聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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来訪者 その一

翌昼(よくひる)、彼はその仏頂面(ぶっちょうづら)()()げて寝ぼける俺に向かって事も無げに言った。

「ヒエンの用意ができたぞ。」

「……は?」

当然、変わらない彼の顔色を(うかが)っても何一つ分からない。

「スマネエ、シュウ。何言って――――」

「俺を問いただすより、その目で確かめた方が早い。……ただし、多少の覚悟が必要になるだろうがな。」

そう言って用意した車に俺たちを乗せると、彼は町外れにあるヒエン専用の格納庫(かくのうこ)へと向かった。

 

その道中(どうちゅう)、シュウが話したのはヒエンのことではなく、今朝(けさ)流れたニュースの内容だった。

もちろん、その内容はガルアーノ関連。テレビ、ラジオ、新聞。あらゆるメディアがその話題を一面に()げていたらしい。

ただし、彼から聞いたその内容は俺の予想していたものと大幅(おおはば)に違っていた。

 

事件(ニュース)主軸(しゅじく)になるだろうと思っていた「インディゴスの辻斬(つじぎ)り」の影はどこにもなく、俺たちを犯人に仕立てるような文言(もんごん)も出てこなかったらしい。

屋敷(げんば)に残っていたのは()()()()()()()()()()()()使()()()2()8()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()2()0()()()()()()()()()()のみだという。

辻斬り(ジーン)」に加え、「影武者」と「歌姫」も消されていた。

ガルアーノは「使用人に書類を取りに行かせたところ、事後現場を発見した」、「昨今(さっこん)広まっている、人間がモンスター化するという与太話(よたばなし)を利用した政治的攻撃である」と謎の犯罪組織を臭わせる発言をしたという。

これについてメディアは「急成長を続けるアルディアを警戒(けいかい)し、内乱を誘発(ゆうはつ)させようと(たくら)む他国の陰謀(いんぼう)」だとか、「女神像に引き続き行われるアーク一味の計画犯罪」だとか、これという主要な見解(けんかい)()ないまま好き放題に論争(ろんそう)しているらしい。

それでも、あの市長をこき下ろすような発言は一切なかったという。

今回の件で増々信憑性(しんぴょうせい)()び始める市長のドス黒い背景に、メディアも評論家(ひょうろんか)たちもビビっているんだろう。

 

「結局、何が狙いなんだ?」

頭の悪い俺が根を上げ聞き返すと、意外にも彼は「ガルアーノの仕掛(しか)け」にはあまり関心を持っていないような発言をした。

「俺たちを困惑(こんわく)させるためだけのカモフラージュということも十分にあり得る。あまり(かん)ぐるな。今はただ知っておけさえすればいい。」

「でも、女神像の一件だってあるんだぜ?もしも町ごと何かの実験に使おうとしてんなら黙ってるわけにもいかねえだろ。」

「そしてまた、ミリアを後回しにするのか?」

運転中の彼は隣の俺にチラリとも視線をくれずに言い返す。

「……」

「目の前のことに気を取られるのはお前の悪い(くせ)だ。」

今まで、彼は無駄に俺の『悪夢(じゃくてん)』を突くような真似(まね)はしてこなかった。

どちらかと言うと、自分からは決して触れてこなかった。

 

「この国にいる賞金稼ぎはお前だけじゃない。市長の失墜(しっつい)(ねら)う者。マフィアの動向を監視(かんし)する者。お前の目に見えてないだけで、アレの足を引っ張ろうとする人間はこの国に巨万(ごまん)といる。」

違う。見えてないわけじゃない。ただただ、頭に血が(のぼ)っていただけなんだ。

アレの顔がチラつくだけで頭がパンクしそうになっちまう。色んなヤツの悲鳴が聞こえてくるんだ。

そんなことは彼だって百も承知だ。分かった上で言ってるんだ。「お前は未熟だ」って。

「だが、ミリアを助けようとしているのはお前だけだ。……違うか?」

そんな俺が今の今まで賞金稼ぎをやってこれたのは間違いなく、こうした彼の(しつけ)があったからだ。彼がいなかったら俺なんかとっくにカラスか野良犬のエサになってる。

彼は常に俺の一歩先に立ち、俺の見える世界の形を丁寧(ていねい)に教えてくれる。頭の悪い俺に変わって歩き方を教えてくれるんだ。

 

「一人で歩かなきゃ」自分の未熟さを思い知る(たび)にその想いは(つの)っていく。

「とは言え、何かを仕掛けるにしては町への影響が小規模すぎる。まだ(いく)つかステップを残している可能性は高い。言い()えるなら、連中の注意はまだ俺たちの方に向いていると思っていい。」

