聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その九

幽鬼(ゆうき)のように、音もなく現れた黒装束(くろしょうぞく)の男は口を()(あか)い男を有無(うむ)を言わさずハチの巣にした。

一言の警告もなく、一切(いっさい)の加減もなく。淡々と、確実に。

そうした彼の機械()みた一方的な行為が少女の瞳に暗い影を落とした。

「エルクの様子はどうだ?」

少年の名前を耳にして初めて、少女は(かろ)うじてソレを身内なのだと認めることができた。

「……大丈夫。まだ少しフラフラしてるけど、(じき)に正気を取り戻すと思うわ。」

少年の小さな体に『化身(けしん)』の力は余りに大きく、少年は『焼き払うため』にその全てを明け渡そうとしていた。

そうならないために、少女は初めて自分の意思で少年に『首輪』を掛けた。(むら)がる『化身(ほのお)』を払い、()(まど)う少年を捕まえておくために。

仕方(しかた)のないことだと自分でも思った。けれどもそれは少女の心に小さな後悔(こうかい)を生んだ。

 

「そうか。なら急ぐぞ。ここにはもう面倒事しか残ってない。」

生きているか死んでいるかも判然(はんぜん)としない男が、「()()()()()()()()」と手招(てまね)きをしている。まるで、二度と引き返すことのできない道へと迷い込ませようとしているかのように。

「……」

「どうした、急げ。」

けれどもそれ以上に、少女には許せないことがあった。

「……どうしてもっと早く来てくれなかったの?」

フツフツと込み上げてくる(いきどお)りが、少女の足を地面に(しば)り付けていた。

「……『声』が聞こえているんだろう?なら分かってるはずだ。」

確かに、少年少女が激しく暴れている一方で、影もまた悪魔たちの妨害(ぼうがい)を受けていた。しかし、『声』が聞こえるからこそ、それが決定的な障害ではないことも少女は見抜いていた。

事実、彼はいとも容易(たやす)くその妨害を打破(だは)してみせた。

「邪魔がなく、確実に仕留(しと)められる瞬間(タイミング)見計(みはか)らっていた」影は少女の『耳』に()(かえ)し言い聞かせた。

「ウソ。本当はもっと早く助けに来れた。それなのに……、アナタは迷ったんだわ。本当に私たちを助けて良いのか。」

少女は、少年の恩人を疑っていた。

彼もまた、人の皮を被った悪魔なのではないだろうかと。

 

少女の指摘(してき)する通り、黒装束の腕であれば実際よりも早く紅い影を始末(しまつ)することができた。青髪(あおかみ)の女が紅い影に撃たれるよりも早く。

さらに()()めるなら、姿を隠す必要すらなかった。

彼と少年がいれば殺人鬼や暗殺者に手間取(てまど)ることもなかった。彼と狼がいれば紅い影に(もてあそ)ばれることもなかった。

だが彼はそうしなかった。二人の隣に並ぶことはせず、()()()()()()しかしなかった。

――――それは何故(なぜ)か?

影は自身に問い掛けながら、少女の問いに答える。その顔にはどこか少年の苦悶(くもん)する表情にも似ていた。

「お前の思う以上に人の心は支離滅裂(しりめつれつ)だ。点と点が(つな)がらないことがある。言動が、矛盾(むじゅん)してしまう時がある。」

影は酒場で青髪の女と対峙した時のことを思い出していた。

「目に見えるものが全てじゃない。」

「……じゃあ、私たちは何を信じたらいいの?」

「信じる必要はない。……少なくとも俺に関して言えば。」

 

 

彼は自分が「人間」であることを否定し続けてきた。

転がる亡骸(なきがら)の上を歩くことに何も感じないモノが「人間であるはずない」と。

殺人鬼でさえ笑う。戦犯者(せんぱんしゃ)でさえ鼻をつまむ。それなのに――――、

 

――――殺して奪う

物心つき始めた頃はそれが普通で、「人間」はそうやって生きるものだと思っていた。しかし、2年、3年と年を()て十代にさしかかる頃、彼の中で変化が起き始めた。

――――もしかすると、「俺」は周りの奴らとは違うんじゃないのか?

