その男、八幡につき。   作:Ciels

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雷鳴の先に

 

 

 

 「川崎さん、もう帰っていいよ」

 

 

同級生たちの乱入から一時間もせずに、店長からそう告げられた。

店長の顔はシフトに入る前とは変わり、大きく腫れて所々に絆創膏が張られていた。

突然の宣告に私は驚き、理由を尋ねる。

いくら時給が良いと言っても、まだ一時間ちょっとしか入っていない。

今帰ってしまえば、今日の稼ぎが少なくなる。それだけは避けなければ。

 

 

「え、なんで急に……」

 

 

「君、未成年なんだって?ヤクザのお客さんから言われたよ」

 

 

比企谷。

余計な事をしてくれた同級生たちに、呪いの言葉を心で呟く。

程なくして店長が言った。

 

 

「働いた分はしっかり入れとくからさ。こっちも危ない橋渡りたくないんだよ」

 

 

言っている事は分かってはいる。

だが、納得できない。

つまり、私はクビという事だ。

 

 

「本当なら騙してたこと怒りたいけどさ、そんなことしたら君の知り合いに今度こそ殺されちゃうから。とにかく帰ってくれ、な」

 

 

疲れたように店長が言う。

まさか、この怪我もあのうちの誰かにやられたのだろうか。

だとしたら、あの本職に見えるあいつに……

 

拭き終わったグラスを置く。

ため息をつく事すら出来ない。

彼女の将来の道は、今まさに閉ざされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝五半時。

通り沿いにあるワックには、俺と雪ノ下、そして由比ヶ浜の奉仕部トリオと、小町と大志の中学生コンビが朝早くから居座っていた。

俺が提案したことだからと言って全員にドリンクを奢り、俺は早めの朝食をとっている。

なんだか最近ハンバーガーばっかり食ってる気がするが、高校生だしみんなこんなもんだろう。

 

大志にはすでに姉について話してある。

良いとは言えない現実にへこむ大志を小町が慰めている。

そのせいでこっちまで不機嫌になっていた。

 

数分して、俺たちしかいない店内に、入店音が響く。

川崎が、入ってきた。

 

 

「……大志、あんたこんな時間まで何やってんの」

 

 

こっちに来るや否や、川崎が問う。

 

 

「こっちの台詞だよ姉ちゃん。姉ちゃんこそこんな時間まで……」

 

 

「あんたには関係ないでしょ」

 

 

「関係あるよ!なんで……」

 

 

「おい!」

 

 

このままでは川崎姉弟が延々と疑問をぶつけあうだけだ。

その前に、こちらから話をしかける。

俺の一声で二人は静まり、注目する。

 

 

「座れよ」

 

 

雪ノ下の横を指差す。ハンバーガーはすべて食べた後だ。

川崎は俺を睨みつつ、雪ノ下の隣に座る。

先ほどまで雪ノ下に向かっていた矛先は、今や完全に俺へと向いていた。

対して俺は、気に入ったサングラスをかけてじっと川崎を見ていた。

表情はよく分からないだろう。

 

静まり返る店内。

コーラを一杯飲むと、俺は口を開いた。

 

 

「川崎、お前がなんで必死に金貯めてたか、当ててやるよ」

 

 

まるで遠回しに結論を言う探偵のように、俺は言う。

 

 

「大志、お前中三に入ってなんか変わった事あったか?」

 

 

尋ねると、大志はうーん、と考える。

 

 

「うーん、最近だと比企谷さんのパンツがお子様パンツから大人っぽくなってたことくらいしか……」

 

 

「テメーこのヤラァッ!!!!!!」

 

 

まさかのカミングアウトに俺がブチ切れる。

小町も嫌な顔をしていたが、大志に殴りかかろうとする俺を必死に止めている。

川崎も姉として弟を守ろうと俺のボディを何度も殴った。

 

数分して、小町によりなんとか怒りを抑え、今度は生活面で変わった事を聞く。

 

 

「はぁ、はぁ……おい、なんかあんだろ、学校以外になんか変わったとかよ」

 

 

「ぜぇ、はぁ……あぁ、塾に通い始めました」

 

 

「お前よ、最初からそれ言えよ。普通そうだろ馬鹿野郎」

 