少なくとも俺たちを処分(しょぶん)するまでは本格的に仕掛けに乗り出すことはない。連中は一つ、一つ事を片付けようとしている。そう言っていた。

「ただし、連中の気が変わる前にお前がその重い腰を上げられればの話だがな。」

ここまで甘やかされて立ち上がらなかった日には、いよいよ彼に愛想(あいそ)を尽かされてしまうもしれない。

「問題ねえよ。」

それに、今の俺には護るべきもんがもう一つあるんだ。

「終わらせてやるさ。一日でも早く。」

バックミラーに映る彼女は心なしかよそよそしく、それでも俺の視線に気付くとやんわりと(はに)かんでみせた。

 

 

 

「……マジかよ。」

多少形が変わってるし、完璧(かんぺき)(なお)ってるとも言い(がた)いけれど、それは間違いなく俺がヤゴス島付近で落とした小型飛行船(ヒエン)だった。

「なんでここに?」

呆気(あっけ)にとられていると、中から「ガシャコン、ガシャコン」という聞き慣れない駆動音(くどうおん)と、「ヤヌし。誰カが来タゾ。」というイントネーションのデタラメな、古臭いロボットの声が(ひび)いてきた。

「何!?」

珍妙(ちんみょう)な声を聞き届けて間もなく、今度は男が一人、騒々(そうぞう)しく飛び出してくる。今、この状況で、最悪といってもいい組み合わせの男だ。

「て、てめえ、エルク!よくもヒエンを何処(どこ)とも知れねえ島なんかに置き去りにしくさりやがったな!!コイツはお前の専用のタクシーじゃねえんだぞ!?」

トマトのように顔を真っ赤にした中年が(もどかし)そうに電気柵(でんきさく)をこじ開け、俺に駆け寄ってくる。

「わ、悪かったよ。でも俺だってそれなりに努力はしたんだぜ?それでも見つかんなかったんだよ。」

その剣幕(けんまく)は予想よりも三倍は(ひど)く、思わず口から出まかせを言ってしまった。

「んなこと聞いちゃいねえんだよ!このクソガキがっ!」

(つば)が掛かるのなんざお構いなしに(わめ)()らす姿には訓練された闘犬(マスティフ)さながらの威圧感があった。

「ど、どうしろってんだよ。っていうかなんでここにあるんだよ?」

本当に、()み殺されんばかりの(いきお)いだ。

「話をすり替えるんじゃねえ!!」

 

ギリギリと歯軋(はぎし)りする中年のドアップを前に絶句(ぜっく)していると、さっきの珍妙な声の主が姿を現した。

「感謝シロ。わシがこのオンボロをここマで運ンでヤッタんジャぞ。」

(まん)()して現れたのは……産廃(さんぱい)としてゴミ山に転がっているようなガラクタだった。

()()いたドラム缶に取って付けたような粗末(そまつ)な手足。カラスだってナメてかかるチンチクリンな案山子(かかし)としか表現のしようのない、お粗末過ぎるロボットだった。

ボディの(すみ)にクレヨンか何かで()かれた愛らしいチューリップも違和感があり過ぎて理解できない。

「……何なんだよ。アレ。」

闘犬に(せま)られ、ドラム缶に話しかけられ、もう何が何やら分からない。

「ヂークベックだよ。お前が苦労して掘り出したな。」

「……おいおい、オッサンまでどうしちまったんだよ。」

途方(とほう)()れる俺の前にまた、ヒエンの中から見知ったオッサンが現れる。

なんだかヒエンが「老人ホーム」か何かに見えてきた。

 

「久しぶり…という程でもないが、達者(たっしゃ)で何よりだ。」

ヴィルマー・ヴィルト・コルトフスキー。元ロマリア出身の科学者で、ガルアーノの組織に所属(しょぞく)していた過去がある。今はヤゴス島で孫娘と細々と暮らしているはずなのに。

「こんなとこ来て、リアは大丈夫なのかよ?」

何にしても今の俺にとって渡りに船と声をかけてみるが、「そうはいかん」と中年らしからぬ怪力が俺の胸元をグイッと引き寄せた。

「こっちの話がまだだろうが!」

「まぁ、主人。そう言ってやるな。エルク(コイツ)も言っとるように、15だてら中々の仕事をしてくれたことに間違いはないよ。」

言い方が引っ掛かるけれど、捨てる神あれば拾う神ありだと思った。けれど、興奮する闘犬にその程度(ていど)のお()げは何の意味もなかったらしい。

「仕事どうのとかいう話かよ!俺ぁヒエン(コイツ)を息子のように可愛(かわい)がってきた。いわばエルク(コイツ)の兄弟も同然だ。それを……それを……ああ、ちくしょう!!コノ野郎!!」

