小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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第一章も最終話となります。


最期のあがきとあらたなる希望

 艦隊を散開させ、横須賀へ撤退する、元第2艦隊の天龍・暁・響は、敢えてこちらから通信を送らずに、泊地から飛ばされてくる通信だけを頼りに、情報を得ていた。

「要するに、泊地を放棄して、長門が殿(しんがり)で撤退するのか。提督の発案にしては冷酷な……それとも、あの横須賀の副官の案か?」

 現段階では、第3艦隊の悲劇や、湊の行方不明(MIA)と敬一郎の死亡(KIA)の事実を、天龍達は知らない。

「どうも不審だ」

 艦隊で副旗艦を務めていた、冷静沈着な響がポツリと呟く。その言葉に三人の足が止まる。

 天龍は、腕を組んで、暫し考えを巡らせていたが、

「お前等は、泊地撤退艦隊に合流しろ」

「あなたはどうするのよ?」

 泊地艦隊への合流を指示する天龍に、暁が腰に手を当てて問いかけるも、

「ちょっと、野暮用を思い出したんだよ。横須賀で長門に、艦娘達全員分奢らせるから、いい店予約しとけ」

「分かった。気をつけて、天龍」

 泊地の方向へUターンしていく天龍を見送りながら、電探を頼りに電の指揮する撤退船団へと方向を変え、再び足を進め始める。

 泊地の方向では、砲撃音が鳴り響き始めた。

 

 

 

「そろそろ来るぞ」

 長門の号令に、各務原大尉は緊張した面持ちで頷く。

 遠くに大艦隊が控えているが、前衛部隊は雷巡に戦艦に空母ヲ級……

「各務原大尉!空の敵は任せるぞ!」

「了解!」

 

