「ほら、背中さすってやるから」
四つん這いになり何度もえづく少女の背中をさする。
少女は頷いたり返事をする余裕すらもなく、ただひたすら地面に向かっておえっとえづいていた。
悪い事したなぁ、なんて柄にもない事を考えながら、さすっている左手に少女の体温を感じていた。
飲み過ぎた酔っ払いが街灯に吐くように、彼女もまた吐いているのだ。
原因は……どうやら川の水らしい。
あんなに美味かったのに、どうやらあんまり質の良い水じゃなかったようだ。
一方俺はピンピンしている。きっと、免疫とかの耐性が高いんだろう。
昼間っから何してんだかなぁ俺ら。
遭難して水飲んで、挙句の果てに吐いちゃって。
こんな事なら家に引きこもってるんだった。
元はと言えば葉山がこの子に余計な事するから悪いんだ。
いっつもあいつが絡むと碌な事にならない。
「……ありがとうおじさん、もう大丈夫」
ふと、すべて出し終えた少女が口を拭って言った。
「楽んなったか?」
「少し」
少女は肯定するが、その顔色は優れない。
さするのをやめると、俺はハンカチを出してそれを差し出す。
「ほら、口拭け」
少女は差し出したハンカチを受け取るが、なかなか口を拭こうとしない。
なんだか躊躇っているようだ。遠慮しているのだろうか。
「別になんも着いちゃいねぇよ。ほら拭けって」
再度そう促す。
すると少女は少しだけ申し訳なさそうに会釈をしてからハンカチで口を拭いた。
これからどうするかなぁ、なんて考えていると少女が言う。
「これ、洗って返すね」
そう言う少女に俺は首を横に振った。
「良いよ別に」
「ううん、ちゃんと返したい」
俺以上に首を横に振る少女。
改めて、しっかりしていると思う。俺だったら誰かに投げつけかねない。
最近の子どもは、とよく年寄りが言うのを耳にするが、この子を見ているとそんな事はないと否定したくなる。
いや、この子が特に良い子なだけだろうか。
そうか、と俺は頷くと、少女に背中を向けてしゃがんだ。
しばらく何もアクションが起きないので、ふと振り返ってみるときょとんとした少女が俺の背中を眺めていた。
「ほら、乗れよ」
「えっ」
「いいから、ほら」
先ほどのように何度も促すと、少女は折れて俺の背中に抱きつく。
一瞬、何か小さくて柔らかい物が俺の背中に当たった。
何かよく分からなくて一瞬考えてしまい、後悔する。
……小さいのに持ってるもんは大きいんだなぁ、なんて材木座みたいな事を考えてしまった自分にまた辟易した。
そんな事を考えるもんだから、手で支えている太ももにも意識が行く。
こんなに細いのに、まるで手がシルクに沈み込むような感触がする。
よく小町にじゃれついたりしているが、妹だからこんなに意識したことは無かった。
やっぱり、他人だとこんな子供でも意識しちゃうもんなんだろうか。
首元に、少女の甘い吐息が当たる。
吐いた後なのに甘いってのはおかしいかもしれないが、とにかくその生温かい空気が何かをくすぐっているのは確かだった。
駄目だなぁ~、俺なんだってこんな変態な事考えてんだろうなぁ。
「おじさん」
ふと、少女が耳元で囁く。
うん?と尋ねてみれば、少女は、
「ありがとう」
とだけ言った。
降りしきる雨の中、俺と少女は大きな木の下で身体を震わせる。
少女をおんぶして数分で急に雨が降ってきた。
これでは道を探すどころではないので、一旦雨宿りも兼ねてたまたま見つけた大きな広葉樹の下で休憩することにしたのだ。
夏とはいえ、急に雨に降って来られると身体が冷える。
俺は慣れてるからいいが、少女の方はそうもいかないらしい。
時折身体を震わせて、手で必死に身体をさすっていた。
「……寒いか?」
そう尋ねれば、少女は首を横に振る。
心配かけまいと、嘘をついているのは目に見えた。
子供に心配かけさせちゃ、大人失格だよなぁ。
アロハシャツを脱ぐ。
無地の白いシャツだけになって余計寒くなるが気にせずアロハシャツを絞る。
雑巾のように絞って水を落とすと、少女の肩にそれを掛けた。
「……おじさん?」
俺を見上げる子犬のような眼。
思わず頭を撫でた。
「大人は子供に命かけなきゃな」
にっこりと、恐がらせないように最大限笑う。
体育座りをする少女もまた笑顔を見せた。
少しだけ暖かくなったのか、少女の目蓋が下がり始める。
少女の隣に座ると、俺は彼女の肩を抱き寄せた。
ちょっとだけ驚く少女に言う。
「寝たいなら寝ていいぞ。なんかあったら起こすから」
ポンポン、と頭をとてつもなく軽く叩く。
少女は頷くと、瞳を閉じて俺の胸に頭を寄せる。
寄せて少しして、寝息が聞こえてくる。
幸せそうな無垢な顔を見ていると、なんだかストレスと疲れが消えてくる。
少しだけ、俺もこのままでいたい。
アウトレイジの続編、もう製作完了したそうですね。
やったぜ。