その男、八幡につき。   作:Ciels

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男の娘は恋愛対象に入るか否か

 

 

 上原という人物には問題がある。

それ以前に記憶の人物たちが総じて問題しかないのだが、上原にはそれ以上に厄介な問題がある。

 

バイセクシャル。

つまり、男も女も恋愛対象や性的対象として見れるという、マイノリティ。

彼は、そういう人間だったのである。

沖縄では自身の舎弟を無理矢理掘ってしまっているし、愛人とも性的関係にあった。

 

記憶を読み解いていくうちに人格と言う物は形成されていくが、失敗したな、と思ったのはすでに人格が比企谷 八幡に統合された後だった。

手遅れなのだ。俺は、もうバイセクシャルの素質がある。

 

 

そんな事を考えながら、俺はお気に入りの場所で昼飯を食っていた。

幸いにも、今現在俺の性的関心が男に向かうようなことはない。

だが、このままだとそれも時間の問題であることは、彼らの記憶と人格を統合する俺が一番分かっていた。

どうすっかなぁ、なんて考えるも、そういう専門家じゃないからどうにもならない。

仮に誰かに相談しようものなら、それこそ精神病院待った無しだろう。それだけ、俺という一個人が持つには奇妙な体験をしてしまっている。

 

 

「ふぅ……」

 

 

ため息まじりにパンを一口。

間に挟まった焼きそばが、とてもいい味を出している。

 

これらを考えても仕方がない。

今は海へと帰り行く潮風を浴びながら、この時間を楽しもう。

一人の時間は大切だ。

 

 

「あれ、ヒッキーなにしてんの?」

 

 

その矢先、乱入者が現れて俺の大切な時間を潰された。

振り返るとそこには、由比ヶ浜 結衣のすっとぼけた顔。

 

再び前を向いて食事に戻る。

 

 

「ちょ、無視!?」

 

 

「うるせぇなぁ、とっととあっち行けよ」

 

 

悪態をつきながら由比ヶ浜をあしらう。

考えてみたらこの対応、ちょっと上原に通じるところがあるが、他の奴らも大体こんな感じだから気にしないことにしよう。

 

 

「なんでぼっちで食べてんの?」

 

 

「ぼっちで食ってちゃいけねぇのかよ馬鹿野郎」

 

 

「あー!また馬鹿って言った!ヒッキーキモイ!」

 

 

「うるせんだよこの野郎、耳に響くからあっち行けって!」

 

 

が、その言葉を無視して由比ヶ浜は隣に座り込む。

手には自分で飲むであろうジュースと、誰かのために勝ったであろうカフェオレが握られていた。

 

あまりにも由比ヶ浜が近いので、ちょっと離れる。

こいつ無意識にこんなことすんのか、将来心配だな。

 

 

「お前こそなんでこんなとこにいんだよ。雪ノ下にパシられたのか」

 

 

最近、由比ヶ浜はよく雪ノ下と一緒に昼食をとる。

場所はもちろん奉仕部だが、それはあくまで彼女達が友達だからだ。

ただの部員である俺はお呼び出ないし、俺も昼飯くらい一人で食いたい。

……突然行ったら雪ノ下に睨まれるからな。

 

 

「違うし、ゆきのんにゲームで負けたから罰ゲームでジュース買いに来ただけだし」

 

 

「ならそれ持ってとっとと行け」

 

 

「ヒッキー酷い!」

 

 

本当にやかましい奴だ。

一人の時に比べて何デシベル音量が上がっているのだろう。

まぁ具体的な数値持ってこられても分からないので何とも言えないが。

 

 

「酷いのはお前だろうがよ、わざわざ罰ゲーム重くするために俺と話してんだからよ」

 

 

冗談交じりに笑う。

 

 

「あ……なんか、ごめんね?そう言う訳で来たんじゃないんだけど……」

 

 

「お前この野郎、そういう態度だと俺がかわいそうみてぇじゃねぇか!」

 

 

ある意味コイツも雪ノ下並に、会話時に苦労する人物だ。

変に空気読みやがってこのアマ。

 

しばらく由比ヶ浜が一人で罰ゲームに至った経緯を話し続ける。

その間俺は黙々と飯を食べる。食い辛いったらありゃしない。

 

 

「……なんか、今までもみんなとこういう罰ゲームやってたけど、初めてこんなに楽しいって思った!えへへ」

 

 

みんな。

葉山以下、その手下。

最近一番気に食わない連中だ。

 

