司令長官(提督)を見て、もう助からないだろう……なんとなく、そう思っていた加賀は、少しだけ悲しそうな表情を浮かべながらも、努めて冷静に問い掛ける。

「提督が水葬にして欲しいって……奥様もお子様も、もう亡くなってるからって……加賀さん……?」

 必死に、涙を堪えている天津風を、加賀は優しく抱き締める。

「あなた達は泣きなさい、目一杯泣くのよ。それが、武藤提督の魂を、安らかに眠りに就かせる為に必要だから……」

「う……う……うわああっ!!ムタ提督うっっ!!!」

 加賀は、泣き止むまでずっと、天津風の頭を撫で続けていた……

 

 

「撤退戦の最中(さなか)、戦死を遂げられた、武藤廉也中将閣下に敬礼!」

 加賀の手配で、すぐに進軍は中止され、いなづまの号令により、全隊員及び全艦娘が敬礼を行う。いなづま、みなと及び隊員達は船上で、艦娘達は洋上で、武藤司令長官(提督)の棺が海へ沈んでいくのを見送っていた。

「辛いわね……あの時を思い出して……」

 加賀の隣で敬礼していた瑞鶴は、ずっと泣きながら敬礼をしている、武藤司令長官(提督)の駆逐隊の天津風・夕立・五月雨・浜風を見ながら、悲痛な表情を浮かべる。

 敬一郎が、葬儀前に荼毘に付された時を思い出していた……敬一郎の遺体の入った棺桶に縋り付きながら、皆で泣いたあの日を……

「生あるものは、いずれ滅する……とはいえ、あの子達にとっては辛いわよね……できれば、うち(独立連合艦隊)で引き取ってあげたいわ」

 加賀の言葉に、素直に頷く瑞鶴。

「どれだけの悲しみを重ねたら、平和が来るのでしょう……?」

 その後ろで、敬礼をしていた赤城が、会話に加わる。

「…………」

 その問いかけには、誰も答えられず、ただ沈んでいく棺桶を見送る三人だった。

 

 

「では、横須賀に向けて発進します」

 再び加賀の号令により、加賀隊の輪形陣による護衛の元、ハワイ解放任務統合連合艦隊は日本領海に入り、横須賀鎮守府に向けて、航行を再開した。

 

 

 

 その頃、横須賀鎮守府の司令長官室では……

「そうか、了解した。横須賀で待っている……会えるのが楽しみだな、湊さん」

 みなとからの報告で、自身の生存と、武藤司令長官(提督)の戦死の報告を受けた大垣守司令長官は、通信機を机に戻す。その直後、扉が開かれる……

「ノックもなしに、どなたで……!?」

 総秘書艦の執務机で執務をしていた大鳳は、立ち上がり銃を手に取るが、その相手を見ると、驚愕の表情を浮かべる。

「大垣、久しぶりね」

 扉を開けた女性は、不敵な笑みを浮かべ、中に入ってくる。

「これはこれは、呉鎮守府司令長官三笠元帥。何の用だ?突然の来訪、恐縮だが」

「生きていた、高梨湊を引き渡しなさい」

 命令口調で言う三笠に、大鳳は反感を覚えるが、守は手で制すと立ち上がり、真剣な表情になる。

「断る。どのような()()()()を持っての、引き渡し要求かは知らんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、()()()()()()()()()()()()

「ならば………」

 三笠は、腰に差していた軍刀を抜いて、机越しに守へ突き込む。守は、立てかけてあった軍刀を摑み、机を飛び越えて躱すと振り向いて、大振りになった三笠の軍刀と切り結ぶ。

()()()()()()()()()()が、随分腕を上げたものね」

()()()のあんたは、すぐに武器を振り翳すような安い女じゃなかった。()()()んだよ、戦艦三笠」

 体重を掛けてぐっと押し込むと、三笠は後ろに飛び退いて、軍刀を構え直す。

「俺は、()()()()()()()軍に入ったというのに!」

「そんなこと、お前の勝手よ!」

 何度も何度も切り結びながら、怒鳴り合う二人。大鳳は、その様子を見守ることしかできなかった……

「俺の腕が()()()()んじゃない。あんたの腕が()()()んだ。仕込み木刀を持った俺をボコボコにしたあんたは、どこに行ってしまった!?」

「うるさい!私の何が解る!?」

 何度も何度も、軍刀同士がぶつかる音が、執務室に響く。

「俺は、()()()()()()()からな」

「ならば……!?」

 三笠が軍刀を振り上げると、守は重心を落として横蹴りを放つ。もろに直撃した三笠は、壁に叩き付けられる。

「三笠元帥、()()()()()()()()()()()()()()()()。退いてくれ、頼む」

 頭を下げる守に、立ち上がった三笠は、

「あんたを意のままにするのは無理そうね、大垣……()()()退いてあげるわ」

 脇腹を抑えながら出て行く。

「………大鳳、IUFが帰還次第、()()()()を実行に移す。準備を頼む」

「あ、は、はい……!」

 呆然としていた大鳳だが、声を掛けられ我に返ると、慌てて執務室を後にする。

「……時期が来たということだな……()()()()()()()()()の………」

 どっかりと座り込み、軽く目を閉じる守は、無念と失望と怒りを噛み殺しながら、希望を見出す為に立ち上がり、執務室を出て行った。


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