小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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ハワイ解放作戦~序~

 高野元大将達の死から、数日経った。

 ショックの大きい、旧神波艦隊の六人には休暇を発令してあり、訓練も中止した。

 食堂での昼間からの飲酒も許可し、加賀や赤城や雷、そして奈緒を中心に彼女等の側に着いてもらっている。

 高野元大将達の葬儀は、軍部葬で行われることが決定したが、未だに日取りが確定せず、先に荼毘に付された、とのことである。

 

 そんな中、電は新宿にある海軍幕僚監部に呼び出されていた。

「失礼します」

 海軍幕僚長である、西条英機大将の執務室に案内された電は、敬礼してから入室する。

 西条大将は立ち上がると、すぐにソファーを勧める。

「まあ掛け給え、高梨准将」

「はい」

 西条大将が対面に座るのを確認してから、電も座る。

 それを見計らったように、副官ーーもちろん人間だがーーが、コーヒーを持って入室してくる。

 大尉の階級章を身につけた()()は、それぞれの前にコーヒーを差し出すと、脇に控える。

「では、本題に入ろう。高天原君、例のものを」

 脇に控えていた副官、高天原大尉は、執務机に会った書類を手に取り、電の前に差し出す。

 差し出された書類の一番上に置かれていたのは、命令書だった。

「……独立連合艦隊に、ハワイ解放任務統合連合艦隊の参加を命ず。また、高梨電准将は、同連合艦隊総参謀長を命ず」

 視線を落とした電は、その文面を、口に出して読み上げる。

「そのとおりだ。我が日本国防軍は、太平洋にて孤立化している、同盟国であるアメリカのハワイの救援を行うことを決定した。総理大臣の承認も済んでいる」

「………ですが、高野退役大将が亡くなって日も浅いというのに……」

 反論しかける電を、手で制する西条大将。

「高野さんのことは、残念だった。さぞや無念だっただろう。だが、()()()()()高野さんが目指していた、海の平和を推し進めたい、と思っているのだ」

「…………」

 電は、西条大将の真意を考えていた。西条は敵か味方か、まだ測りかねている段階であるからだ。だが受ける以外に方法はないだろう、ということもわかっていた。

「了解しました。独立連合艦隊12名、ハワイ解放任務統合連合艦隊に参加いたします」

「うむ。司令長官には、佐世保鎮守府の武藤廉也中将が決まっておる。彼を盛り立てて、任務の成功に寄与してもらいたい」

「はい」

 電の返事を確認した西条は、満足そうな表情となる。

「“不敗の女神の後継者”の手腕を期待させてもらおう。では下がり給え。残りの書類は、作戦の資料とスケジュールだ。持ち帰り、準備を進めるように」

「はい」

 

 

「……という訳なのです」

 台場軍港に戻ると、総秘書艦の雷、副官の奈緒、旧第13泊地艦隊の面々と夕張、比叡に榛名を会議室に呼び出して、命令を伝達した。

「ハワイ解放ですか……」

 腕を組んで、何かを考える加賀。

「規模は、10個艦隊……60人規模の艦娘に、指揮艇、参加指揮官は武藤中将に、副司令長官である少将。総参謀長の電提督以下准将が4名 以下各部隊の作戦参謀、進駐後の施設科等を合わせたら、1万人規模の大作戦ですね」

 資料に目を通した赤城も、それに続く。

「はい。アメリカへの引き渡しまでの、防衛任務も含まれているのです」

「………」

 電の言葉に一同が沈黙する。言うのは簡単であるが、実際は難しい作戦でもある。まずは、補給路の問題がある。孤立して、地元の米国艦娘でギリギリ防衛がなされている、ハワイの地を解放出来たとしても、()()()が問題である。補給がなければ、また孤立化してしまうのだ。その補給路の確立を行わなくてはならない。音信不通で、決死の鼠輸送で敵の包囲網を掻い潜って、稀に行き来する、米国駆逐艦娘による不定期な報告でしか、ハワイの状況も把握できない。それに瑞鶴たちの士気も低い……