「家族」や「愛」、「友人」などの言葉に触れる(たび)に、彼は「自分」が異質な存在だと気付き始める。しかし、彼に「家族」はなく、「愛」や「友情」を語り合うような余計(よけい)なモノもなかった。

――――「俺」に、この世界を生きる資格などない

それが二十歳を過ぎ、悲鳴や銃声でしか言葉を()わせなくなっていた彼が導き出した答えだった。

 

彼は死ぬことの恐ろしさを知っていた。

毎晩、その右手にあるナイフが涙ながらに語ってくれたからだ。

彼は「自分」という生き物が「人間」として生きる困難(こんなん)さも理解していた。

毎晩、隣で眠る亡骸が子守唄(こもりうた)を歌ってくれたからだ。

彼らから学べば学ぶほど、「人間」と「自分」が違った存在に見えてならなくなっていた。「自分」がまるで別世界の生き物のように思えてならなかった。

 

ゆえに彼は『影』になることを望んだ。養父(ようふ)(もら)った名前だけを手元に残し、彼はこの世界の表で生きることを(あきら)めた。「生」も「死」も求められない世界へ埋没(まいぼつ)していくことを望んだ。

超人的身体能力と、物事に(てっ)する高い集中力、精神力はそれに遺憾(いかん)なく発揮(はっき)される。

そこに、彼のための生きる実感や安堵(あんど)はない。

消えていく「人間」の数だけ彼の魂は(けず)られていき、幸か不幸か、彼は『影』として完成する。

 

ただ、ひたすらに『影』であることだけが、世界と彼との意思疎通(いしそつう)の手段だった。

 

そんな(おり)、『影』は荒涼(こうりょう)とした砂漠(さばく)で一人の少年と出会う。

()せこけ、(きたな)らしい恰好(かっこう)をした少年が口を開いたがために、完成したはずの『影』の世界は狂っていく。

 

 

 

「敵と感じた時、殺せばいい。俺もそうすることしかできない。」

(うつ)ろう(じしん)に疑念を持って生きる影。それでも影は影なりに、懸命(けんめい)に生きていた。

「……」

「付いて来たくないのならそれでも構わん。だが、(じき)にここも荒れる。エルクを助けたいのなら黙って付いて来た方がいい。……!?」

 

ドンッ!

 

「アァッ!」

二人の目を盗み、青髪の女が少年に手を伸ばしていた。

影が女の肩を撃ち衝撃で吹き飛ぶも、女の妄執(もうしゅう)はそれさえも()退()け、茫然自失(ぼうぜんじしつ)の少年を(おそ)う。

「グゥッ」

(すんで)(ところ)で女は狼の前足に(とらえ)らえられる。

「ソイツをっ!寄越(よこ)せェっ!!」

彼女は今、ナイフの一本も手にしていない。その上、目的に先走り、未だに「死」から完全な復活を()げていない彼女の動きは緩慢(かんまん)で、「殺人」の鋭さを欠いていた。

それでも、彼女は追ってくる。「愛」を歌えなくなった彼女はそれ以外の歌を歌う他ない。『死なない姫』はそうすることでしか生きられない。

追ってくる。電気を手に入れたネジ巻き人形のように、何処(どこ)までも、何処までも。

 

歌姫は熊のような怪力に押さえつけられてなお、前へ前へとにじり寄る。

その()りつかれたかのような歌姫(ドブネズミ)形相(ぎょうそう)に寒気を覚えた少女は、少年を自分の背に隠した。

「……この人は殺させない。」

そう口にする野鹿(のじか)垣間見(かいまみ)えた(あどけ)なさが、ドブネズミの憤りに油を(そそ)いだ。

「だったら、死ぬ気で守りな!その体でな!!」

女の叫びには、(しもべ)たちの首を飛ばした少年の『炎』にも似た威圧感があった。

「アタシはお前らを許さないよ。追い詰めて、追い詰めて、ズタズタにしてやる!!」

「……」

その時点で少女は生きた心地がしなかった。まるで、歌姫(ドブネズミ)の歩く「地獄」へと()()()まれているような気がした。

 