首をグイグイと()めてきたかと思えば、奇声(きせい)を発しながら地団太(じだんだ)を踏み始めた。目も当てられない錯乱(さくらん)状態に、いくらビビガとはいえ、可哀(かわい)そうに思えてきた。

 

「主人、少しは落ち着け。そして、よく考えてもみろ。」

ヴィルマーのオッサンは猛犬(もうけん)の肩をソッと(たた)き、(おだ)やかに話し掛けた。

「機械は愛を(そそ)げば何度でも息を吹き返す。それとも、お前はエルク(コイツ)が死んでくれた方が気分が晴れたのか?」

オッサンは知らない。

百人が百人(うなず)くような正論(せいろん)で折れるほどこの中年は真っ直ぐな人間じゃない。

「そウだぞ。わシナンて3000年待ッたンジャからな。キサマが生キトる間に帰ってキたコとをもット喜バンか。」

そして、ポンコツは微妙(びみょう)頓珍漢(とんちんかん)なことを言っている。

 

自分(テメエ)の命より女。女より金。金より自分(テメエ)の身内。それが俺んとこのモットーよ!家族もろくに護れねえで俺が心配してやる義理があるかよ!!」

そんなの初めて聞いたぜ。

「だいたいこれはウチの問題だ。よそ様がしゃしゃってくるんじゃねえ!」

ヴィルマーのオッサンは「(とし)(こう)」でなんとか()()められるとでも思ったんだろうけれど、一度熱くなったこの中年を黙らせられるのはミーナか大統領くらいのもんだ。

それをよく知るシュウは一切茶々を入れず、好きなように言わせている。

『聞こえている』リーザだって右へ(なら)えをしている。

 

二人の様子から(さっ)したオッサンは「お手上げ」というように肩を(すく)め近くの廃材(はいざい)に腰を下ろすと、同じように傍観者(ぼうかんしゃ)に回ってくれた。

だというのに連れのポンコツは一切空気を読まず、その頓珍漢なファイティングポーズも(くず)しはしなかった。

 

「キサまハ(にワトり)ト卵、どチラガ先に生マれたノか知っとルノカ?」

「……」

全く意味が分からない。だから誰も相手にしない。けれどその個性のあり過ぎる声はどうしたって耳についてしまう。

「おい、ジイさん。そのガラクタを黙らせとけよ。」

「悪いな。止め方を知らんのだ。」

「ったく、どいつもこいつも自分が造ったものへの責任や愛情ってものがねえのか?だらしねえ。」

さすがに過酷(かこく)な環境で研究者をやっていただけあって、この程度の罵倒(ばとう)でオッサンが機嫌(きげん)(そこ)ねることはなかった。

だけどビビガがこの調子じゃあ、その大人の対応がいつまで持つか分からない。

それに、この油に火を注ぐバカをなんとかしないことには―――、

(がク)のナイ(やカラ)ガ人ノ親など聞イて(アき)れルワい。」

―――遅かった。

「……おもしれえ。おら、ポンコツ、言ってみやがれ。俺がいったい何を分かってねえってんだ?」

熊やライオンも(おく)することなく噛み殺してしまいそうな闘犬の威圧を前にしても、ドラム缶は一歩も退()かない。

マイナスネジのような、開いているかどうかも分からない瞳がギラギラと充血(じゅうけつ)している中年の瞳を真っ直ぐに見詰(みつ)めている。

 

「鶏ガ卵の世話を(おこタ)ると思ウカ?卵が生涯(ショうガい)、卵デアリ続ケるコトニ幸セを感ジると思うカ?鶏は腹ヲ痛メテ産んダ卵を死さエ恐れず護り抜ク。卵は鶏カラ温モりを学び、立派(りッパ)ナ鶏ニナる。」

……宗教か何かの(うた)文句(もんく)か?

