モンスターハンターStormydragon soaring【完結】 作:皇我リキ
砂漠の砂中霊
「待って!!」
大切な仲間が居た。
「大丈夫だよ! 行ってくるから、ケイスケを頼んだからね!」
彼女はそう言いながら棍棒を握る。
自信のある表情には見えなかった。それでも、彼女にしか出来ない事だったのだと、誰もが分かっていた。
「———シーラ……っ!」
「必ず戻ってくるから!」
そう言った彼女がその場所に帰って来る事は無かった。
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「ねぇ知ってる?」
「知らん」
人を嘲笑うかのような表情が頭上から現れる。
肩まで伸びたサラサラピンクの髪を後ろで一本に纏めた彼女は『棒高跳び』を失敗して地面に頭からぶつかり、意気消沈している自分にそう問いかけて来た。
バカにするなよ。自分はお前みたく天才じゃ無いんだよ。まぁ、サナは天才でなく影なる努力家なのだが。
「この砂漠で落下死した人って砂中霊になって出て来るんだよ?」
「何やその限定的な死に方……さちゅう霊? そもそも砂漠で落下死ってそうそう無いやろ」
起き上がり、サナことサーナリアの言葉にそう返した。そんな限定的だと何か現実味あるな———いや怖く無いよ? 全然怖くない。
「今のあんたとか」
「まさか……実は今ので死んでまって既にワイは幽霊に?!」
「ちゃんと生きてるわよ」
ポンと、自分の頭に手を乗せるサナ。いつかとは逆だな。
「痛くない? 大丈夫?」
ジャージ姿で動きやすい格好の彼女は、さっきの表情からは想像も付かない優しい表情でそう言ってくれた。
本当は彼女は優しいのだ。普段はムカつくけど。
「お、おぅ。大丈夫や」
「そ、なら良かった。まぁ私が言いたいのはつまり、頭から落ちたら死んじゃうかも知れないんだから気を付けなさいって話な訳。分かった?」
ありがたい忠告を置いて、サナはアカリとタクヤの元に戻って行く。
「いや……しっかし何の意味があるんやろうなぁ、これ」
あのディアボロスとの戦いから一月程が経とうとしていた。
結局マ王本人では無かったディアボロスに、自分はほとんど歯が立たなかった訳だ。全員生きてディアボロスを倒せたのは自分以外の三人のおかげだろう。
今自分はダイダロスの訓練所に居る。ディアボロスと戦う前に、ガイルとドドブランゴ亜種の討伐訓練をした場所だ。
ガイルも勿論居るのだが、今回はサナにアカリにタクヤと、中々に賑やかなメンバーである。まぁ、それぞれ別の事やってるんですけどね?
なぜこんな場所にこのメンバーで居るか?
答えは至って簡単。トレーニングである。
ガイルはいつも通りの事。
アカリとタクヤはケイスケの命でこれから本格的にハンターとしての活動を始めるためのトレーニング。
自分もディアボロスの件が恥ずかしくてそのトレーニングに便乗させて貰い、お目付役としてサナが此処に居る訳だ。
「今回は討伐訓練や無いんなや」
と、今さっき合流したばかりのガイルに話し掛ける。
ちなみにダイダロスに来たのは今回で二度目で、約一カ月振りとなる訳だが。到着早々自分とアカリ達はこの訓練所へ、ガイルは別行動を取っていた。
多分、前回みたいにジムで筋トレをしてきた後なのだろう。全身を汗で濡らしているガイルが訓練所へやった来て、行っているのはいつもやっている筋トレだった。
ここまで来てもとりあえず筋肉鍛える筋肉バカの鏡のような奴、とはサナの談である。
「……もし今討伐訓練を行うとタクヤやアカリに危険が及ぶ」
上半身裸で腕立て伏せをしながら短い銀髪を含めた全身を汗に濡らしている彼———ガイルはそう淡々と答えた。
どうやら自分達が邪魔をしていたみたいだった。申し訳無い。
「な、なんか……すまん……」
「……いや、良い。たまにはモンスターと戦わず筋トレに励むのも悪く無い」
いやお前毎日欠かさず筋トレしてるじゃないか。筋トレが趣味みたいな人間じゃないか。
「こーらシンカイ! サボるなぁ!」
ガイルと話していると、背後からそんなサナの声。鬼教官。
「シンカイの邪魔すんなよ筋肉バカ」
鬼教官は態々またアカリ達の元からやって来てガイルにそう文句を落とす。
一月前に命の掛かった戦いを繰り広げた仲だというのに厳しい物言いだなぁ。
「シンカイもサボらないの」
「……す、すまん。せやかてな? なんでワイだけ棒高跳びなん?」
と、鬼教官に疑問をぶつけてみる。
態々猟団がこのダイダロスに来た時の自由時間に、訓練所に足を運んだのは勿論トレーニングの為なのだが。
アカリとタクヤは一生懸命走り込みをさせられてるのにも関わらず、自分はなぜか棒高跳びを鬼教官に命じられていた。
