「本日より、独立連合艦隊司令長官付主席副官としてお世話になります、大村奈緒大佐です。本日より、現役復帰することになりました」
朝一番でやってきた彼女は、大村奈緒。あの第13泊地の事件により、長らく意識不明になっていて、その後リハビリを経て、漸く現役復帰を果たしたのだった。
……といっても、今の彼女は、左目が義眼である。命懸けで安藤にしがみついた時に、踏みつけられた衝撃で左目の眼球が損傷して失明し、本土に戻ってきた時に摘出していたのだった。
身を挺して司令官を守ろうとした名誉の負傷、ということになり、一階級昇進して中佐となり、復帰を機に大佐に昇進していたのだった。
「お帰りなさい、奈緒さん」
敬礼する奈緒に、立ち上がり答礼する、電と雷。
「あのですね……」
「言わないで、わかってるから。敬一郎は死んだって……」
「……」
何も言えずにいる電に、奈緒は優しい笑みを浮かべる。
「そんな顔すんなって。あたしは大丈夫だから、ね?」
目の前にいる、上官の頭を撫でる奈緒。
「それにだ、湊はなんかひょっこり生きてそうじゃん。あの子意外としぶとそうだし」
「そうかもしれないのです」
電に笑顔が戻ったのを見ると、雷に向き直る。
「さて、雷。副官業務は引き継ぐわね?」
「ありがとう、書類が多くて大変だったのよ。ちょっとは頼らせてもらうわね!」
「ドンと来なさい!お姉さんが、書類の書き方を教えてあげるわ」
仲良さそうに笑顔を向け合う二人を、電も笑顔で眺めながら、書類の処理を再開するのであった。
奈緒の復帰着任から、また数日経った……
電は電を伴い、港湾部観覧室にやってきた。主席副官の奈緒は、来客がある為対応していた。
第13泊地とは、比べ物にならない近代設備が整っている軍港で、演習も問題なく行える広さを誇っていた。
更に、その訓練を司令官等が見下ろせるような、観覧室等も整っている。
今は、連合艦隊の陣形の展開訓練と、雪風の集中トレーニングが行われていた。ここ半年、遠征の合間を縫って天龍にみっちり
「流石は、新設された軍港なのです」
「そうね。まだ新しいし」
電がふと横を見ると、訓練を見下ろしている女性が、目に止まった。
「あ……あ………」
電は、声が出なかった。無理も無い。
「み、湊さん……?」
その声に気づいた女性は、こちらに向き直る。
「残念ながら、私は
「は、はい。いなづ……私は……」
慌てて敬礼をしながら、名乗ろうとすると、
「知っています。高梨電准将でしょう?
「あ、はい。ところで、その司令長官閣下が今日は突然……?」
アポなんかもとっては居ないし、視察予定もないのだ。あれば雷が把握しているし、そういう落ち度をするような、総秘書艦ではないのだ。
「長門と陸奥が佐世保に転属したと聞き、戦艦が足りない、と思い、勝手ながら立ち寄りました。私も、すぐ大湊に帰らなければならないので、独立連合艦隊の様子を見て、すぐに帰るつもりでしたが……」
日野司令長官はそう言うと、真っ直ぐ電の目を見る。無表情で、
「大垣さんの方には連絡しておきましたが、戦艦榛名と比叡を手配します。
それだけ言うと、観覧室から出て行こうとして、立ち止まる。
「高梨中将に傷を癒やしてもらった分、今度はあなた達の出番、ということです」
そう言うと、振り向きもせずに出て行ってしまう。
「あ、はい。ご配慮、感謝しますのです」
日野司令長官は、その雷の言葉に背を向けたまま、何も答えず出て行ってしまった。
「皆、お疲れ様なのです!」
訓練港に降りてきた司令長官に、連合艦隊の皆が集まってくる。天龍達遠征艦隊は、訓練を続行している。
「提督、お疲れ様です」
旗艦の加賀が、真っ先に声をかける。
「なんとか、湊ちゃん提督の遺した陣形パターンを、取れる様になったわよ」
瑞鶴がそれに続く。
湊のことは、皆湊ちゃん提督と呼ぶようになっていた。これは、いずれ生きて還って来る、という希望も込めて、である。
「戦艦不足は、こちらで解決出来そうなのです。これで、高速戦艦2、航空戦艦2、空母4、軽空母2、雷巡2の、攻撃艦隊が完成するのです」
「攻撃艦隊……」
「腕が鳴りますね」
翔鶴と赤城が共に頷くと、皆も頷く。
「問題は山積みです。練度の格差は埋まりましたが、
「ああ、不幸だわ……」
「何でやねんなのです」
扶桑が問題点を告げると、山城も続く。毎度毎度不幸を嘆いている山城に、ツッコミを入れる電。
只でさえ、不幸と嘆いていたのに、敬一郎の死が、更にその傾向を加速させていて、電の頭痛の種でもある。
「まあ、なんとかなるって。いけるいける!」
「悲観しすぎても、禄な事になんないもの」
艦隊の盛り上げ役の、隼鷹と飛鷹が、山城の背中を叩きながら、会話に加わる。
その二人を、痛い、と恨みがましく、山城は見ている。
「対水上雷撃は、私と大井っちに任せてもらえば、問題ないしね」
「そういうこと」
最後に、大井と北上が会話に加わる。
「ところで、電さん。その、追加配属される戦艦というのは……?」
艤装をしまって上陸を始めた赤城が、ふと気づいたように電に問いかけながら振り向く。
「比叡さんと榛名さんです。どうやら、ブラック鎮守府の被害を受けた方々らしいのです」
