由比ヶ浜に無理矢理メールアドレスを携帯に入れられた。
久しぶりにアドレス帳に人が増えたため、興味半分に慣れないフリック操作をして由比ヶ浜のアドレスを確認する。
親に小町に平塚先生に大天使戸塚に……なんだこれは。
なんだかスパムメールで送られてくるような、絵文字と名前が混じったものがある。
「なんだこりゃあ」
顔をしかめてそれをまじまじと見ていると、中央に『ゆい』という文字が入っていた。
あぁ、コイツの名前由比ヶ浜結衣とかいうふざけた名前だったなぁ。
なんて考えて、試しにスパムメールゆいに馬鹿野郎とだけ文字を打ってメールを送った。
すると案の定、
「馬鹿って言うなし!」
「言ってねぇよ、書いたんだよ馬鹿野郎」
「同じだしぃ~!!!!!!ヒッキーのばかぁあああ!!!!!!」
ポカポカと俺の背中を殴り始める由比ヶ浜。
痛くはないしむしろマッサージに丁度いいので何も言わずに満喫する。
女子高生にマッサージなんて言葉にするとエロイよなぁ。
と、どうやら携帯を持ちながら叩いていたらしく、携帯特有の角張った部分が背中のツボを刺激した。
「痛ぇなこの野郎!マッサージ中くらい携帯置けよ!」
「マッサージ!?何言ってんのヒッキー!」
「比企谷君、あなた由比ヶ浜さんになんて卑猥な事を」
「させてねぇよ馬鹿野郎、お前は本読んでろ」
こいつらと話していると会話が成り立たない。
そんな時だった。
怒りを表現していた由比ヶ浜の顔が、急に不安そうな顔へと変わったのだ。
丁度その光景を目にしていた雪ノ下がどうしたの、と声をかける。
「ううん、なんでもない。何でもないんだけど……」
取り繕うように笑みを見せる由比ヶ浜。
だがその笑顔もどこか不安を隠しきれていない。
「何でもないんならそんな顔すんなよ」
振り返ってそう言う。
「あのね、ちょっと変なメールが来たからうわってなっただけ!」
「……比企谷君」
「俺じゃねぇよ!……そうだよな?あ?」
複数の人格がある故に、もしかしたら俺の意識外で
特に上原や村川が怪しい……あいつらほんとガキみたいな事しようとするからな。
あ、俺も変わんねぇか。
「さすがに違うよ~」
「なんだよさすがにって。普段からそんな事してるみたいな言い方やめろ馬鹿野郎」
「だって内容がうちのクラスの事なんだよね。ヒッキーはヒッキーだからこんなメール送らないよ~」
「お前この野郎、俺だって同じクラスじゃねぇかよ」
なぜか必死になっている俺を他所に、雪ノ下は納得した様子。
「なるほど。では比企谷君は犯人じゃないわね」
「もういいよ、馬鹿野郎」
負けを認めるようにそっぽ向く。
こいつら揃いも揃って人の事馬鹿にしやがって。
奉仕部はいつから個人をバカにする団体になったんだ。
「まぁこういうの時々あるからさ、あんまり気にしない事にする!」
結局メールの内容は語られず。
ちょっと気になるが、まぁ触らぬ神に祟りなしってやつだ。
神とメールを同一視するのもどうかと思うが、まぁそういうこと。
とりあえず話が終わり、俺はカバンから本を取り出そうとする。
が、そんな時、世にも珍しい来客がやってきた。
扉をノックする音がし、全員でそちらを見る。
がらりと扉が開くと、なんとあの葉山がいつものようなにこやかスマイルで入室してきたのだ。
ちょっとした緊張が、由比ヶ浜と雪ノ下の間に走る。
俺は立ちあがると、後ろの二人を背にして葉山の前に立ちふさがった。
葉山は相変わらずの笑顔で、
「えっと、奉仕部ってここでいいんだよね?」
と、この前の事なんて無かった様に言う。
「違えよ、とっとと帰れ馬鹿野郎」
対する俺は敵意剥き出しで邪険にする。
もし俺が、この凶暴な男たちの人格を有していないのであれば、本能的に負けを認めていたかもしれない。
だが、世の中の残酷さを知っている俺からすればこいつはただの高校生だ。
それ以上でもそれ以下でもない。
「比企谷君、やめなさい。……何の用かしら」
俺ほどではないにせよ、雪ノ下もそれなりに敵意のようなものを葉山へとぶつけた。
こいつ意外と嫌われてんじゃねぇか?