はっきり言って何の意味があるか分からない。
「あんたの一番の問題は体力じゃ無いのよ。一緒に何度か狩り行ったけど、私があんたに一番感じた事を解決するためにはこれが一番なの」
自分の質問にサナは淡々と答える。あれから片手で数えられる程一緒に狩りに出たが、それだけで自分の弱点を察したらしい。恐ろしい娘。
「感じた事……?」
「回避性能っていうか……ジャンプ力? ここぞって時にあんた飛ばないのよ」
ふむ、言われてみればそうかもしれない。ディアブロス戦でもそうだったような気がするし。
この一ヶ月間の狩りでも何度か危ない所を誰かしらに抱えて貰いながら飛んで、なんとか事無きを得ているのだ。
「で、あんた飛ぶのが苦手なんじゃ無いかと思って」
「んな事無い」
ジャンプすら出来ないのかと馬鹿にされている気がしてそう反論する。
「なら飛んだ先に頭から落ちて行くのはなぜ……」
「……」
反論出来ない。
いや、決してモンスターの攻撃が見えてないとか身体が反応してないとか。そういう事じゃ無いんだ。
はい、サナの言う通り。ジャンプが苦手なんだろう。
どうしても遠くに飛ぼうとすると身体が固まる。転がる事なら出来るから、これまではそうやって攻撃を回避してきたけど回避距離が足りない事がざらにあった。
「あんたはね、才能あるけど実戦経験が足りな過ぎるのよ。知識もあれば戦い方も分かってる、でもその割に圧倒的に経験が足りて無いからモンスターの攻撃の避け方がなってない」
「そればかりは実際にやってみないと身に付かへんからなぁ……」
十代前半女子に正論を叩き付けられどうしようもない十代後半の男の図。
端から見れば笑えるかも知れないが個人的には一ミリたりとも笑えない。
「だから飛びなさい、出来るだけ高く遠くに。着地は足から入って関節をバネにして勢い殺して転がるの」
それだから棒高跳びなのか……。流石、鬼教官の考えには無駄が無い。
「はい、夕方まで飛び続ける!」
「鬼! 悪魔!!」
「なんとでも言いなさい」
新しい玩具を見付けたような———いや、つまりいつもの表情で彼女はそう言いながら身の丈程の丈夫な棒を渡してくる。
「あんたが怪我したら困るんだからね。ほら、とっととやる」
「……は、はい」
そうして隣でガイルが筋トレ、アカリとタクヤが走り込み等基礎訓練をしている中。自分一人だけはただ永遠と高く飛んでは頭から地面にぶつかる罰ゲームを繰り返していた。
いや、マジで無理です。どうやったら足から着地出来るんですか……?
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「当分歩きたく無い」
今日も今日とてかんかんと照り付ける太陽の下、我等がキングダイミョウはダイダロスを出航する。
結局昨日は日が沈むまで棒高跳びをやり続け、帰れば例の毎回やってるという卓球大会でサナと組み、決勝まで悲鳴を上げる足を動かす羽目になった。
ちなみに優勝。これで二連覇だとか思う程の余裕も無く、その後の記憶すら無いままにお布団で爆睡。
砂上船の出航時間まで寝ていて、起きたら足がパンパンだった。ガイルは勿論だが、アカリもタクヤも何故かこうはなっていない。
なるほど自分は体力というか……持久力が無いらしい。ガイルの筋トレに付き合った時も直ぐにダウンしたしな、自分。
「だらしねーなっ!」
「ぐへぇ……」
後ろから喝を入れてくるアニキにも、こんな反応しか出来ないくらい疲れていた。また寝ようかな……。
「お前相当体力無いんだな……逆に凄いわ」
「そんなにか……ワイ、そんなに酷いんか?」
「アカリもタクも、サナの特訓の後でもピンピンしてるからな」
「若いってええのぅ」
「……」
言い訳のつもりだったのだが、アニキは自分より年上だしアカリ達との年齢差は若いという以前に幼い。
万に一つも言い訳無く、ただ恥ずかしい青年の姿がここにあった訳だ。
「ここから飛び降りたら楽になるかな……」
砂上船の甲板から下を覗き込みながらそう言う。恥ずかしさで消えたい。
「バカ言ってんじゃねーよ」
げんこつを貰った。普通に痛い。
「こーらシンカイ君危ないよ?」
アニキと会話をしている後ろからそう注意してくれたのは、金髪セミショーの超絶美少女ナタリア。
薄着で出て来た彼女の胸部に眼がいかない訳が無い。それが、男って物だ。
「ワイ……もうお婿に行けへん」
「え?! 何?! どうしたのシンカイ君?!」
心配そうに声を掛けてくれるナタリア。天使かよ。
しかし、彼女の心はアニキの物なんだよなぁ。アニキは気が付いて無い見たいだけど?