 

この野郎小町の事狙ってやがる。

手なんか出したら切り落としてやる。

 

 

「あ!じゃあ弟さんの学費を稼ぐために」

 

 

由比ヶ浜が閃いたように言うが、否定する。

 

 

「四月から通えてんだからそれは解決してんだろ」

 

 

そこでようやく雪ノ下も理解したらしい。

 

 

「なるほどね。学費が掛かるのは弟さんだけではないものね」

 

 

正直、雪ノ下ならもう気が付いていると思っていた。

だが、そうか。こいつはお嬢様で金の苦労を知らない。

つまり、金が無くて勉強ができないという事を知らないのだ。

そんなヤツ、ありふれているのに。

 

 

「進学校だからなぁ。うちらくらいの歳になりゃ、進学意識する奴も多いんだよ。夏期講習とか色々考える奴が増えるだろ」

 

 

ここまで来てようやく理解した大志が、ハッとしたように川崎を見た。

当の川崎はため息をついて諦観を表わす。

 

 

「だからあんたは知らなくていいって言ったじゃん。あたし大学いくつもりだったから……ま、それもそこのヤクザのせいでお釈迦になったけど」

 

 

そう言うと、川崎は俺を指差す。

俺は笑った。

 

 

「その様子じゃクビんなったろ」

 

 

「おかげさまで。あんたの事殺したいほど恨んでるよ」

 

 

「へっへへ、だろうな」

 

 

と、殺伐とした空気の中、小町が手を上げた。

 

 

「あの~、川崎さんが大志君や親御さんに迷惑かけたくない気持ちは分かりますけど……それと同じように、大志君もお姉さんに迷惑かけたくないんですよ~。だからこんな時間にこんなとこ居るわけですし」

 

 

川崎は黙り込む。

どうやら大志の伝えたい事が嫌というほど伝わったらしい。

ナイスだ小町。次は俺の出番だな。

 

俺は椅子の横に置いてある安っぽいポーチを手にする。

そしてそれを、テーブルの上に置いた。

川崎に押しやると、彼女は不思議そうな顔をして中身を覗く。

 

 

「……えッ!?なにこれ、どうしたの!?」

 

 

驚く川崎。

中身を知らない雪ノ下と由比ヶ浜が、興味を持ったように中身を見る。

 

 

「うぇ!?ヒッキーこれどうしたの!?」

 

 

「……あなた」

 

 

同じように驚く由比ヶ浜と、眉をひそめて俺を見る雪ノ下。

まぁ、ポーチを開けたら二百万も入ってんだから驚くだろう。

川崎は目をまん丸に見開いて、俺を見る。

 

 

「今年と来年の夏期講習と、大志の分だ。足りるだろ」

 

 

そう告げると、

 

 

「そりゃ足りるけど……でも、これどうやって」

 

 

「まぁ、流石に全額やるのは奉仕部の意思に反するからよ。スカラシップ代わりだ、何かあったら手ぇ貸せよな」

 

 

川崎はまだ現実感が湧かないと言った様子で頷く。

そしてしばらく頷いた後、唐突に顔を手で覆った。

なんと、雪ノ下とタメを張るくらい気の強い川崎が泣き出したのである。

 

由比ヶ浜、そして大志が駆け寄る。

 

 

「ちょ、姉ちゃん!?」

 

 

「大志、大志ぃ……」

 

 

弟の名前を呼び、泣きじゃくる川崎。

俺は立ちあがり、背を向ける。そして、出口に向かって歩く。

それを見て、小町も雪ノ下も空気を読んだ。

最後に由比ヶ浜が困ったように笑い、店を後にする。

 

こうして川崎 沙希の問題は、一日ちょいで解決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなた、あのお金はどうしたの?」

 

 

店を出て、雪ノ下に尋ねられる。

 

 

「何だお前、知らなくていい事だってあんだぞ」

 

 

「あなた、あそこの店の店主を強請ったわね」

 

 

いきなり正解を告げられる。

俺は顔を背けると、自転車の鍵を外し、手で押す。

 

 

「あなたのしたことは決して褒められることではないわ」

 

 

