「……あの、大垣長官?」
新宿から高速道路に乗り、新木場へと向かう車の助手席に、日野未来大湊警備府司令長官が座っていた。
その隣の
「何だ?」
「この車は、なんですか?」
きちんとシートベルトを締めて、両手を膝の上に置いた未来は、隣の守を見つつ訊くも、守はさも当然のように、
「これか?トヨタ・ランドクルーザーだが?こいつはな、2015年モデルの……」
「違う、そうじゃないです。横須賀鎮守府司令長官・大将ともあろう方が、何故移動に
未来は、守が説明しようとするのを遮って、ツッコミを入れる。
「ああ、そっちか?そりゃあ、執務ほっぽり出して、鎮守府抜け出したからだ。
「はぁ?」
感情に乏しい未来も、流石に開いた口が塞がらないようで、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「バレたら、大鳳も従いてくるだろう?こっから先は、あいつを付き合わせる訳にはいかねえ。危ねえからな」
そんな、秘書艦への気遣いを見せる守に、未来は大きな溜め息を吐く。
「あのですね?彼女は艦娘であって……」
「わかってる。横鎮の艦娘は、全員
秘書艦思いとはいえ、あんまり過ぎる言葉に、未来は、再び大きな溜め息を吐く。
「きっと、大鳳は気を悪くすると思いますよ?勝手に置いて行かれて。怪我なんぞしたら、一生根に持たれますよ?」
「わかってる。それより、急いだほうがいいな?」
「はい。次の狙いは、きっと台場軍港です。時雨を残してきたとはいえ、艦娘が他に居ない上に、片目の大村大佐では、どうしようもありませんし」
守は頷くと、アクセルを噴かして、新木場方面へと車を走らせていった……
守達が着いた頃には、傾いていた陽が、沈み始めていた……
台場軍港は、夕方になると
「そろそろか………」
軍服の上着を脱いだ守は、右手に使い込まれている木刀ーーもちろん、中に鉄芯が入っているがーーを片手に立っている。
その隣に、軍刀を腰に帯びた未来も立っている。
そこに、軍用トラックがやってきて、台場軍港の前に止まる。
中から、アーミーナイフを持った男達が、続々と降りてくる。
「あれは、特殊作戦群のアサシン部隊か……?陸軍まで使って、ご苦労なことだ」
「そうみたいですね……」
アサシン部隊とは、銃器をほぼ使わずに、静かに目標の命を刈り取る、特殊作戦群隷下の
アサシン部隊の男達は、台場軍港の建物入口に立っていた二人に襲いかかる。
「さて、久々の喧嘩だ。腕が鳴るぜ」
守が、木刀を引っさげて走り出した時には、未来も素早く刀を抜いて、同じく走りだす。
「日野!殺すなよ!?」
その声に、未来は抜いた刀を、一番近いアサシン部隊の男の肘に振り抜く。肘から下がぽとりと落ちた男は、腕を押さえて悲鳴を上げる。
「まずは一人……」
未来が、そう呟くと同時に、懐に潜り込んでから、股間へと打ち上げるように、膝蹴りを放つ。あまりの激痛に、その男は白目を剥き、泡を噴いて倒れる。
「エグいな……」
その様子を見て、一瞬顔が引き攣るも、守も手近な男に、抜き胴で仕込み木刀を叩き付ける。鈍い音がすると、あまりの激痛に男が悶絶し始める。
「大垣さん、人のこと言えないでしょう……?あ、危ない!」
トラックの助手席から、白い軍服の男が銃を向けたことに気づいて、未来が大垣の前に出たところで、タァン!という発砲音が響いた………
「うっ……くっ……」
未来は、激痛に顔を歪めると軍刀を取り落とし、右肩を押さえる。指の間からは血が溢れ出している……
「日野!」
守が、一番近くに居たアサシン部隊の男に木刀を投げつけると、未来を抱き上げる。
「くそ……すまん。俺が油断した………」
「すみません……私も、気づくのが遅れました……」
ジリジリと近づいて来る、アサシン部隊を睨みつけた二人は、遠くからバイクの爆音が聞こえるのに気づく。改造されたクラクションの音まで聞こえる。
アサシン部隊もその音に気づくと、辺りを警戒し始める。
「げ!あれは……?」
「どうしたんです……?敵の増援でも……?」
抱き抱えられた未来も、痛みに耐えながら、守を見上げている。
「いや。味方……だと思うんだが?」
「どういう事……ですか?」
要領を得ない回答に、未来は疑問を口にすると、
「おらぁ!大横濱同盟の参上だぁ!!」
その叫び声と共に、門から改造バイクに乗った、青い特攻服を纏った男達が多数やって来て、アサシン部隊へと襲いかかる。
「何だこいつ等は!?」
困惑したアサシン部隊は、一旦距離を取る。トラックから銃撃した男ーー嘗て電に跳び蹴りされた、敬一郎の後輩ーーも引き摺り出されて、ボコボコにされている。
「あの。あれは……?」
「
未来に問いかけられた守は、苦々しい顔をして、呟くように答える。
伝説の三代目総長・阿修羅の守は、高校の三年間、
だが、大横濱同盟の引退後も、正統的な……というのもおかしいが、半グレ化する他の暴走族とは一線を画して、代々義侠心溢れる男達が集まっている為、
