小さな泊地と提督の物語   作:村上浩助

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第1章「泊地編~高梨湊~」
司令官着任(2.0)


1990年初頭、深海棲艦という化け物が現れて各国の海を襲い始めた。

日米両軍はその撃滅のため艦船を出撃させたが次々と返り討ちにあっていった。

 

シーレーンはがたがたになりもう人類は終わりかと思ったその時。

後に軍神となる艦娘戦艦三笠が現れ、彼女から艦娘を作り出すことを研究していた博士新井田智紀は次々と艦娘を生み出すことに成功した。

新井田博士はその途上何者によって殺され、彼の弟子たちが第3世代の艦娘計画を打ち立て、艦娘を量産していった。

そして、艦娘と深海棲艦で戦争が始まってから28年が経っていた。

 

そんな2018年の春先の出来事である。

第13泊地 司令部 門前。

 

「はぁ………」

 

高梨湊は、途方に暮れていた。

真っ白な軍服に、襟元の大佐の階級章。

大きな溜め息を吐いて、再び門を見る。

どうしてこうなった……

 

慣れない土地で、たった一人、こんな溜め息を吐く羽目になったのは、一ヶ月前の出来事だった。

 

当時、湊は横須賀鎮守府司令部の司令長官付き次席副官だった。階級は大尉。

彼女は司令官に付き従い、高野司令長官の率いる艦娘達の、練度確認の演習視察に赴いていた。

本来なら、司令長官に同席するのは主席副官であり、湊の出る幕ではなかったが、

主席副官である、神波敬一郎准将が幕僚監部へ出張の為、何人かいる次席副官から、

彼女がその代理に指名されたのだった。

とはいえ、一度演習が始まってしまうと、副官の仕事は少ない。

 

港湾内の沖合で行われている演習中、周囲のレーダーに気を配りながら、何気なく双眼鏡で沖合を眺めていた時だった。

 

「ん~……?」

 

何かが洋上に浮かんでいる……

 

「んあ、あれは!?」

 

湊はそう声を上げる。

 

「大尉、どうした?」

 

振り向き声をかけたのは、同僚で、司令長官警護を兼ねる鎮守府防御隊指揮官、大村奈緒少佐だった。

 

大村奈緒と高梨湊は、共に士官学校の同期である。しかし、成績は全く違っていた。

湊は極めて高い戦略指揮能力・情報分析能力を持っているが、それと引き換えになのか、実技分野では赤点スレスレという成績で卒業。

奈緒はバランスの良い能力に加え、卓越した白兵戦技で次席で卒業している。

周囲はこの二人が合うとは思っていなかったが、()()()気が合い、同じ司令部に配属されてからも、奈緒は湊を何かと気にかけてくれていた。

 

「奈緒、あれ、あれ」

 

 演習中とは言え、任務中に上官を呼び捨てにしてしまった湊を咎めることもなく、指差した先を確認すると、湊の差し出した双眼鏡を覗く。

 

「ん……あれは……閣下に報告してくる」

「はい…」

 

 浮かんでいたものが間違いないのならば、上官である高野司令長官に報告すべき事態だった、

……沈没寸前の艦娘だった。

 

 その艦娘は駆逐艦電と確認された。高野司令長官は即座に演習を中止し、艦隊秘書艦の大和に救助を命令する。

 

「高梨くん、すぐに工廠部に連絡、明石と夕張を待機させよ」

「直ちに」

 

 温和だが威厳に満ちた初老の域に達した高野司令長官の指示で、湊も副官としての自身の職務に専念することにした。

 大和率いる鎮守府主力艦隊が電を曳航して軍港へと帰還すると、待機していた艦娘夕張と明石が、すぐに高速修復材による処置を行った。

 

「ここは……?」

 

 迅速な処置の甲斐あって目を覚ました電は、ずっとつきっきりでいて、ほっと胸を撫で下ろしていた湊の手をとって、

 

「皆を……皆を助けて欲しいのです」

 

訴えるように哀願した。

 

「え……どういうことですか?」

 

湊の言葉に、電はぽつりぽつりと話し始めた。

 

電の所属していた、第13泊地の司令官は、人間として最低の部類だった。

捨て艦戦法は当然の事、艦娘を解体処分にして、本体を地元のならず者に売り払い、不正に金銭を得る。

自身に従わない民間人には、制裁と称し艦娘の圧倒的な武力で虐殺をする。

司令官の特権で強制的に命令を従わせる、プロトコルを悪用し、艦娘に性的な暴力を振るう。

その他、行方不明になった艦娘も多数存在する、というのだ。

 

沈没寸前の艦娘が命からがらやってきたからには、()()()()()()()()()は予期していた。

 