ゴキリッ

 

女を押さえる狼の前足が彼女の背骨を折った。少女からの命令ではなく、自分の判断で。

「……アァッ!」

「パンディットっ!?」

女は(たま)らず床に頭を打ちつけ、激痛にもがいた。

「何してるのっ!?」

「いや、それでいい。行くぞ、リーザ。」

(わめ)()らす女を捨て置き、影は少女を(うなが)した。

下半身が蝋人形(ろうにんぎょう)のように固まり、狼に解放されてなお、女は()いずることしかできない。

狼に背を押され、少女もようやく影に続いて歩き出す。

「見てろ、お前ら全員、皆殺しにしてやる!!」

少年の安否(あんぴ)(うかが)いながら、()()さる阿鼻叫喚(あびきょうかん)()()められた茨道(いばらみち)に足を()()れる苦痛に、少女は顔を(ゆが)めていた。

 

 

「気にするな。ああいう手合いは自分の人生を他人のせいにする。相手にすればするほど飲まれるだけだ。」

「……」

影は不思議に思っていた。必要以上に気を(つか)っている自分はいったい彼女に何を求めているのかを。

少年に肩を貸し、離れようとしない(つが)いのような二人の姿に嫉妬(しっと)憧憬(どうけい)のようなものを覚えたのかもしれない。遠回しに、二人の輪の中に溶け込もうとしていたのかもしれない

しかし、そうやって恐るおそる歩み寄ろうとする影を相手に、少女は辛辣(しんらつ)な言葉を()びせた。

「アナタはそうやって殺した人の顔を忘れられるね。」

「……」

少女が何を言おうとしているのか。(さっ)するにはその一言で十分だった。

「…それでも、忘れなければならない。俺たちのような人間は特に。」

彼の確かな素性(すじょう)を知るものはこの世に10人といない。

彼の闇に関わった人間の多くは一年と()たずにこの世を去っていくからだ。

引き替えに、彼のナイフは常に血で(まみ)れていた。(ぬぐ)っても拭っても(かわ)くことのない不思議なナイフ。

「アナタと私たちを一緒にしないで。」

少女は受け入れられなかった。

むざむざ自分たちを紅い影の「言葉」に(さら)した彼の裏切りと、紅い影を機関銃で撃った彼の激情の矛盾が、彼女の中で理解できていなかった。

何より、彼が人を「殺す側」の人間だということ。

愛する彼に近しい人だからこそ、曖昧(あいまい)な彼が気に入らなかった。

 

 

 

 

 

――――ふと辺りを見渡すと、俺は森の中を歩いていた。野鹿に肩を借り、先導(せんどう)するシュウの姿があった。

『……リーザ、もういいよ。』

「エルク、大丈夫?」

彼女の声に反応した彼がチラリと俺を見遣(みや)る。

「あぁ、ゴメン。」

だけど彼は何も言わず、向き直り黙々と歩き続ける。

 

……(おぼろ)げに(おぼ)えている。俺がガルアーノの「盾」を焼いたこと。彼がガルアーノを仕留めたこと。誰かが泣き叫んでいたこと……。

そして、

 

――――ミリアは、白い家に……

 

「それで、これからどうするの?」

頭がハッキリせず、野鹿が誰に向かって言っているのか分からなかった。

「エルク。」

彼が促してやっと自分のことだと気付く。

「……ああ。最後まで、やってやるよ。」

やってもやらなくても『悪夢(ソレ)』は俺の(そば)にいるんだ。だったらビビガが俺に言ってくれたように、やれるだけのことをやるしかねえんだ。どんな手段を使っても。どんな結末(けつまつ)になったとしても。

