モンスターハンターStormydragon soaring【完結】   作:皇我リキ

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何をやっているんだろうか

 少しだけ時間が経った。

 タクヤの前に座り込み、伏せる。

 

 

 何を考える訳でもなく、ただ床を睨み付けた。

 

 

 眠って仕舞えば楽になるのかもしれない。

 だけど、それすらも出来ない。

 

 

 何度も昨日の事が脳裏に浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 その度に後悔して、後悔して、後悔して、後悔して。

 

 昨日の朝に戻れたらどれだけ幸せか。

 

 

 いや、もっと前が良い。

 皆でワイワイ騒いでいたあの頃が良い。

 

 タクヤも、サナも、皆でふざけたり真剣になったり。全部、皆が居たから楽しかったんだ。

 誰一人だって欠けずにやって来たあの頃に———

 

 

 ———いや、もっと前だ。

 

 

 自分さえ居なければ……タクヤは告白しなかったんじゃないか?

 

 サナが選ぶ人選も変わっていたはずだ。

 

 

 彼処に居たのが自分で無くて他の誰かだったら……サナもタクヤも助かったんじゃないか?

 

 

 

 ここに来た事こそが、間違いだったんじゃないか……?

 

 

 

「お邪魔するっすよ」

 そんな事を考えていた矢先、ヒールの声が頭上から降って来る。

 

 

 顔を上げれば、座っていたアカリに水を差し入れするヒールの姿がそこにはあって。

 アカリに水を渡したヒールは、次は自分の元にやって来て同じ水を渡して来た。

 

 

「ずっと何も口にしてないっすよね? 入らないかも知れないっすけど、水くらい飲むっすよ」

「……ヒール」

 そういえば、そうだな。食べてない。

 

 水分も取れてないし、ヒールの名を呼ぶ自分の声は枯れていた。

 

 

「……ありがとう」

「落ち着いたっすか?」

 タクヤの側に立って、タクヤを見ながらそう言うヒール。

 

「落ち着くわけないだろ……」

 普段通りの彼の声に何故かイラついて、無意識のうちにそんな返答をしてしまった。

 なんて情け無い奴だろうか。

 

 

「俺もっす……」

「ヒール?」

「タクヤをこんな目に合わせたモンスターと、明日戦うかもしれない。後衛の俺が指示を一つ間違えれば……また、誰かが死ぬかもしれないっす」

 そう言ってから彼は少し間をあけて、こう続けた。

 

「責任の重さ、痛い程分かるっすよ。自分のせいで家族の誰かが死ぬなんて……考えただけで自分が死にそうっすから。でも、実際に経験した訳じゃないっすから……今のシンカイの心境は俺には分からないっす」

「何が言いたいんだよ……」

 まただ。何がしたいんだ自分は。

 塞ぎ込んで立って何も変わらないって、分かっているのに。

 

 

「シンカイ、いつかここに居る四人で釣りのクエストに行った事を覚えてるっすか?」

「そりゃ……まぁ」

 突然何を言い出すかと思えば、そんな事。

 

 忘れもしない。自分の初めてのクエストだ。

 

 

 タクヤも自分も魚釣りは飽きて、タクヤはブーメランで遊びながらキノコ探してるし自分はといえば寝た。

 その後釣った魚を焼いて焦がしたり食べたりした。

 

 ガノトトスも釣れたっけか。

 

 

「その時に俺が言った事、覚えてるっすか?」

「ヒールが……?」

「苦しい時は、誰かに話すと楽になるっす。家族に話すっすよ。俺も、その時はシンカイに話して楽になったっす」

 あの時、ヒールは自分の事を家族だと言ってくれた。

 

 

 家族に、話す、か。

 

 苦しい事を……辛い事を?

 

 

「別に、俺じゃ無くても良いっす。……だけど、一人で溜め込まずに……誰かには話して欲しいっす。俺達、家族じゃないっすか」

 そうとだけ言うと、ヒールはタクヤに身体を向けた。

 

 

 その顔を目に焼き付けるように。

 普段のヒールとは思えない程真剣な眼差しで。

 

「タクヤ、お疲れ様っす。良く二人を守ってくれたっすね……。大丈夫っす、サーナリアも見付けて……タクヤの仇もついでに取ってくるっすよ。だから、アカリとシンカイと待ってて下さいっす」

 そして、そんな言葉をタクヤに落として。

 

 

「あ、シンカイ」

「……なんだよ」

「その喋り方、似合わないっすね。いつもの喋り方の方が、しっくりくるっすよ」

 そうとだけ言って、ヒールは部屋を出て行った。

 

 

 あぁ……喋り方だぁ……?

