結局、戸部はあの後小学生たちと遊んだあと帰っていった。
ゲーセンには西高の奴らもいたが、そいつらには目もくれなかったし、西高の奴らも戸部を見ても反応は無い。
つまり、チェーンメールの内容は嘘。
元々今回の件はチェーンメールの審議を確かめるようなものではないが、それでも調査対象の情報を知っておくことは重要だ。そこから見えてくる真実もある。
材木座と、フードコートで夕食のハンバーガーを食べる。
なんでこいつと夕飯一緒に食べなきゃならねぇんだよ、と愚痴りながらも、奉仕部でもないのにわざわざ調査に付き合ってくれた礼を含めて奢ることにしたのだ。
小町にはメール済み。
「いやぁ~すんません兄貴、奢ってもらっちゃって」
「ならもっと遠慮しろよ馬鹿野郎、三つも頼みやがってよ」
材木座のトレーに乗っているハンバーガーを指差す。
普通のハンバーガーにチーズバーガー、そして少し値が張るスペシャルバーガー。
最後のは通常よりも具の量が多い分、価格も二倍近い。
加えてダイエットコーラを飲んでいる……アメリカ人みてぇだなこいつ。
対して俺はハンバーガーとサラダ、そして水のみ。
見ろよこの質素な夕食。
「まぁそう言わずに……戸部のヤツ、結局ガキと遊んで帰っちゃいましたね」
ハンバーガー片手に材木座が言う。
「ん~、まぁあいつは見た目チャラいだけみたいだしなぁ」
サラダを箸で口に含む。
べちょべちょで食えたもんじゃない。
顔をしかめつつ俺は水を飲む。
「こっちでもあいつの事は調べましたけど、あの野郎チェーンメールできるほど頭良くないっすよ」
「まぁ、単純そうだしなぁ。なんかあれば直接手ぇ出してんじゃねぇか?」
続いてハンバーガーを食う。
これはいたって普通のハンバーガーだが、小町が焼いてくれるトーストほどの価値は無い。
「どうします?とりあえずあいつは放っておいて、他の奴調べますか?」
「そうだなぁ。……おい、お前大岡ってヤツ調べろ」
食いかけのハンバーガーを置いてそう命令する。
材木座はもぐもぐと咀嚼しながら大きく頷いた。
「ういっす」
「飲みこんでから喋れよ馬鹿野郎……」
見た目通りの食いしん坊具合に笑いながらも、注意した。
その時である。
「比企谷君?こんなところで何してるの?」
天使のお声が、真後ろから響いてきたのだ。
振り返ると、そこには女子よりも女子らしい男子テニス部の部長、戸塚がいた。
背中には通学用兼テニスラケット持ち運び用のリュックが。
相変わらず緑色のジャージ姿だ。
俺はニコッと笑い、手を振る。
「よう戸塚、今帰りか?」
「うん、結構長引いちゃって……比企谷君も奉仕部の帰り?あ、どうも……えっと、材木座君だよね?」
戸塚の笑みが材木座を襲う。
材木座は照れながら、どうもっす、と言って何度も頭を下げている。
「そんなとこ。今から飯か?」
「うん。たまにはハンバーガーもいいかなって」
「そうか、なら奢るよ。椅子も用意しなくちゃな……おいこの野郎、お前椅子持って来いよ馬鹿野郎」
戸塚に対する態度とは一変して、材木座に椅子を持ってこさせるように促す。
まだ食べている途中の材木座は嫌そうな顔をして、
「えぇ!?ちょっと待ってくださいよ」
「うるせぇ馬鹿野郎、お前誰の金で食ってんだ!じゃあお前がどけ!どけよこの野郎!」
「ちょ、やめてくださいよ!痛いですって!」
ゲシゲシと机の下から材木座の足を蹴る。
「ひ、比企谷君、椅子なら近くから持ってくるからいいよ!」
と、それを見かねた戸塚が空いている席を指差す。
戸塚の提案を無碍にするわけにもいかないので、俺は渋々納得することにした。
そして立ち上がり、
「じゃあなんか買ってくるよ。何がいい?」
「え、そんな悪いよ」
「いいんだよ、何がいい?」
「じゃあ、エビカツバーガーが、いいかな」
「おし、ちょっと待ってろ!おい材木座、手ぇ出すなよ!」
「出しませんよ!ったく……」
ハンバーガーショップまで急ぐ。
途中その辺の高校生たちとぶつかったが、無視して突き進んだ。
戸塚が椅子に座る。
元々二人用の席に腰かけていたため、少しばかり狭い。
その男の娘らしくない華奢で可憐な動作を見てから、材木座は改めて挨拶した。
すでに三つのハンバーガーは胃の中に消えてしまっている。
「お疲れ様です戸塚の叔父貴」
そう言うと、戸塚は無表情で何も言わず、ただ材木座の事を見つめる。
基本的に、不機嫌な兄弟分以外まともに喋る人間がいないため、まともに見つめられると材木座は黙り込んでしまう。
でも、どうしてかその目から逃れることができない。
何か不思議な、それこそ魔力のようなものに囚われたかのように。
戸塚 彩加は美しい。
それこそその辺りの女子が束になっても敵わないくらいに。
小柄な体形、白くてきめ細かな肌、硝子細工のような瞳、人形のような顔立ち。
クラスであまり話題にならない理由は、ある意味人間離れした容姿が一因だろう。
あと、男。
だが、仮にそんな人物にずっと見つめられたらどうなるだろうか。
深夜にいきなり現れたフランス人形に見つめられたら、どうなるだろうか。
「ねぇ、材木座君」
不意に、戸塚が口を開く。
「あ、はい」
普段チンピラぶってる材木座も、思わず素で返した。
「君さ、『八幡』と仲がいいんだね」
「ま、まぁ、それなりに……」
「ムカつくなぁ」
唐突に告げられた不満に、材木座は驚いて黙る。
「僕、あんまりムカついちゃうとね」
カラン、と戸塚は先ほどまで不機嫌そうな少年が手にしていた箸を掴む。
そして、
「殺したくなっちゃうんだよ」
ぐさっと、材木座の腹に軽く突き立てた。
彼が戸塚へ抱いていた不気味さは、今恐怖へと変わった。
普段の可愛らしさとは正反対の恐ろしさに泣きそうになりながらも、材木座はただ、すんません、とだけ謝る。
帰りたくて仕方ない。
でも、兄貴分を待っている手前、帰るわけにはいかない。
結局、この状況は彼の兄貴分が帰ってくるまで続いた。