それが一番、俺の(しょう)に合ってるんだ。

 

俺の決意を聞き届けた彼の背中が、小さな溜め息を()いた気がした。

「……だったらまず小型飛行船(ヒエン)がいるな。」

「ヒエン?プロディアスのどっかじゃねえのか?奴らのアジトってのは。」

マフィアのボスが黒幕だと知った俺は無意識に都心に目を向けてしまっていた。けれど、問題はそんなに単純じゃないんだ。続く彼の言葉を聞いて改めて思い知らされる。

本拠地(ほんきょち)は、ロマリアだ。」

「……ロマリア。」

シュウの持ってきた情報(ネタ)偽情報(ガセ)なはずがない。

もう、疑いようがない。あの市長は、ロマリアの関係者なんだ。俺たちは今、世界最強とも言われる「軍事国家」を相手にケンカを()っかけているんだ。

そこまで聞いて初めて彼の溜め息の理由が分かった気がした。

「だが、あの男の言う”白い家”は西アルディアにある支部のことだ。そして、今はそこまでしか分かっていない。」

「西アルディア」はアルディアという国の西半分を指す。東と違い気候が荒く、好戦的な怪物(モンスター)も多い。だからこそ、邪魔の少ない空の足がいる。だけど、

「スマネェ。ヒエンは――――」

彼にヤゴス島からここまで帰ってきた経緯(けいい)を説明する。

ヒエンが墜落(ついらく)したこと。そのまま放置してきたこと。

 

「そうか。なら別の足を用意しておこう。お前は休んでおけ。」

彼は淡々(たんたん)としていた。

昔からそうだ。彼は口数少なく、用件しか言わない。それでも彼は俺の気付かないうちに色んな世話をしてくれている。

そういう彼らしさが俺を安心させた。

 

「ビビガにはまだ黙っといてくれよ。」

アイツは普段、ガサツでデリカシーの欠片もないようなヤツだけど、ここぞと言う時に俺の足元を照らしてくれる。

放任主義のくせに変に鼻が利きやがる。

ありがたいことだけど、それが心配なんだ。

「……そうだな。ヒエンが返ってこないと分かったらお前を殺しかねんからな。」

「……」

彼の口から冗談を聞くなんていつ以来だろう。思わず、俺はアホみたいに口を開けて彼を見詰めていた。

「どうした。」

それでも顔に出さない彼が妙に可笑(おか)しく、嬉しかった。

「いいや、なんでもねぇよ。」

 

「……悪いな。」

……迷惑ばっかかけて。

「……気にするな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――謝らねばならないのは俺の方だ

 

リーザの言う通り、俺はお前を助けるのを躊躇(ためら)った。

あの時の、お前の『力』は尋常(じんじょう)ではなかった。間違いなく『化け物』染みていた。生かしておけば必ず手の付けられない被害が生まれる。未然に()()()始末しておくべき「敵」のように思えてしまったんだ。

 

お前の世話を焼いている内に俺は『影』の本分(ほんぶん)を忘れ、()らず()らず「自分を護る」という本能を思い出していたらしい。

お前を育て始めたお(かげ)で、俺はあの男を「ビビガ」という名前で呼ぶようになった。「ミーナ」という女性と協力するようになった。

仕事以外で、街中で他人に声を掛けられた時は驚きで言葉も出なかった。だが、

 

――――こういう生き方も悪くない

 

あの時の俺は「お前が俺の居場所を奪うかもしれない」という不安で引き金をひくことができなかった。

だが、歌姫の悲鳴を聞いて俺は大事なことを思い出すことができた。

砂漠でお前を拾った俺は、……愛そうと(ちか)ったんだ。

 

 

 

