モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
今回のクエスト内容を説明しておこう。
狩場は砂漠では南の方。カラドボルグとダイダロスの間くらいに位置する区域だ。
狩猟目標はドスゲネポス。この砂漠に広く繁殖している鳥竜種のボス。他のランポス種と同じで、十数体で作る群れのリーダー格である。
依頼主はなんとギルド本部。
依頼内容はというと、さっきナタリアさんの話に出てきたベースキャンプになっている岩の高台がこの付近にあるのだが。
その近くに件のドスゲネポス率いるゲネポスの群れが縄張りを作ってしまって、気球でベースキャンプに来るハンターの身の安全が保証出来ない状態となってしまっているらしい。
その群れの統率力であるドスゲネポスを狩猟し、ベースキャンプ一帯のゲネポスを追い払うのがギルドの目的だった。
と、まぁ。クエスト自体はなんの問題も変哲も無いただのクエスト———なのだが。
例の岩の高台が近付いてくるにつれ、灼熱の大地に立っている筈なのに足元がどうも冷たく感じる。
砂中霊。そんな、この砂漠に伝わる迷信が頭の中から離れなかった。
いつ足元から手が出て来るか、とか考えてたら足元に眼をやれない。遠くで砂の中から顔を出すヤオザミにすら恐怖を覚える。
くそ……あんな話、聞くんじゃなかった。
「……カナタ?」
ふとカナタに視線をやると、なぜか彼女の表情もあまり良いものでは無かった。まだ眠いのか? 眼を細めて、不機嫌そうにしている。
「……ん? どうしたの?」
「いんや。なんか暗い表情しとるなーと。元気ドリンコ効いてないんか?」
「いや、そんな事無いよ。全然効いてる。サナが作ってくれたんだから効果無い訳無い」
この信頼感である。ここまで来るとプラシーボ効果とか発生しそう。
して、ならなぜそんな表情をしているのだろうか。
「あんまりこの辺り……良い思い出無いんだよね」
その疑問の答えはすぐにカナタの口から出て来た。
あ、やっぱり砂中霊の話か。カナタも女の子だもんな。怖いわな。うん、怖い筈だ。
自分だけが怖がっている筈が無い。
「ま、まぁアレや。んな非現実的な事ある訳無いある訳無い」
自分に言い聞かせるようにそう言う。そ、そうだ。幽霊とか居る訳が無い。
「何の話?」
違うかったみたいです。
「なんでも無いです……」
「ふふ、変なの。まぁそれがシンカイか」
そう笑って笑顔を見せてくれるカナタ。くそ……馬鹿にされてる気がする。
まぁ……カナタはそうやって笑ってる方が似合ってる。
「んー、そうだ! 着く前にお昼食べちゃおう!」
と、続けてカナタはそう提案してきた。確かに良い頃合いの時間か。
「分かったぜ! あの岩陰なんてどう?」
『あそこなら涼しそうだね!』
二人もその気のようだしこれで決定だな。
「シンカイは?」
「勿論賛成」
「ふふ、よしよし」
おっと、嫌な予感がするぞ。なんだろう。
そんな訳で近くにあった大きな岩陰へ。クーラードリンクを飲んでいるとはいえ、気分的にはかなり熱いのだ。
だから狩場で休憩するならやはりこういう岩場に限る訳だな。モンスターに発見される可能性も激減するし。
「はい、今日はなんと私が特製お弁当を作って来ちゃったよ!!」
岩陰に着くなりカナタは高らかに爆弾発言をしながら、カバンから木材で作られた弁当箱を取り出す。はい、嫌な予感的中。
「俺、自分で持って来たから」
しかしすぐさまタクヤはそう返事をした。その手にあるのはギルド支給の携帯食料。
保存食兼非常用の食べ物なのでハッキリ言ってとてもマズイ。食えたものでは無いのだが、カナタの飯を食べて灰になるよりはマシという奴か。
「そ、そっか……。アカリ、食べる?」
『私お腹減ってないかな』
こころなしか文字が冷徹なんだけど。スケッチブックを持つアカリは笑っているけど心の中では絶対に苦笑いしてるぞアレ。
「え……」
アカリのそんな態度にカナタはさっきより酷い表情をして落ち込んでしまう。いや当然の結果なんだけども。
でも本人に悪気は無い訳で。……確かに、一生懸命作って来たのであろうお弁当に誰も手をつけないのは辛いだろうなぁ。
「わ、ワイ……何も無いわ」
「あ、シンカイ食べる?」
自分でも口が滑ったかなぁ、と思ったね。
いや、だってあのカナタの飯だぞ。ヒールが泡吹きながら倒れる姿を何度見てきた?