その通りだ。

俺のやってることはほぼ犯罪だろう。雪ノ下は正しい。

 

 

「知ってるよ。最初はスカラーシップとか奨学金でも教えてやろうと思ってたんだけどよ」

 

 

「なら……」

 

 

「つまりそれって借金するってことじゃねぇか」

 

 

そこまで言うと、雪ノ下は黙る。

黙って、何も言えなくなる。

 

 

「この歳で借金するってさ、悲しいじゃねぇか」

 

 

怒らず、ただ淡々に。

俺は主観的にそう告げる。

 

 

「……悪かったなこんな時間に。おい小町、行くぞ」

 

 

俺と雪ノ下の会話を聞いていた小町は、何も聞かずに俺についてくる。

良く出来た妹だった。

由比ヶ浜が出てくると、立ち尽くしている雪ノ下に目が付いた。

何かあったのかと聞くお団子ヘアーの少女に、雪ノ下は否定を示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――先日、エンジェルラダー。

 

 

 総武高メンバーを先に帰し、俺は一人店員の控室に来ていた。

扉を開けると、中は思ったよりも簡素で普通だ。

今ここには誰もいない。俺の目的は、店長クラスの人物に会う事だった。

 

奥にも、店長以外立ち入り禁止という張り紙がある扉がある。

扉の小窓から、光が漏れている所を見るに、誰かいるのだろう。

その扉に近づき、そっと開ける。

少しだけ開かれた隙間から、中を覗く……

 

 

「なぁいいだろ?ちょっとだけだからよ」

 

 

「店長、やめてくださいよほんと!?」

 

 

女の店員が、店長とみられる男に抱きつかれていた。

どうやらそういうプレイではなく、本当に嫌がっているようだ。

セクハラだろう。

スマホを取り出し、興味本位でダウンロードした無音写真アプリでその光景を撮影する。

 

ニヤッと笑い、俺は扉を思い切り開ける。

すると、中にいた二人がビクついてこちらを見た。

店長が慌てて女から離れる。

 

 

「お楽しみじゃねぇか、なぁ?」

 

 

ニヤつきながら近づく。

すると、店長が怒ったように言った。

 

 

「なんだあんた、ここは立ち入り禁止……」

 

 

即座に膝蹴りを入れる。

重い一撃は店長の鳩尾に入り、倒れ込んだ。

 

 

「お前高校生雇ってんだってな。あの川崎って子」

 

 

「ごほ、ゲホ、何を」

 

 

何か言おうとする店長の顔を蹴る。

恐らく鼻は折れただろう。

 

ふと、襲われていた女を見る。

まだどう考えても若い……俺と同い年くらいだろうか。

やっぱりな、どうりでおかしいと思ってたよ。

 

 

「お前店の奥どうなってんだ?あ?未成年使って売春してんだろ」

 

 

事前にネットで調べてはいた。

どうやらこの店、昔からそういう疑惑があるとの事。

店員の女の子は皆若いし、時折有名な議員達がこぞって奥の、知られざるVIPルームに入っていくそうだ。

 

 

「何を証拠に……」

 

 

「これ」

 

 

さっき撮った写真を見せる。

 

 

「は?うげっ」

 

 

また俺は店長の腹を蹴った。

この写真、確かにその売春とは関係が無い。

だが、未成年とそういう事をしていた証拠にはなる。

 

警察が動くには十分な証拠となるのだ。

まぁ、議員なんかは捕まらないだろうが。

 

 

「お前詰んだな。未成年に売春やらせちゃってんだもんな。バーテンの子たちもそのうち売春送りだろ?」

 

 

「ひ、ひぃ」

 

 

「なんか言え馬鹿野郎」

 

 

「は、はい、すいません!ど、どこの組の方でしょうか?後で若い子、サービスしますんで」

 

 

胸倉をつかんで思い切り殴る。

 

 

「いらねぇ馬鹿野郎。それよりもよ、バレたくねぇなら誠意見せなきゃな」

 

 

え、と顔にクエスチョンマークを浮かべる店長。

俺はにやりと笑う。

 

 

「五百万出せ。それで見逃してやるよ」

 

 

俺は善人ではない。

悪人は、どこまで行っても悪人なのだ。

 


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