「そコにハ後も先もなイ。誰シもが卵でアり、鶏デモある。親や子もナク、兄ヤ弟もナい。しかシ鶏と卵ノ間には必ズ、神ヤ仏ですラ(おか)スコトノデきナいたッタ一つの世界がある。そレが”家族”とイウモのじゃろ。」

それは打ち込まれたプログラムのようにツラツラと(よど)みなく謳われる。だけど、

「小僧がそノ足で卵ヲ踏みツケタと思うか?オンボロの空駆ケ巡る喜びを誰が与エテきタと思う?二人が卵のマま墜ちる不幸がどレほドノものか。キサマに理解できルか?」

耳障(みみざわ)りなイントネーションは少しも変わらないのに、特に(まと)()たことを言っている訳でもないのに、

「そんナコとモ理解デきんキサマが二人ノ世界を(けガ)すこトノドこニ”家族”がアる?」

どうしてだか、目の前で朗々(ろうろう)と語るロボットが、ついさっきまで(しゃべ)っていたソレとは()()のように見えた。

「キサマが言っとルのハタダの戯言(たワゴト)じャ。自分が全てノ命ヲ(つく)ったト勘違(かンちが)イシとる、そノこトニさえ気付かん(あワ)れナ憐レナ部外者(かミ)戯言(ざれゴト)ヨ。」

ポンコツが、自由を持て余す「人間」でもなく、命無き「物」とも言い難い「デキソコナイ」だからこそ、その世界がよく見えたのかもしれない。

「キサマがソの心臓を()イて育てタといウナら話は別じャガナ。」

「心」を持ちながら「命令」でしか動けない存在だからこそ、そこに(きず)けない世界が輝いて見えるのかもしれない。

 

「……ろくに中身の詰まってねえガラクタのくせに中々骨のあることを言うじゃねえか。」

ビビガの目が、犬から人へと変わり、ポンコツの天辺(てっぺん)からつま先までを()(まわ)した。

「テメエの言うことももっともだ。神様ってのは大概(たいがい)埒外(らちがい)なことを言いやがる。無理難題を押し付けてイイ気になってやがる。……まさに今の俺のことだな。なぁ、ブリキの(じい)さんよ。」

自分の世界をこの世で最も愛している中年が、こんなにも簡単に他人の意見(せかい)を認めた。それは、このポンコツに大統領並みの器量(きりょう)があると言ってるのと(おんな)じことだ。

ビビガの人を見る目に間違いはない。だからこそ俺にはそれが信じられなかった。

俺はともかく、シュウだって認められちゃいないってのに。

……少なくとも、今の()()りでポンコツへの理解が深まっても俺の心が()かれることはなかった。

 

 

……何にせよ、ビビガの顔に人間らしい肌色を戻してくれたことがありがた過ぎる。

ポンコツとの遣り取りに一段落ついて落ち着いたビビガが()()()俺を(にら)む。

「わ、分かってるって。悪かったと思ってるよ。」

俺は命知らずの機械ほど(きも)が座ってない。負い目を感じればどうしたって「白旗(しろはた)」を振りたくなっちまう。

「……当分は家賃(やちん)上げとくからな。」

「お、おぅ。」

余計(よけい)なことは言わず、ズンズンと足を鳴らし小屋(ヒエン)へと帰っていく中年の背中を見送った。

 

「だがな、爺さん。これだけは言わせろ。」

途中、立ち止まり話し掛ける姿はもう、いつもの意地汚い「大家」の顔に戻っていた。

干渉(かんしょう)できねえからこそ、つい首輪を付けたくなっちまうのも家族ってやつだ。そうだろ?」

「当たリ前ジャ。ワシもリアやコのジイさんに付けタクてしかたガない。」

指差されたオッサンは眉根(まゆね)を寄せ、「……ワシがいつお前の世話になった」と不満げな顔をしていた。

「リアってのはそのチューリップを描いた子ぉのことか?」

「ソうじゃ。カッコいイじゃロ?」

「いいセンスしてんじゃねえか。」

などと不可解な理解を深め合い、ビビガはヒエンの中へと消えていった。




※恥かむ(はにかむ)
当て字です。

※電気柵(でんきさく)
畑を害獣から守るために、張り巡らせた柵に電気を流したもの。

※マスティフ
犬の一種。セントバーナードや土佐犬のルーツにもなっている。軍用犬や闘犬として飼育されていたことから分かるように、体格が良く、攻撃的な犬種。現在、この攻撃性は改善され、一般家庭でも飼われている。
古代ローマでは熊やライオンと戦うこともありました(犬側は3、4匹ですがそれでも凄い)。

※産廃(さんぱい)
「産業廃棄物」の略。産業(農業や工業など)によっての活動によって生じるゴミのこと。

※鶏と卵
……どうにか上手いことを言わせようと頑張ってみましたが……(´;ω;`)

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