「これこれ。昨日サナに見てもらいながら作ったんだけどね」
そう言いながらカナタは弁当箱を開ける。その中に入っていたのは数個のサンドイッチ。
うん……見た目は普通だ。いや、カナタの場合基本的に見た目は普通だ。騙されるな。
「シンカイ……」
「……ぅ」
タクヤとアカリは信じられないといった表情で自分を見ていた。
いや、確かに今は大事なクエストの前だ。しかも砂漠のど真ん中で倒れて気絶でもしてみろ。大惨事間違い無し。
でも自分はカナタの言った、ある一言を聞き逃していなかった。
——昨日サナに見てもらいながら——
カナタはさっき、そう言った。
つまり、夜更かししていたのは一緒に起きていたサナに見てもらいながら弁当を作ってもらっていたからでは無いか?
ある種、これは賭けだが。サナが見ていたならきっと大丈夫なハズだ。これから大切なクエストなのにカナタが落ち込んでいたら色々と問題が起こるかもしれないしな。
「どれどれ」
入っているサンドイッチは四種類が二個ずつの八個。メンチカツにハムに卵に野菜か、メンチカツにしようかな。
「これ貰うで」
「う、うん……っ!」
自分がメンチカツサンドを手に取ると、何故か緊張した表情になるカナタ。
普段はあんな無茶苦茶な食べ物をこれでもかという自信に満ちた表情で渡してくるのにな。
———さて、実食と行こう。
初めの一口は正直身構えていた。
いくら誰かに見られてたとはいえ、相手はカナタだ。ドキドキノコを調味料だと思っているような奴だ。サナに隠れて何かしていてもおかしくは無い。
しかし、そんな心配は杞憂に終わる事となる。
フワフワなパンと、作ってから時間が経っているはずなのにサクサクな食感を残したメンチカツを噛み切っても、自分は泡を吹いて倒れるなんて事は無かった。
それどころか普通に美味しい。
揚げたてかと思えるようなミンチカツを噛んだ瞬間、口に広がる芳醇な肉の味。
それを引き立てるのはダイダロス特産のふわっと焼けた弾力のあるパンだ。
決してカツの感覚を邪魔する事なく共存する二つの食感は食材の旨味を口いっぱいに広がらせる。
語彙の無い自分が口にするのなら、このサンドイッチの感想は。
「普通に美味い……」
だった。いや、カナタが作ったなんて信じられない。普通に美味い。
「嘘?! 本当?!」
そして、それには作った張本人ですら驚いていた。タクヤとアカリなんて目を丸くして、信じられないと言いたげな表情で自分を見つめている。
「本当はもっと隠し味にキノコとか虫とか入れようかなって、サナに言ったんだけど。今回だけはそういうの良いってサナが頑なに言うものだから……あまり味に自信が無くて」
悪気が無くて言ってるのが、本当に質が悪い。ていうか今、虫って言った? もしかしてこの人、虫とか言った?!
この人、絶対自分が作った食べ物の味見した事ないだろ!
いや、でもとにかく助かった。サーナリア様マジで神かよ。帰ったらキスしよう。
「アカリもタクヤも食ってみ。普通に美味いで!」
「お、おぅ……マジか」
『お腹減ってきたかも!』
自分の言葉と毒味による実績により、カナタのサンドイッチを手に取る二人。
アカリもこの件には中々厳しい評価なようです。
そのまま二人も自分のように身構えながら口に入れたが、次の瞬間その旨味に頬を落とすのだった。
「う、うめぇ!」
「……ぅゎぁっ」
「せやろ?」
「わ、私だってやればこんなもんよ!」
こころなしか、いや目に見えて嬉しそうなカナタ。これで今日の狩りは大丈夫そうだな。
しかし、ずっとこの調子でご飯を美味しく作ってくれない物か?
