休日、ららぽーと前。
普段なら家でゆっくりしている……のだが、今日ばかりはそうもいかない。
由比ヶ浜の誕生日プレゼントを買わなくてはならないのだから。
それに雪ノ下を誘ったのはこちらなのに、それを放置することも出来ない。
「……だからってお前まで着いてこなくていいよ馬鹿野郎」
天真爛漫という言葉が似あう小町の笑顔が目に入る。
妹の服は動きやすそうだが、それでいて可愛さを捨てていない。
うーん、やっぱり小町は可愛いなぁ。
それに比べ、俺はアロハシャツにジーンズ。
到底高校生のファッションセンスとは言えないが、快適なので気に入っている。
「いいんだよ、私も結衣さんの誕プレ選びたいから!それに……」
何かを企んだような顔で、俺の隣にいる美少女を眺める小町。
「雪乃さんとも会いたかったですし!」
そう言われて、雪ノ下は時折由比ヶ浜の前で見せるような、困った笑顔を見せた。
彼女はいつもと趣向を変えて、ロングヘアをツインテールに結っている。
それがまた、コスプレなんかとは比べ物にならないくらい似合っていて、ちょっと目のやり場に困った。
誰だ、ツインテールは二次元しか似合わないなんて言った野郎は。テメェか材木座。
また、服もシンプルかつ、彼女のイメージを崩さないものになっている。
薄紫のワンピースに青いカーディガン……ちょっと暑そうな気もするが、むしろ俺の格好が季節に合っていないだけかもしれないな。
「小町さん、こんにちは。ついでに比企谷君も」
「どもども~。ほら、お兄ちゃんも挨拶して」
まるで親が子に小声でしかるように、小町は言った。
「おう、雪ノ下……なんだよ小町」
普通に挨拶するや否や、小町が肘で俺の脇をつつく。
顔を見ると、分かってんだろ早く言え、という顔でこちらを見ている。
……あぁ、そういう。でもなぁ、それ言うと雪ノ下の罵倒が始まりそうだしなぁ。
うーん、としばし悩むと、今度は蹴りを入れられる。
観念したように、俺は不思議そうな顔で比企谷兄妹を見ている雪ノ下に告げた。
「私服、似合ってんな」
小町的にこの台詞はポイント高い?
言われた雪ノ下は少しばかり頬を染めて目をそらす。
「あ、ありがとう……」
「うん?うん」
最初の一言が疑問形になってしまったのは、全然違う反応をしてきた雪ノ下に見とれてしまったからだ。
無言が、俺と雪ノ下の間に広がる。
「さぁさぁお二人とも!早速結衣さんのプレゼント探しに行きましょう!」
やたらテンションの高い小町。
家とはまた違った何かを感じながら、俺はそびえ立つららぽーとを眺める。
「んじゃ、俺あっち行くわ」
「そうね、なら私は向こうを……」
各々が行動しようとしていた矢先、小町が叫んだ。
「あー!あー!ちょっと待ってくださいね雪乃さん!」
小町がそう言うと、とっとと行こうとしていた俺に駆け寄り蹴りを食らわせてくる。
「なんだいてぇなこの野郎」
「バカ兄貴いいからこっち来い」
怒った様子で俺の手を引く小町。
そして雪ノ下の真横へと押し出される……何がしてぇんだコイツは。
小町は看板に描かれたマップをしばし眺める。
一方で俺と雪ノ下は、小町の空気に飲み込まれているように困惑して立ち尽くしていた。
むっ、と小町が何かに反応する。
「お二人とも!いいポイントを見つけたのでみんなで行きましょう!」
「けれど……」
「ね!みんなでアドバイスし合えるしね!ほら!つべこべ言わずに行きましょう!おらお兄ちゃん!」
困惑する雪ノ下の背中を押していく小町。
いつもは徹底的に強気で凛としている雪ノ下がそんな有様だからどこか面白い。
若干の呆れと面白さ。この二つを持ち合わせた彼女たちは見ていて飽きない。
でも、ここに由比ヶ浜がいればもっと楽しいに違いないと。
俺は、心の奥にひとまずその気持ちを押さえ込んだ。
小町の言うがままにららぽーとの中心へとやって来る。