「問題は、今士気がどん底の、瑞鶴さん達ですが……」

 電が溜め息混じりに言うと、会議室の扉が開いた。会議室の面々が、入り口に目を向けると、そこには、旧神波艦隊の面々が入って来ていた。

「提督、話は聞かせてもらったわ。私達も今日から復帰するわよ。こんなことで落ち込んでいたら、敬一郎さんにも高野長官にも大和さんにも怒られちゃうから」

 六人を代表して、瑞鶴が敬礼を行うと、後ろの五人も敬礼を行う。

「わかったのです。よろしくお願いするのです」

 その電の言葉に、旧神波艦隊の面々も、会議室の席に座る。

 

「では続きです。今週中に幕僚会議が行われ、大まかなスケジュールが決定されるのです。作戦決行は、来月初頭という事情もあって、多分電は新宿に缶詰になるのです。雷に大村大佐、サポートをお願いするのです」

「もちろんよ、私にもっと頼りなさい!」

「了解よ、司令長官……いえ、総参謀長」

 同時に立ち上がり敬礼する、雷と奈緒。

「独立連合艦隊は、主に制空権の確保が主任務となるのです。皆さんの力を貸してもらいたいのです」

 その言葉に、加賀と赤城、瑞鶴と翔鶴、隼鷹に飛鷹、扶桑と山城が立ち上がり敬礼する。

「砲雷撃戦になったら、大井さんや北上さん、比叡さんに榛名さんにお願いするのです」

 大井と北上、比叡と榛名も立ち上がり敬礼する。

「夕張さん、貴女も艤装を着けて、出撃をお願いするのです。ハワイに到着後、多数に上るであろう、アメリカの破損艦娘の総改修を、お任せすることになる、と思うのです」

「わかっています。お任せください」

 夕張も立ち上がり敬礼すると、雷も立ち上がる。

「作戦開始後の台場軍港は、大村大佐と雷と遠征艦隊に任せるのです」

「ええ!?お留守番なの!?」

 不満そうに声を上げる雷に、一同から笑いが零れる。電は苦笑いを浮かべると、皆を着席させる。

「作戦中も、遠征は続けてもらいたいのです。場合によっては、お台場からハワイに物資のデリバリーを頼むので、お台場にも指揮統率や管理ができる人が居て欲しいのです。大村大佐には司令官代行、雷は大佐と協力して、色々な管理をしてもらいたいのです」

「分かったわ。この電様に任せなさい」

 電は、雷をその気にさせるコツを心得ている。自信満々に胸を張る雷の姿を見ると、軽く笑みを零す。

 

 

 それからと言うもの、独立連合艦隊は、会議と訓練に追われていた。

 台場軍港では旗艦の加賀が、東京では電達が、日夜ずっと準備を推し進めていた。

 そして臨んだ幕僚会議だったが、電は苛立ちを隠せないでいた。

 司令長官である武藤廉也中将が、あまりに無能だったからである。武藤中将が抽象的な構想を出し、イエスマンである副長官が追認し、それを幕僚である電達が、必死で修正案を出すということ、の繰り返しだった。

「あのですね、司令長官」

 電が立ち上がり、言葉を発しようとすると、お昼のチャイムが鳴り響く。それと同時に、駆逐艦娘たちがやってくる。

「ムタ提督~。お昼行きましょうよ~?」

「そうだな、皆と行こうな。高梨准将もどうかね?」

「いえ、結構なのです」

 その電の返事に、残念そうな武藤中将は、自身の艦隊の駆逐艦娘達に連れて行かれて、部屋を出て行く。副長官である少将が時計を見て、同じく出て行くのを見ると、他の幕僚達も次々と出て行く。

「…………っ!」

 電も、乱暴に手に持っていた資料を机に叩きつけると、将官の会議室を出て行った。

 確かに、武藤中将は()()()()()()()()司令官(提督)の部類に入り、()()()()()()佐世保鎮守府の艦隊司令官としては悪く無い人間なのだが、()()()()()()()()()()()()()に欠けていたのだ。

 そのことが、余計に電を苛立たせる。

 