ブラック鎮守府。嘗ての第13泊地がそうだったように、艦娘の人格を無視した、成果至上主義を採る鎮守府のことを、嘗てのブラック企業を彷彿させる、ということから揶揄された蔑称である。
「なるほど……」
旧第13泊地の艦娘達と瑞鶴は、苦々しい顔になる。瑞鶴も、旧第13泊地の前任の
「まあ二人には、ここは違う、ってことを、存分に分かってもらえばいいわね」
「そういうこと。早速、歓迎会の計画も立てないとな!」
盛り上げ役の軽空母のコンビが、楽観論でその重くなりつつある空気を打破する。隼鷹は
「食堂の、鳳翔さんと相談して、計画を立てるわね。雷に任せなさい!」
八重歯を見せてニコッと笑う雷。電が辛い中、笑顔を絶やさずに落ち込む空気を引っ張り上げる。隼鷹、飛鷹と並ぶ、艦隊のムードメーカーである。
皆の当初の予想を、
「何度言ったらわかるんだ!?反応が遅ぇ!」
「もう一度、お願いします!」
天龍の怒声が聞こえ、一同は、そちらの方に視線が向く。
疲労困憊の雪風がよろよろと立ち上がるのを、厳しい顔をして腕を組んだまま見下ろす天龍。
それを見守る、暁、響、吹雪。
旧第13泊地艦隊の訓練は厳しいのだ。長門という、訓練の鬼もそうだが、湊は温和な顔をして、訓練には手を抜かないからだった。
電の次に、着任当初の湊を助け、彼女の二番目の盟友である天龍も、その
何より、猛特訓は雪風自身の希望だった。何も出来なかった、守れなかった。そして、命と引き換えに自身を救ってくれた、旧第3艦隊の犠牲を無駄にしたくないからだった。
「天龍さーん、そろそろ休憩にしましょー!」
雷が声をかけると、天龍も頷いて、起き上がる雪風に手を差し出すが、雪風はその手を借りずに自力で立ち上がると、天龍は肩を竦める。
「よっしゃ、各自休憩!」
その号令に、遠征艦隊も上陸する。
「皆、悲しみを昇華させているのね……」
その様子を見ながら、加賀がぽつりと呟く。この連合艦隊は
「皆強いですから。大丈夫なのです」
「以前も言ったと思うけど、無理はし過ぎないで。私達は、
頭に手を置かれた電は、加賀を見上げる。加賀の優しい表情が、電に向けられていた。
電は、仲間達に支えられている、と再認識して、自然と笑顔になる。
そんな電を、雷も一緒になって頭を撫でると、姉妹艦の暁と響、それに雪風もそれに加わる。
そんな駆逐艦達を見守る、吹雪と天龍。
結束の強い独立連合艦隊は、こうやって皆支えあっているのだった……
その頃、奈緒は、意外な来客を受けていた。湊の妹である、渚砂が来ていたのだった。
ずっと音信不通で、鎮守府に問い合わせても、連絡できずに居たところに、突然の来訪だった。
「ご無沙汰してます。奈緒さん」
「渚砂も元気そうで。今までどうしてたのよ?連絡取れないから、湊の仮葬儀だって出来なかったし」
「その事なんですが……」
珍しく、スーツ姿でやってきた渚砂の表情は、固く暗いものだった。
「あたし達、湊お姉ちゃんの
渚砂の告白を受けた奈緒は、あまり驚くことはなかった。士官学校時代に、昔話を湊にせがんでも、あまり覚えていない、としてくれなかったのもあったし、
「やっぱりね……安藤の言ってた、監視というのは……」
「はい……私達の両親は戦死した軍人で……身寄りの無い私達三姉妹が、国防軍の統幕の命令で、妹を演じながら……でも、湊さんが軍に入った時点で、報告義務もなくなりましたし、
ソファーに座ったままの渚砂は、身を竦ませている。おそらく、殴られるだろう。その覚悟で、やってきたのだった。
「湊が帰ってきたら、ちゃんと謝るのよ?」
「えっ……?」
罵声も殴打も覚悟していた渚砂は、その相手を見上げる。奈緒は、普段通りの優しい顔だった。
「あたし達は、湊が死んだなんて信じてないから。帰ってきたらちゃんと謝って、そん時には姉孝行するのよ?」
「……今までの養育費はお返しします。でも、これ以上湊さんの傍には……」
「あのねえ……」
大きな溜め息を吐いて、奈緒は渚砂の隣に座り直すと、渚砂の頭をペシッと叩くように、手を乗せる。
「それを決めるのは、あたしでもなければ、あんたでもない。ましてや汐奈ちゃんでも、夏海ちゃんでもない。
「はい………」
頷く渚砂を見ると、立ち上がる。
「ただ、艦娘達には伏せておくべきだ、と思う」
「はい。大垣長官にも、大鳳総秘書艦からも、そうすべきだ、と
おとなしく見えて、かなりの激情家である電の事を鑑みて、二人はそうすべきだ、と判断したのだろう。奈緒も同じ考えであった。
「困ったら、いつでも連絡して頂戴。
「はい……私はそろそろ……日野長官のところでお世話になりながら、保育園で働いていますから」
「そっか、東北にいるんやね。元気でやりなよ」
立ち上がって応接室を出ていこうとする渚砂に、奈緒は手を差し出すと、二人は固く握手を交わして、渚砂は応接室を出て行った。
それを見送った後、奈緒は大きな溜め息と共に、ソファーに座り直した。
「まったく。生きてるなら、早く帰って来なさいよ……?」
返事がない親友に、嘆くように声をかけると、奈緒も立ち上がり、応接室を出て行く……
現在シリアスなしの泊地でのパラレルワールドほのぼの話を計画中、
詳細は第2部がもうすこし進んでから