小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

16 / 28
宣戦布告

 元・艦娘であり、高野八十六の妻である戦艦大和こと高野桜和(たかのさわ)が、台場軍港の独立連合艦隊司令長官高梨電准将の元を訪れていた。

 主な目的は、先日オープンした、夫である八十六と元総参謀長の石坂源一郎元少将の、洋食レストランに招待する為である。

 応対したのは電一人で、他の幕僚達は皆会議と演習の為、多忙を極めていた。

 

「順調なのです?洋食屋さんは」

「はい。夫の元教え子達が、毎日来てくださってます。できれば、独立連合艦隊の皆さんにも来て頂きたい、とのことでした」

 桜和は、穏やかな笑顔を電に向ける。電は、手帳に書いてあるスケジュールを確認すると、明日が休養日の予定になっていた。

「分かりました。明日が、休養日ということになっています。皆でお邪魔させていただくのです」

「はい、夫には伝えておきます。明日は定休日ですので、貸し切りにしておきます。その時に、電さんと大村大佐に、夫から大事なお話が……」

 真剣な桜和の面持ちに、電は首を傾げる。

「大切なお話なのです?」

「ここでは申し上げられませんが……」

「分かったのです」

「それでは、また明日よろしくお願いします」

 電が頷くと、桜和は安心した笑顔を浮かべて、立ち上がり一礼すると、応接室を後にする。

 その桜和の後ろ姿を見送りながら、電は()()()()()()()を感じていた。

 だが、その不安感を首を振って拭い去ると、立ち上がる。

 電には、やることが山積みである。この後は、新たにやって来る戦艦の二名と会って、会議中の面々と顔合わせをしなくてはならない。

 司令長官執務室を出ると、艦娘の比叡・榛名を待たせている、応接室へと向かっていった。

 

「失礼するのです」

 ノックをした後、応接室に入った電に、比叡と榛名が立ち上がり、敬礼する。その横には、元艦娘で漁師東野平八郎の妻である霧島ーー最近戸籍申請を行い東野霧子となったーーが、付き添いでやって来ていた。

「ご無沙汰しているのです、霧島さん。いえ、霧子さん」

 頭を下げる電に、霧子は優しい笑顔で返礼を行う。

「日野さんから頼まれて付き添いをしたけど、姉達のこと、よろしくお願いね」

「……」

「……」

 笑みを浮かべている霧子に比べ、比叡と榛名は表情が暗い。無理もない。ブラック鎮守府から救われて、ついこの間まで療養をしていたのだから……

「私が、この独立連合艦隊の司令長官である、駆逐艦電こと高梨電なのです。よろしくお願いします」

 電が自己紹介をすると、彼女達が何かを言おうとする前に、続ける。

「私のいた、第13泊地の前司令官は、()()()()()でした」

 電は、敢えて普段の口調を使わずに、二人をまっすぐ見ながら、語りかける。

「捨て艦戦法で、何人もの艦娘を死なせ、完全解体を行ったり、艦娘を売り飛ばしたり、やりたい放題だったのです……」

 

 電は、比叡と榛名を座らせながら、自分も対面に座った。

 電は、思い出したくない過去を…語り始めた。

 

 電は、前司令官片桐准将の秘書艦だった。

 片桐は最低の人間だった。地元ギャングと結託したりして、艦娘を売り払う。捨て艦戦法は当たり前、反対する住民には、艦娘に制裁を加えさせる。

 性的暴力も日常茶飯事……もちろん、電自身も性暴力を受けており、尚且つ秘書艦として、片桐の悪行の片棒を担がされていた。

 遠征中の雷を、戻って来次第手を出そうとした片桐に、耐え切れなくなった電は、深夜、片桐に睡眠薬を盛って、第13泊地を脱出し、助けを呼ぼうと試みた。

 第13泊地の、表も裏も知り尽くしている電が、その警備の裏をかいて脱出するのは、容易だった。

 だが、泊地からの脱出()は容易ではなかった……深海棲艦との遭遇戦や、悪天候で、横須賀に辿り着いた時には、轟沈寸前にまでなっていたからである。

「結果的に、横須賀鎮守府の方々に助けていただかなければ、第13泊地の皆は、遅かれ早かれ死んでいたのです」

 