「まったく。首脳部はやる気があるのですか?」

「荒れていますね、高梨提督」

 イライラしながら廊下を歩いている電に、誰かが声をかける。その声を聞いた電も足を止め、声の方を振り返る。

 そこには、大湊警備府司令長官の、日野未来大将が立っていた。

「日野長官………」

 相変わらず無表情なその相手は、構わずに電の前までやって来る。

「まあ、武藤中将は平時の将軍ならともかく、こういった全軍の司令官としては、()()()()でしょうね?」

 二回りどころか、二倍も年上だろう相手に、容赦無い物言いの未来に、電は苦笑いを浮かべる。

「貴女に朗報を持ってきました。暁型の予備艤装から、使えそうなものを回します。無理やりマッチングさせているので、砲雷撃は無理ですが、海に浮けますので、()()()()()は使ってください。あと、大湊から補給艦を手配します」

「あ、ありがとうございます」

 頭を下げる電に、未来は首を横に振る。

「武藤中将は、とかく補給線を軽視しがちです。艦娘には父親のように優しい良い方で、拠点からの短距離防衛の専門家ではあるものの……まあ、能力の限界でしょうね?」

「………」

 返答に困っている電に、未来は視線を合わせる。

「生きて帰るんですよ。死ぬには、馬鹿馬鹿しい戦いです。あなたも、武藤中将も」

「はい……」

 返事を待たずに、未来はさっさと立ち去って行った。不思議な人だ、と電はその後姿を見送っていた。

 

 幕僚達の必死の頑張りと、艦娘達の連合演習での加賀と瑞鶴の鬼教官振りで、練度を上げた艦娘達のおかげで、なんとか作戦開始日に、準備を間に合わせることができた。

 

 

 作戦開始日。横須賀鎮守府では、出撃する60名の艦娘達が、海に浮かんで出撃の号令を待っていた。陸では大垣司令長官や大湊警備府の日野司令長官、舞鶴鎮守府の草加大将、矢部総理大臣や西条海軍幕僚長等が、見送りに参列していた。

 本来は、呉や佐世保の司令長官も来る筈なのだが、呉鎮守府の司令長官三笠元帥は、所用と称して欠席しており、佐世保鎮守府の黒井司令長官は、現在床に臥せっている為、来られなかったのだ。

 「これより、ハワイ解放任務連合艦隊出撃する!」

 指揮艇に乗船している武藤中将の号令で、艦娘達の大艦隊は、ハワイに向けて出航していった……

 

 

 作戦は、順調に進んでいた。散発する深海棲艦は、その大艦隊により押し潰され、予想していた敵戦力も発見できずに居た。

「どうやら、簡単にハワイ解放が行われそうだな?」

「そうですな、長官。これが成功すれば、閣下も大将の仲間入りですな?」

 指揮艇の作戦指揮室で、武藤中将と副長官が、呑気にそんな会話を交している。電はその脇に控えて聞いているも、やはり不審感が拭い去れなかった。

 ここまで敵の層が薄い、というのは、明らかに()()であった。別のことが起きたのか……それとも……?

「長官、撤退しましょう。なる早で」

 意を決して電、は進言する。進言された武藤中将は、キョトンとなるが、すぐに一笑に付して退ける。

「高梨総参謀長、逃げる必要がどこにある?我が日本海軍が誇る艦娘部隊は、深海棲艦を蹴散らして、ハワイまで後少しのところに来ているのだ。同盟国アメリカ・パールハーバーのこの地で貢献して感謝されるのだ。何を躊躇う必要がある?」

()調()()()()のです。 事前情報によると、この海域はEliteやflagshipクラスがウヨウヨ居て、姫の存在も確認出来ているのです。それが居ないとなると、罠の可能性も考慮に入れるべきなのです」

「罠等、この高練度の艦娘艦隊で、吹き飛ばせばいいではないか。高梨総参謀長、貴官は疲れているようだ。少し休み給え」

「………」

 電は無言で指揮室を後にして、自身に充てがわれた私室に戻る。

 私室に入ると、第一種軍装を乱暴に脱ぎ捨て、下着姿の状態でベッドに寝転がる。

「本当に異常すぎる。湊さん……貴女なら、どう考えるのです……?」

 呟くように、最愛の司令官に問いかける。返事はない……でも、その答えは何となく分かる。

「やはり、何かありそうなのですね……?」

 最大限の警戒をして、そして最悪の時は…… 電は起き上がると、軍服を着用し直し、再び作戦指揮室へと戻って行った。

 

