その男、八幡につき。   作:Ciels

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原作映画のネタバレを多く含みます。


自分勝手な屑とANIKI、蘇る

 

 

 

 

 

 

 

 

  あれは十月だった。

十月になってもまだ暑い沖縄じゃあ、スーツを着ているのが辛い。

まぁそこが地元だし、今更何言ってもしょうがないのだが。

 

上原という男は、他の記憶の人物と比べてしょぼい……というのもなんだが、立場的には弱い面があった。

他のヤクザ人格共は組長クラスなのに対し、上原は親の兄弟分に面倒を見てもらっているチンピラヤクザというどうしようもない奴だ。

いや、そもそもがヤクザというのはろくでもない奴らの集まりというのが記憶から得た教訓であるが、それでも上原はどうしようもない。

なんてったって、組の金使い込んだ挙句、けじめ付けろと言われてるのに組長殺しちゃうような奴だからな。

だが、狂気というカテゴリーでは、上原は他の人格よりも強烈なものがあるだろう……村川は、まぁ置いといて。

 

そんな男が、野球の面白さに気が付いたのが十月だった。

どちらにせよ、その直後に組の構成員に殺されてしまったのだけど。

 

 

 

  記憶は移る。

 

 

山本、という大友に負けず劣らずの武闘派ヤクザがいた。

外様で立場は弱いが、凶暴さに関しては右に出るものはいないかもしれない。

 

親兄弟を殺され、その責任に破門された彼は腹違いの弟がいるアメリカへと向かった。

そこでも山本は凶暴性を表し、今まで上り詰めた事の無いほどの地位へと返り咲いた。

出逢いは最悪だったが、自身を兄貴と呼び、兄弟のように接していた黒人の青年デニー。そしてアメリカまで自分の為に命を賭けに来てくれた舎弟の加藤。

 

マフィアを激怒させてしまい、山本の組は壊滅した。

それでも、最後まで着いて来てくれたデニーを、恐らく死なせずに済んだ。

山本は、すべてを失っても兄妹(BROTHER)を守ることができたのだ。

身体中を弾丸で貫かれても、悔いは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝。

目が覚めて天井を見つめる。

昨日はあやふやだった記憶が、今日ははっきりとしていた。

それと同時に、二つも人格が増えたためにより一層、比企谷 八幡という個人が消えゆくのを感じ取っていた。

 

だが焦りはない。そもそも、この記憶や人格ですら、比企谷 八幡という男の妄想である可能性が高いのだ。

それにしては随分と危険な妄想なのだが。まぁ中二病全開の材木座よりはよっぽど現実なんじゃないかな、なんて思いつつ、正当化する。

 

ふと、左腕に柔らかい何かが当たった。

そちらを見ると、昨日一緒にじゃれていた小町がすやすやと眠っていた。

そういやあれから疲れて一緒に寝てしまったんだ。

 

なぜ上着を脱いでいるのか分からないが、断じてやましい事はしていない。

なぜなら兄妹なのだから。

 

そっと、寝相のせいで乱れた肩ひもをかけ直す。

可愛い奴め。

 

時計を見ると、今はまだ5時半。

起きるにはまだ早いが、朝飯を作ったりなんなりすればあっという間に登校時間だ。

 

仕方ない、今日は休ませてやるか。

 

俺は小町を起こさないようにベッドから降りると、キッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日して、材木座の件は片付いた。

最初こそ俺はチンピラみたいな格好が気に入らなかったが、あれはあれで面白いので、材木座に許しを与えたのだが、それ以来比企谷さんと妙によそよそしい。

そのくせどこかへ行こうとすると付いてくるのだから、なんだかタチが悪かった。

まぁ、弟分みたいで悪くは無いのだが。

つーかよ、いつの間にか奉仕部に入りやがって。何が比企谷組だ馬鹿野郎。

これも上原と山本の影響なのだろうか。

 

 今は体育の授業中で、テニスをするはめになっている。

ぼっちな上に材木座のクラスと合同なので、嫌でもこのデブと組まなくてはならない。

 

スポーン、と材木座に向けてボールを返す。

俺は意外にテニスが得意だ。

 

 

「兄貴今日も、奉仕部へ?」

 

 

ポーン、と派手な振り方で材木座も返す。

 

 

「だったらなんだ、よっ!」

 

 

パコン、とちょっと情けない音を発たせながら、テニスボールが離れて行く。

 

 

「いえちょっと、行くところが、あって!」

 

 

この野郎見た目の割に動けるじゃねぇか。

 

 

「どうせ秋葉だ、ろっ!」

 

 

「よく分かりました、ねっ!」

 

 

「ならチンピラみたいな格好やめとけ、よっ!」

 

 

「最近してないで、しょッ!!!!!!」

 

 

ドパーン!

