鮮血の砲雷撃戦より、少し時間が遡る。
「それじゃあ、行って来ますね」
「お気をつけてなのです」
と、奈緒と敬一郎を伴い、湊は安藤准将に会いに、外へ出て行った。カーディガンの上に、白い軍服を身に着けて。
電はそれを笑顔で見送ると、執務室の秘書艦デスクで秘書艦の仕事を片付け始める。
今後の運営計画や訓練計画。それに、資材の残量等、秘書艦の仕事は多い。
他の艦隊では、秘書艦は第1艦隊旗艦と兼務する為、本当に必要な時には、
司令官と副官で、全てをこなさなくてはならないのだ。
「はぁ……今日はここまでにしておくのです」
誰にともなくそう言うと、お茶を淹れる為に、執務室の戸棚から茶葉と羊羹を取り出すと、
電気ケトルに水を入れ、お湯を沸かす。
電は、渋いお茶に甘い羊羹が大好きだった。
お茶と羊羹を、執務室デスクに置いて座ろうとした途端、
ズガァァン!
という、大爆発音がして、地面が少し揺れる。
「な……!?」
すぐに、手に持っていたお茶と羊羹をデスクに置くと、扉を乱暴に開けて廊下に出る。
食堂等のある管理棟から、煙が上がっている……
すぐに執務室に駆け戻り、護身用の拳銃ベレッタM92FSを取り出してから、
艦娘達の宿舎へと、走って向かう。
先ほどの夕食会の後、私室に戻る、と言い残していた、長門と陸奥を呼ぶ為だった。
息を切らしながら、電は長門と陸奥が同室している、部屋の前へ辿り着く。
「長門さん!陸奥さん!開けるのです!」
どんどんとドアを叩いて呼びかけるも、応答がなかった。ドアを開けようとすると、施錠されている。
外からは、機関銃の音や、ショットガンの銃声まで聞こえ始めている。
最悪の事態が、頭に過ると、
「後で土下座なのです」
と呟きながら、銃を構えドアノブを数発撃ち、鍵を破壊して中に突入する。
中に入ると、長門と陸奥は
テーブルには、
「長門さん!陸奥さん! 起きるのです!!」
二人の頬をバシバシ叩くと、先に長門が目を覚ます。
「う……ううん……私は……電?」
「長門さん 緊急事態なのです、敵襲なのです!」
「何っ!?」
バッと起き上がると、まだ眠気が抜けないらしく頭を振ると、陸奥を揺り起こし始める。
電は、クッキーを手に取って、一口食べてみる。何か少し
電は、前任の司令官の元、
司令官の命令で、多少黒いことにも関わらざるを得なかったので、自然と薬に関する知識も得ていた。
(これは……)
「睡眠薬なのです」
電が、苦々しい顔をして告げると、長門が電の顔を見て、はっと思い出す。
「提督は!?」
「安藤准将に会いに軍港へ……はっ!司令官が危ないのです!」
「陸奥!お前は、爆発音の方に行け!提督の方へは、私と電が行く!」
陸奥は頷くと、頭を抑えながら、管理棟の方へと走って行った。
「私達も急ごう!」
長門は、デザートイーグルを片手に立ち上がると、外へと走り出す。
電も、長門の後を追い、走り始めた……
湊は敬一郎と奈緒を伴い、軍港の桟橋部分にやって来ていた。
既に安藤は待っており、煙草を吸っていた。
「お待たせいたしました、准将」
二人の一歩前に出ると、湊が声をかける。
安藤は三人の姿を確認すると、持っていた携帯灰皿に煙草を捩じ込むと、ポケットにしまう。
「遅かったな、まあいい。貴官等は、
相変わらずの、上から目線で言う安藤の態度に、後ろの二人は少し不快感を感じるも、湊は意に介していない。
「士官学校では、1990年初頭に現れた、船舶を襲う軍艦の悪霊。その台頭により、通常兵器が通用せずに航路・空路が寸断され、貿易ができなくなった。しかし、”
「貴官は、歴史が得意だったな?」
「はい。お陰さまで」
皮肉を笑顔で返すと、安藤が空を見上げる。遠くから、砲撃音が聞こえる。
「始まったか……
その意図を図りかねた湊は、何も答えない。奈緒も敬一郎も、砲撃音に不審感を持っていた。
「返答なしか、まあいい。
振り向いた安藤は、嫌な笑みを浮かべていた。
「何故……それを……?」
湊の
「横須賀鎮守府
「………」
湊の顔から笑みが消える。後ろの二人も警戒感を隠すことなく、腰の銃に手をかける。
「まあ聞き給え。始祖の艦娘の発生後、軍は、艦娘を増やす計画を行ったのだ。艦娘の遺伝子を解明して、組み込む計画でな。無論、公表はされていないがな」
「………」
「適合しやすい人間を、ピックアップして施術することにした。無論、本人の了解等取らずに、な。当然だろう、世界が干上がるかの瀬戸際だからな」
「………」
湊は、安藤をまっすぐ見ている。その瞳には、怒りの炎が灯っていた。
「結果から言えば、その計画は失敗した。艤装の展開を行えなかったのだ。もう一つの計画も失敗した。五人中四人が、
第3の計画により、
「安藤准将、何が言いたいのですか?」
湊が、今までにない鋭い口調で問い糾す。
「
「………」
「だが、その
カッと目を見開くと、
「深海棲艦化!?」
「危ない!湊!」
いち早く反応したのは、奈緒だった。すぐにM500ハンター改を抜くと、湊を敬一郎の方に突き飛ばして、安藤に対して銃を撃つ。
何度も銃弾が命中するも、傷一つ付いていない……