 

 そういや……そうか。

 

 

 あのふざけた喋り方って、なんと無く意識して出してからな。実はこっちが素なんだよ。

 なんて、ここの皆は言っても知らないわな。

 

 

 

「誰かに言う……か」

 辛い事を口にして出すと、少しは気分が晴れるとかなんとか。

 そんな言葉を、自分が聞く時がまた来るなんてな。

 

 ただ、今この状態で誰に言ってどうなるのか。

 自分の誤ちを叫んだって、それが正される事なんて無い。

 

 

「……シンカイ」

 ヒールが出て行って間も無いのに、部屋に入って来る一人の人物がいた。

 声の主———ガイルはアカリの元に行くと「少し目を瞑っていてくれ」と声を掛ける。

 

 何のつもりだ? なんて思ってそれを見ていて、アカリが言われた通り目を閉じた次の瞬間。

 

 

「……歯を食いしばれ」

「は———がっ?!」

 ガイルに殴り飛ばされた。本気で振り下ろされた拳は、身構えても居ない自分を三回転させるに充分だったろう。

 感じた事もない衝撃を覚え、天と地がひっくり返ったような感覚に陥る。

 

 

 何をするかと思えば、まさか殴られるなんて。

 

 

「……っでぇ…………」

「んぇ? ぇ?」

 目を開いたアカリには目の前の光景がどう見えていたのだろうか?

 

 ただ、ガイルは何も気にせずにまた自分の元に寄ってくる。

 一発じゃ足りないのか。

 

 

 なら、何発でも殴れば良い。

 それでお前の気が済むなら。

 

 

「……シンカイ、俺を殴れ」

「……は?」

 ただ、降ってきた言葉はそんな言葉だった。

 自分の前に座り込み、目を閉じるガイル。彼が何を考えているのか、自分には分からなかった。

 

 

「なんのつもりだよ……」

「……俺はバカだからな。これでしか語れない」

 そう言いつつ、拳を握り締めるガイル。物騒だなお前は。

 

「…………俺を殴れ。そして、その上で俺の頼みを聞いて欲しい」

「……頼み?」

 なんでそれでお互い殴り合う事になったんだ……。

 

 

「明日の狩りに参加して欲しい」

「断ると言ったら?」

「頷くまでお前を殴る」

 なんて奴。

 

 

「……シンカイ、お前いつか俺にこう言ったな。自分を信じろと。そうすれば、背中を任せる相手も信じられると」

「……そんな事言ったかもな」

 ダイダロスの街で、ガイルが訓練所の狩りをしている時だったか。

 

「……シンカイ、何故来てくれない? 俺達が信じられないのか……? もう誰かが死ぬのを見るのは嫌か? 俺達の誰かが死ぬと思うのか?」

「それは……」

「……今のお前は、お前に会う前の俺と一緒だ。自分を疑って、仲間を信じる事すら出来ないでいる」

「そんな事は……」

「なら何故サーナリアの命を諦めている……。あいつを信じて居ないのか?! 違う、お前は自分を信じられなくなっているだけだ。お前は俺と同じだ。あの頃の……俺と!」

 自分の胸倉を掴みながら、ガイルは普段からは考えられない程喋った。

 

 

 筋肉で語るような奴の癖に、今日は良く喋る。

 

 

「こんな奴を信じろって方が無理だろ。現にサナはともかくタクヤは自分が殺したようなもんだ……」

「そんな事は……」

「なら誰のせいだよ」

 ほっとけよ。

 

 

 こんな奴は、ほっといてくれよ。

 

 

「…………」

 押し黙ったガイルは、出口に体を向ける。

 そうだ。帰れ。お前は明日があるだろ。

 

 

「俺は、仲間を信じる。そして俺の力を信じる。サーナリアは生きていると信じる。俺はサーナリアを助けられると信じる」

「生きてる訳が———」

「……っ!!」

 いきなり振り返り、形容し難い表情で自分を睨み付けるガイル。

 そのまま拳を振り上げ———

 

「……か……くっ!!」

 ———アカリの声の次の瞬間、その拳は自分の身体を再び床に転がした。

 大きな音と一緒に視界が揺れる。上下する感覚に痛覚を刺激され、自分は声をあげることも出来ずに床に横たわった。

 

 

「シンカイ!!」

 そんな自分の胸倉を、ガイルは再び掴む。

 

「……気が済むまで殴れよ」

「……お前……っ!!」

 そうだよ、殴れよ。

 

 

「や、ぇ、て、!!」

 そんなガイルの肩を後ろから引くアカリ。辞めるのはお前だ。

 ガイルには自分を殴る権利がある。自分にはそれを止める権利は無い。

 

 

「……俺はな……お前みたいに頭が良く無い。サーナリアにも良く筋肉バカ筋肉バカとバカにされた。だが、それで良い。俺にはこれしか無い。ならこれで伝えてやる。お前の眼を覚まさせてやる!!」

 振り上げられる拳。覚ますも何も無いけど。

 

 お前の気がそれで済むのな———

 

 

「何やってるのガイル君!」

「ちょっと、ガイル君?!」

 振り上げられた拳が下される瞬間、二人の女性の声がガイルの拳を止める。

 そのままガイルを無理矢理自分から引き離したのは、クーデリアさんとナタリアの二人だった。

 

「が、ガイル君? 落ち着いて? ね? 明日の捜索パーティでしょ? もう、寝て。明日サナを助けて……ね?」

「……っ」

 ナタリアの言葉で、拳を下げるガイル。

 おいおい、そんな事して明日ガイルがストレス溜まったまま狩場に出たらどうするんだよ。

 