未だに彼等とは、代々の代変り毎に連絡は取り合っていて、横須賀赴任後は、たまに飲みに行くくらいの間柄になっていたのだった。
彼等の方も、弱小暴走族だった大横濱同盟を、横濱随一のチームにのし上げた中興の祖であり、伝説的な存在で、今や海軍の大将になった大垣を慕っていたのだった。
だが、守は彼等に、この事件のことは話していない。そんな疑問を浮かべていると、最後に入って来た現総長のバイクの後ろに乗っている人物を見て、合点がいった。
後ろには、大横濱同盟の特攻服を身に着けた大鳳が乗っていたのだった。
大横濱同盟の代々の特攻隊長が身に纏う、真っ白な特攻服を纏い、胸をサラシで巻いた大鳳が……
「やはり、お前か………」
大鳳はバイクから飛び降りると、真っ直ぐ守めがけて走り始める。途中、邪魔をするアサシン部隊の男に舌打ちする。
「邪魔です!退いてください!」
「死ねぇ……ごぶぁ!」
ナイフを振り翳し、襲いかかるアサシン部隊の男に、大鳳はボクシングの構えを取り、左右に体を動かし始める。
両拳には、メリケンサックが填められており、大鳳の瞳は左右に体を振りながら、まっすぐ敵の男を見据えている。
そして、ナイフを振り翳し、がら空きだった右脇腹に、ボディブローを叩き込んだ……強烈なフックが脇腹へめり込む。
骨が折れる音が響いて、悶絶した男に、大鳳は左右のウェービングを続けながら左脇腹、顔面へと左右を叩き込む……何度も、何度も。
そう、まさにデンプシーロールのように、左右の
「だから、退けといったんです。私は」
「大鳳……その格好は……?」
未来を抱き抱えたまま、苦い顔をした守に、明らかに怒っている大鳳は駆け寄ると、守の胸に軽く拳を当てる。
「貴方が、私の身を案じて勝手に行動を起こすことは、わかっていました。ですから、私も勝手に行動をしました」
「
現在の大横濱同盟総長岩村が、バイクでアサシン部隊の男を跳ね飛ばしつつ、大垣の元へやってくると、そう付け加える。
岩村は、大鳳の事を姉御と呼んで慕っている。以前、大横濱同盟の飲み会に大鳳が同行した時に、飲み比べで負けて以来であるが……
「すまん……」
「貴方が思うより……女は強いものですよ。守さん」
未来は、痛みに耐えながら、若干の笑みを浮かべーー彼女にとってはこれでも奇跡だがーーそして、気を失った。
「未来さ~~~~ん!!!」
騒ぎを聞きつけて出てきた時雨が、ダッシュで駆け寄ると、守に襲い掛かってくるアサシン部隊の男に跳び蹴りを喰らわせ、
未来を守から奪い取るように抱き抱え、くるりと振り向いて、医務室へ戻って行く。
「未来さん!すぐに医務室に運ぶよ!!しっかりして!!」
そう叫びながら、ものすごい速さで、建物の中に入っていく。
「な、何が起きてるのよ!?」
同じく出てきた奈緒は、それを一瞬唖然としながら見守ると、守達の方へ駆け寄る。
「だめだ!来るな!!」
守が叫ぶが、アサシン部隊の一人が大横濱同盟のメンバー達から逃れて、奈緒に向かって走っていく。
「片目の奴なんぞ、俺の敵ではないわ!死ねぇ!!」
そして、奈緒の胸にナイフを突き立てようとするが、そのナイフは空を切る。
「甘いっ!どぉぉりゃぁ!!」
奈緒は、横に躱すと、その勢いをも利用した背負い投げで、後頭部からコンクリートへと叩き付ける。アサシン部隊の男は、泡を噴いて気絶してしまう。
「合気道三段舐めんなバーカ!」
その男を、むぎゅっと踏み付け、中指をおっ立てて啖呵を切る。
「女は強い……か。日野、お前の予想以上だったがな?」
それを見て、若干苦笑いを浮かべた守も、落ちていた仕込み木刀を拾うと、獰猛な表情になって、アサシン部隊に襲いかかっていく。
「おらおらぁ!大横濱同盟三代目総長・阿修羅の守様の相手をする奴ぁ、何処のどいつだ!?」
「大横濱同盟特攻隊長が大鳳、残敵を掃討します!」
数十分後、
「いただきまーす!」
「うめえ!マジうめえよ!」
大横濱同盟の連中は、守ってくれたお礼に、と鳳翔が振る舞った夕飯に、舌鼓を打っている。中には、「おかーちゃーん!俺ここで働くよ!」と、叫ぶ奴まで出る始末。
当分の間ここに滞在して、見張りの手伝いもしてくれる、という。
「これで、台場軍港は何とかなりましたね?」
壁に凭れかかって、右腕を吊っている未来が、その隣りにいた守に声をかけると、守も頷く。
「あとは、電達が無事帰ってくるだけだな……」
窓から外の海を、守が眺めると、未来も同じ方向を向く。
「ええ。ですが私は、何も心配していません。いなづまなら、きっとやってくれるでしょう」
「そうだよ。僕達は、それを信じて待っているだけだよ」
未来の横に居た時雨も、同じく海の方を見る。
その頃、ハワイでは、決死の撤退戦が始まろうとしていた……
誰か特攻服大鳳の絵を書いてくれると嬉しいなと言ってみる今日このごろ