だが葉山は困ったように笑ってそれらを受け流すと、俺を避けて部屋の中央へと向かい鞄を置いた。
「平塚先生に、悩み相談するならここって言われたんだけど、いやぁ~中々部活から抜けさせてもらえなくて」
「能書きはいいわ、用があるからここに来たんでしょ?葉山隼人君」
話の途中にも拘らず、雪ノ下は言って見せた。
こいついつもよりキレがあるな、どうしたんだ。
それにフルネームでの呼び方……初対面に対するこいつの対応という点では理解できるが、何というか、それ以外のものが混じっている。
まるで古くからの知り合いで、今は避けているように。
葉山は少し残念そうにしながらも、ポケットから携帯を取り出す。
「あ、あぁそれなんだけどさ」
葉山は携帯を開くと、画面を俺たちに見せてくる。
「あ、変なメール……」
由比ヶ浜がそれを見て反応した。
どうやらさっきまで言ってたメールと同じものらしい。
内容は本当にしょうもなく、特定の人物を非難するようなもの。
それも葉山のグループの男子三人を、だ。
戸部は稲毛のヤンキーで、ゲーセンで西高狩りをしている。
大和は三股、最低の屑野郎。
大岡はラフプレーで相手高校のエース潰し。
つまり、このメールはチェーンメールというやつだ。
今時そんなもん送るヤツいるんだなぁ。
ていうかよ、今時ラインなんじゃねぇのか?メールじゃなくてよ。
「懐かしいなぁ、不幸の手紙思い出すなぁ、由比ヶ浜」
「ヒッキー古い……」
昔を懐かしむ俺と憐れんだような目を向ける由比ヶ浜を他所に、話は進んでいく。
「これが出回ってからクラスの雰囲気が、なんか悪くてさ。それに友達のこと悪く言われると、腹立ってくるし……」
「子分の間違いだろ」
「ヒッキーちょっと黙って」
とうとう由比ヶ浜にまで怒られる。
全部葉山のせいだ。
「でも、犯人探しがしたいわけじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな?」
なんだこいつ。
それじゃあ筋が通らねぇじゃねか。
雪ノ下も難色を示している。
「おい葉山、お前子分が悪く言われて腹立ってんじゃねぇのかよ」
「それはそうだ、俺もみんなも、友達な訳だし」
「なら丸く収めてどうすんだよ、そいつのせいでお前らどころかクラスの居心地まで悪くなってんだろ。頭のお前がケジメ付けなきゃみんな納得しねぇじゃねぇか」
葉山に詰め寄る。
「ケジメって……何もそんな」
「お前はどう思ってるか知らねぇけどよ、チェーンメールなんて掲示板の悪口以上に尊厳やらなんやら踏みにじってんだよ。名前もねぇ顔も見えねぇ、そうやって安全に他人貶すんだぞ、あ?お前がてめぇの子分大事に思ってんならよ、その気にならねぇとどうしようもねぇだろうが」
葉山は黙る。
俺の目を見ずに、ただ下に俯くだけだ。
「……比企谷君の言う通りよ。チェーンメールを無くすなら、大本を叩かないと効果がないわ。……事態の収拾なら尚更ね。ソースは私」
「実体験かよ」
「うるさいわ比企谷君黙りなさい」
二回も言わなくていいよ馬鹿野郎。
「ともかく、そんな人間は確実に滅ぼすべきだわ。それが私の流儀」
なんだかこいつまでヤクザ染みてきたと思うのは気のせいだろうか。
「私は犯人を探すわ。一言いうだけでぱったり止むと思う。その後どうするかはあなたの裁量に任せる。それで構わないかしら?」
その一言で相手の息の根を止めてちゃあ……いや、言わないでおこう。
だが葉山は渋々……というよりも、雪ノ下の提案だからといった様子で受け入れる。
「それでいいよ」
この野郎、女には甘いってか。
「……メールが送られたのはいつからだ」
そう尋ねると、由比ヶ浜と葉山はお互いに顔を見合わせる。
「確か、先週末からだよな?」
由比ヶ浜がそれに頷いた。
先週末……あれ。それって職場見学の調査書が配られたあたりだな。
だがそれでなぜチェーンメールが発生する?考えろ。
元刑事なんだから頭を働かせろ……職場見学、葉山組……
なにか見落としている事はないか?
「クラスで変わった事は?」
雪ノ下の質問に、二人は首を横に振る。
まぁそんなもんあったら俺だって気が付くさ。
……一つだけ気になることがある。
「おい由比ヶ浜ぁ、馬鹿三人組は葉山抜きでも仲良いのか?」
「えーっと……正直隼人君無しだとそんなに……」
「決まりだな」
なんだ、簡単な事じゃないか。
相手は高校生なんだからよ。
「職場見学のグループ決めだ」