リビングのテレビで夏休み特有のくだらないテレビ番組を見る。
内容は頭に入ってこない。目は画面を見ているはずなのに。
後ろでは小町が大人しくあの頭の悪そうな雑誌を読んでいた。
普段はこっちからちょっかいをかけて遊びに行くのに、今だけはそれもしたくない。
カレンダーを見る。
八月二十七日。夏休みはもうほんのわずかしか残されていない。
あと数日で学校が始まるというのは非常に億劫だ。
彩加に会えるということを除けばほぼデメリットしかなく、材木座のVシネマとアニメが混じった話や平塚の理不尽な暴力を受ける事となる。
……奉仕部。
あれは、まぁ、嫌じゃない。
ふと、あの日の事を思い出す。
林間学校から千葉へと帰ってきた直後の事だった。
数日前、千葉駅。
ようやく我が故郷へと帰ってきた嬉しさを噛み締めていた。
平塚が何やら絞めの言葉を言っているが、俺はそれをそっちのけでひたすら彩加の背中を撫でる。
何やらもじもじしている彩加が可愛くてしょうがないが、そろそろ小町の視線が痛いからやめておこう。平塚も額をひくつかせているし。
てめぇ材木座何見てんだこの野郎。
ちなみに葉山たちのグループは別の車で帰っていった。
どうでもいい。
「……まぁいい、解散!」
投げやりな号令と共に奉仕部+αが解散する。
彩加と別れるのは辛いが、仕方ない。まだ小町がいる。
俺は彩加の頭を撫でると小町に尋ねる。
「なんか買い物してくか小町」
「あーい、何が食べたい?」
「彩加」
「はぁ~……」
冗談だってのに思い切り呆れたようなため息をつかれる。
お兄ちゃん泣いちゃうぞ。もちろん彩加は食べたいけれども。
一人でそんな事を考えていると、小町が俺を無視して雪ノ下に話しかけている。
ほんとに泣くぞこの野郎、大人が泣いてる姿ってみっともないんだぞ。
雪乃さんも一緒に行きませんか~、なんて言っているが、勘弁してほしい。
今まで散々車の中で罵倒されて来たのにまた罵倒されんのかよ。
だが、雪ノ下はなぜか言い淀んでいる。
小町だけじゃなく俺までその光景に首を傾げた。
しかし……
一台の車がやって来た事で、雪ノ下の思惑が分かってしまったのだ。
「はぁ~い!雪乃ちゃん!」
「姉さん……」
一台の見覚えのある高級車から出てきたのは、あの雪ノ下の姉、陽乃さんだった。
彼女は作り物のような笑顔で雪ノ下の下へと駆け寄る。
なるほど、小町の提案を素直に肯定も否定もしなかったのはこのためか。
「雪乃ちゃん全然帰って来ないんだもん~、お姉ちゃん心配で迎えに来ちゃった!」
いきなりの来訪者に場にいた全員が驚く。
そもそも由比ヶ浜や彩加、そして小町は雪ノ下の姉を見た事は無いだろうから。
一方で、俺は彼女が乗ってきた高級車を見つめる。
車のフォルムはもちろん、運転席に座っている運転手も。
じっと、ただ見つめる。
そして一歩を踏み出そうとして、
「あ~比企谷君!デートかデートかぁ?」
急にターゲットを俺へと変えた陽乃さんが、腹を肘で突いてきた。
突然の行動に驚いた俺は、否定しつつ彼女から離れようとはしない。
ワンピースからわずかに見える胸元が、なんともまぁ男の性を刺激していたのだ。
だって高校生だもん、大きくて見えやすいのに反応しちゃうのはしょうがないだろ、なぁ材木座。
あ、材木座が逃げの体勢に入ってる。
と、二重の意味で困る俺を助けたのは由比ヶ浜。
俺の手を引っ張り、強引に陽乃さんから離す。
一瞬陽乃さんがそんな由比ヶ浜をじっと見つめた。
その瞳には、先ほどまでの愛らしさがない。
しかしすぐに表情を元に戻すと、
「君は?比企谷君の彼女?」
「え、いや違います!クラスメイトの由比ヶ浜結衣です!」
早口で否定して自己紹介する。
よく口回るなぁ、俺活舌悪いから羨ましいや。
そしてそれを聞いた陽乃さんは一気に顔を明るくして、
「なぁ~んだ良かったぁ!雪乃ちゃんの邪魔する子だったらどうしようかって思っちゃった!比企谷君に手を出しちゃダメだよ!雪乃ちゃんのだから!」
「違うわよ」
「違いますよ」
「息ピッタリだね~!」
早口でまくし立てるように由比ヶ浜に警告する陽乃さん。
俺と雪ノ下まで早口で否定してしまった。
漫才やってんじゃないんだよ。
しかしそれがさらに陽乃さんを焚き付けてしまう。
と、不意に今まで黙っていた平塚が助け舟を出してきた。
「その辺にしてやれ陽乃」
「あ、しずかちゃん!」
「その呼び方はやめろ」
まるで旧知の仲のような会話だった。
しかしどうも平塚は眉を細めている。
「なんだ知ってるんですかしずかちゃん」
「ぶっ殺すぞ比企谷。……昔の教え子だ」
ふぅーん、と俺は納得する。
それも束の間、陽乃さんはそろそろ行こうか、と雪ノ下を連れて行こうとした。
お母さん、待ってるよ。と、付け加えて。
――どこも同じなのね。
不意に、川崎の一件で雪ノ下が発した言葉が頭をよぎった。
雪ノ下を見る。彼女はどこか影を落としたような表情で、仕方なくという風に言った。
「小町さん、折角誘ってもらったのにごめんなさい。一緒に行くことはできないわ」
「え?あぁ、はい……」
雪ノ下は歩き出す。
俺たち奉仕部を置いて、魔王と車へと。
そして去り際に、
「さよなら」
と、まるで今生の別れのように、言った。
太陽が照らす、その、一人の少女がするにはあまりにも暗い背中を眺めながら、今日にいたる。