 電の告白を聞いた、比叡と榛名は何も言えなかった。

「報告書によると、同じような目に遭っていた、と聞いているのです」

 二人に深い傷跡を残した司令官は、もうこの世に居なかった。当時の日野中将が率いる、佐世保鎮守府遊撃隊との戦闘中に死亡した、と、電が受け取った報告書には記載されている。

 頷く二人に、電は立ち上がると、二人の頭を抱き寄せる。

「今日から、電が二人の傷を癒やすのです。私達が、湊ちゃん提督にそうしてもらったように……」

 二人の頭を優しくなでてから、少し離れて二人に笑顔を向けると、ぎこちないながらも、二人も笑顔を返してくれる。

「ようこそ、独立連合艦隊へ。今日から二人も私達の仲間(かぞく)です」

 笑顔で手を差し出すと、二人もギュッと握り返す。安心した霧子は、「後はお願いね」と声をかけると、三人を残して応接室を出ていく。

 それを見送りながら、固い握手を結んだ三人は立ち上がると、電の案内で連合艦隊が会議をしている部屋へと向かっていった。

 

 

 電達が連合艦隊会議室に入ってきた時には、会議も終わり、お茶休憩に入っていた。

 忙しなく、お茶菓子を配り終えた雷が振り向く。

「あ、会議終わったわよ!」

「ありがとうなのです。皆、こちらが今日から独立連合艦隊の仲間になる、比叡さんと榛名さん」

 紹介されると、二人はぎこちなく頭を下げる。そんな二人に、加賀が近づいてくる。

「私は独立連合艦隊旗艦、加賀よ。よろしく」

「よ……よろしくお願いします」

 少し怯えながらも頭を下げる比叡に、加賀は少し笑みを浮かべる。

「ここには、あなた達に酷いことをするような艦娘も人間も居ないわ。だから安心しなさい」

 その言葉に、二人もぎこちない笑顔になる。

「よっしゃあ、早速だけど今夜飲みに」

 その後ろからやってきた隼鷹の言葉に、電が割り込む。

「それなんですけど、明日の休養日に、横須賀に皆で行くのです」

 その言葉に、一同が首を傾げる。

「高野前司令長官の洋食屋さんがオープンして少し経ったことだし、招待を頂いたのです」

「なるほど。是非とも、お祝いに駆け付けねばなりませんね?」

「赤城さん、はしたないですよ」

 食べる気満々で、目をキラキラさせた赤城が、ずずいと前に出るも、加賀が軽く肘を当てて制すると、すごすごと下がる。

「加賀さんは知らないでしょうけど、横須賀のフリーペーパーに載ってるわよ」

 瑞鶴が、しまってあった横須賀のフリーペーパーを取り出す。美味しくて価格もお手頃だ、という評判で紹介されていた。

田舎者(辺境の泊地)で悪かったわね?」

「別にそこまで言ってないわよ。まあ、私が都会っ子っちゃあそうだけど?」

 若干へそを曲げてしまう加賀を、瑞鶴が宥める。 その様子を見て、皆が笑い出し、比叡と榛名も釣られて笑い始める。

「大丈夫なのです。テーブルマナーとか知らなくても、高野元長官は怒らないのです」

 ちょっと自慢気な顔をしながら、電が声をかける。片桐は食道楽という側面もあり、不正に得た金で贅沢をしていたのだった。

 それに伴い、秘書艦の電も、テーブルマナーをしっかりと教えこまれていたのだった。

「テーブル……」

「マナー……」

 赤城と加賀がずずーんと落ち込んで、救いを求めるように、大井と北上の方を見る。

「私も大井っちも、テーブルマナー知ってるけど?」

「ええ、知ってますよ」

「ナンデ!テーブルマナーナンデ!」

 その二人の告白に、赤城が叫ぶように詰め寄る。若干どころか、かなり片言になっている。

 詰め寄られた北上は、ドン引きしながらも、

「湊ちゃん提督から教えてもらったんだよ。あの事件がなければ、ある筈だった横須賀での定例会議に行った時に、鎮守府の人と会食しても随員の私達が恥ずかしくないように、って」

