小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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ハワイ解放作戦~危機感~

 電が艦娘達を招集している間に、加賀はソードオフショットガン片手に、ハワイ大工廠に足を運んでいた。

 電に依頼された、夕張の安全確保の為である。

 

 加賀が大工廠の施設に入ろうとすると、プンと血の臭いが流れて来る……あの、血の砲雷撃戦を想像させる嫌な臭いに顔を顰めると、慌てて大工廠の中へと飛び込む。

 大工廠の中はシーンと静まり返っており、六人の艦娘が見守っている中、夕張が無言でコンソール操作をしている。

 大工廠では、30人近い艦娘が入渠のために待っていた筈だが、その姿は見当たらない。

「夕張、大丈夫かしら!?」

「…………」

 夕張の返事はない。加賀は、まさかと思いながらも銃を構え、近づきながら声をかける。

「夕張、アメリカの艦娘達は?」

「んぁ?」

 振り向いた夕張は、疲れきった表情を浮かべていた。疲れきった表情のまま、半ば自棄になった笑みを浮かべる。

「加賀さんですか。アメリカの艦娘達は? 殆ど完全解体(バラ)しましたよ」

 完全解体……艦娘の生命をも奪う、最悪な処分を明言した夕張の胸倉を、加賀は摑み上げていた。

「完全解体!?どういうこと!?説明しなさい!」

「………」

 夕張は答えない。業を煮やした加賀が、夕張を張り飛ばそうと手を振り上げた時に、その手を摑まれた。

「何!?」

 加賀が振り向くと、金髪青眼の艦娘がその手を摑んでいた。その後ろには、数人の艦娘もいる。

「私は、米海軍所属艦娘コロラド級戦艦二番艦メリーランドだ。暴力は良くない。ミス・夕張は、最善を尽くしてくれた」

「最善ですって!?どこが最善よ!?最悪じゃないの!?」

「いや……」

「私から説明します、加賀さん」

 メリーランドに食って掛かる加賀に、夕張は割り込んで静かに声を上げる。

 乱暴に摑んだ手を離すと、腕を組んで夕張を見下ろす。膝を着いた夕張は、立ち上がってコンソール前の椅子に座り直す。

「私達は、高梨()()……湊さんの事件以降も、ずっと深海棲艦化艦娘の研究を続けていました。極秘で……情報が漏れた為に湊さんは狙われたかもしれないから。私が協力を持ちかけた相手が、敵だったかもしれないのに……明石さんも私も、ずっと悔やんでました。だから、()()()()で研究は続けていました」

「……」

「そこで、その研究の結果、深海棲艦化した艦娘の()()()()は、できるようになっていました。それで、改修前にアメリカの全艦娘に、検査を行いました。残存の艦娘のうち、深海棲艦化していなかったのは、戦艦メリーランドとペンシルベニア、軽巡ロウリーとヘレナ、水母カーチス、駆逐艦タウンズの六名だけでした……後は陽性で、()()まで時間の問題のレベルでした」

「……そもそも、深海棲艦化とは、どういうことなの?」

 加賀も近くの椅子に座り、正直な疑問をぶつけると、夕張は説明を続ける。

「一種の、()()()()()()()です。特定はできていませんが、()()()()()()()によって、艦娘がゾンビ化するのが深海棲艦化で、人間にも感染します。感染といっても、被感染者からの感染はなく、わかりやすく言えば、ヴァンパイアに噛まれたらゾンビになるけど、ゾンビに噛まれても何も起こらない……ということです。今のところ、治療法は一つだけです。()()()()()()()ですが、完全解体して、コアを高速修復材と高速建造材を混合させた溶液に浸して、それを素材に再建造することだけです。人間の場合は、現状打つ手なし、です」

 正直の所、夕張も辛くない訳がない。さり気なく目を擦り、涙を拭って説明を続けている。

「悪かったわ……夕張」

 さすがの加賀も、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。その様子を見ていたメリーランドが、加賀の背中を軽く叩く。

「お互い行き違いもあったんだ。それに、()()()()は私が……健在な艦娘で、最高位の私が頼んだんだ。非難をするなら、ミス・夕張にではなく、私にしてもらいたい」

「いいえ。話を聞いた以上は、非難をするつもりはないわ。ごめんなさい」

 メリーランドにも頭を下げる加賀に、六人の中で一番小さな少女が、その頭を撫でる。

「カガねーちゃん、かわいそかわいそ」

 その少女……駆逐艦タウンズに、加賀も少し笑みを浮かべると、タウンズを抱き上げて、再び真顔に戻る。

「どうも、雲行きが怪しくなって来てるわね?」

 メリーランドも頷くと、もう一人の戦艦艦娘である、ペンシルベニアも口を開く。

「一つ気になることがあるんですが、どうも深海棲艦は、あなた達日本海軍の作戦を知っているようなのです。日本軍が来るのを見計らったように、攻撃をやめた……後は、日本艦隊と深海棲艦で、何らかの通信も傍受してます。暗号だったので、内容までは読めませんでしたが……それで、出撃中の我々六人以外は、一年前から、日本軍より派遣された技術者によって、改修を行っていたんですが………」

「!?」

 加賀は、その言葉にハッとなった。

「その日本人技術者というのは………?」

「え?知らないのか?日本海軍から派遣された、と聞いていたが?」

 そのメリーランドの言葉に、夕張も苦い顔になる。

「ハワイには、ずっとこちらからは、誰も派遣していません……」

「チッ、やられたわね……」

 加賀が、舌打ちをしてから苦々しく言う。

「どういうことだ?説明してくれ」

「このハワイ派遣部隊は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことよ。派遣艦隊にも、裏切り者がいそうね?」

