モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
新しい環境で彼は思う
眼球が痛い。閃光に飲まれ、瞼を閉じても視界は光が照らし続ける。
死ぬのか? こんな所で。
「アニキ! 俺の後ろに!」
マックスはそう言って俺の前に立った。双剣を構えて敵を迎え撃つ。
「ま、マックス……? よせ! 逃げろ!!」
「大丈夫だよアニキ。アニキは俺———」
「ギェエエ!!!」
モンスターの鳴き声が轟く。
途端、マックスの声は聞こえなくなった。
「お、おい……マックス? マックス! マックス!!」
「…………アニ……キ」
眼に光が戻った時、眼前に映ったのはモンスターの下敷きになっていたマックスの姿だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
歓迎会という事なのだろうか。
目の前にはあらんかぎりの豪華な食べ物が並んでいる。
大きな肉から特産キノコにガーグァの卵等々盛り沢山。なんだこれは最後の晩餐か?
「なんやこれ凄いな……」
「たらふく食べてくれ。大歓迎会という名の俺達のピクニックだからな」
串焼きを食べながらもう一本を渡して来るケイスケ。何これ旨い。
「って、ピクニック?」
「あぁ、言ってなかったな。俺達はピクニックの真っ最中、食材を探すために密林を散策していたんだ」
モンスターの住まうこの世界でピクニックなんて言葉はサバイバルとなんら変わりはしないのだが。
「その時に俺はジンオウガの変な死体を見付けてな、それを気にしている内にアカリとはぐれてな」
申し訳なさそうにそう言うケイスケ。ジンオウガの変な死体?
ジンオウガなんてモンスターの名前はこの密林の生息分布にあっただろうか?
「そして、アカリを助けてくれたお前を見付けた」
「偶然って怖いのぅ」
ピクニックねぇ。
周りを見渡す。
笑顔ではしゃぎ回る若いハンター達。その中にポツンと一人、孤独に身を寄せている人物を見付けた。
ラルフ・ビルフレッド。長身黒髪の確かチャージアックスという武器を使う人物だ。
つい先ほどの悶着を思い出す。
マックスなる人物は今この中には居ない。
「…………ぁぉ……の……っ!」
あおの?
考え事をしていると、ワイワイやっていた皆の中から抜け出してきたアカリが大きな肉を突きだしてくる。
「えーと、わいにくれるんか?」
「……ぅ!」
ぶんぶんと首を縦に振るアカリ。
受け取った途端振り向いて、さっきと同じスケッチブックを取り出すと今度はそれを突き出した。
『シンカイさんも皆と食べませんか?』
そう書いてあるスケッチブックの上にはみ出るアカリの顔は除き混むような調子を伺うような、まだ慣れていない人物への表情。
「ならお邪魔しようかな」
そう言うとアカリは少し笑顔になって、裾をいきなり掴んできたかと思えば走り出す。
内心と表情にギャップがある娘だなと思いながら連れ去られた先には皆が待っていた。
「お、シンカイさんも食べるっすか!」
「こっちに焼きたてがあるわよ」
「……それは俺のだ」
「いやケチんなよ」
これから行動を共にする仲間達……か。
『これからよろしくお願いします』
「あぁ、宜しくな」
そうやってワイワイする中、やはりただ沈黙している男が気になってしょうがなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
日が沈むと密林は一気に不気味な雰囲気に包まれる。
元々人が住む世界では無いというのもあるが、なにより暗い。
生い茂る木々は月の光すら遮り、一度ここから離れたら元に戻れないのでは無いかとすら思える。
そんな中で電気ではなくランプの火の光で寝ようというのだから不安しか残らない。
ここはモンスターの世界なんですよ?