休日という事もあり、このショッピングモールは人でごった返していた。
ただでさえ人が多い所は嫌いなので、俺は疲れた顔をしてしまう。
いかんいかん、こんな顔してたらまた小町に叱られる……
と、ここまで考えてようやく小町の姿がない事に気が付く。
きょろきょろと辺りの店を観察する雪ノ下に尋ねる。
「おい雪ノ下、小町知らねぇか?」
「そう言えば……はぐれたのかしら?」
携帯を取り出す。
あいつに限って迷子という事はないだろうが、もしかしたら大志みたいな変態野郎に連れていかれているとも限らない。
二、三回コール音が響く。
『はいはーい』
いつもの調子で小町が電話に出た。
「お前今どこいんだ?」
そう尋ねると、なんだか小町は悩んだように唸る。
『小町買いたいもの色々あるからすっかり忘れてたよ~』
「皆で行こうっつったのはお前じゃねぇか。お前何企んでやがんだ」
どう考えても小町の様子がおかしい。
そんなの兄妹でなくとも分かるような事だ。
それにこいつは、実の兄よりも計算高いところがある。
『はぁ~……いいからさ、雪乃さんと二人で頑張ってよ。あたしあと五時間くらいかかるからさ、ね?帰りも一人で帰っちゃうし』
「あぁ?何言ってんだお前」
『じゃね、ばいばーい』
ブチッ。
電話が一方的に切られる。
しかめっ面をして携帯をポケットにしまうと、雪ノ下に事の成り行きを伝えるべく、彼女を探す。
が、先ほどまで真横で佇んでいた彼女はディスティニーランドのショップにいた。
ツインテールの美少女は、人相の悪いパンダのぬいぐるみを弄っている……
なんだ、意外と少女趣味なんだなぁ。もっとこう、ぬいぐるみより高倉健みたいなもんだと思ってたよ。
そんな意外と可愛いところがある雪ノ下の背後からこっそり近づく。
そして胸ポケットからサングラスを取り出すと、そっと雪ノ下が手にしていたパンさんとかいう顔の怖いぬいぐるみに被せた。
「俺」
新たに生まれた芸術作品の名前を言う。
「プッ」
不意打ちに思わず笑いが零れる雪ノ下。
その横で俺も笑顔を見せた。
しばらく雪ノ下が笑うと、いつものきりっとした表情へと戻る。
猫の時もそうだったが、こいつ切り替わるの上手いな。
「小町さんはなんて?」
「買いたいもんあるんだってよ」
そう言って俺はサングラスをパンさんから外して自分にかける。
その瞬間、雪ノ下が残念そうな顔をしたが、俺は目をそらした。
そういうのは照れるっての、勘違いしちゃうだろ。
「そもそも休日に付き合わせてしまっているのだし、文句が言えた義理ではないわね」
うーん、そもそもあいつから勝手に着いてきたんだけどなぁ。
あとは私達でなんとかしましょう、と雪ノ下は言う。
言って、パンさんグッズを購入して店を出た。
「行きましょう」
凛とした様子で店を後にする雪ノ下……なんかケチつけたら言葉の弾丸が飛んでくるに違いない。
俺は何も言わず、彼女の後ろに追従した。
由比ヶ浜のプレゼントということだけあって、目的の店はどれも女物を扱っている所ばかりだ。
行く度に怪奇な目を向けられては溜まったものではない。
まぁ確かに、アロハシャツ着た怖い人間が美少女と一緒にいるのだから、嫌でも注目を浴びてしまうが。
現に今も、店の店員が俺を訝しむような目で俺を見ている。
「……何見てんだこの野郎」
目が合ってしまった店員に文句を言う。
ほとんどとばっちりみたいなものだが、店員も無視して俺から目をそらしたから良しとしよう。
服を選んでいる雪ノ下の下へ行く。
「なんかすげぇ見られんな俺」
「どうやらこのエリアでは男性の一人客は歓迎されないようね……もっとも、あなたはどこにいても奇怪な目で見られるでしょうけど」
「悪かったなガラ悪くて。……俺あっち行ってっからよ、後頼むわ」
そう言ってこの場を早々に立ち去ろうとする。
が、それも雪ノ下の手によって物理的に止められる。