 その加賀の言葉に、アメリカの艦娘達も、深刻な表情になる。

「現状、米軍は壊滅状態で、今残っているのは、市民と私達だけだ。米海軍司令官(提督)のニミッツ中将も、戦死されたからな。私達もミス・加賀達に協力したほうが良さそうだ」

 メリーランドの言葉に、アメリカの艦娘達も頷く。

「では、宿営地に案内するわ。夕張、作業は中断。浄化したコアは、全て持ち帰るわ」

「メリーランドさん達がそれでいいなら……」

 夕張は、メリーランドの方を見るも、さも当然だと言わんばかりに頷く。

「では、撤収。念の為に、コアをトラックに積み込んで置いて、正解でし……」

 緊張の糸が途切れた夕張は、意識を失う。地面に叩き付けられる前に、加賀に抱き留められていた。

「……どうしてこう、湊さんの関係者は、ムチャをしたがるのかしら……?ごめんなさいね、どんなに苦しい思いをして、決断をしたのか……分かってあげるべきだったわ」

 抱き留めたまま、頭を撫でると寝息が聞こえる。そして両目からは、涙が零れている。

「本当にごめんなさい、夕張。貴方は、()()()()()()()()()()()()だったものね……そこを忘れていたわ」

 夕張を背負った加賀は、アメリカ艦娘達と共に、大工廠を引き揚げ、宿営地へと向かうのだった。

 

 

「全員集まったようなので、始めるのです」

 

 加賀が、夕張を宿営地の仮眠室に寝かせてから、アメリカの艦娘達と共に、宿営地会議室にやって来たところで、電が立ち上がる。

「気づいているかもしれないのですが、今の状態は()()なのです」

 キョトンとしている艦娘が半数。残りの半数は、深刻な顔で頷いている。

「司令長官直率駆逐隊・不知火です。もう少し具体的に説明してください」

 武藤提督(司令長官)の駆逐隊のリーダー格を務める不知火が、手を上げて発言すると、電は頷く。

「どうも、()調()()()()()()()()()のです。現状を悲観視し過ぎている訳ではないのですが、想定された戦力と全く交戦していない、というのは罠だと思えるのです」

「遅くなったわ。総参謀長、アメリカの艦娘の殆どは、深海棲艦化寸前で、夕張が必要な措置を講じてくれたわ。どうも、『()()()()()()()』とやらが、何かしたようね。でも、そんな人間を派遣した記録はない。そして、()()()()()()()()()()()()。つまり、私達は、()()()()()()()()()()()()()()()ようなものよ」

 電に続いて発言した加賀の言葉に、一同は騒然となる。

「次に予想されるのは、深海棲艦化した人間の、一斉蜂起なのです。電達は、第13泊地で深海棲艦化した人間と、交戦経験があるのです。よって今より、全艦娘に拳銃等の、武器携帯命令を発令するのです。()()()使()()()()()()()()()()()()()()()は、交戦経験で分かっているのです。差し当たっては、司令長官と副司令長官の……」

 電が言葉を続ける前に、扉が開かれる。瑞鶴が、慌てて入ってきたのだ。

「大変よ!総参謀長!民衆暴動が始まったわ!陸戦部隊の武器が通用しない!深海棲艦化よ!」

 その言葉に、電は机を殴りつけると、大きな溜め息を吐いた。

「まあ、そうなるのです」

 そして、我に返ると顔を上げる。

「艦娘達は総員、銃器を携帯。速やかに鎮圧を!不知火隊は、電と共に司令長官の元へ!」

「了解!」

 不知火以下武藤駆逐隊の艦娘が立ち上がり敬礼すると、会議室においてあった銃のコンテナから、拳銃と弾薬ポーチを取り出すと、身に着け始める。

「加賀隊は、他の部隊を率いて暴動鎮圧を。米国艦隊も、協力をお願いするのです」

「分かったわ。」

「パール・ハーバーの借り、という訳ではないが、日本の一航戦と共に戦うことは、何かの思し召しかも知れない。喜んで協力しよう」

 メリーランドと加賀が敬礼する。

「最後に、瑞鶴隊。撤退準備なのです。人間側の収容作業をお願いするのです」

「そっちは、もう終わってるわ。いつでも出航できるようにしてあるわよ」

 自信満々な瑞鶴に、電はキョトンとなる。

「え?どうやったのですか?」

「副参謀長の楊 文里(よう あやり)准将が、危機感を抱いて準備していたのよ」

「えええ……?だってあの人、やる気全然なさそうだったのです」

 副参謀長の楊准将は、嘗ての雪風……丹陽の乗組員の子孫である、日台ハーフの女性だったが、あまりやる気のないように見える軍人で、その意外さに、電は声を上げてしまう。

「まあ、そういうことだから、私達は宿営地の防衛に、全力を注ぐわ」

「事は一刻を争うのです!皆!電に力を貸してください!」

 頭を下げる電に、一同を代表して、不知火が前に出る。

「もちろんです。不知火に、落ち度はありません」

 その言葉に、勇気づけられた電は、腰に帯びたガンベルトの位置を確認すると、

「では、状況開始なのです!」

 その号令と共に、艦娘達は武器をコンテナから取り出すと、次々と出て行った。

 

  


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