「雪乃ちゃんの姉、陽乃ですっ」
買い物を終えて、雪ノ下の姉と名乗る人物を加えて店を出た。
店を出て少しした所で、その姉は名乗りを開始する。
陽乃……まるで雪乃という名前に対を成すような名前だ。
「……どうも、比企谷です」
軽く会釈してこちらも自己紹介。
なんだか底の見えないような笑顔を見ないように、俺は少しばかり俯いた。
男を一撃で殺すような美貌と笑顔は身体に悪い。
しかも、内面はまったく見えないと来た。
普通ならちょっと話すだけでこいつはこうなのだとか、こう考えているなというのが多少なりとも分かるものだが、この人からはそれが感じない。
本当に同じ人間と話しているのだろうかと思えるぐらい、不気味でたまらない。
陽乃さんは俺をじろりと、舐めるように見渡す。
喧嘩売られたときに同じようにガン付けられた事は記憶の中であるが、それは男からだ。
女にやられたことはない。
「ふーん、比企谷君ね……」
まるで品定めする様に言う。
それでいて、たまに見せる訝しむような目はいったい何だろうか。
少ししてから、陽乃さんは言った。
「よろしくね、比企谷君!」
「……はい」
まるで刑事に命令されたヤクザのように素直に従う。
本能的に、この人には逆らってはならないと感じたし、そもそも目上で知り合いの姉なんだから突っぱねる必要はどこにもない。
それからまた、ららぽーとを練り歩く。今度は三人で、だ。
少しして、ベンチがあったのでそこへと座って休む。
ただでさえ体力が無く、人ごみにあてられていた雪ノ下は疲れていたらしい。
だが、座るや否や、陽乃さんからの尋問が始まった。
「二人はいつから付き合ってるの~?ほれほれ~」
「ただの同級生よ」
雪ノ下の肩をつっつく陽乃さん。
あぁ、これは面倒なパターンだ。俺にも飛び火してくるに違いない。
案の定陽乃さんは矛先をこちらへと向けてくる。
具体的には、ほれほれ~と言いつつ、俺の頬を突っついてくる。
嫌がる俺に追い打ちをかけるように、雪ノ下の姉とは思えないほどの大きな胸を肩へと押し付けてきた。
「……あの、やめてもらえませんか」
やんわりと、しかしはっきりと拒絶する。
これは男子高校生には刺激が強すぎる……それに、いつ上原の利己的な性欲が飛び出してくるかも分からない。
俺が断ると、雪ノ下もここぞとばかり反撃に出る。
「姉さん、やめてもらえるかしら」
便乗する様に被せる。
すると陽乃さんは申し訳なさそうに、
「あ、ごめんね雪乃ちゃん。お姉ちゃんちょっと調子乗り過ぎちゃったかも……」
と謝る。
謝るが、俺への攻撃は続ける。
何なんだ、ここまで誘惑してくるのは一体どういう理由があるのだろうか。
まるで試されているようだ。
「雪乃ちゃん、繊細な性格の子だから、比企谷君も気を付けてあげてねっ!」
耳元で囁くように陽乃さんは言った。
俺はしかめっ面で距離を取り、陽乃さんを見る。
「……疲れねぇかそれ」
「え?」
ふと呟いてしまった言葉に、陽乃さんはきょとんとしたような顔になる。
この顔もどこまでが本物なのか……いや、きっと偽物だ。
俺は立ちあがると、二人に言った。
「俺、なんか飲み物買ってきます……」
ぺこりと一礼してその場を離れる。
この人と一緒だと色々乱されてしまう。
足早にそこを立ち去る。マッ缶でいいだろうか。
「俺、なんか飲み物買ってきます……」
「え、ちょ」
まるで私から離れるように、年下に見えない少年は去る。
男としては珍しく、かなり私の事を警戒しているように見えた。
事実、警戒しているのだろう。あんなにも距離を取ろうとするなんて。
「チョイスは任せるわ」
不意に、妹が当然のように少年へと声を投げかけた。
少年も後ろ手に手を振って了承する……その光景がなんともおかしなものだった。
誰に対しても刺々しいこの妹が、誰かに自分の好みを任せるという事が、おかしい。
私は妹をじっと見つめる。
ばれるまで、妹はちょっとだけ口元を緩ませて彼の背中を見つめていた。
「……何かしら、姉さん」
私の視線に気が付いた妹が、睨みながら言った。
でもそれが恥ずかしさの裏返しなのを私は知っている。
「ううん。ただ、雪乃ちゃんがそんなに懐いてるなんて珍しいなって。隼人にだってそんな素振り見せなかったのに」
「うるさいわね馬鹿野……ゴホン、今は葉山君は関係ないわ」
一瞬妹の口から出てはいけない言葉が聞こえたような気がしたが気のせいだろうか。
私は心の中で笑う。
笑って、ため息をつく。そのため息の理由を、きっと彼女は理解してくれないだろう。
馬鹿野郎、ね。
一体誰に影響されたのかな?なんて、わざとらしく言ってみる。
妹は黙った。
黙って、何か言おうとした時。
「ね~ね~、お姉ちゃんたち可愛いね~」
唐突に、どこかの屑共がナンパしに現れる。
屑共はあからさまなチャラさで私達の前に立ち塞がった。
まぁ、こんな美人姉妹見たら誰だって気になるに違いない。
私は、二回目のため息をつく。
今日はイレギュラーな事ばっかりだ。
「ちょっと遊ばない?お金こっちで持つからさ」
「いえ、人を待ってるので」
提案を否定する。
そんな典型的な事、今時高校生でも言わない。
「え~いいじゃんちょっとさ」
「ねねね、ちょっとだから」
二人組のしつこい男が妹の腕を掴もうとする。
その刹那、私の身体が反射的に動く。
バンッ、と弾けるような音と共に、掌底を男の顎に打ち込む。
「おごっ」
妹を触ろうとしていた男は後ろ向きに倒れた。
それを見た、屑の片割れが怒る。
「テメェ何してんだこの野郎ッ!」
さっきのチャラい雰囲気とは一変して、戦意を剥き出しにしてきた。
だからこういう奴らは嫌いなのだ。身の程を弁えず、一線を越えてしまってもそれを悪いとも思わない。
死んでしまえばいい。
と、男が構える。
その隣では、先ほど倒れた男が立ち上がろうとしていた。
「て、テメェ、舌噛んだじゃねぇかどうすんだこれッ!!!」
「あらごめんなさい。でも、私屑の事なんて全然気にならないの」
「なんだとテメェッ!!!」
今にも殴りかかろうとしている男たち……私も相応の覚悟をする。
雪乃ちゃんを守りながらだと、少し厳しいだろうか、なんて考えながら対峙していると。
「おい」
不意に、男たちの後ろから、低めの声が投げかけられた。
男たちは振り返る。私と雪乃ちゃんも不思議そうにそちらを見た。
そこには、見知った少年がいた。
サングラスをかけ、不機嫌そうな顔の少年。
少年は手にした飲み物を、男たちの顔面目がけてぶちまける。
マックスコーヒーの缶から放たれる茶色くて甘い液体が、男たちの視界を遮った。
瞬間、少年が左右の手でそれぞれの頭を掴む。
そして一気にお互いを打ち付けた。
ゴチンッ、と鈍い音が響き、男たちが倒れる。
少年はそれらを踏みつける。
あれだけ賑わっていたショッピングモールは、今や別の意味で騒ぎ発っていた。