しかし、予想より酷い事態に、一同は苦い顔をする。

 

「高梨くん、どう思うかね?」

 

 全てを吐き出して錯乱寸前になった電を鎮静剤で眠らせた後、高野司令長官は傍に控えている人物の中から、湊に声をかけた。

 湊は、軽く目を伏せてから顔を上げると、

 

「……私は助けたいと思います。軍人は()()()()()()()()()()()()()に存在しています。

たとえ建前でも、綺麗事と言われても、それを見失えば、軍としての拠って立つ礎が崩れ、武力を与えられた意味がなくなってしまいます。

それどころか、その()()の……共に戦う艦娘達を辱め貶めた泊地司令官を、

私は、女として、軍人として到底許すことは出来ません」

 

ベッドに横たえられた電の頭を撫でながら、湊はキッパリとした口調で答えた。

 

「わかった」

 

 高野司令長官は、少し思案の後に命令を下す。

………これが、湊の運命を決定づけた瞬間、だったかもしれない。

あるいは、最初から決まっていた、のかもしれないが……

 

「高梨大尉。貴官に鎮守府防御隊を、一個中隊預ける。名目上は大村が指揮官だが、

 貴官の指揮で速やかに第13泊地の治安を回復・維持せよ。その後の判断は、貴官に任せる」

「はっ、必ずや…!」

 

 

第13泊地の戦いは、苦戦するか、と予想された。

夜明けを狙った急襲と、湊の発案した無人艇を別の場所に突っ込ませて騒ぎを起こす作戦で、電撃的な制圧を行う手筈だった。

しかし、そこまでする前に、所属艦娘達の職務放棄が決定打となり、あっさりと泊地司令部は制圧された。

司令官は既に逃亡しており、副司令官以下19名の内、捕縛された者が10名。

激しく抵抗した為、止む無く射殺した者9名と、司令官を取り逃がした以外は、完全に制圧することができていた。

接岸時の揺れで、海に落下して溺れて負傷した挙句に気絶した、指揮官の湊以外、海上自衛隊時代から鍛え上げられていた、精鋭揃いの鎮守府防御隊には負傷者すらおらず、完全勝利と言っていい内容だった。

 

 その後、第13泊地司令官は軍法違反により、除籍処分(不名誉除隊)が決定され、指名手配犯として追われる身になっていた。

 

 当然ながら、司令官が空席となった第13泊地だったが、当面の間、艦娘の自主運営に委ねることにし、電を泊地へと帰していた。

 

 その間に高野司令長官は、第13泊地の新司令官を決定せねばならなかった。

性的な暴行を行った、前司令官の所業を考えると、男性士官はまず選べない。

かと言って、現在横須賀鎮守府にいる准将・大佐級の士官は、全員()()女性である。

しかも、全員が横須賀鎮守府の要職に就いており、それを外す事はできない。

軍人とはいえ、家庭を持っている士官を、いきなり辺境の前線地に送るのも忍びない。

高野司令長官は候補者のプロフィールを眺めながら、とある人物のプロフィールで視線が止まった。

 

「彼女に任せてみるか……」

 

そう呟くと、傍に控えていた主席副官の神波准将に、高梨大尉を出頭させるよう命じた。

 

 

負傷が癒え、副官業務を再開して、副官室で書類作業を行っていた湊は、突然の出頭命令に戸惑っていた。

司令長官執務室に出頭すると、笑顔で出迎える上官である高野司令長官。

目の前には、見間違えでなければ()()の階級章。更にその横には、第13泊地司令官に任じる旨の辞令書……

そして、自分の階級は()()

その事実を重ね合わせると、湊が()()()()()()()の上で、第13泊地の司令官職に就く、ということが明白だった。

 

「あの……司令長官閣下?」

 

湊は、苦虫を大量に噛み潰したような笑顔で声をかけると、

いつもの温和な声で、

 

「何かね?高梨大佐」

 

と返ってくる。やはり大佐と呼ばれている……

事態についていけなくなりそうになり、湊は目の前の上官に、

 

「い……いや。これは昇進に加え、二階級特進で生きて帰るな、ということでしょうか?」

 

と、失礼なことまで聞いてしまう始末。

そんな湊を、高野司令長官は咎めもせず、笑顔のままでいる。

 

「知りたいかね?」

 

高野司令長官に聞かれた湊は、

 

「は、はっ」

 

と答えると、高野司令長官はふっと軽く笑ってから、

 

「無論、ジョークだよ」

 

そう答える。

予想の斜め上をいく回答に、絶句している湊を見て高野司令長官は、

 

