二人の少年が争っていた。
一人は少女を見捨てた少年。一人は少女から引き離された少年。
夢を語り、無邪気に笑い合っていた二人はそこにはいない。
少女を見捨てた少年は『過去』を怖れ、引き離された少年は『過去』を憎んでいる。『力』はそのためにあるものだと彼らは思い込む。
立ち向かうべき『
それが、
それと気づくことなく、少年たちは闘う。自分たちの醜さを、真実に許しを
その相手が例え、
「キミは、彼の
「こんな闘い、間違ってる。」
私にとって、彼はとても大切な人。だからこそ、彼を想うジーンに手を出すことが私にはできない。
「でも、もう止められない。あの人はエルクを殺すことでしか許せない。エルクも、自分自身も。」
私の『
それじゃあ今苦しんでいる彼と何も変わらない。
「アナタたちがそうしたの。」
『過去』を憎むことでしか、ジーンでいられない。
「ククク……」
無力な
「……気味が悪い。」
「結構なことだ。理解できるような君であれば私も君に興味を抱いたりはしないからな。」
私がその歪みを大きくしてしまったのは知ってる。
だけど黒は、初めから歪んでた。あの島で会うよりも前。空港で会うよりも前から。
自分より強い女の人を
麻薬のように、黒の「生」を「人間」から遠ざけてしまった。
「とりわけ、君のような例外的な女は実に魅力的だ。これは
「……」
気付けば『過去』に向けていたはずの憎しみは目の前の「黒」個人に向けた
「それを教えてくれたのは他ならぬ君だ。ありがとう。私の魔女よ。」
私が子どもだから。
黒は言葉で私を
……できることなら今すぐにでも、私の中に
でも、
「君なら
この『感覚』は
黒が、シャンテさんに向けて引き金を引こうとした
パンディットに、その銃を腕ごと奪うように『命令』してしまっていた。
けれどもそれに気付いた時、彼は首を
「……助かった」そう思っている自分が許せなかった。
「『愛』なんて呼ばないで。」
「君が呼び掛け、誰かが君に従う。種族の
「従う」……まったくその通りだわ。
「……こんなもの、ただの『呪い』でしかない。」
「ハハハ、ならば呪われた
黒は私の家族を指差し、
「おそらく彼は
……ずっと思ってた。
この子が私を家族のように想ってくれるのは、それもまた
そうじゃなきゃ、私の『お願い』に対してこんなにも無抵抗な訳がない。
この子が私の名前を呼ぶ
だから、これが黒の
「この子は私の『呪い』に付いて来たんじゃない。この子の意思よ。」
「そうなのかね?しかし、君の言葉を借りるなら、君は今までその隣人を呪い、いくつもの困難を乗り越えてきたじゃないか。まるでその命が
「…それは……、」
言い返せない。
南国の遺跡で命の危機に
あの瞬間、私に
その後も私はこの子を
……軽んじてる。私はこの子を『命』として見ていない。
「私は……、」
見下ろす少女をよそに、狼は敵から
けれども、彼は
――――リリー、私は……
だからこそ、『彼女』にだけ聞こえる優しい『声』が、彼女に一つの決意を迫る。
「私は……、」
「………
「……ほう。」
少女に特異性を求める黒服は、『彼女』の新たな
「私は『魔女』だと言ったはずよ。」
「つまり?」
私はこの子を信じるしかない。……この子と、あの人を。
「この子は私という”魔女”を
彼女は自分に言い聞かせる。
リーザ・フローラ・メルノは命を軽んじる”悪い魔女”。
それと知らず多くの人を『呪い』、何度となく犠牲にしてきた。今までも、これからも。
「私は誰にも
それは
「この世にたった一人の”家族”として。」
彼女の演説は、
黒服は残された右の手で胸を叩き、彼女に
「イイじゃないか。実にイイ。必死の言い逃れは見苦しくもあるが、『魔女』を受け入れる瞬間に浮かべた君の表情は実に見ごたえがあったよ。」
今の彼女は男の卑しさを
