独立連合艦隊と仲間たち~その1~
あの撤退から、半年が経った……
「んんん……」
東京お台場にある台場軍港。そこに併設されている、独立連合艦隊司令部の官舎の私室で、電は目を覚ました。
高梨電。それが、
電は、司令長官就任時に戸籍と軍籍を作る必要に迫られ、即答したのが高梨姓を名乗ること、であった。
事前に高梨姓の使用について、訊こうと思っていた湊の妹達は、連絡が取れなくなっており、仮葬儀等も出来ないまま、半年が過ぎていたのである。
「おはよう、電」
目を覚ました頃にやってきたのは、姉の雷である。お盆に二人分の玉露が乗せられている。
独立連合艦隊の総秘書艦として、公私共に妹艦であり、司令長官である電を支えている。
「おはようなのです。今日のスケジュールは……?」
寝間着から、畳んで横に置いてある、准将の階級章付きの暁型の服と、若草色のカーディガンに着替えると、お茶を手にとって啜る。
「お昼から、大垣司令長官がお見えになるわ。それ以外は、訓練視察と執務が山のようにあるわ」
「ありがとうなのです」
笑みを向けると、飲み終えた湯呑みをお盆に載せる。着替えている間に雷も飲み終わってた為、お盆を手に取り、
「行きましょう」
「はいなのです」
「それでは、行ってきます」
二人は、部屋に飾ってある湊の
「おはよう、電」
「おはよう、提督」
私室を出て司令部に向かうと、途中で独立連合艦隊旗艦の加賀と同副旗艦の瑞鶴が、二人並んで歩いているところに出会う。
艦娘の瑞鶴と加賀は不仲である。という定説を物ともせず、二人は友情を築き上げていたのだった。だが、
当然である。
故・神波敬一郎中将の軍部葬で、事件が勃発したのだった。
総理大臣臨席の下、厳かに行われた葬儀のことであった。旧第13泊地艦隊からは、連合艦隊結成まで司令官代理を正式に認められた電と、同じく秘書艦代理となった加賀が出席していた。
葬儀も、敬一郎の父親の締めの挨拶があり、帰路に着こうとしていた電に、瑞鶴が声をかけたのがきっかけだった。
「どの面下げてきたのよ?」
「……」
振り向いた電を、敵意に満ちた瑞鶴が睨み付けていた。
「何か御用なのです?」
静かに言う電に、瑞鶴は、
「敬一郎提督を死なせていながら、どの面下げて来た?って言ってるのよ!」
「瑞鶴、よしなさい」
止めに入る翔鶴を振り払いながら、瑞鶴は捲し立てる。
「それで、あんたの指揮下に入れですって?冗談じゃない。最初っからそれ狙いで……」
「黙って聞いていれば……」
何か言おうと口を開いた電の前に、加賀がその言葉と共に、瑞鶴の胸倉を摑み上げていた。加賀の瞳には、激しい怒りの炎が灯っていた。
オロオロして、見守ることしか出来ない電……
「黙って聞いてれば、いいたいことばかり言って。私達だって、上官を失っているのに、それを最初から狙って、ですって!?冗談じゃない!表出なさい。喧嘩売るんなら、私が買うわ」
「上等よ!」
乱暴に振り解いて、外に出かかる瑞鶴に、その後に続く加賀。
「加賀さ……」
一緒に外に出ようとする電の肩を、誰かが摑んだ為に、振り返る。
肩を摑んだのは、元大湊警備府総秘書艦の、退役する秘書艦大和と総参謀長、更に空席の主席副官の後任となる、次期横須賀鎮守府総秘書艦の大鳳で、首を横に振っていた。
「放っておきなさい。度を越したら、大垣
隣には、長身の坊主頭で褐色肌の、熊のような大男。
「そういうことだな。
そう、おどけて言うと、礼服の上着を脱いで大鳳に預けると、外へと歩いて行った。
「ああ見えて、大垣提督は10代の頃、暴走族の総長だったそうですよ。なんでも、その時出会った海軍の方に憧れて、暴走族を辞めて勉強して、士官学校に入ったとか?」
そう、大鳳が楽しそうに笑いながら付け加えると、電は目を丸くして驚くと同時に、当時の写真をいつか見せてもらおう、とも思ったのであった。
その後外に出た電は、表に出て行った二人がいなくなっており、後から“営倉にぶち込まれた”と大鳳から知らされて、頭を抱える羽目になっていた。
当然である。帰ろうとしていた総理大臣の目の前で、殴り合いをやったのであるから……人間のSPが止めに入れる訳もない中、大垣大将が
その日はすぐに、首相官邸に電話を入れ、謝罪をしたり、大本営こと幕僚監部や防衛省に、大鳳と共に出向いて事情を説明したり、と大忙しの電だった。
翌日、横須賀鎮守府に仮設された旧第13泊地艦隊司令部に、顔を腫らした加賀と瑞鶴、そして大垣大将が顔を出していた。
「電、いえ、司令官……勝手なことをして、申し訳ありませんでした」
「提督、昨日は無礼な言動の数々、申し訳ありませんでした」
秘書艦代理が営倉入りになった為、秘書艦代理の
「そんなに激しく喧嘩をしたのです……? 顔が、ものすごく腫れているのです」
「ちょっと痣になってるわよ」
「それは……」
心配そうにする電と雷だが、言い淀む二人に、大垣大将が、
「半分は、俺が
と、しれっと言う為に、電は空いた口が塞がらなくなっていた。横にいた雷も、同様であろう。