「タクに負けて心の底から落ち込んでんだよ」
「そ、そうなんだっ。んー……人間得意不得意くらいあるよ、シンカイ君」
その内容が酷いんだよな。歳下に体力負けてたとか。
これまでの狩りはギリギリなんとかなってたけど、本格的にこの体力は酷いのだろう。持久力のトレーニングをサナに教えて貰おう。
「それにこんな高い所から落ちたら砂漠の砂中霊になっちゃうよ?」
自分の今後を心配していると、ナタリアがそんな忠告をしてくれる。
幽霊で脅かすの辞めてくれ。そういや、昨日サナもそんな事言っていた気がする。
「そのさちゅう霊ってなんや? 昨日サナもそんな事言っとった気がするんやけど」
「砂の中の霊と書いて砂中霊だ。砂漠じゃ迷信としては有名だな」
そう言うアニキの表情はどこか暗くて、遠くを見ているようだった。
もしかして怖いのか! ふ、ふはは、わ、ワイは全然怖く無いで!
「ほら、砂漠の南の方にベースキャンプになってる岩の高台があるでしょう?」
ナタリアがそう言って説明するのは言葉の通りこのバトス砂漠の南に位置する山のような岩盤の事だ。
本当に山のような大きさの岩でモンスターも寄ってこない為、ハンターのための拠点と気球の着陸場が作られたベースキャンプが存在する。
砂漠に拠点を持っていないハンターが気球で来る時とかに使われる物だから、自分達には関係無いんだけど。
「あそこがどうかしたんか?」
「ほら、あそこ高いじゃん?」
まぁ、確かに凄く高い。落ちたら確実に死ぬ。
「昔ね……そこから落とされたハンターさんが居たんだって」
少し意地悪な表情をして、ナタリアはこう続けた。そんな表情も素敵だけど、ちょっと待ってくれ! それ怖い話?!
「え、ちょ、何……」
「ふふふ……それでね。その落ちたハンターさんを落としたハンターさん達が探すんだけど。何処にも見当たらなかったらしくてね?」
「もう既に怖い」
辞めて!! そういう話無理だから!!
が、自分のそんな心境を察してかナタリアはもっと意地悪な表情で続ける。
「探しても探しても見付からないあるはずの死体。ハンターさんを落としたハンターさんは気にしてもしょうがないかな、ってその場を後にしようとするの……振り向いてベースキャンプに戻ろうとするの」
「へ、へぇ……」
「そしたらね———ガッ! って、砂の中から手が出てきてハンターさんの足を掴んだんだって」
「「ぎゃぁぁぁ!!」」
何故か寄って来たヒールと共に自分は絶叫した。なんでヒール君居るの?!
「ハンターさんは直ぐにその手を払って逃げたんだけど。結局死体は見付からなかったんだって。曰く、高い所から落とし過ぎて地面に埋まって成仏されずに砂の中で幽霊になっちゃった人のお話……広まりに広まって砂中霊って名前が付いたんだよ」
そこまで言うとナタリアは伏せて震えているヒールに「何してるの……」と声を掛けた。
こえーよ。砂の中から腕とかこえーよ。辞めてくれよ。
「あ、アニキは怖く無いんか……?」
「は? んなもん怖くねーよ」
なぜか不機嫌なアニキ。ん? どうかしたのだろうか?
「シンカイ君、ヒールが話しあるって」
震えるヒールを引っ張りあげながらナタリアはそう言った。ヒールもこういう話苦手なんだな。本当に見た目とは反対な人間だ。
「俺からの話って訳じゃ無いんすけどね……」
「しっかり話しなさいよ」
「ねーちゃんが怖い話するからっすよ?!」
仲睦まじい双子な事で。
「で、ヒールからの話じゃ無いってどういう事や?」
「ケイスケと親父がお呼びっすよ」
え、自分何したの。何かやらかした?
「怖い話からの怖い話なのか……」
「いやいや、なんかクエストの話っぽいすよ? 親父の部屋で待ってるっす!」
さて、何かのクエストらしい。いや……足パンパンなんだよなぁ、なんて言ってたら体力も付かないのだろうか?
怖い話も頭から飛ばしたいし。ここは身体を動かすのが得策だろう。
そうと決まった所で、自分は親父の部屋へと足を運ぶ事にした。
さて、どんなクエストが来る事やら。
忘れられているかもしれませんが、この作品は残存のモンハンゲームとは時間軸と大陸が違うのです。
そうした理由が、こうやって設定を作りやすいから何ですよね……。要するに、逃げです←
この大陸の砂漠にもゲームの旧砂漠におけるベースキャンプのような場所がある設定
さて、第六章の始まりです。
また長くなってしまいますが、どうかお付き合い頂けるとありがたいです。