この前のことといい、やたら最近は葉山連中と揉める。

そのことについて、山本と上原はやっちまえと戦争案を出してきたが、他の連中は放っておけと結論付けた。

もちろん頭の中であの連中が会話していたわけではないが、おおよそそんな所だろう。

俺としては、面倒事や貧乏くじを引きたくないので、放置することにした。

こっちの手札は自分と材木座しかないし、そもそも俺がなにされようが知ったこっちゃない。

 

 

……こっちのみんなが何かされれば、話は別だが。

 

 

「へへ、なぁにがみんなだ馬鹿野郎」

 

 

やや自嘲気味にそう呟く。

だが、由比ヶ浜にはそれが自分たち葉山組のことだと思ったらしい。

 

 

「感じ悪~い、そういうの嫌いなわけ?」

 

 

「あんなつまんねぇもん見せられて楽しいわけねぇだろ」

 

 

そういうのは好きなヤツ同士でやってりゃいい。

俺は嫌いだ。笑いにセンスがない。

 

 

「強いて言えば、内輪もめしてんの見るのは好きだぞ。へっへへ、一回葉山たちがめちゃくちゃになってんの見んのも面白そうだな」

 

 

「ヒッキー趣味悪~い」

 

 

「大きなお世話だよ馬鹿野郎」

 

 

「でもヒッキーもよくゆきのんと言い合ってるじゃん。あれはいいの?」

 

 

痛い所を突いてきた。

 

 

「ありゃ不可抗力みたいなもんだからいいんだよ」

 

 

「ふかこうりょく……ってなんだっけ?」

 

 

あまりの馬鹿さ加減に由比ヶ浜を見る。

 

 

「不可抗力ってなぁ、ようは人間にゃどうにもなんねぇことだよ。お前そんなんでよくここ受かったよな。あぁ、身体使ったのか」

 

 

「~~~ッ!!!!!!ヒッキーマジでキモイ!そんぐらい知ってるしぃ!ちゃんと入試で受かったしぃ~!!!!!!」

 

 

ポコスカと由比ヶ浜が俺を叩いてくる。

その顔は真っ赤だ……スケベな妄想でもしたのかこいつ。まぁ俺はしたけどよ。

 

 

「痛ぇよ馬鹿野郎、やめろって、おい」

 

 

半笑いで防御する。

たまには小町以外でこういうリアクションも悪くはないかもしれない。

 

が、急に首を叩かれてむせる。

 

 

「馬鹿やめろっつってんだろ、ゴホ、おいこの野郎、ゲホ」

 

 

むせて咳が出てしまった。この野郎調子に乗りやがって。

 

 

由比ヶ浜の攻撃が止み、一人で咳をこじらせていると、妙に神妙な顔で由比ヶ浜が言った。

 

 

「……ねぇ、入試と言えばヒッキーさ、入学式の事覚えてる?」

 

 

ふと、そう切り出して来た。

呼吸を整えて返答をする。

思い出したのは、入学式の数時間前の事。

 

 

「俺よ、入学式のほんの数時間前によ、事故って警察に捕まったり病院行ってたから出てねぇんだよ。まぁ俺なんも悪い事してねぇからすぐ釈放されたんだけどよ。そん時に骨折ってすぐに入院したし」

 

 

そう。

あれは入学式直前。

 

柄にもなく、高校生活が始まるという事ではしゃいでしまい、一時間も早く家を出て学校へ向かったのだ。

今思えば、それまでは比企谷 八幡は、まだ普通の少年だったのだろう。

まだこんなに口も悪くなかったし、記憶はあるにしてもまだ人格ははっきり統合されていなかった。

 

 

だが、事件は起きた。

 

犬が、道路に飛び出したのだ。

まだ善人だった頃の心優しい俺は、その犬を守るために道路へ駆けだすが……

まぁ、犬を守って自分は守れなかったのだ。

 

犬を車からかばい骨折し、おまけにその運転手をボコボコにしてしまった。

その時から、比企谷 八幡は狂ってしまったのだ。

挙句の果てに一か月入院し、いざ高校生活が始まる頃には俺だけ仲間外れ。

 

それも今となってはもうどうでもいいことだ。

ぼっちも悪くないからよ。

 

 

「じ、事故……それなんだけどさ」

 

 

由比ヶ浜が何かを言おうとした、その時だった。

 

 

「あれぇ?」

 

 

