モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
「うぉっ」
短い悲鳴を上げながら、ケイスケは岩の割れ目から出て来たフルフルベビーを避ける事に成功する。
三匹ほどのフルフルベビーが目標に逃げられて、また岩の割れ目に戻って行くのが見えた。
よし、あそこは絶対に掘らない。
「———って、うわ!!」
少し余所見をしていたからか、足元からヒョコヒョコっと出てくるフルフルベビーに驚いて尻餅をついてしまった。
冷たい地面に手を着けた感覚よりも、目の前の奇妙な生物に気が向く。こっち来んな!
「ど、どうだ……シンカイ。氷結晶は」
「全く出ーへんわ。フルベビはアホみたいにうじゃうじゃ居るけどな」
珍しく疲れ切った表情のケイスケにそう答える。いや、多分自分も同じような表情をしているのだろうが。
この洞窟に来てからもう一時間が経過するだろあか。
氷結晶がどれだけ集まったかと言われれば、自分は小さな結晶が三つほど。こんな物親父の酒を冷やすのに位しか使えない。
「ケイスケは?」
「五個ほど集まったが……全く足りんな」
これは切りが無い。一人二十個は集めたい所だからこのままではあと三時間は掛かる計算だ。
「アカリは———」
一方でフルフルベビーと戯れるアカリに視線をやると、その傍らには袋に大量に詰められた氷結晶が置いてあるでは無いか。
「———嘘やろ」
「ハンターの訓練をする前からアカリは氷結晶を取りに来るクエストに着いてくるんだが。いつも直ぐに集め終わって、あぁやってフルフルベビーと遊んでいるんだ」
戦慄する自分にケイスケはそう答えてくれる。
アカリの意外な才能に目を丸くしながら、自分はふと悪い事を思い付いたのであった。
「もうアカリに全部集めて貰えばええんや無いかな……。自分達が持てる分だけ、ほら」
なんて、もう大人気無い提案をケイスケにしてみる。
いや、だって本当に気持ちが悪いんだ。
ウネウネクネクネと、あの形の生き物が何匹も何匹も。流石に精神的に辛くなってくる。
「シンカイ、お前はそれで良いのか?」
「う……」
それは、ハンターとしてとかじゃ無く。人としてどーなのか、という感じの質問のような物だった。
そう言われると……そりゃ、よく無いんだけど。
「せ、せやなぁ……」
流石に仕事を全部アカリに押し付けるなんて、それは年上として男としてハンターとしてやってはいけないと思う。
それに、ほら。フルフルベビーが大嫌いだって言ってたあのナタリアも今目の前で青ざめた表情でピッケル振り下ろしている事だし。
自分も微量ながら倒れたアニキやクーデリアさん。はたまた皆の為に、もう一踏ん張りするべきなのだろう。
「やるしか……無———」
そう意気込んで、ピッケルを振り上げたその時だった。
「きゃぁぁっ!!!」
直ぐ隣から大きな悲鳴が鳴り、洞窟の空間に響き渡る。
先程から何度かナタリアは悲鳴を上げてきたが、これまででも最大級のその悲鳴にほぼ条件反射でナタリアの姿を確認せざる負えなかった。
「———ぅぉっ」
ナタリアが視界に映ると、その姿に思わずそんな声が口から漏れる。
倒れた彼女に群がる十数四のフルフルベビー。それだけの数が飛び付いた訳で、スカートや上着の中に入り込んでる個体も居たりした。
そんな状況のナタリアの心境は計り知れないが、その姿と状況で———青ざめ、また恥じらうような表情の混ざったそんな表情も相まってなんというかね。
———エロい。
いやいやそんな事を考えている場合じゃ無い!
普通に助けるべき状況だ。でも、ほら、アレだよ。男の子なんだからこんな反応しても良いよな!
「だ、大丈夫かナタリア!」
直様駆け寄って、手頃なフルフルベビーを蹴って退かしながらナタリアに声を掛ける。
「……し、シン……か……くぅ…………ん」
もう号泣。まともに声も出せないまま、彼女の身体は凍り付いたように固まっていた。
「お、おぅ……今助けるからな! ちょーっと待っとれや!」
今はフルフルベビー達も何処に噛み付こうかと動いている最中で、ナタリアはまだ何処も噛まれていないようだ。
それは幸いで、フルフルベビーにはもう少し粘って———とっとと退いて貰わないとナタリアが噛まれたら大変だよな、うん!
クソ、自分の中から消えろ煩悩。
「ケイスケも手伝え!」
とりあえずナタリアのスカートの上に乗っていたフルフルベビーを持ち上げて遠くに放り投げてやる。うぉぉ、触るとマジで気持ち悪い!
「え、嫌だ」
はぁぁぁ?!