その
「だが残念なことに、君との楽しいお喋りもそろそろ終わりにしなければならない。いやはや、”仕事”というものは与えられた者の”義務”であり、”名誉”でもあるが。今の私の本音を言わせてもらえるなら、これほど
男が右手を掲げると、背後に
「なに、殺しはしないさ。君は我々の大事な、大事なモルモットなのだからね。」
しかし、『彼女』を受け入れた彼女の瞳は揺らがず、冷え切っていた。
「バカね。そもそもお前たちじゃ役不足だというのに。」
「……本当に、君には幾度となく驚かされる。君の口からそんな言葉を聞くなんて。まるで……そう、『別人』だ。悪くない。いや、まったく悪くない。」
彼女は、もう何度目になるか分からない『支配者』の感覚に慣れ始めていた。
「だが、『制限』はまだ君たちを正確に縛っている。この状況で、私には君の言葉がよく理解できない。だから、ぜひとも私に教えてくれないか?」
かつて、少女はその『
だが今ここに、『彼女』の
「だからお前は役不足なのよ。」
微笑む彼女は見る人間が見れば「悪魔」に映ったかもしれない。
それは、男たちがいたずらに見せた「大人の世界」を受け入れた結果なのかもしれない。同じ世界で生きる彼女もまた、世界に
「お前たちはもう、死んでいる」男の耳には彼女の言葉がそう言っているようにしか聞こえなかった。
半信半疑で振り返ると、
自分たちの敗北を。生きて、ここを出ることが叶わなくなったことを。
誰にも見られることなく。誰にも聞かれることなく。
男が目にしたのは歌姫を
「……お前たち、残りはどこへ行った。」
片腕の男に
私は、間違いなく10人の部下を連れて来ていた。
お互いが視野に入るほど近くにいたというのに、どうやって?これも彼女の『力』か?
……いいや、違う。早過ぎる。『魔女』が表に出ているとはいえ、彼女はまだまだ幼い。その上、『制限』の働いているこの状況でそんな高度な『力』が使えるとは思えない。
だとするなら、他にも彼女たちに味方する誰かがこの屋敷に侵入しているということか?それも、かなり
……いや…、まさか、あの男がそうだとでも言うのか?
人間にしては
だがヤツは『能力者』でもなければ我々のような『化け物』でもない。ただの人間が、この私に気配を感じさせることなくここまでの仕事をやってのけられるものだろうか?
「お前は私たちを見くびり過ぎだわ。殺し合うのに『人間』だ『化け物』だと区別をつけている時点でお前に勝ち目はなかったのよ。」
ただの『人間』が、『我々』の領域を侵す?オカシな話だ。
我々はそれをさせない絶対的な『力』を得るためにこんな『生き方』を受け入れたはず。それを……、
「それに、私やエルクがその気になればこんな『制限』、意味なんかない。私たちは、それこそお前の言う
……私は、人間が伝説の
剣ではないが、私もそれを手に入れたような気になっていた。それだけ多くの犠牲を払い、大きな力を手に入れた。
だが……、人間が、竜に
分かっていたことだ。
あれは、『竜』を見たことのない男が描いた絵空事でしかない。
間違いない。
――――私は今、本物の『竜』を見ているのだから
男は失望していた。彼女に抱いていた歪んだ欲望も忘れ、ただただ絶望していた。
自分の、揺るがない存在価値が
男にとって、
「……だが、やるべきことはやらせてもらうよ。」
勝利も逃走も許されない。
残されたのは、ただただ決められたセリフを、決められた
「退場」までの道のりを
男は
精一杯に
ロングコートは男の「人間」という皮を道連れにし、横たわる影の中へと飲まれていく。
そうして
しかしそれは、
大地を
男の名は「暗殺者」。忍び寄り、
「暗殺者」を名乗るに相応しい
両の目に小さな
目の前に
残された
「暗殺者」の臨戦態勢を合図に、控えていた男たちもまた、醜い身体を解き放つ。