安藤は、獰猛な笑みを浮かべると、腰に帯びていた軍刀を、スラッと抜き放ち……
「奈緒!!」
「あぇ……?」
目にも留まらぬ速度で、軍刀が奈緒の身体を貫いていた……
「遅いな。“鉄腕娘”大村奈緒」
「あ……みなと……にげ……」
乱暴に軍刀が引き抜かれると、奈緒は崩れ落ちる。
何度か立ち上がろうとするも、身体から流れる血が血溜まりを作り、そこへ倒れ込んでしまう。
「こっちだ!」
次に反応した敬一郎が、湊の手を摑んで声をかける。
「敬一郎く……」
手を摑んだ敬一郎を見上げた時、そこにはもう既に、
斬られた首からは、血飛沫が散って、湊の軍服をも赤く染め上げていた。
その背後では、安藤が敬一郎の首を持って、ニタリと嗤っていた。
「ひっ……」
湊の顔は恐怖に怯え、身体が震え始めていた。
なんとか腰に帯びていた、ベレッタM92FSを構え、トリガーを引く。
「ぐっ……」
倒れた敬一郎の身体越しに、安藤の右肩へ銃弾が命中し、そこから血がドクドクと流れ始める。
「やはり、貴官は艦娘化し始めているようだが、ここで終わりだ……!」
軍刀を振り下ろすも、必死の抵抗で転がって回避する。
ヨロヨロと立ち上がる湊を、追いかけようと安藤は足を進めるも、その足を摑まれた。
「湊……逃げて」
瀕死の奈緒が、ここまで這いずって、足を摑んでいた。
「邪魔をするな!」
安藤が、奈緒の顔を踏み付けて、無理やり解く。
湊は、もはや必死で逃げるしか無かった。しかし、背中に激痛が走る。
「ぁ……あ……」
背中が焼けるように熱い……眩暈がし、視界がぐるぐる回り……足を踏み外したのか、海に吸い込まれるように……
電と長門が港に駆けつけた時には、湊が背中から軍刀で斬られ、海に落ちたところだった。
「貴様っ!」
長門が叫んだ時には、もう横に電はいなかった。
「きさまああああああ!!!」
誰よりも速い速度で、安藤に跳び蹴りを放っていた。
「な………っ?」
「よくも……よくも……うわあああああああああああ!!!!!」
噴き飛ばされ、地面に叩き付けられた安藤に、怒りに満ちた表情で、
砲撃と雷撃を乱射していく。断末魔を上げる間もなく、安藤はもはや
「もうよせ!!」
長門が必死に止めるも、駆逐艦としてはあり得ない力で、突き飛ばされる。
「絶対に許さない!よくも司令官を!!よくも湊さんを!!殺してやる!こんなやつ!!」
「もう生きていない!
艤装を無理やり羽交い締めした為に、長門の両腕は深い傷を負って血が流れるも、構わず必死に羽交い締めする。
「はぁ……はぁ……」
我に返ったのか、艤装を収納し、荒い息のまま崩れ落ちるように座る電の頭を撫でると、
すぐに、奈緒の元に駆け寄る。
弱々しいながらも脈と呼吸がある……
「電!大村少佐を運ぶぞ!」
「担架を持ってくるのです!」
電が、軍港の射撃訓練場に設置してある担架を持って戻ってくる頃には、赤城と陸奥も防御隊の生き残りと共に、やって来ていた。
「すぐに司令官の捜索なのです!船団長を呼ぶのです!あと、お医者さんを呼ぶのです。大村少佐の応急処置を!」
電の指示に、艦娘達と各務原大尉以下防御隊員達は頷くと、それぞれ方々へと走って行った。
防御隊の詰め所に待機していた、若い軍医が初期処置をしている間、陸奥は島で唯一の医者の老人を、食事しているところを担ぎ上げて、連れて来ていた。
連れて来られた医師は、すぐに若い軍医に適切な指示を与えながら緊急オペを行い、
だが、奈緒は意識不明のままである。
更に赤城が、霧島と船団長・平八郎の暮らしている漁港側の家へと走り、霧島と二人で船団の海の男達を呼んで回り、
捜索の為に、次々と漁船が軍港へ集結して行った。船団には、湊に助けられた潜水艦娘達が、軍に戻らずに所属していたのだ。
だが、潜水艦娘達の懸命な潜水の捜索の甲斐もなく、湊の救助どころか、遺体を発見することも出来なかった……
「すまねえ……」
平八郎は、大きな身体を小さく竦めて、電に頭を下げていた。
手伝った潜水艦娘達も、船団長の後ろに並んで、申し訳無さそうな顔をしている。
彼等にとって、湊は大恩人であったにも拘わらず、救助も、遺体の引き揚げも出来なかったことに、無念の臍を噛んでいたのだった。
「いえ、皆さんよくやってくれたのです……ありがとうございました」
大好きな
心配した鳳翔が、お粥を作って持って来るも一切手を付けずに、悲しみを
側では長門と、元艦娘の霧島が、心配そうに電を支えていた。
泊地の庁舎から、赤城が走ってくる。
「大変です!第2艦隊の天龍より緊急電文です!
『我、深海棲艦の大艦隊を発見、遭遇。第13泊地に向かっている模様。艦隊規模から、泊地海域まで二日ほどが予想される。第2艦隊は散開し、各自退路をとった。泊地には雷、吹雪を向かわせた。我、暁と響と共に横須賀へ向かう』
とのことです!」
その報告に騒然となる。無理もない。司令官は
電は、湊ならどう考えるだろう……?と思い、着ていた、湊とお揃いのカーディガンの裾を、ギュッと摑む。
「……皆さん。この島を放棄するのです」
暫し目を閉じて思案をしてから、決意を固めた電は、目を開けてそう宣言した。
主人公不在となりますが
第一章はもうすこし続きます。