「何れにせよ、殴り合った挙句、俺に
そんな二人の顔を見ながら、豪快に笑う大垣大将だった。
それが縁となり、この二つの艦隊の仲は急速に近づいて、連合艦隊として、旗艦を加賀。その加賀の指名により、副旗艦に瑞鶴が就任することとなり、
連合第一艦隊に赤城、大井、北上。連合第二艦隊に翔鶴、隼鷹、飛鷹、扶桑、山城の、10名の艦娘からなる独立連合艦隊が結成された。
また、資源回収の為の遠征艦隊として、旗艦天龍、副旗艦暁、以下響、吹雪、雪風の五隻が、旧第2艦隊から雪風を加える形で、再編成されていた。
「今日も、仲がいいのです」
「そんなことないわよ!」
「そ、そうよ、五航戦の子なんかと!」
そうからかうと、お互い
「ところで、訓練の様子はどうなのです?」
「はい。瑞鶴、あれを」
「分かっているわ。提督、どうぞ」
加賀に促された瑞鶴が、持っていた報告書を手渡す。電は、訓練報告書に目を通す。
「やはり、火力不足ですか……戦艦二隻の抜けた穴は、大きいですね」
「大丈夫よ。きっと電が、大型新人を引っ張って来てくれるわよ」
勝手に、そんなことを言う雷に、電は肩を竦める。
二人と別れると、食堂で朝食を摂る。
元々、台場軍港には艦娘がいなかったこともあり、この台場軍港に所属している現役艦娘は、独立連合艦隊の15人に、司令官の予備役艦娘である電、
横須賀大工廠から移籍して来た、技術士艦の夕張の、17名だけである。
それ以外は人間であり、食堂も艦娘用の食堂が設置されていた。
「おはようございます、電さん」
食堂に入ってきた電に声をかけるのは、第13泊地の島の住人で、現在はこの台場軍港の職員として働いている、元艦娘の鳳翔だった。
避難してきた住民達は、横須賀で漁師を続けたりしているが、鳳翔だけは東京にやって来て、食堂を仕切っている。
「おはようございます」
「おはよう!」
それぞれ朝食のトレーを受け取ると、ご飯をおかわりしている、赤城のテーブルの対面に座る。
赤城も大盛りのご飯を頬張っていたが、二人がやってくると「おはようございます」と、にこやかに挨拶をする。
「今日も大盛りですか?」
「いえ、ギガ盛りです」
「太るわよ!」
と、いつものやり取りをしながら食事にありつく。別のテーブルで食事をしていた、ツナギ姿の夕張が二人の姿に気づくと、食事中にも拘わらず、トレーを持って移動して来る。
「提督、ちょっといいですか?」
「どうしたのです?」
夕張が赤城の隣に座ると、首を傾げて聞き返す。
「提督の艤装ですが、やはり修理不可能、と判定が出ました。故障原因も特定できませんでしたし、
「やっぱりそうなのですか………」
大きく溜め息を吐く電。あの時は、どうせ処分されて死ぬんだし、湊もいなくなっちゃったし、どうでもいいや、という半ばやけっぱちな考えでいた為、後先を考えていなかったのだ。
「し、しょうがないわよ!今は司令長官なんだし、こっちで勝負すればいいのよ」
元気づけるように頭を撫でる雷に、笑みを浮かべると、夕張に向き直る。
「電の艤装の件は
当然であるが、
「了解しました。それでは、後から艦隊改装計画をお持ちします」
そう言うと、夕張は食べ終わったトレーを持って立ち上がり、返却口へと急ぐ。工廠を一人で取り仕切っている彼女は、やはり多忙なのである。
それを見送ると、二人も急いで食事を終えると、同じく返却口へと持っていく。
赤城はそれを見送ると、再び食事へと戻る。
執務室で午前中の執務を終え、午後に大垣司令長官との面会の約束があったので、早めに昼食を摂った後のことだった。
雷は、面会の準備をする為に先に昼食を済ませ、丁度一緒だった瑞鶴と食堂を出たところで、海軍の制服を身に着けた男に声をかけられる。
「おい、チビ」
仮にも
「何か御用なのです?」
そう聞き返す。瑞鶴は、その
「あの人は、神波提督の後輩よ。三年後輩の次席だとかで……神波提督を尊敬しているって」
「あぁ……」
なぜ、無礼な物言いになったか、大体把握した電は、軽く溜め息を吐いた。
要するに、隣にいる瑞鶴と同じことである。
横須賀鎮守府に所属しているのに、わざわざ東京までご苦労なことである。
「上官二人の命を救えないで、何が司令長官だ、何が准将だ!」
嵐のような罵詈雑言をぶつけて来るが、電は何も言わない。反論もしない。逆に瑞鶴が、何も言わない電に、苛立ちを隠せずにいた。
「なんとか言えよ、
「そうよ、なんとか言いなさいよ、提督!貴女は不当な非難をされてるのよ!」
「……はい?」
よくわからない展開になった電は、きょとんとしている。
「湊提督や貴女のせいじゃ、ないじゃない。悪いのは安藤ってやつでしょ! 言ってやればいいじゃないの!言いがかりだ、って!」
「まあ、そうなのです」
一人蚊帳の外に置かれてしまったその男は、チッと舌打ちすると、
「そもそも、大尉だった筈の高梨先輩がいきなり准将とは、きっと高野元長官に言い寄って、色仕掛けを使ったに違いないんだ。しかもそれで暗殺だよ?