  ハワイが見えるところまで迫った時、加賀達中核部隊も、異変を感じていた。

 ピクニック気分が抜けない、武藤艦隊の艦娘達を尻目に、加賀は腕を組みながら考えていた。

「やはり、ここまで順調なのはおかしいわね……?」

「加賀さんも、同じこと考えてたんだ?実は私も」

 瑞鶴も、近くまでやって来て、声をかけて来る。実のところ、事前準備を真面目にやっていた艦娘達は、皆違和感を感じていたのだ。

「皆さん!敵発見です!10隻前後の中規模艦隊です!港湾棲姫も確認!」

 赤城の声に、武藤艦隊の駆逐艦達も、真剣な表情へと戻る。

 

 

 だが、姫が一体いるだけの港湾艦隊等、60隻からなる大艦隊の、敵ではなかった。

 加賀達の独立連合艦隊で制空権を取ると、あとは()()()()()()()()()過ぎなかった……

 生き残った米国艦娘達が出迎える中、日本海軍がハワイの地に降り立つことになった。

 

 降り立ってすぐに、施設部隊が宿営地をハワイ海岸に設営し始めて、夕張率いる工廠隊は、傷ついている艦娘達の、艤装修復作業を始めた。

 武藤達高官は、ハワイ市長達との会談や、パーティー等に招待されていた。

「ここが、高梨閣下のお部屋になります」

 ハワイ側の職員に案内された部屋は、ホテルのスイートルームだった。ナンバーワンとナンバーツーである長官・副長官は、その上の階の、ロイヤルスイートを充てがわれていた。

 もちろん艦娘達は、今施設隊が設営している、仮宿舎での寝泊まりとなる。

「はぁ……」

「何か?」

 溜め息を吐くと、ハワイ側の職員が、不思議そうに見ている。

「いえ、何でもないのです」

「それでは、失礼致します」

 笑顔で取繕うと、懐中時計を手に取る。湊の執務室から引き揚げた、湊の私物の一つで、()()()()しているのだ。

 パーティーまで、まだ二時間ほどある。軍服を脱いで、持ってきた海軍の迷彩服を身に着けると、拳銃を腰に帯びてから、荷物の入っているリュックサックを背負うと、スイートルームを後にした。

 

 宿営地にやって来た電は、独立連合艦隊の区画に向かう。

「総員、武器携帯命令なのです。あと、いつでも出港できるように」

「は?」

 武器携帯命令……旧第13泊地ならではの命令に、旧神波艦隊や比叡や榛名は、キョトンとしている。

 そんな一同を、咳払いをした加賀が窘める。

「は?って、独立連合艦隊の補給艦に、アサルトライフルやショットガンや軽機関銃積み込んでいるでしょう?」

「そりゃ知ってるよ。それと、何で私達が武器携帯するのと、関係があるのよ?」

 不思議がる瑞鶴に、加賀は深海棲艦に対して、()()()使()()()()()()()()()()()()を説明する。

「なるほど。そうなると、陸上への攻撃を受ける、と、そういう訳ね?」

「なのです。あと、アメリカ側の艦娘達には近づかないように。それからハワイ市民にも」

 その言葉に、旧第13泊地の面々は、最悪な状況を想定して表情が強張る。

「それで、他の部隊や司令長官直率の子達には……」

「必要ないのです。独立連合艦隊()()で撤退するのです」

 きっぱり言い放つ電に、加賀は彼女の意図が理解できた。

 武藤中将諸共、見捨てるつもりなのだろう……

「電。いくらなんでも、ワザと見捨てるのは感心できないわ?」

 まっすぐに視線を合わせると、諭すように言う。

()()()()()()()()()()()()()。でも、今は60人もの艦娘達がいる。幸い銃に余裕はある、すぐに動きましょう。()()()()()鹿()()鹿()()()()()です。私達も、貴方も、そして武藤中将達も」

 目の前の加賀の言葉が、()()()湊の言葉にも聞こえた電は、冷徹な案を素直に破棄できた。すぐに次案を考えると、加賀に命令を下す。

「わかったのです。すぐに動くのです。加賀さん、艦娘達を集めて、緊急配備命令なのです!」

「直ちに……」

 

 後にハワイの奇跡、あるいはハワイの大脱出と呼ばれる撤退戦の、事態の結果を左右したと言われる、「()()()()()()()()()」が下された瞬間だった。


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