「と、トイレ……あかん食い過ぎた」
昼間かなり騒いだからか。こんな時間になってようやくウコンさんは出てくる気になったらしい。
しかし竜車から出るのは怖い。でももう出てきそうウコンさん。
「……うげ!」
意を決して前に進むとヒールの腹を踏んでしまった。
「おぅっとと」
見た目世紀末だが中身は優しい奴なので起きても許してくれるだろう。
うん、こんな事でなんたら真剣の奥義とか出してくる奴じゃないハズ。
「……お…………のれ……」
「やば、逃げよ」
ばれる前に逃げた。
「お、どこに行くの?」
外に出ると綺麗な赤い髪のカナタさんが居て話し掛けてくる。のんな時間に外で何をしているのだろうか。
何をしているのか伺おうと周りを見ると、すぐ近くにガンランスとアカリが倒して置いてあった。
アカリ?!
「カナタさん……アカリに何を」
地面に横倒しになっているアカリを指差しながらそう言う。きっと今、 自分は青ざめているだろう。
「私は何もしてないわよ?! まぁ……勝手に寝ちゃったんだから仕方無いじゃない?」
「こんな所で寝かしとったらあかんと思うんやけど?」
「見張り番だから甘やかすのはダメ。でもせっかく夜食として私のお手製の味付け肉を渡したのに寝るなんて、まだ子供だから仕方無いかな?」
ふと嫌な予感がしてアカリの顔を覗いてみる。
「……」
泡吹いてた。
「アカリぃいい!!」
なんだ?! 何食わしたんだこのねーちゃん?!
「どうかした?」
「カナタさん何食わしたんです……?」
「色んな茸を磨り潰して作ったお団子だよ?」
この人バカだ。
「しっかりしろアカリ!」
「……」
返事は無いただの屍のようだ。
「それよりどうしたの? お手洗い?」
覗き込みながらそう聞いてくるお姉さんはハンターなのに良い香りがした。
ねーちゃんはいつも泥臭かった。
「い、いや、ちょいと外の空気をやな」
これには男なら多少たじろいでも不思議じゃない。決して女の人に慣れてないとかじゃない。
「つい先日までベッドで寝てた都会っ子に竜車の中は辛いかな?」
「いや、ベッドなんてとんでもない。ここ一週間ソファか椅子で寝てたんやけど」
「どんな生活してたの?!」
社蓄です。
「……ん、ぅぅ」
「お、生き返ったかアカリ」
『シンカイさんって変な喋り方ですよね』
なぜ貴方がここに居るのですか? と言いたげな不思議そうな表情で彼女はスケッチブックを掲げる。
毎度の如くのスケッチブックにはそう書かれていた。
「この喋り方は最強のハンターの証なんやで? バカにするのは許さへん」
「何それ初耳」
「……?」
「え、知らへんのか?」
カナタさんとアカリにジト目で見られている中、ふと一つ考え事が浮かぶ。
耳が聞こえにくい娘にこの変な喋り方は不便か……?
「アカリ、わいが喋っとる事聞きにくいか?」
思ったので、直ぐに聞いてみる。
「…………」
アカリは少し俯くとスケッチブックを取って背中を向ける。
「……ん」
『大丈夫。全く聞こえない訳じゃないから。それに口パクで大体分かるし。変って言ってごめんなさい』
そう書いてあるスケッチブックを破ると次にはこう書いてあった。
『私の耳の事で誰かに迷惑を掛けたくない』
スケッチブックで半分隠れたアカリの表情は、落ち込んでいるような悲しんでいるような表情。
どうやら地雷を踏んだらしい。これは申し訳無い。
「迷惑とかそう言うんじゃなくて……わいは皆がやりやすいようにしとるだけや。この喋り方も適当で未完成だしな」
「?」
首を横に傾けるアカリのその頭に手を乗せてこう続ける。
「だからその気持ちはありがたく受け止めてこの喋り方でいかしてもらうで。変とか気にしてないから謝るなや」
「…………は……っぅ」
するとなぜかアカリは顔を真っ赤にして、怒り状態のババコンガのようになったかと思いきやモンスターのような速度で竜車に飛び込んでしまった。
「え?! なんで?!」
「わーぉ」
カナタさんの意味ありげなジト目がなんか酷い。
「なんでやねん!」
「妹でも居るのかシンカイは。女の子はデリケートなんだよ?」
「姉なら居るけど」
小さくて妹みたいな姉が。
「何となく察した。うーん見張り中なんだけどなぁ。シンカイ代わりね」
ウコン漏れるて。ババコンガ見たく散らばかすて。
「お、お、おう」
しかし断る訳にもいかず。
「いやでも、アカリに謝らんと」
「明日には忘れてる忘れてる」
なんとか逃げようとするが無理だった。
ウコンが! ウコンが来る!