不意に正面から誰かがやって来た。

今日は来客が多いな。

 

そこにいたのは、体操服を着てテニスラケット片手に、タオルで汗を拭く爽やかな少女だった。

ショートカットで、健康的なスポーツ少女のようだが顔は非常に整っている。

こりゃ、彼氏の一人や二人いんだろ。

 

 

「あ、彩ちゃんだぁ!よっす!」

 

 

と、由比ヶ浜が立ち上がって手を振った。

 

 

「……よっす」

 

 

ちょっと恥ずかしがってそう挨拶する。

その仕草がまた可愛い。俺にも小町以外にこんな感情あったんだな。

 

 

「由比ヶ浜さんと比企谷くんは、ここでなにしてるの?」

 

 

俺の名前も呼ばれてちょっと反応してしまった。

よくこんな奴の事知ってるなぁこの子。自分で言ってて泣けてくるけどよ。

 

 

「べ、別になんにも?……彩ちゃんは部活の練習?」

 

 

「うん」

 

 

一瞬由比ヶ浜が言い淀んだが、気にしない。

 

 

「部活して、昼連もして、確か体育でもテニス選択してたよね?大変だねぇ!」

 

 

「ううん、好きでやってることだし……」

 

 

由比ヶ浜の他人事感が凄いな。

俺は会話に入らない。だって、こいつらの会話だから。

いくら基地外だからってしゃしゃり出るような真似しねぇよ。

 

 

「あ、そう言えば比企谷くん、テニス上手いね!」

 

 

「あぁ?」

 

 

不意に名前を呼ばれる。

思わず訝しむような目で見上げてしまうが、彼女は微笑んでいる。

 

 

「そうなん?」

 

 

「知らねぇよ」

 

 

由比ヶ浜の質問を受け流す。

そもそも俺もそんな事知らない。

ただ材木座と遊んでたり、一人で壁当てしてるだけだからな。

 

 

「フォームが凄く綺麗なんだよ!」

 

 

そんなお世辞に、思わず嬉しさが込み上げる。

同時にこんな美少女と接点もないので、疑問もこみ上げる。

 

いつものようにニヤケ笑いしながら、

 

 

「嬉しいじゃねぇか、なぁ。へっへへ……悪いんだけどよ、あんた誰だっけか?」

 

 

「はぁー!?同じクラスじゃん!信じらんない!」

 

 

なぜか由比ヶ浜が噛みついてくる。

 

 

「うるせぇなぁ、お前に聞いてねぇよ馬鹿野郎」

 

 

だが、そんな失礼極まりない質問にも、その美少女はやや困ったように笑いながら、答えを返してくれた。

 

 

「えっへへ、同じクラスの戸塚彩加です」

 

 

まるで、清楚でけなげな少女を代表しているかのような立ち振る舞いだった。

頬を片手で押さえながらそう言う少女は、とても三次元離れしている。

正直惚れそうだ。

 

 

「お前も見習え由比ヶ浜」

 

 

「どういう意味だし!」

 

 

とりあえず由比ヶ浜にいちゃもん付けて紛らわせる。

久しぶりの心臓の高鳴りを治めながらも、どうにかして少女と話す。

 

 

「俺よ、クラスの女と関わりないからさ。悪ぃな」

 

 

男ともないのだが、それは言わないことにする。

だが、少女はなぜか恥ずかしそうにこちらを横目で見た。

その姿は、まるで失われてしまった大和撫子のような仕草だった。

そういうのを見習えってんだよ由比ヶ浜。

 

 

「……僕、男なんだけどな」

 

 

「……あぁ?」

 

 

思わずそう言ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六限目は体育の授業だった。

選択しているから今日も今日とてテニスだが、今回は合同授業ではないので材木座はいない。仕方なく一人で壁当てをして汗を流す。

もうそろそろジャージの長袖はしまわないとな。暑くて仕方ねぇ。

 

ポンッと、不意に後ろから肩に手がかかる。

その手つきはとても優しく、まるで女子のようだ……俺そんなことやられた事ないけど。

 

振り返ると、頬に指が、むにっと突き刺さった。

あぁ!?と言いつつブチ切れそうになりながら振り返ると、そこにはテニスラケットを抱え、ピンクのタオルを首にかけ、微笑んでいる戸塚彩加の姿があった。

 

 

「あは、引っかかった!えへへ!」

 

 

在りもしないのに彼女の周りに花畑が見える。

あぁ、彼だわ。

 