 

「ほら、行こ? あ、クー姉……シンカイ君の事お願い」

「え、えぇ……」

 そうやって、ナタリアはガイルを部屋から連れ出す。

 それを自分は見守って、乾いた笑い声が出た気がした。

 

「……ははっ」

 自分には何も出来ない。

 

 

 あんな事を言われたって、自分には何も出来ない。

 

 

「大丈夫……? シンカイ君」

「別に……」

「血、出てるわよ。アカリちゃん、貸家から消毒持って来て」

「ん!」

 言われた通りに出て行くアカリ。

 おかげで部屋にはタクヤと自分とクーデリアさんだけになってしまった。

 

 

「気が立ってるのよ……ガイルも」

「それは、クーデリアさんもじゃ?」

「……そうね。サナまで死ぬかもしれない、なんて……私最低ね。タクヤ君が……こんな事になったのに、自分の妹の事ばかり考えて」

 そんなのは、当たり前の事だ。

 

「皆家族なのに……」

「それは……」

 家族……。

 

 

「でも、今サナが傷付いて一人でいるって思うと……助けを呼んでるかもしれない。一人で苦しんでるかもしれない。…………もう、息をしてないかもしれない」

 言っている途中で声が枯れ出して、クーデリアさんはその瞳を濡らす。

 

 

 置いて来てしまった、サーナリア。

 自分の弱さと情けなさが憎い。何も出来なかった自分が恨めしい。

 

 

「……ごめんなさい」

「シンカイ君が謝る事じゃないわ。あの子はあの子なりに考えて残った……そうでしょ? 私の自慢の妹はね、自暴自棄になったりなんて……しないって…………私は信じたいの」

 サーナリア……。

 

「って、た!」

 治療道具を持って来たアカリが横に立つ。

 そんなアカリから、クーデリアさんは消毒を染み込ませた布を自分に当てがってくれた。

 

 ガイルの拳が抉った傷が痛む。

 

 

「……っ」

「サナがマ王を倒すって出て行った時の事、覚えてる?」

「……そりゃ、まぁ。当事者だから」

 そのついでにか、クーデリアさんはそんな事を話し出す。

 

 

 あの時は色々あったな。

 

 今みたいに、周りもだいぶ荒れたっけか。

 

 

 今なら分かる。あの行動でもし誰かが死んでいたら、こんな思いを皆がしていたんだから。

 

 

 あの時は間違えなかったのに。

 

 今回は、間違えた。

 

 

 だから、殺した。自分が、殺した。

 

 

 

「サナが私と二人で居る時って、決まってする話があるのよ。なんだか分かる?」

「……分かる訳、無い」

「シンカイ君の事よ」

 自分の……?

 

 

「彼奴はバカだけどやる時はやる、とか。彼奴なら背中を任せられる、とか。彼奴は面白い、とか。……彼奴なら……王子様になれるかも、とか」

 サナが……?

 

「サナには内緒ね……」

 その瞳からは、瞼に収まらない水滴が溢れ落ちていく。

 もう会えないかもしれない大切な存在を思い出して、強く拳を握った。

 

 

「私…………あの子に……何も…………何もしてあげられない……っ」

「クーデリアさん……」

 自分は何をやってるんだろう……。

 

 サナの事が、脳裏に浮かぶ。

 

 

 あの可愛く無い態度が、高飛車で、上からで、でも真っ直ぐで的確な彼女の事が。

 

 そんな彼女は、もう居ないかもしれない。

 

 

 もし生きていたとしても、今この瞬間彼女は一人であのモンスターと戦っているかも知れない。

 

 

 

 寒気がした。悪寒がした。気持ちが悪い。

 

 自分は何をしてるんだ……?

 

 

 こんな所で、何をしてるんだ……?

 

 

 

「ヒール君を信じてない訳じゃ無い。でもね、あのサナが貴方になら背中を任せられる……そう言ってたの。……その意味を、少しだけ汲み取って欲しい」

「……ダメだ」

 でも。

 

「シンカイ君……」

「自分じゃ、ダメなんだ」

 自分が行ったって、何も出来ない。

 

 

 また、間違えて誰かを殺す。

 

 

「……そう」

「……ごめんなさい」

「……今は、休みなさい。無理言って、ごめんね」

 自分は……。何をしてるんだろう。

 

 

「アカリちゃん、二人の事お願いね」

「……ん」

 そう言うと、クーデリアさんは部屋を出て行く。

 

 

 そんな彼女に何も言えなくて。

 

 一番辛いはずの彼女に何も出来なくて。

 

 

「あぁぁぁああああぁぁあああああ!!!!」

 強く拳を握って、地面に叩き付けた。

 

 

「……し、……くん」

 なぁ、タクヤ。自分は……何をしてるんだろうな。

 

「ごめん、アカリ…………今話し掛けんでくれ」

「……ん、んん」

 本当に……何をしてるんだろうな。




鬱展開が終わらない……。

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