彼女は待ちなさいと言いつつ俺の襟を掴んでグイッと引っ張る。
「痛て、いてて、痛ぇよ!」
「あなた私を一人にする気かしら?私こう見えても一般的な女子高生のセンスなんて持ち合わせていないの」
自慢するかのように自虐する雪ノ下。
「そんなの俺だって同じだよ。そもそも店の中俺入れねぇよ」
「……その、あれよ」
雪ノ下が困ったような顔になる。
何をそんな困ることがあるだろうか。
確かにプレゼント選びは現在進行中で困り果てているけども。
はぁ、と雪ノ下はため息をつく。
「この際仕方ないわ。あまり距離を開けないようにして頂戴」
「……お前つまりそれって、恋人みたいに振るまえって遠まわしに言ってんのか」
恋人、という単なるワードに雪ノ下は頬を染める。
そしてそっぽ向く。
なんだこいつ、今日別人みたいじゃねぇか。
「そ、そうよ……だから」
言い終える前に、俺は雪ノ下の手を引いていた。
なるほど、小町の奴め。これが狙いか。
可愛い妹の策略通りになってしまった事を悔やみながらも、妹とは違う女の柔らかい手に触れられたという事実を有難く噛み締める。
手を取られた雪ノ下は驚いた様子で口を開けている。
「お前が提案したんだろ、ほら行くぞ」
個人的には、娘か妹の手を引いているような感覚だ。
その頃、由比ヶ浜はららぽーとのペットサロンにやって来ていた。
いつぞやの慌ただしい犬ッころが、順番待ちをして座っている由比ヶ浜の足元でせわしなく動いている。
だが、当の本人はそんなこと今は気にしていなかった。
今の悩みは、ずばりあの少年との関係だろう。
このままじゃいけないと考えつつも、なかなか行動に移せない。
「クッキーも、ちゃんと渡さなきゃな……」
俯いて、少年に渡した炭のようなクッキーを思い出す。
ボロボロなクッキーを、あの少年はしっかりと食べてくれた。
でも、本当に渡さなきゃいけないものは、もっとしっかりした、本物の――
そこまで考えて、足元をうろちょろしていた飼い犬が居ないことに気が付く。
うえ゛ぇ゛え゛、と人が出してはいけないような驚愕に満ちた声を発した。
探さなきゃ。
思い立ったが吉日、由比ヶ浜はあの飼い主に似た犬を探すことにした。
「お前事務用品探すんじゃねぇんだからよ」
ベンチに座りながら、俺は横で疲れている相方に言葉を放つ。
そして先ほどまでの雪ノ下を思い出した。
まるで耐久実験のように服を伸ばして様子を見る雪ノ下。
こいつ服に何求めてんだろうか、よく分からない。
「別に由比ヶ浜戦場行ったりしねぇだろ。耐久性だけなら迷彩服で十分だよ」
「仕方ないじゃない。材質や縫製くらいでしか判断つかないのよ」
「お前なぁ、そんだったら自分の服はどうしてんだよ」
「Am○zonよ」
「あ、ふーん……」
まさかの珍解答に何も言えない。
こいつ大きくなったら平塚みたいになりそうで怖いな。
雪ノ下は買ってやったマッ缶を手で弄る。
「私、由比ヶ浜さんがどんなものが好きとか、何が趣味とか、知らなかったのね」
「案外知んないもんだよ。俺だって彩加の事割と知らねぇもん。適当に知ったかされる方が腹立たねぇか、そういうの」
フォローする様に言ってから、俺はマッ缶を飲んだ。
甘い。
「オタクに半端な知識でフィギュア送ってみろ。きっと早口でなんか飛んでもねぇこと言われるぞ」
材木座とか材木座とか材木座とか。
すると雪ノ下は何かを理解したかのように頷いた。
「なるほど。そう言う事なら……」
彼女の目の先にある物は。
「どうかしら」
今度向かったのは雑貨屋。
エプロンを着た雪ノ下が、こちらに振り返る。
紫色で、猫の刺繍が入った雪ノ下らしいエプロンだ。
「似合ってんな。お前に」
そう、似合っているのはあくまで雪ノ下だけだ。
きっと由比ヶ浜には似合わない。
「由比ヶ浜さん向けではないという事ね……」
顎に手を当てて考える雪ノ下。
その姿が、意外と可愛い。何というか、美人妻?ロリ妻?
