ふと、目が覚める。
揺り籠のように揺れる中、少女は自分以外の体温を肌で感じた。
不思議に思い目蓋を開けると眼前には白いシャツが広がっている。
どうやら、あの目つきの悪い少年が、彼女をおんぶしているようだ。
丸い背中に何かを感じつつ、手のひらをそっとつける。
なんだか、父親に似た何かを感じている自分がいる。
すると、少年が少女の目覚めに気が付いた。
「まだ寝てていいよ」
昼間の森を歩く少年が、そう言った。
「……ううん、もう眠くない」
背中に寄りかかる少女が、小さな声で言う。
そうか、とだけ言う少年だが、少女を背中から降ろそうとはしない。
どうやらこのまま背中に乗っていても良いようだ。
言葉に……というか、厚意に甘えて少年の広い背中を堪能する。
先ほどまで雨に濡れていたであろうシャツは、すっかり乾いてしまっている。
気が付けば、雨も止んでいるようだ。
アロハシャツは、まだ自分が着ている。
男の人の香りと、少しばかりのタバコの臭いが染みついたシャツは、何というか、不快ではない。
むしろ、少女を落ち着かせるものだった。
「……ねぇ、おじさん」
ふと、少女が話しかける。
「んー、なんだ」
前を見て、少年が返す。
「おじさんって、小学生の頃って友達とかって居た?」
「いないよそんなもん」
半笑いで少年は言った。
「私もね、いないんだ」
声のトーンを落として、少女は言った。
少年は同情するどころか笑う。
「いいよいなくたってそんなもん馬鹿野郎」
「だって、大人はみんな友達を作れって言うよ?」
疑問を投げかける。
もはや常識と言ってもいいくらいの、当たり前の事だった。
歌にもある。友達百人出来るかな、なんて。
でも、疑問と同時に期待もしていた。
次にこの少年が紡ぐ言葉を、少女は待つ。
「友達なんてポンポン作ったって碌な事ないよ。友達ってのは作ろうと思って作るもんじゃないんじゃないかなぁ」
思わず少女は共感した。
今まで友達だと思って接していた者たちによる裏切りを思い出す。
無作為に作り過ぎた友達は、時として牙を向くと……少年はそう言いたのだろうか。
「……そうかもね」
静かに、沈むような声が背中に消えて行く。
「なんでそんな事聞いたんだよ」
今度は少年の方から疑問が飛んでくる。
数秒、少女は黙った。
話していいのか分からない。少年と会ってから一日も経っていない。
信用に値するのかすらも、まだ分からなかった。
でも、なんだかこの少年になら話してもいい気がした。
一種の共感を感じたからだろうか。
「……話したくないならいいよ」
「……ううん、話す」
決意したように少女は言った。
「私ね、ハブられてるんだ」
少年は何も言わない。
「前まで皆一緒に話してたりしたんだけど、いつからか無視されるようになっちゃって……私も、見捨てたりしたから言える義理じゃないんだけどね」
それでも、と。
「それでも、皆にシカトされてると、私が一番下なんだなって、惨めなんだなって……思っちゃうの」
少年はただ歩く。
少女はそっとデジカメに触れる。
「おじさん、小学校の頃の友達いないんだよね?でもね、私はいなきゃだめ。お母さんとお父さんがこれで、友達といっぱい写真取ってきなさいって」
もうとっくに彼女は気が付いている。
人間なんてそうそう変わらない。変わっても、変わったと思っているのは自分だけで、周りはそうとは思っていない。
世界を形作るのは、人々の固定観念。
いくら一人が変わろうとも、全体が変わることはあり得ない。
彼女の世界は、少女をぼっちとすることで成り立っている。
「惨めなの、嫌か」
ふと、少年が聞いてきた。
「……うん、嫌」
「……俺はボッチでも惨めじゃねぇぞ」
淡々と少年は言う。
「中々さ、人間関係なんて変えられ無いんだよ普通」
「じゃあおじさんはなんで惨めじゃないの?」
「ん?ぶっ壊しちゃうから」
あまりにも危険で簡単な回答が返ってくる。
「ぶっ壊すって?」
「人間関係」
「どうやって?」
「色々だよ馬鹿野郎」
笑って少年は答える。
少女にはまだ理解できない。
理解できそうなのにも関わらず、なぜかまだ理解できないでいる。
もどかしさが彼女を包む。
「全然わかんない」
同じように少女も笑った。
そして頭を背中に擦りつける。
それから少しして、ようやく二人を探していた皆と合流した。
最初こそ慌てていたが、終わると案外あっけなかった。
えっと、最後に宣伝なんですけども、私普段、オリジナル小説を書いていますのでよろしければそちらもご覧いただけると嬉しいです(ガッツリ宣伝MSRMZNM)