噴き出しそうな怒りがどこかへ飛んでいき、代わりに愛情のようなものが湧き出る。

可愛いなぁこいつ。

 

 

「へへへ、おうどうした」

 

 

精一杯の笑顔で尋ねる。

 

 

「今日さ、いつもペアになってくれてる子がお休みで……」

 

 

確かに、このクラスは男子の数が奇数だから、ハブられるのは俺だけだ。

 

戸塚はちょっと困ったようにもじもじしながら、上目遣いで微笑んだ。

 

 

「よかったら……僕とやらない?」

 

 

 

 

 

 

きゅんと、胸が締め付けられた。

真っ白な頬を赤く染めて上目遣いするその姿は、男や女という性別の壁を破壊した。

ベルリンの壁が崩壊するよりも重要な事だ。

 

同時に、下半身が熱くなる。

やらない?というのは、言うまでもなくテニスについてだが、個人的にはテニスの一文字違いの単語を連想していた。

 

ヤる。

なんだか脳内で麻薬が出ているような気分に陥った。

俺の人格の中で男も行けるのは上原のみだが、不思議と他の人格も止めに入らない。

 

つまり、GOサインってことだ。

 

 

「へっへへへへ、へへへ」

 

 

ニヤケながら、戸塚の肩に手を置く。

そして、さすったり揉んだりする。

 

その行為に戸塚は首をかしげる。

この野郎、なんでそんな可愛いんだ。

 

 

「比企谷くん?」

 

 

「いいよ、俺も一人だしよ、っへへへ」

 

 

そう言った後の戸塚の顔は、どんな花よりも綺麗だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 

戸塚とラリーをすること数分、疲れたので一旦ベンチで休憩することにした。

俺が深く腰掛けると、その隣にちょこんと戸塚が座る。

まるでお人形さんみたいに姿勢がいいその姿は、見ているだけで心が和む。

 

やたら近く座っている戸塚に興奮を覚えながらも、なんとか抑える。

こんな時ばっかでしゃばんじゃねぇよ上原。

 

 

「やっぱり比企谷くん、上手だねぇ!」

 

 

「うん?そうか?おう」

 

 

意味もなく何度も頷いてしまう。

だが、戸塚は少し俯きながら、やや暗い顔をした。

 

 

「あのさ、比企谷くんに、相談があるんだけど……」

 

 

お、なんだ。

恋の相談か、よし誰を痛めつけるんだ?

 

 

「相談か、うん。おいもっと寄れよ」

 

 

半分しか頭に入っていない戸塚の言葉を聞きながら、俺は戸塚の肩に腕を置いて抱き寄せる。よく昔のカップルで男がやっていたやつだ。

水野がソファーの背もたれ相手によくやってた、あれ。

 

 

「あ、うん。えへへ……」

 

 

近寄るだけでも男とは思えないフローラルな香りがするが、密着するともっと凄いな。

こいつフェロモン出してるに違いない。

 

 

「うちのテニス部の事なんだけど……知ってるかな、すっごく弱いんだ」

 

 

「そうだよな、へっへへ……あぁ違う違う、知らなかったわ」

 

 

危ない危ない。

おい上原、マジでてめぇ邪魔するな。

 

 

「人数も少ないし、三年が引退したらもっと弱くなると思う」

 

 

「うーん、そうかぁ」

 

 

「それでね?」

 

 

不意に、戸塚が俺の真横で上目遣いをする。

その魔力に俺は釘付けになった。

 

 

「比企谷くんさえ良ければ、テニス部に入ってくれないかな?」

 

 

「へへへへ、俺は戸塚ん中に入りたいけどなぁ、ふふふ」

 

 

そう言いながら、俺は戸塚を抱きしめて匂いを嗅ぐ。

 

 

「わっ!ちょっと比企谷くん!?」

 

 

もう限界だ。

上原云々の問題じゃない。比企谷 八幡そのものが、戸塚をものにしたいのだ。

 

 

「戸塚~戸塚~」

 

 

そう言って戸塚の赤く染まった頬を撫でる。

同時に、体中をもう片方の手でまさぐるように撫でた。

 

 

「何考えてるの?変だよ?」

 

 

あくまで純粋な戸塚は、これが男同士のスキンシップにしか思えないらしい。

 

 

「色んなこと考えてんだよ、ふふ」

 

 

男の娘は恋愛対象に入るか否か。

 

 

入るようだ。

 




こんなんで5000文字超えてて草

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