朝。
目覚ましが鳴り、無理矢理意識が現実へと引っ張られる。
上半身を起こしつつ、見向きもせずに目覚ましを止める。
入学式の夢を見た。
誇張も何もなく、ただありのままの現実を再現した夢だ。
思えばあの事故で、記憶のみにとどまらず、人格も覚醒したのだろう。
覚醒なんて言うとなんか捕まりそうだが、事実だから仕方ない。
最初に覚醒した人格は、村川と大友だった。
歳は離れているがどこか似ているこの二人の人格は、俺の中に眠る暴力を簡単に呼び起こして見せたのだ。
そんな風に言うと中二病みたいじゃねぇか、もう違うよ。
「……」
いつものように何も言わず、ベッドから降りてリビングへと向かう。
階段を降りて扉を開けると、先に起きていた小町がソファーの上に寝転んで本を読んでいた。
「おはよーお兄ちゃん」
「うん、おはよう」
挨拶しつつ、牛乳を冷蔵庫から取り出し口飲みする。
行儀が悪いが、この牛乳を飲んでいるのは俺だけだし、それならいちいちコップに移したりするのは面倒だ。
目覚めの一杯を飲むと、軽くゲップが出た。
ふと、小町が読んでいる本に目をやる。
うつ伏せで本を読んでいるため、上から見下ろせば内容が入ってくるのだ。
「……相変わらず頭悪そうなもん読んでんなぁ」
その雑誌はいわゆる、女子力に関するくっだらないものだった。
適当な事が並べられており、少なくとも俺のためになることなど一つもない。
由比ヶ浜あたりが読んでそうだなぁ、なんて思ってしまうのは失礼だろうか。
「ほら小町、飯作るから着替えてこい」
声をかけると俺はパンをトースターに突っ込む。
つまみを捻り、テーブルの上に放置された新聞を広げる。
親父が読んだんだろう、あのジジイ朝早いからな。
適当な返事をしつつ立ち上がる小町。
俺はペラペラと新聞を読みつつパンが焼けるのを待つ。
と、その時急に顔に何かが覆いかぶさり視界が真っ暗になった。
何かと思ってその物体を手で掴んで見れば、小町の寝巻だった。
「お兄ちゃんそれよろしく!」
下着姿で走っていく小町が笑顔で言った。
「おー」
適当に返事をして小町の寝巻を洗濯機へと持って行く。
確かに小町は可愛い妹だが、決して性的な目で見ている訳ではない。
そんな目で見ているヤツがいればそいつはやっちまわなければならない。
……本当に。
小町を自転車の後ろに乗せてペダルを漕ぐ。
きゅっと俺の背中にしがみつく小町は見なくても可愛いだろうということが分かった。
さわやかな朝の空気と日差し、そして小町の存在がとんでもない癒しとなる。
「もー、お兄ちゃんぼうっとしないでよ!また事故るよ~」
「うるせぇなぁ、事故りたくて事故った訳じゃねぇよ」
あの事を思い出してちょっと心に暗い部分が出来る。
あんまり思い出さないようにしてんだからそう言う事言うなよ。
「そういえば、事故の後にあのワンちゃんの飼い主さんがお礼に来たよ」
不意に、小町がそう言った。
ちょっと待て、俺そんなこと一言も聞いてないぞ。
「お菓子貰った~、美味しかったよ」
「お前それ早く言えよ馬鹿野郎、俺食ってねぇよ!」
「あ、そっちに食いつくんだ」
「当たり前じゃねぇかお前、俺が甘いの好きなの知ってんだろ」
「てへっ」
てへっ、じゃねぇよこいつ……でもまぁ、可愛いから許すか。
それに、もう終わった話だ。あーだこーだ言っても仕方ない。
「でもさ、飼い主さん同じ学校なんだから会ったんじゃないの?学校でお礼言うって言ってたよ?」
お礼?今までそんなもんされた事無い。
きっとその時のでまかせかなんかだろう。そもそも俺に会いに来る奴なんていねぇよ。
ぼっちだし存在感ないだろうし……いや、最近結構切れてるから存在感は増してきたな。
ため息まじりに俺は小町に言う。
「ていうかよ、お前なんで今言うんだよ。そん時言えよ馬鹿野郎。名前とか聞いてねぇのかよ」
「えーへへ、忘れちった……」
「馬鹿野郎、お前全然意味ねぇじゃねぇか」
半笑いでそう言う。正直今更だ。
それに、飼い主ももう忘れているだろう。
それならそれでいい、俺もあの事を思い出したくはないからだ。