「あんた、あのねえ…」
流石に、瑞鶴が看過出来ない物言いを窘めようと、口を開こうとした時には、もう遅かった。
激怒した電が、その男の鳩尾に、跳び蹴りを食らわせていたのだった。あの
廊下を面白いように跳ねて、壁にぶつかる。
「ぐふっ……げほっ」
鳩尾を押さえながら起き上がる男に、更に電は駆け寄って、胸倉を摑み上げる。
「今、なんて言った!?湊さんを侮辱したばかりか、戦死したほうが良かった!?暗殺された人間は、戦死した人間よりみっともないと言うのか!?」
「ちょ、ちょっと提督!?」
慌てて駆け寄ろうとする瑞鶴だったが、後ろから軽く肩を叩かれ、立ち止まって振り返る。
「あ,あなたは……?」
肩を叩いた大男は、そのまま足を進めると、殴ろうと拳を振り上げた電の手を、ぐっと摑む。
「高梨司令長官、
振り向いてその男を睨むと、その男は、横須賀鎮守府の大垣守司令長官だった。
「大垣司令長官……」
「ここは、俺に任せておきなさい。そうだ、大鳳には、会談は少し遅れる、と詫びておいてもらえないか?」
「分かったのです」
胸倉を離し頭を下げると、会談の準備をしている雷と大鳳の元へと、小走りで去って行く。
「大垣長官、あの暴力娘を罰し……」
助かったと思い、今度は電をも非難しようとして顔を上げるが、その表情に言葉を失う。
大垣長官が、怒りの表情を露わにしていた為である。
「高梨司令長官から、跳び蹴りを食らったことだし、俺からは必要ないだろうが、一つ考えろ。上官を奪われ、奮闘している彼女を口汚く罵る事が、
「………」
「どうやら貴様は、艦娘本部には向いていないようだ。明日から、別部署に行ってもらうことにする」
「ですが……」
それでも反論する男に、大垣司令長官は、胸倉を摑み上げる。
「二度も同じことを言わせるな。正直言おう。湊さんを侮辱する
乱暴に振り解くと、男は逃げるように走り去っていった。
「やっぱり、おっかないわね。長官」
その様子を一部始終見ていた瑞鶴は、苦笑いいっぱいの表情で声をかけると、振り向いた大垣司令長官は、いつもの表情へと戻っていた。
「失礼な艦娘だ、俺は優しいことで有名な男だぞ。しかし何だな。あの時、激怒したのが加賀で、よかったな?」
「ええ、まあ……」
先ほどの、
本音としては、怒らせないでよかった、というのが、正直なところだったからだ。
「ところで、やはり湊提督のこと、好きだったんですね?」
この話題では、やり込められるだけ、と、反撃しようと話題を変えた瑞鶴の言葉に、一瞬絶句する大垣司令長官。
「きっ、貴様、何故……?」
「神波提督から聞いたわよ。湊提督に、『頼む!弟子にしてくれ!俺に艦娘の戦術のいろはを教えてくれ!』と、土下座したとか……」
「ま、まて、貴様、何が目的だ!?これか!?これなのか!?」
赤面して混乱した大垣司令長官は、横須賀鎮守府にある、間宮という甘味処の、無料食べ放題チケットを取り出す。艦娘には大人気のチケットで、優秀な戦果を上げた艦娘に与えられる代物である。
「いや、そうじゃなくてね………?」
「じゃあ何だ?」
「なんとなくよ。生きているんじゃないか、って思うのよ」
「……俺もそう信じたい……さて、そろそろ時間だ。失礼する。くれぐれも、この事は言うんじゃないぞ?」
そう念を押しながら走り去っていく大垣司令長官を、笑いを噛み殺しながら見送る瑞鶴は、せめて加賀にだけは話してやろう、と決意するのであった。