吹き荒れる砂漠の真ん中、岩陰(いわかげ)で休む俺の(もと)にお前は現れた。

立ち尽くすお前は(うつ)ろな目で俺を見下ろしていた。お前の瞳には、どこかで見た灰色の街並(まちなみ)みがあった。

「ダズ……ゲテ……」

ボロボロになったお前の唇から、どこかで聞いた声が忍び寄ってきた。

それが何かに気付いた時、俺はお前が『(おれ)』という存在を()るがす悪魔にしか見えなかった。

次に出てくるのは(くい)打つ悲鳴か?それとも(うた)う亡骸か?どちらにせよ、お前は俺とは無関係の人間。助ける義理はなく、助かる見込みもない。

 

一思(ひとおも)いに……そう思った俺はナイフをお前の首筋(くびすじ)に当てた。弱っていたお前は俺の手を払う力も残ってない。それでもお前は、ナイフを当てる手には目もくれず、俺の(すそ)(つか)んで、こう言った。

「ダズ……ゲテ…アゲテ……」

小さく、弱々しい手から……ひどく、熱いものが流れ込んできた気がした。お前の目はとっくに死んでいるのに、それでも俺の目を捉えて放さない。

 

今にも息絶(いきた)えそうな子どもが、走っていた。

すり寄る「死」には目もくれず、一心不乱に。

 

気付けば俺はその小さな身体を()()めていた。

…………(ソイツ)は、泣いていたんだ。

俺は生まれて初めて、受け入れた。熱く、苦しい感情を……。

涙を流す理由を知った時、俺は死んでいった連中の言葉の意味が初めて分かった気がしたんだ。

 

お前は『化け物』を助けたんだ。

 

それなのに俺は……、本当にすまない。

 

……エルクが(やかた)での俺の本音(ほんね)を知ったなら、どうしただろうか。また、逃げ出しただろうか。砂漠に逃げ込み、別の誰かに助けを求めただろうか。

その時、俺はどうするだろうか。

俺は――――

 

 

一つの「答え」を出せば次の「問い」が。

もはや自問自答(じもんじとう)は彼の悪癖(あくへき)になっていた。理解者を求めず、一人淡々と繰り返す作業。それは彼を自立させているようで、(いま)だ横たわる『孤独(かげ)』へと引きずり込んでいた。

一つの「答え」を出せば次の「問い」が。(おお)(かぶ)さるように責め立てる「問い」の山が周囲から彼を隠す。彼を独りきりにさせる。

しかし今の彼の目の前には一筋(ひとすじ)の光が差し込んでいる。頼りなくも明るい光は彼に「問い」や「答え」の先にあるものを見せている。

少しずつ、彼もそこにある光を認め始めていた。

だからこそ、黒装束の男は(あゆ)みを止める訳にはいかない。

砂漠の少年が「進む」と決めたからには。

 

 

 

「足は一両日中(いちりょうじつちゅう)に用意する。それまでによく、考えておくんだ。」

「……」

「ミリアを、()()()()()()()()。」

「……ああ。」

彼が何を言いたいのか、なんとなく()()()()()()()()。言わんとしている答えも。

そうあって欲しくない。これ以上は沢山(たくさん)なんだ。「もしかしたら、このまま誰もそれに触れなければそれは現実になったかもしれない」とも考えた。

けれどそれはとっくに手遅れな話だということに、今さらながらに気付いた。

俺自身が、この5年間、毎晩のようにその光景を(えが)いてきたんだ。今さらそんな虫のイイ話なんてある訳ないってことくらい、分かってる。

だけど……、もしも……、

 

「助けるわ。今度こそ。」

唐突(とうとつ)に、彼女が口を開いた。

言いながら、彼女は力強い瞳で俺を見詰めた。俺は彼女の『魔法』に掛かっていくのがわかった。でも、たとえそれが意図的(いとてき)な『声』だったとしても、今の俺には気にならない。