「ふふ、若い者をからかってみたくなっただけだよ。すまない。

 泊地司令官職は、()()を充てるのが慣例となっている。

 色々な判断や、駆逐艦・電が君を希望していたことを合わせて判断した結果、

 君に任せたいのだが、君は()()だ。よって特務(見せかけの)大佐として、

 任命するのに相応しい、と判断した為だ」

 

楽しそうに笑う上官に、苦笑いを浮かべたままの湊は、

 

「それならいいのですが……」

 

としか答えられなかった。

 

「電には泊地に戻ってもらい、当地の取りまとめをしてもらっているが、

 ほぼすべての艦娘が人間不信となっている。まあ、あの男の所業とはいえ大変だと思うが、頑張り給え」

そう言われた以上は、引き受ける他ない。湊は苦い顔をしながら敬礼し、

「謹んで拝命いたします」

 

そう答える他なかった。

 

 

「はぁ………」

 

ここに来ることになった経緯を思い出すと、途端に溜め息が出る。

だが、ここで溜め息を吐いていても仕方がない、と門の中に入ろうとした途端、背後に気配を感じ、振り向く前に首筋に()()を当てられていた。

何故か、湊は危機感を感じていなかった。

 

「えっと…………こんにちは?」

 

的外れな挨拶をすると、冷たい女の声が帰ってくる。

その声は、憎しみと敵意に満ちた声だった。

 

「答えろ。お前、あの司令官の手先か?」

「あの司令官は、逃亡して軍籍を剥奪されましたよ?」

 

湊は殺されるかもしれない状況で、何故か笑みを浮かべて答える。

 

「………」

 

そこで漸く、首筋に突き付けられているのが刃物だとわかるが、

湊は、恐怖に怯えることもなく、

 

「刃物を突き付けられているみたいですね」

 

当の突き付けた相手に、そう声をかける。

 

「お前が下手な動きをしたら、首と胴体が別れるぜ」

 

これは恫喝ではなく、本当に殺るつもりだ……とわかっていても、

何故か、湊は怯える気になれなかった。

 

「抵抗なんてしませんよ」

 

そう答えると、背後の気配が刃物を振り上げようとした時、()()()()()()()()が聞こえた。

 

「やめるのです!」

 

声の聞こえた方に視線を向けると、電が走って来たのだった。

 

「止めるな、電!あいつの手先なんぞ、生かしておく理由等……」

 

そう言い終わる前に、電は必死に声を振り絞る。

 

「その人は……新しい司令官なのです!」

「何っ!?」

 

背後の気配は、一瞬絶句した後に、刃物を抑える。

湊は、首筋が切れていないか、手で擦りながら振り返る。

そこには、不機嫌そうな軽巡洋艦・天龍が立っていた。

 

「上官反抗罪で射殺でもするのか?提督さんよ」

 

挨拶もせずに、挑発的な口調で食って掛かる天龍に、湊は首を振って、

 

「いいえ。何でそう思うんですか?」

 

そう聞き返すと、天龍は少し困惑顔になった。電は、その二人を交互に見ながらオロオロしている。

 

「だ、だってよ、オレはあんたを殺そうとしたんだぞ?」

 

そう答えると、湊はああ、そんなことですか、と言わんばかりの顔で、

 

「別に気にしてませんし、仮に()()()()()()()()()()()()()()

 

当たらない、という言葉の意図が見えないのか、天龍はキョトンとした顔になる。

 

「だって私、射撃訓練で10発中10発外すくらい、射撃は苦手なんですよ?」

 

何を言ってるんだこいつは……そう言いたくなるのを抑えながら、天龍は続きを促す。

 

「この間の制圧戦で、私一人海に転落して負傷する程度の運動神経しかないですし」

 

笑顔でそんな話をする湊を見る天龍の顔は、呆れ顔へと変わっていく……

 

「そんなんで、よく士官になれたな?」

 

当たり前といえば当たり前だが、失礼過ぎる言葉を投げかける天龍に、

 

「私もそう思います」

 

なんて言葉を返すものだから、天龍は呆れ返って言葉すら出なかった。

 

 湊は着任すると、すぐに泊地の立て直しに奔走した。

 出撃を一切せず、艤装を解体され売られた元艦娘を買い戻し、精神に傷を負った艦娘・元艦娘達に、カウンセラーを手配する。

 そして、前司令官とつながりのあるならず者を、警察と協力して捕まえ、迷惑をかけた住民達には謝罪して回っていた。

 最初は、電以外誰も手伝おうとせず、疑いと敵意の目で湊を見ていた。

だが、何度も過労で倒れ、傷つく湊の姿を見ているうちに、一人、また一人と協力する艦娘が現れ、そのうちに全ての艦娘が湊に協力するようになっていた。

 

そして季節はめぐり、湊が着任して一年が経とうとしていた……

 


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