「お、落ち着けシンカイ。所詮フルフルベビーだ。噛まれてもちょっと痛いだけだ。こういう時に防具の中に入らないために、俺達は防具無しで来てるんだからな!」
「嫌なのは分かるけど! 嫌なのは分かるけど! 助けてやろうや、な?!」
「……んっ、ぁっ…………ぃ、そ……こ……ぃ、ぃゃっ!」
そうこうしている間にナタリアに張り付いたフルフルベビー達が好き勝手動き回り、嫌がるナタリアは完全にアウトな声を出し始める。
よせ、これ以上は色んな意味で危ない。
「……た、助け…………はぅぁっ……ひ、ひん……ぁっ」
「うぉぉ! い、今助けるからぁ!! とりあえず落ち着け!! 落ち着くんだ自分!!」
「なんでシンカイが落ち着く必要がある」
こいつはカナタにしか興味無いから分からないだろうが普通の男子からすれば、あんなナタリアの状況を見たらそれはもう落ち着けないのは当然な訳で!
ハッ! こいつ、だからカナタに一番来て欲しいとか言ってたのか!
「クッソ……ちょ、ちょーっと待っとれよ……。直ぐにでもこいつら蹴散らすさかいなぁ」
落ち着け。落ち着くんだ自分。
自分は紳士。歳下の少女の哀れもない姿に興奮して後先考えず行動するようなクソ野郎ではない!
自分は紳士、自分は紳士、自分は紳士!
「よし、やるか……」
「……ぁっ、ゃ…………ぅぁ……た、助け……ひぃっ」
自分の決意を返して下さい。
「こんな状況の女の子に触れるか!! アカリ、ヘルプ!!」
『今フルベビちゃんをモフモフするのに忙しい!』
「いやそれ全然モフモフやないやろ! ブヨブヨの間違いやろ!!」
「……ぉふぅ……っ!」
モフぅって?!
自分の文句に頬を膨らませるアカリも、フルベビに触ろうともしないケイスケも今は当てにならない。
自分が……自分がやるしかないのだ。
「……し、シン……か…………んっ」
その声で、自分の中の何かが弾けた気がした。
「……ハッ!」
理性。それが自らを支配したのだろう。
煩悩を乗り越えたその先にあったのは無だった。何も考えず、ただひたすらフルフルベビーを彼女から引き剥がし、今に至る。
なーんて勿体無い事を……。
「あ、ありがとう……シンカイ君」
未だに青ざめた表情のナタリアは泣きながらも感謝の言葉を口にする。
「いや、ええんやけど……うん。なんで、動けなくなる程嫌いなのに付いてきたんや?」
正直なところ、自分ももう二度と来たくない。
でも彼女はこうなる事を知っていて、それを承知でここに居るのだ。これ程までにフルフルベビーが苦手だというのに。
「ぅ……ご、ごめんね。足手まといで、迷惑だよね……」
「い、いやいや。そういう訳や無くてな?」
人的被害が出る訳でもないし。精神的には辛いけど。
「やっぱり……アニキの為?」
「……ぬぁっは?! ち、違うよ! 全く! 全然! 違うから! 好きとかじゃないから!」
自分がアニキを話題に出すと、ナタリアは顔を真っ赤にして自爆をし始める。
分かりやすいというかもう既に表面に出ているというか。
「別に猟団内の恋愛は禁止してないぞ?」
そう横から口を挟むケイスケ。そういうのに関してルールを付けるような人じゃ無いだろうな、親父は。
そもそもケイスケがカナタと恋愛したいからそんなルールが作られる訳無いんだろうが。
「あ、いや、だから、そういうんじゃ無くて!」
「遠慮するなナタリア。お前の気持ちは多分ラルフ以外皆知ってる!」
「ふぇぇ?!」
むしろ気が付かれていないと思っていたのだろうか。
「しっかしアニキは鈍感やな。こんなにも思われてるのに」
「……」
「なんやケイスケ」
自分を細めで見てくるケイスケは、短く溜息を付いてからこう続けた。
「勿論皆応援してる、後はナタリアの気持ち次第だ」
「そ、いや、だ、だから、そのぉ……」
まるでフルフルの亜種のように、全身真っ赤にして恥じらうナタリアもとても可愛い。
こんな美少女に思われてアニキは幸せ者である。———変われ。
「わ、私は…………ただラルフ君に救われたから。そんな素敵な彼の力になりたいだけ……ッ!」
しかし、ナタリアは決意を込めたような表情でそう口を開いたのだった。
まるで、自分とアニキとの間に自ら大きな壁を作っているかのような発言。
そんな風に感じて、気になってこう聞いてみる。
「救われた……?」
前、ヒールに聞いた話なら。ヒールとナタリアは親から離れて砂漠を彷徨っている内に親父に拾われてこの猟団に入ったらしい。
その時に二人を見付けたのが、アニキって事なんだろうか?