 深海棲艦(空母ヲ級)が、次々と航空機を発艦させてくる。

 全てが、魚雷を投下する艦攻タイプの航空機のようだ。

 防御隊員達が、携帯型地対空ミサイル、所謂携帯SAMを構え、次々と発射していく。

 命中した航空機は爆発四散し、その破片が近くの航空機に命中、失速して墜落していった。

「そうか。()()()()()()()()()()()()()()()には、()()()()()()()のか……」

 各務原大尉が、そう呟く。()()()()()()()()()()のみに傾注していた軍部は、深海棲艦発生時に空母がいなかったこともあり、

 ()()()()()()()()()()()()()について、全く重視していなかった。

 撃ち漏らした残りの航空機も、魚雷投下前に対物狙撃銃の魚雷への狙撃や、ミニガンの弾幕で、全て叩き落としていた。

「長門さん、対空はこっちに任せろ!()()()()()()()()()()()()ぞ! 寧ろ、『それ』を空母に撃ってくれ!」

 その各務原の声に、長門は頷くと、片膝を着く。それと同時に、背部に背負っている、携帯用地対空誘導ミサイルの先端部が、前へと向けられる。

「行くぞ!空母に当たってくれ!」

 発射された誘導ミサイルは、画像認識誘導により、一直線に空母ヲ級に突っ込んで行き……大爆発を起こす。

 ボロボロになった空母(ヲ級)は、頭部の艦載機発艦口で誘爆を起こし、そのまま沈んでいった……

 だが、すぐに後方より、空母の補充が行われる。

「くそっ!まるでミッドウェーだ……」

「鬼畜米帝、ってやつですね」

 各務原大尉が吐き捨てるように言うと、若い防御隊員は、その上官の緊張を紛らわせる為に声をかけると、各務原も苦笑を浮かべる。

「すまん、少し冷静さを欠いていた。私達は対空支援だ!一機も撃ち漏らすなよ!」

「了解!」

 長門は、防御隊が乗り込む三隻の船に守られながら、()()()()()()()()を撃ちまくり、何隻もの敵艦を沈めていた……

 だが、次々と補充されて来る敵艦に、苛立ちを隠せなかった。

 そして、疲労により、だんだんと命中精度も下がりつつあった。防御隊の対空弾幕も、疲労と弾薬切れにより、少しずつ撃ち漏らしが起き始め……

「しまった、長門!敵機直上!!」

 各務原の叫びに、空を見上げると、艦爆が爆弾を投下した後だった。

 咄嗟に防御態勢を取るも、砲撃戦で少しずつ受けていたダメージも重なり、中破状態になる。

「くそっ、第三主砲が動かない!第二もだ!」

 長門の叫びに、各務原大尉は意を決した。

「わかった、長門さんは戦線を離脱してくれ。もうこれ以上はいい」

「各務原大尉はどうする!?」

 空襲は止まらず、高射砲で敵機を墜としながら問いかけると、

「なに、最期の切り札を切るよ。長門さん、()()()()()()()()()()()()()は、君から電や高野長官に伝えるんだ。いいね?」

「だ、だが、各務原大尉は……?」

 各務原の方を振り返ると、各務原を始め、他の隊員達も()()()()()()()ような、穏やかな顔だった。

「お前達……死ぬつもりなのか……?」

「一つ、我儘を言うなら……」

 横にいた、若い防御隊員の腹に蹴りを入れる。

「大尉……なに……を……」

 気を失って倒れる、若い隊員の首根っこを摑んで、

「こいつ()()は、帰ってもらわないと困るんだ。明奈ちゃんって、可愛いお嫁さんが待ってるからね。私は、割りと()()()()()でね。()()()()()()()()()()()を作りたくはないんだよ」

「そうだそうだ。16の女子高生孕ませた()()()()は、今日限りで()()()()の防御隊を追放だ!」

 各務原と、古参の隊員のその言葉に、他の防御隊員達も口々に、「そうだそうだ!」と賛同する。

「さあ、MLRSを発射するから、その爆発の隙に、こいつを連れて逃げるんだ!」

 有無を言わせない各務原の言葉に、深く頷いた長門は、涙を浮かべる。

「すまない。私は、お前達のことは忘れない……()()()()

「では頼む。本部、MLRS発射!」

 軍港に残っていた、数人の防御隊員が、12連装ロケット砲を発射する。ロケット弾に誘導性はないものの、日々の訓練により、弾道進行線上に敵航空隊を合わせて……

 空に爆風が広がる。

「早く行け!」

「わかった!」

 長門は、若い防御隊員を受け取ると、戦域を離脱していった。

「有紀、それに裕有……強く生きてくれ」

 各務原は、愛すべき妻と娘の名を口にすると、真剣な表情へと戻す。

「よし、船を突っ込ませろ!深海棲艦の化け物め!お前達は、駆逐とか巡航とか戦艦とかが合わさった(ぬえ)だ!」

 各務原達は、船を突っ込ませる。操舵士の操縦テクニックで、砲撃や空襲を躱して、敵艦隊のど真ん中まで達した。

「そのバケモノを、ヒトが倒す……さようならだ。俺と共に、地獄に逝ってもらおう!」

 不敵な笑みを浮かべた、各務原のその言葉と同時に、三隻の船は大爆発を起こし、瞬く間に炎が海面に燃え広がる。

 船には、泊地に残して置いた、()()()()()()()……高速建造材のバーナーの燃料が満載されており、誘爆の危険に晒されながら、ずっと戦っていたのだった。

 燃え広がった炎に………守備隊員の命と引き換えにした、()()()()のこの攻撃には、流石に耐え切れず、沈没していく深海棲艦も現れる……

 

「大尉!各務原大尉!」

 戦域から遠ざかったところで、爆発炎上音に気づいた長門は、涙を流しながら大尉の名前を叫び続けた。

「おい、長門!」

 戦闘の音で急行していた天龍が、漸く辿り着き、声をかける。

「天龍か、各務原大尉が!守備隊の皆が!私達を逃がす為に……!」

「だったら、何をしてやがる!早く行くぞ!大尉達の死が無駄になる!」

 すぐに天龍は、長門の腕を摑んで、横須賀の方へと走らせる。被害が収束し始めた深海棲艦は、泊地の方へと進撃を続けるが、一部の分艦隊は、長門達を追い始めていた……

 

 