次々に明かされる
「……」
目の前にあるソレはもはや『彼女』にとって無価値な『人形』。
震える必要などない。怯える理由がない。
「人を
彼らが彼女にもたらした日々。無数の十字架が彼女を
「生きるためには
「幸せになるためには
そうして、『彼女』は行き着く。
――――『私』は、罵る人形の胸にこの十字架を刺してあの人を護る。あの人が『私』を
竜の瞳に打ち震え、暗殺者は彼女の問いにユックリと答える。
「ああ……、私は幸せだったさ。これまでも……、君がもたらす今この瞬間も。」
フラリ、フラリと
「……」
そこから先はまさに一方的な「
「……!?……これは…、なんてことだ。私までもが、
暗殺者の手足が銅像のように固まる。
「これが、君たちの言う悪夢なのだな。」
「確かに、これは不快
村を出たばかりの彼女であれば、
しかし、今はその真逆の立場を
その身を
際限無く。
「いつの間に君はそんな高度な『力』を身に付けたんだね。」
決して
――――音が消え、光が消え、時が止まる。
「……お前たちが私たちを怖がらせるから。『彼女』がお前たちの相手をしにやって来るのよ。」
見下す女の瞳は、煮えたぎる鍋の中のカエルを見るような冷たい色をしていた。
「全部、お前たちのせい。」
その言葉を最後に、視線も
やがて、
ぐちゃり
……続いて、隣の男が
ぐちゃり
隣の男が、その隣の男が、その隣の男が……、
ぐちゃり……、ぐちゃり……、ぐちゃり……、ぐちゃり……、
そうして赤く染まった沼の上で、大男たちは自分たちの額に無口な狂犬を突き付け、何一つ語ることもなく次々に引き金をひく。
響き渡る
生み出した海を眺め、彼女は思う。
――――私は何をしているんだろうか
少女は思う。
――――これで、あの人は私を愛してくれるの?
犯している
それでも少女は魔女であるしかない。それでも殺し続けなけねばならない。
この世界に生まれたのであれば。彼を愛し続けたいのであれば。
堪らず彼の笑顔を求め、少女は振り返る。するとそこには――――、真っ赤な炎に焼かれる化け物がいた。
彼女は感じる。燃えていく化け物の苦痛と
「……助けて、エルク。」
※一片(ひとかけ)
ひとかけらの意味。
本来は「一欠け」と表記するのですが、「ニンニク一欠け」と表記すると「欠」のイメージが良くないとかで料理本などで「一片」と表記するのが浸透したのだとか。
「一片」の正しい読みは「いっぺん」もしくは「ひとひら」です。
※遊興(ゆうきょう)
平たく言えば「遊んで楽しむこと」。特にお酒や大人の遊びなんかに使われることが多いみたいですね。
※『制限』
「ホブゴブリン」の特殊能力、ディストラクションという魔力を低下させる魔法のことだと思ってください。
片腕の黒服が連れていた10人全員が「ホブゴブリン」です。人数がいればその効果も大きいということで大勢連れて来ていた訳ですね。
※紺青(こんじょう)
青の一種です。洋名では「プルシャンブルー」といい、深い紺色といった感じの色です。
※リリー(lily)
『白百合』の意味。パンディットが親しみを込めてリーザを呼ぶときに使う名前。
※暗殺者
原作でいう「ニンジャ」クラスのことです。その中でも、片腕の男は「ニンジャマスター」というモンスターに分類されます。
ちなみに、『幻惑』という表現で「コンフュージョン(これはまんまやね)」や「分身の術」を表したつもりですf(^_^;)
※慟哭(どうこく)
悲しみのあまり、声を上げて泣くこと。
P.S.
今回、どうしてもエルクパートとリーザパートを噛み合わせられなかったのでこんなAパート、Bパート的な投稿になってしまいました。
読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。