「え、えと……ケイスケ君やアカリは分かってたかも知れないけど。私、ヒールと一緒に皆に拾われた時ね……誰も信じてなかったの」
しかし、彼女の口から発せられた言葉はそんな物だった。
「なんでや……?」
「そもそも、誰も信じれなかった。親に売られて二人だけで生きて行くしか無くて。そんな私達二人を無償で救ってくれるっていうケイスケ君達をどうも私は……胡散臭いって思っちゃった」
ケイスケやアカリに申し訳無さそうに彼女はそう言う。
でも、まぁ分からない話では無い。それどころかそれが当たり前の考えだ。
二人を救った橘狩猟団になんのメリットがあるのか。一般的な常識ではメリットなんてどこにも無い。
「まぁ、俺の親父の信念そのものが胡散臭いからな。それでも俺はその胡散臭い信念を誇りに思ってる」
申し訳無さそうなナタリアの頭を撫でながら、ケイスケはそう口にする。
皆の頼れる兄貴分のリーダー格。アニキとは別のベクトルでケイスケも皆の兄なのだ。
そして、親父の胡散臭い信念。
困っている人が居るのなら、駆け付けて助けるのがハンターだ。
彼にとってそれはメリットなんて言葉では表せなられない程大切な事なんだろう。
でもそれは、やっぱり知らない人からすれば胡散臭い。
「うん……そうだよね。お父さんは本当に凄い人。でも、あの時の私は信じれなかった…………そんな私を救ってくれたのがラルフ君だから!」
『ラルフは見た目以上に皆に気を配って、皆を大切にしてるから!』
アカリは自分の事のように誇らしげな表情で、アニキを評価したスケッチブックを掲げる。
そうだな、マックスの時もサナの時も。アニキは皆が大切だからあんな行動が出来る訳で。
「アニキがナタリアに何かしてやったんか?」
「怒られちゃったの……」
怒ったんだ。
「ヒールと違っていつまでも挙動不審で。遂に熱まで出して倒れちゃって……」
今とは真逆だな。
「そんな私を介護してくれるラルフ君に……なんで見ず知らずの私なんかにこんな事してくれるの? って。疑問をぶつけたら、凄い怖い表情で怒ってきたんだ」
そう語るナタリアは、ラルフに怒られたのが苦では無かったと表情で語っていた。
その頃を思い出す表情は、まるで大切な事を思い出すような。そんな表情。
「バカかお前って、難しい事関係無しに、俺はただお前が大切なんだって。ラルフ君はそう言ってくれた。それでようやく、私も皆の家族なんだって思えたの」
嬉しそうに、彼女はそう語る。アニキめ、隅に置けない。
「そりゃ惚れるわなぁ……」
「わぁっ! 違うから! そういうんじゃ無いからぁ!」
分かりやすくて弄りやすくて可愛い娘である。
「い、いい加減にしないとシンカイ君の苦手な怖い話するよ!」
「え、何それ辞め———は?! い、いやいや全然怖く無いわ! 全然怖いとか無いから!」
「へっへーん。そうだねぇ、砂漠の洞窟だしとっておきの話があるんだよねぇ」
「よ、よそう! そんな事をしても何も得るものはあらへん!!」
どうやら、自分とナタリアのお互いのポジションが決まった瞬間でもあった。
「さて、気を取り直して採取を再開するぞ。アカリ以外全く進んで無いからな」
ケイスケのその言葉で、そういえばクエスト中なんだと思い出す。
あぁ……またあの岩の割れ目にピッケルを叩き付けなければならないのか。次は何匹出てくる事か。
それでも、きっとナタリアはやるだろうな。
「大丈夫なんか? ナタリア」
「だ、大丈夫だよ! だって、ラルフ君に恩を返すチャンスなんだから」
そんな遠回しな発言も、彼女らしいと言えば彼女らしいのかもしれない。
『三人共、頑張って!』
笑顔でそう書かれたスケッチブックを掲げるアカリは、もう既に一匹のフルフルベビーを抱えていてご満悦な様子だった。
そんな余裕があるなら手伝って貰えないでしょうかとは流石に言えないわな。
「ケイスケ、一人目標何個やっけ」
「二十個だ」
まだ半分も集まってない。
「まぁ……えぇわ。こここらがワイの本気や。双剣使いの本領、見せたるで!」
そう言いながらピッケルを二刀流で持つ。これで作業効率二倍!
「「おぉ……」」
とっとと終わらせて、アニキやクーデリアさんに氷を分けないとな!
さて、一狩り———でなく。一掘り行きますか!
ちょっとエッチなお話。いや、モンハンやってれば誰でも妄想しちゃうよね?!()
R15だから良いよね!←
でわ、また来週お会い出来ると嬉しいですm(_ _)m