「ふふ……なら次はちゃーんと味付けしないと」
あ……ダメだこりゃ。
「それで、ちゃんとケイスケにも食べさせてあげないとね」
普段は素っ気ないのに、裏ではカナタってこうやって言う奴なんだよな。実際は満更でも無いのかもしれない。
「ほらほら、まだ残ってるからどんどん食べちゃって!」
そう言うカナタのお言葉に甘え、自分達三人はそれぞれサンドイッチを口にしていく。うん、卵も美味い。
「これで今日のクエストは余裕だな!」
お腹いっぱいになったのか、タクヤはそんな甘い考えを口に出す。こら、変なフラグ立てるんじゃ無いよ。
いや、万に一つも大丈夫だろうけど。今はゲネポスの群れが縄張りを作っているせいで他のモンスターもこの辺りには近付いて来ないだろうし。
『油断はダメだよ!』
アカリの言う通りだ。
注意点といえば三つか。
まずアカリだ。正直最近忘れかけていたが、アカリは聴覚が弱い。全く聞こえない訳では無いが狩りになった時にきちんとアカリに声を伝える為には、アカリから離れる事だけは避けなければならない。
だから、ドスゲネポスを見付けたらサーナリア様から頂いた煙玉でまずアカリの位置どりをする。背後に壁になる物を置いて出来るだけ障害物に隠れられる場所。ベースキャンプ辺りは岩場が多いからその点は問題無いだろう。
後は、親父やケイスケの頼みだし。自分は前線には出ないでアカリにヘビィボウガンを教えつつ、アカリの援護に徹すれば良い。
次にタクヤ。運動能力が別に低い訳じゃ無い(そもそも自分より体力がある)がまず自分以上に狩りに慣れていない。装備はゲネポスの装備だけど実際にドスゲネポスを倒した事は無いらしい。貰い物だ。
立ち回りはカナタが教えてやるらしいが、ガンランスと片手剣じゃそもそもの立ち回りが違う。双剣持った自分の方が同じ盾持ちのガンランスよりまだ近い立ち回りになる。まぁ、その辺は自分よりベテランのカナタだし心配は要らないか。
もし危なくなったら用意しておいた閃光玉もあるし。タクヤの事は出来るだけカナタに任せてしまっても良いか? 流石にカナタの心配はする必要が無いしな。
最後に他のモンスターの乱入だが。これもゲネポスの群れのおかげであまり気にする必要は無いはずだが、万が一にというのがある。地面は岩だらけで砂の中を泳ぐモンスターは入ってこれないから本当に万が一なのだが。
もし大型モンスターが現れたら閃光玉投げて即離脱だな。幸いこの砂漠に閃光玉の効かないモンスターはほぼ居ない。いても洞窟にいるフルフルだ。
だから出来るだけ周りに気を配って、もし他の大型モンスターが近付いてくる事があれば直ぐに行動出来るようにしておかなければならない。
つまり、今回はサポートに徹する。それが自分の今回の仕事だ。
「何してんだシンカイ? 置いてくぞー」
自分が考えをまとめている間にどうやら片付けも終わって狩場に向かう準備が出来たらしい。
「シンカイ行くよー」
『行こ!』
前衛にアタッカーの片手剣とタンクのガンランス、後衛に狙撃守と盾剣士。パーティとしは上出来だ。
きちんと立ち回れればドスゲネポスは倒せる筈。このクエスト絶対に成功させて、サーナリア様にキスしに帰ろう。
この二人だっていつか肩を並べる最高のハンターになる。今日はそんな二人の記念すべき初めての狩りなんだからな。
「へいへい」
さてと、まぁ。なら……一狩りして貰おうか。
分け目の関係で文字稼ぎになってしまった感じががが……
次回でやっと狩りシーン突入です。
先日とても為になる感想を頂きました。
もう11月分まで下書きがあるこの作品をこれから良い方向に持っていけるか不安ですが、やれる事はやって、きちんと完結させたいと思っています。