「そういや、こうやっていつも見張りしてるんか?」
な、何か話をして気をそらさないとババコンガになる。そう思い、そんな事を話題に持ち掛ける。
よく考えればこの人数の猟団を竜車三台でまとめるなんて無理が無いか?
「あぁ……いつもは違うんだよ」
「違う?」
「ケイスケに聞いたでしょ? これはピクニックだって。私達の拠点はちゃんと他にあるから、このピクニックが終わって少しすればちゃんと帰れるよ」
夜空を見ながらそう言うカナタさんは少し間を開けてこう続ける。
「慰安旅行みたいな物なんだよ」
「慰安旅行?」
「もう一週間も前かな。私達の仲間だったマックスって子がね……死んじゃったの」
そう語るカナタさんの表情はとても苦しそうな物だった。
「シンカイと同じ双剣使い。チビのくせに生意気で怖い物知らずでさ……怖い物知らずだったからかな」
竜車の方を向いてカナタさんは続ける。
彼女……いや彼等にとってこの話はとても辛い物なのだろう。
マックスという人物の事は知らないが、自分はこの話をきちんと聞くべきだと思った。
「ラルフと二人で狩りの途中、狩りの対象じゃないゲリョスに二人は襲われて。マックスは……」
「そう……だったのか」
「ラルフは責任感じてずっとあんな感じだし。本当はもっと明るくて熱い良い奴なんだよ? 今は当たりが厳しいけど……嫌いにはならないであげてね?」
「んなもん……気持ちは分かるから当たり前や。しかし分からんのはケイスケやな。その状況でたまたま見付けたわいを仲間に誘おうなんて」
「ラルフ以外、皆それなりに立ち直っては居る……けど。ケイスケはあれでずっと悩んでた。リーダーだから、あいつは無理して笑ってるんだよ」
「カナタさんは?」
「え?」
「カナタさんはどうなんや?」
人の事ばかり話す彼女の本音が聞きたくて、そう聞いてみる。
「私だって悲しいし泣いた……。でもラルフやケイスケの気持ちを考えたら俯いてばかりいられないし、皆も同じ気持ちだと思う」
「もっと自分の気持ちも大事にした方がええで? カナタさんは優しいんやな」
「そう……かな? まぁ、そう言うシンカイも優しいね」
大切な人を失う悲しみが分からない訳では無いから。
「逆の立場ならわいはこの新参物を受け入れる事が出来るか分からん。こうやって話してくれるカナタさんには感謝や」
「それじゃ私がマックスの事を気にしてない薄情者みたいじゃない?」
「そう言う訳じゃなくて。周りの事を考えられるええ人やって事、カナタさんは」
「カナタで良いよ」
「ええんか? 一応……わい年下やで? 十八って聞いたけど」
「そんな事気にしないの。仲間ならさん付けは無し無し」
なら遠慮なく呼ばして貰おう。
「カナタ」
結構良い声で彼女の名前を呼ぶ。
「な、なに?! 突然」
「わいトイレ行きたい」
ヤバイってもうマジで我慢の限界やってババコンガになる。
「私も流石に女だからね……竜車の裏でしてきてね? 後見張りから逃げたらダメなんだから」
「あ、やっぱりトイレなんて素晴らしい物無いですよねぇ。了解やで」
走って竜車の裏側に向かう。
「自分の気持ちも大事に……か」
ババコンガの様に豪快に出る街の外で初めてした記念のウコン……は、穴を掘って埋めた。
「ただいまぁ」
「おかえり。あ、そうだシンカイも夜食食べる?」
「お、そりゃありがたい」
小腹も減っていたのでありがたく焼いた肉を頂く。
それを口に入れた瞬間後悔する。あ、そういえばこれって———
薄れゆく意識の中、冷たい地面の感触だけが伝わって来たんだ。
これがハンターの生活か。