「不味いわね、追撃を始めたわ。敵は少数で、空母タイプはいないようだけど……」

 暁、響が合流した、撤退艦隊のレーダー索敵を一手に引き受けている加賀が、後方のレーダー反応を確認しながら、司令部(霧島丸)に伝える。

「………」

「電……」

 電は、爪を噛みながら思案を巡らせる。その横には、姉達に任せて、霧島丸に艤装を収納して戻ってきて、秘書艦代理として電の手伝いをしている雷が、心配そうな表情で見守っている。

 既に、噛んでいた親指からは、血が出始めている……

「やるしか……ないのなら」

 そして、意を決して通信機を手に取る。

「迎撃準備!長門さんと天龍の合流後、戦闘を……」

「いえ。その必要はなさそうよ?」

 その言葉が、加賀によって遮られる。

「電、前方に横須賀鎮守府航空機動艦隊の反応あり。神波准将の艦隊よ」

「……了解なのです」

 助かった、と実感した電は、どさりと指揮席に座り込んだ……静かに涙を零しながら……

 

 翔鶴、瑞鶴、隼鷹、飛鷹、扶桑、山城の横須賀鎮守府航空機動艦隊は、撤退艦隊とすれ違うと、すぐに深海棲艦への攻撃を開始する。

 こうなれば、もはや急ぐ必要もなく、長門と天龍との合流を行ってから、横須賀への撤退を再開する……

 

 

 横須賀鎮守府では、泊地出港後に一方的に電が発した、『多数の深海棲艦の来襲と、安藤准将の裏切りにより司令部全滅。泊地維持不可能として、放棄撤退する』との通信文により、既に撤退艦隊の受け入れ準備が、高野司令長官の指示により進められていた。

 横須賀大軍港に到着した一同は、すぐに負傷者の高速修復材による入渠(治療)や、軍病院への入院、遺体の収容や、民間人を一度大会議室に案内する等の対応を受けていた。

 大工廠では、夕張と明石が、友人であった湊の行方不明(MIA)の報告に悲しむ(いとま)もなく、てきぱきと艦娘や艤装の修復作業を行っていった……

 

 翌日、電に出頭命令が出されていた。

「おそらく、電は解体処分になるのです……()()()

「馬鹿野郎!そんなことしてみろ!?俺達は、どんなことしても、電を救うぞ!」

 天龍が怒りを露わにするも、電は首を振る。

 長門は、その天龍を制しているが、加賀が一歩前に出る。

「私が同行して弁護するわ。高野司令長官は、穏健派で良識派と言われているわ。最悪でも、軍追放に留まるでしょう」

「お願いするのです……それでは行って来るのです」

「電!大丈夫よ!きっと大丈夫!」

「ありがとう。お姉ちゃん達……」

 電の手をぎゅっと握る雷に、それを側で見守る暁と響。暁型の姉達に穏やかな笑顔を向けると、艦娘達の一時待機場所に充てられた部屋から、加賀を伴い出て行った……

 

 

 司令長官執務室では、執務机に座る高野司令長官と、横須賀鎮守府秘書艦の大和。そして、総参謀長ーー少将の階級章を付けた、眼鏡を掛けた男ーーが、傍に控えて、待っていた。

 出頭し、緊張した面持ちで敬礼をする二人に、高野は穏やかな表情を崩さない。

「電くん。まずは君に、()()()しなければならない」

 その穏やかな表情を一変させると、静かに、そして厳かにそう切り出す。

「鎮守府司令部は、君の判断を全面的に是とするも、事後報告であったことは、勝手だったと言わざるを得ない。無論、そんな余裕は無かったであろうが、事前に報告をするべきだった……」

「………」

 高野司令長官は、軽く溜め息を吐く。

「では、本題に入ろう。電くん、君の艦娘の籍を、凍結する」

「待ってください!司令長官!電は……!」

 割って入るように声をかける加賀に、大和は黙りなさい。と、静かに制止する。

「………」

「代わりに、本日から君の身分は、()()()()()()()()()()()()とする」

「は?」

 思ってもいなかった言葉に、素の言葉が出てしまう。大和の苦笑いに、はっ、と我に返り、必死で頭を下げる。

「構わんよ。経緯はどうあれ、民間人に犠牲を出さずに、避難を行った君の、功績は功績だ。それに君の反応を見ていると、高梨くんに第13泊地の司令官を命じた事を思い出す。あの娘は苦々しい顔をして、大佐の階級章を受け取ったものだ。……高梨くんと神波くんの件は残念だと思っている……」