こういう時解説役の材木座がいねぇんだもんなぁ。
「あいつはほら、もっとフリフリ付いてるバカっぽい奴とかのがいいだろ、な?」
我ながらピンポイントだと思う。
「酷い言い草だけれど、的確だから反応に困るわね……これはどう?」
そう言って雪ノ下が手にしたのは、ピンクでフリルのついたエプロン。
うーん、もうそのエプロンが由比ヶ浜にしか見えない。
「いいんじゃねぇのか」
「そう。ならこれにするわ」
そう言って、先ほどまで着ていた紫のエプロンと一緒に、ピンクのエプロンもレジへと持って行く。
俺は財布を取り出し、雪ノ下の横に並んだ。
中から諭吉を取り出す。こういう時に金は使わないとな。
「いいわよ、私が出すから……」
「じゃあ割り勘でいいじゃねぇか。な?」
渋々雪ノ下は頷く。
女の子にだけ金払わせてたら小町が何言うか分かったもんじゃない。
それに、そんなのは俺らしくもない。
ようし、これ買ったら飯にしよう。それくらいは奢ってやらなきゃな。
あれ、今は男が飯奢るのって古いのか?
その時だった。
「あれ?雪乃ちゃん?」
後ろから、不意に雪ノ下へ声がかけられる。
びくっと雪ノ下の身体が震えた。
不審に思って俺から先に振り返る。
そこにいたのは。
どこか雪ノ下に似ているが、それでいて開放的に見える年上の美人。
あれ、この人どこかで……
次いで雪ノ下も振り返る。
振り返るや否や、彼女の顔が険しくなった。
「……姉さん」
まるで一番会いたくない人に会ったかのように、顔をしかめる。
「……あぁ?」
俺は俺で、素っ頓狂な声をあげた。
久しぶりに自由な休日。
私は気分転換がてら、ららぽーとに来ていた。
相変わらず土日は人が多い。通り過ぎるたびに、人が私を見て振り返る。
私は自分が美人の部類だということはわかっている。
人とは違う物に、人は惹かれるという事も理解はしている。
それが良いか悪いかは別として。
しかしここ数週間は疲れることが多かった。
家の事、大学の事、色々な課題が私の前に立ち塞がった。
外には漏らさず、心の中だけでため息する。
いくら私に人よりも能力があろうとも、それに見合うだけの達成感や爽快感は得られないものだ。
労力というのは、必要以上にエネルギーを失う。
そして時間も……
服を漁る。
数分で欲しいものが見つかった。
日用品を漁る。
これもすぐに欲しいものがあった。
ゲーセンへ行く。
男どもに声をかけられたから逃げてきた。
どこへ行っても、私の事はすぐに片が付く。
それが気に入らない。
だから、雑貨店で妹の後ろ姿を見かけた時は、心底嬉しかった。
一番愛し、そして一番手のかかる妹。
声をかけずにはいられない。
そしていつものように笑顔で声をかけた。
ほうら雪乃ちゃん、愛しの陽乃さんだよ~と言わんばかりに。
「あれ?雪乃ちゃん?」
まるで今気づいたかのように、声をかける。
だが。
最初に反応したのは、その隣にいた柄の悪い男だった。
肌は若そうだが、なぜかおっさんくさいアロハシャツなんて着ている。
振り返ると、サングラス越しにこちらを睨んできた。
本人は自覚は無いだろうが……あれはどう見ても睨んでいる。
まさか悪い男に引っかかったのだろうか。
妹をたぶらかそうとしているのだろうか。
拳に力が入る。
だが、次の瞬間、私の頭の中で何かが蘇った。
海、凧、夫婦。
遠い昔の、忘れかけていた記憶が蘇る。
私は固まる。
固まって、じっとその男の顔を見る。
似ていない。
ただサングラスだけしか共通点は無い。
でも、それなら一体なんで急に……
「……姉さん」
不意に、現実へと引き戻される。
妹が、相変わらずの表情をこちらに向けていた。
急いでいつもの笑顔を作る。驚きも、何もかも隠す。
「……あぁ?」
男の素っ頓狂な声が耳に入る。
やはり似ていない。そうだ、そんなはずない。
だってあの人達はあの時、目の前で――
物語の中核となるサイボーグ姉のんが登場