「彼女は俺を想ってくれている」

それはだけは間違いないことだから。

だから、気付けたのかもしれない。その瞳からは俺に対する期待(きたい)と、

「…ああ、助けるさ。今度こそ……。」

あの歌姫への無念を感じた。

 

()()()()()()ったらしいシュウは、何も言わず(きびす)を返した。

「気を付けろよ。」

「……無論だ。」

そうして彼は闇夜に溶けていった。

 

 

 

今の時代、民間で航空機(こうくうき)を持つのはまず不可能に近い。

離陸許可を()られる人種が限られているからだ。

国に認められた機関、さらにはその機関から認められて初めて、個人への航空機の所持と離陸の許可が下りる。

そういう面倒な手続きを()(くぐ)った民間人はアルディア全土で10人程度しかいない。そして、その全員が全員、賞金稼ぎ(ギルド)の関係者だ。

つまり、突発的(とっぱつてき)で、しかも「復讐(ふくしゅう)」や「仇討(あだう)ち」といった私情のために貴重(きちょう)飛行船(トリ)()してくれる連中はほぼゼロに近いってことだ。

いくらシュウでも2、3日はかかる。そう思っていたのに……。

 

翌日の昼、彼はその仏頂面(ぶっちょうづら)を引っさげて寝ぼける俺に向かって(こと)()げに言いやがった。

「ヒエンの用意ができたぞ。」

「……は?」




※幽鬼(ゆうき)
幽霊のことですね。

※戦犯者(せんぱんしゃ)
「戦争犯罪者」の略称です。
国連の定める戦争の法律に違反した人のことを言います。
○戦争を計画した人、関わった人→「平和に対する罪」
○非戦闘員(一般人または捕虜)に政治的、人種的、宗教的危害を加えた人→「人道に対する罪」
○残虐な兵器(程度が分かりませんが)、禁止兵器の使用→???の罪

報道や映画で耳にする「A級戦犯」の「A級」というランクはA、B、Cとあり、「指導者」、「命令した者」、「実行した者」のように分けられているみたいです。

※稚さ(あどけなさ)
本来は「邪気なさ」と書きます。「稚さ」は「いとけなさ」と読みます。ですが意味はどちらも「無邪気でかわいらしい」です。
もちろん私の我がままです(笑)

※一両日中(いちりょうじつちゅう)
今日から明日にかけて。明日までにという意味です。

※シャンテの『不死』
原作、アークザラッドⅡというゲームにおいて、彼女に『不死』という設定はありません。原作を知っている人にとっては意味不明だったと思います。なので早めに解消しておきたいと思います。

今回、彼女をお話に組み込むあたって一番悩んだのが、「どうやったらエルクたちと一緒に行動するだけのポテンシャルを持たせられるか」でした。
一応、ゲーム中では「回復魔法(キュア)」や「攻撃魔法(ダイヤモンドダスト)」「補助魔法(サイレント)」など、後方支援に優れたキャラでした。
でもいざその魔法を持たせてお話に組み込もうとすると……、違和感!!なんだかとって付けたような『力』にしか思えなくて、キャラを書く上で魅力が感じられませんでした。
だからと言って、チョンガラみたいに裏方さんに徹してもらうのも違うかなと。

そこで「歌」に並んでアークザラッドⅡというゲームにおいて彼女の一番の特色といえば……リザレクションッ!!
これは復活の魔法ですね。本来はプレイ中に戦闘不能になった味方キャラを復活させる能力なんですが、そんな能力をそのまま起用してしまったらお話が崩壊しかねないので、今作では自分自身にかかった『呪い』、『不死の身体』というような形で使わせてもらいました。
彼女にはエルクやシュウのような戦闘力も、リーザのような多方面に応用の利く特殊能力も持たせていません。
ただ死なないだけの身体。痛みもあります。生き返るまでにも時間が必要なので戦闘においてその能力を活かすのは難しいでしょう。
そんな難儀な『力』をもって、彼女がこれからどう立ち回るのか……乞うご期待ですm(__)m

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