 その言葉に、更に落ち込む赤城と加賀。

「わ、わかったのです。今夜は、鳳翔さんに簡単なディナーをお願いして、お二人に教えるのです!」

 その二人に電が声をかけると、大井と北上も頷く。

 そんな様子を微笑ましく見ている皆の中、雷が口を開く。

「ねえ、電。テーブルマナーって美味しいの?」

 ちくしょう、この馬鹿姉は何も聞いちゃいねえ!と、内心毒づきながら、電は大きな溜め息を吐いた。

「一緒に勉強するのです。総秘書艦がテーブルマナー知らないとか、みっともないのです」

「誰がみっともないですって!?」

「眼の前にいる、雷とか言う奴なのです」

「なんですってぇ!?」

 じゃれ合ってるふうにしか見えない、姉妹ケンカを遠巻きに眺めている、比叡と榛名。

 日野艦隊に所属しており、今は青森行きの飛行機の中であろう、姉金剛の言葉を思い出す。

『きっと、独立連合艦隊の皆は大丈夫デース! あなた達を包み込んで、愛してくれるのデース』

 その言葉を思い出していると、ぽんと肩を叩かれる。

 振り向くと、肩をたたいたのは飛鷹と翔鶴だった。

「あなた達もこれからは仲間(かぞく)なのですから、一緒ですよ」

「そうそう、一緒にテーブルマナーを覚えていけばいいのよ」

「はい…」

 そんな様子を眺めると、雷は自然と笑みが零れる。そして、心のなかで呟く。

 湊ちゃん提督、ここはこんなに楽しいところだから、早く帰ってきてね……と。

 

 

 

 翌朝早朝。

 今日の休養日の為に、仕事を進めていた電は、雷と共に就寝したのは、0230(午前二時半)だった。

 布団の中で惰眠を貪っていた電は、誰かに揺り起こされる。

「うううん……誰なのです?もうすこしゆっくり……」

「電!起きて!!大変よ!!」

 雷が、深刻な顔をして、揺らしていた。

「何が大変なのです……?電は、寝不足で大変なのです……雷も跳び蹴りかまして寝かすのです……」

 電は時折、寝起きが非常に悪いことがあり、微睡んだ状態で、物騒な言葉を吐き出している。

「ああもう!起きなさい!ほんとうに大変なのよ!」

 乱暴に揺らすと、枕元にあったリモコンで、テレビを点ける。

「何が大変な……」

 眠い目を擦りながら、体を起こしてテレビを見ると、言葉を失った……眠気等、吹き飛んでしまった。

 

「繰り返します。今日未明、横須賀市にある、飲食店兼自宅で火災があり、経営者である元海軍大将高野八十六さんとその妻の桜和さん、従業員の石坂源一郎さんが焼死体で発見されました」

 早朝のテレビ番組は、どこも同じ報道を行っていた。

 退役したとはいえ、元大将が火事で死んだ為に、大ニュースとして報道していたのだった。

「着替えるのです」

 すぐに、枕元においてある服に着替えると、雷を伴って、食堂へと向かった。

 

 連合艦隊の艦娘達と夕張は、既に食堂に集まっていた。

 皆沈痛な面持ちで、テレビを見ていた……特に、高野と近しい間柄の、旧神波艦隊のショックは大きく、翔鶴は泣いており、瑞鶴も沈痛な表情で、翔鶴を抱きしめている。

 隼鷹も飛鷹も陽気さが影を潜めて、朝から酒を煽っている。扶桑山城姉妹は、完全に落ち込んでいるようで、不幸だと嘆き続けている。

 赤城と比叡と榛名も、その艦娘達を気遣っている。

「遅くなったのです」

「電提督……これは………?」

 声をかける加賀に、電は険しい表情で握った拳に、力を加えながら答える。

「これは、奴等……湊ちゃん提督(司令官)を狙い、敬一郎提督(司令官)を殺した奴等からの、()()()()なのです。私達への……」

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。