見た目通りのパワフルな一撃が、俺の真上を通り過ぎた。

身長は平均的な俺があんなもん打ち返せるわけもなく、二人で使っているボロボロのテニスコートからボールが飛び出していく。

 

 

「お前馬鹿野郎、どこ飛ばしてんだ!」

 

 

「すいません兄貴!」

 

 

「なんだこの野郎、お前俺に取り行かせんのか!」

 

 

「そう怒んないで下さいよ!」

 

 

「ったくよぉ~この野郎……」

 

 

とことこと、重い足取りでボールを拾いに行く。

何だかんだ言いつつも、こうして誰かとバカみたいにやり取りするのは楽しい。

別に俺は好きでぼっちやってる訳じゃない。

 

おむすびころりんのように流れていくボールを、それだけ見つめて追いかけていると、ボールが誰かの足元で止まった。

話しかけるの面倒くせぇなあ、なんて思い、その人物の顔を見上げる。

 

今までの、気分の高揚が一気に冷めた。

 

葉山が、俺たちのボールを手にこちらを見ていたのだ。

 

 

「……」

 

 

お互い何も言わずに佇む。

後ろにはそれを見守る葉山のグループ連中(男子)がいた。

この前膝蹴りを食らわせたチャラついた奴は俺を睨んでいたが、そっちに視線を向けると目をそらした。

他の男子はまだ俺を睨んでいる。

 

 

「……はい、ボール」

 

 

葉山がボールを差し出す。

 

 

「……おめぇこの前の事怒ってねぇのか」

 

 

単刀直入にそう尋ねた。

すると葉山は苦笑いを浮かべる。

 

 

「あれは……お互い様だから。優美子と戸部が迷惑かけたね」

 

 

「俺に謝ってどうすんだよ」

 

 

「いや……だって、結衣は君の友達でも」

 

 

「そういうんは由比ヶ浜に言えよ馬鹿野郎」

 

 

「てめぇ……!!!!!!」

 

 

後ろにいるガタイのいいヤツが怒ったように詰めてくる。

恐ろしい事は何もないので、動じずに対峙する。

しかしデカいなこいつ、材木座もコイツ見習って鍛えろよ。

 

正直こいつが喧嘩売って来たら買ってやろうかとも思っていたが、葉山はそれをさせなかった。

 

 

「まぁまぁ落ち着けよ二人とも、仲良くしようぜ」

 

 

その言葉に、俺は不可解を示す。

 

 

「仲良くだぁ?」

 

 

「え……う、うん」

 

 

葉山はうろたえているが、それでも笑顔は絶やさない。

なるほど、みんな仲良く、か。

こいつ相当な甘ちゃんだな。

 

俺はいつものように笑う。

そして目の前の男を見上げた。

 

 

「だってよ、デカいの」

 

 

「この……!!!!!!」

 

 

腕を振り上げる。

来るか、そう思って少し身構えた。

 

が、

 

 

「てめぇ何してんだこの野郎ッ!!!!!!」

 

 

ラケットをその辺りにブン投げて怒鳴りながら、材木座がやって来た。

あまりにも唐突な登場に、この場にいた全員が動きを止めて材木座を見る。

 

 

「兄貴に手ぇ出したら俺がただじゃおかねぇぞ!!!!!!比企谷組舐めんじゃねぇぞこの野郎!!!!!!」

 

 

「おい材木座」

 

 

「分かってんだろうなぁ、てめぇら全員ぶち殺すぞコラァッ!!!!!!」

 

 

「うるせぇよこの野郎!」

 

 

材木座を蹴る。

だが、その蹴りには多少なりとも愛情が篭っている事に、自分でも驚いた。

驚いて、笑ってしまった。

材木座は急に弱気になり、へこへこと俺に頭を下げる。

 

 

「おら葉山、ボール返してくれ」

 

 

葉山に手を差し出す。

すると葉山はボールを拾って俺に手渡した。

へへっ、と笑ってその場を後にしようとした。

 

 

「悪かったな葉山」

 

 

そう言い残し、彼らが使うテニスコートを後にする。

途中で材木座に蹴りを入れたりしながらも、俺は気分が良かった。

 

と、戻っている途中で材木座がわずかに震えている事に気が付く。

どうしたのかと聞いても答えないので、ビビっていたのかと尋ねると、渋々彼は頷いた。

やっぱ、装ってるだけだとこうなるのが普通だよな、へへ。

 

 

 

 

 

 

 

「……うわぁ」

 

 

その様子を、他のテニスコートから眺めている少年がいた。

少年……いや、外見的には少女というべきだろう。

彼は、心臓をドキドキさせ、握ったテニスラケットを強く締め付ける。

 

かっこいい。

あの怒鳴っていた眼鏡の人はなんだか滑稽だけれど、その人と一緒にいた、目つきの悪い不機嫌そうな少年に、彼はときめいていた。

断じて彼は男色ではない。

だが、普段は気にもかけないその男が、今はとても輝いて見える。

 

自分もああなれば、部員たちも頑張ってくれるだろうか。

 

 

謎の期待と興奮を胸に、彼はとろけそうな顔で、先生に注意されるまでその男を眺めていた。


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