 懐かしそうに、そして悲しそうに語り始める高野司令長官に、二人も神妙な表情になる。

「……」

「高梨・神波()()の遺志を受け継ぎ、新たな司令長官と協力して、深海棲艦と戦ってもらいたい」

「了解しました。電、高梨・神波両中将の名を汚さないように、精進します」

「ところで、長官は退任されるのですか?」

 加賀が高野に声をかけると、大和が悲しそうな表情になる。

「こちらとしても、安藤准将の暴走(裏切り)の報告を受けた時に、呉鎮守府の三笠司令長官に告発を行ったのだ。だが、相手は元帥でな……逆に退役勧告書を突きつけられてしまったよ。()()()退()()()()は何よりも重たいものだ。……幸い次の司令長官は、大湊から大垣くんを招聘することに決まっておるし、大湊には佐世保鎮守府の日野未来中将が行くことになっている。共に若くて優秀な指揮官だ……」

「申し訳ありません……」

「いや、構わんよ。総参謀長と、横須賀で定食屋でも開こう、と思っておる。この総参謀長は料理が得意での、度々ご馳走になっているものだ。それに、大和も退役して、看板娘になってくれる、と言っておる」

 心底申し訳無さそうに頭を下げる電に、高野司令長官は穏やかな笑みで答える。総参謀長も穏やかな笑顔を浮かべ、大和も満更ではない表情になる。

「退役を機に、大和は高野司令長官、いえ、八十六さんと再婚いたします。亡くなった前の奥様へも、墓前に報告に参りましたし」

「お幸せに……」

 加賀も、少し笑顔になる。

「さて。独立連合艦隊の編成だが、長門・陸奥を除く、旧第13泊地の残存艦娘及び、旧神波艦隊の三個艦隊を預けることになる。二個艦隊を連合艦隊編成とし、一艦隊を遠征艦隊として、運用してもらいたい。拠点は、東京湾お台場に新設された、台場軍港を拠点としてもらいたい。長門と陸奥は、佐世保の方に行ってもらおう」

「了解いたしました」

 電は、高野司令長官の顔を見ると敬礼する。その電の顔を見て、高野は笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 その頃。とある無人島で……

 

「提督……お頭(おかしら)、浜辺で漂流者を発見しました。軍関係らしいので、どうしましょう?」

 軽巡洋艦の神通が、ボロボロの建物の中にいた、ボロボロの第一種軍装を身に纏った男に、声をかける。

「軍関係?分かった、見に行こう。案内しろ」

 30代の、髭の伸びきった、鋭い目つきの男が振り向くと、神通は頷いて、浜辺へと歩いて行く。

 

 浜辺には、ボロボロの第一種軍装で、中に若草色のカーディガンを着込んだ、准将の階級章を付けた女性が横たわっていた。背中には、斬られた傷跡があったが、傷は塞がっている。だが、意識はまだ回復していないようだった。

「この女か……?」

「はい、生きているようです。それと、()()()()が出ています」

 その報告に、男は女性の軍服の胸ポケットに入っている、身分証を取り出す。デリカシーのない行為に、神通は不満そうな顔をするも、男は一向に気にしない。

「横須賀鎮守府、第13泊地司令官……高梨湊……か」

「第13泊地は、先日陥落した、と無線を傍受した青葉から、報告が上がっています」

 その報告に、男は腕を組んで考えこむ。

「取り敢えず、この女を運べ。艦娘反応が出ているなら、入渠施設に放り込んでおけばいいだろう」

「了解しました」

 神通は、気を失っている女性を背負うと、別のボロボロの建物に向かっていった。

「艦娘反応の出ている軍人……まさか、な?」

 それを見送った男……直木智也元呉鎮守府分艦隊司令官は、ポツリと呟いた。

 

 

 第一章 完

 

 




これで第一章は終了です。

次回からは独立連合艦隊編です。

ここに出てきた日野未来提督のお話は別に作ろうと思っています。
第2章でもチラチラ出す予定です

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