聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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汚れた歌姫 その三

インディゴスを出てからはすぐに近くの林に身を隠した。

敵がどれだけ本気なのかは知らないが、鼻の利かない距離からの狙撃(そげき)があるかもしれない以上、できる限り死角を多くつくっておく必要があった。

それはなにも銃相手だけの話じゃない。町の出口付近で車を真っ二つにした敵の方がむしろ本命だ。そしてソイツはおそらく狙撃のポイントを選ばない。

姿は見えなかったし、パンディットが暴れている時も加勢に来なかった。だったら今も俺たちを監視していると考えるのが妥当(だとう)だ。正直なところ、あの威力で狙われるのはヤバイ。能力の正体は分からないが、おそらく木の1本、2本は軽く斬り倒すだろう。

今は特に怪しい気配は感じない。リーザと化け物にもこれといった反応はない。悔しいがこれで監視されているなら、(なか)ばお手上げだ。

とにかく移動に専念するしかない。

 

「大丈夫か?」

なるべくリーザの体力に合わせて道を選ぼうと思っていたが、山も森もお手の物といったようで。(けわ)しい道もしっかりと付いてくる。

チーム内の距離感も意識しているようだった。

「本当に、どっちがプロだか分かんねえや。」

それを言うなら、町の出口で見せたあの化け物の強さにはかなり驚かされた。長いことヤバイ仕事をしてきたが少なくとも、野生のモンスターでアレに勝りそうな奴はいなかった。

リーザと一緒に運ばれてたってことはやっぱりコイツにも特別な力があるのかもしれない。

 

「エルク、ごめんなさい。少し、休んでもいい?」

その言葉を待っていた。残ったものでリーザと分かりやすく競えそうなものは体力だけだったからだ。

「エルク、意外と意地悪なのね。」

「プライドだよ。っていうか、リーザたちの順能力が高過ぎるんだよ。」

それでも、町を出てから約3時間歩きづめだ。第一目標だった運河越えまでも4分の3は進んだ。緊張しただろうに、仮眠もとってない。むしろよく頑張った方だ。

できるだけ見晴らしの悪いポイントを探し、仮眠をとることにした。

 

ところが、休憩を取り始めて半時もせずに、邪魔者は現れた。距離にして20mといったところだろうか。俺もリーザもすでに身を(かが)めて迎撃(げいげき)に備えている。

足音に耳を澄ませるが複数の気配はない。単独、あの『真っ二つ野郎』か?それにしては、殺気を感じないのだが……。

「今晩は。そこに誰かいるんでしょ?姿を見せてよ。」

女の声だ。少なくとも『真っ二つ野郎』じゃない。何考えてんだ、交渉でも始めるつもりか?リーザに視線を寄越すが、

「それが、分からないの。何かに邪魔されてるみたいで上手く読めない。」

何だ、こっちの対策バッチリじゃねえか。謎の女の声はなおも話しかけてくる。

「ちょっと訳あって人に追われてるのよ。だから良かったら私の護衛になってくれないかしら。」

どういうことだ。俺たちとは関係ないのか?このタイミングで?リーザの力の通じない奴が?不自然過ぎる。

今さら話し合い……もしかして例の『置き手紙』の奴か?だとしてもここまで追いかけてきたのか?やはりオカシイ。

周囲に他の気配はない。そこはリーザたちも肯定している。

だったら面倒事は重ならねえ内に始末しとくか。

ところが、戦闘を覚悟で出迎えた相手は全く見当違いの人間だった。

 

「あら、やっと出てきてくれたのね。良かった。」

「アンタは、確か……」

そこにいたのはあの、青い稲妻(いなづま)の歌姫だった。

「私はシャンテ・ドゥ・ウ・オムよ。良かったわ。もしかしてと思っていたのだけれど、アナタだったのね。」

印象的だったあの赤いヒールは()いていない。光り物も外している。服は黒のドレスではなく、エナメルのチューブトップにジーンズというラフな服装。

「俺のことを知ってるのか?」

「知っているわよ。今日、酒場に来てくれていたでしょ?」

ステージから下りた彼女の声からは、夢を見ているような色気を感じることはできないが、代わりにシットリとした大人の色気が漂ってくるようだった。

「その一回で俺の顔を憶えたってのか?」

けれども、その不自然さが改めて俺に不信感を抱かせるのだった。第一、あれだけ大勢いた客の一人を憶えてるってのも不自然―――、

「あら、だってアナタ、とても目立つじゃない。」

―――でもなかったか。確かにそれはよく言われる。隣からは失笑が聞こえてくる。

赤いバンダナに逆立てた髪、大人しめだが狩人(かりうど)のような()()ちはどうしても人の目を引くのだとシュウにも注意されていた。

 

「それで、人気の歌姫さんがこんなところになんでいるんだ?」

「言ったでしょ?逃げてきたのよ。ちょっと訳ありで。」

()()()()()()()()()?どうやったかは知らねえが、よくここまで逃げてこれたな。」

クスクスと笑う歌姫の声は耳にくすぐったく、なかなか離れなかった。気づいているのか、歌姫は誘うように(いや)らしく微笑(ほほえ)む。

「そんなに難しくはなかったわよ。どこかの誰かさんが良い具合に暴れてくれたおかげで。あの時は助かったわ、ありがとう。」

俺はカマ掛けのつもりで言ったのに、女の答えからは『引っ掛かった』というよりも、『合わせてきた』ような印象を受けた。

なんにせよ、女とマフィア(連中)が無関係でないという主張は分かった。状況は少しややこしいようだが。

 

それにしても、コイツは第一に『嘘』をつく気があるのか?これだけの上物(じょうもの)()()役となると素人な訳がない。現場は混乱したかもしれないが、女一人を逃がすようなヘマをするとは考えにくい。逆に警戒が厳しくなったはずだ。

やはり不自然だ。

だが、これも詐欺師(さぎし)常套手段(じょうとうしゅだん)なのかもしれない。

「護衛の連中はどうした?」

「あら、知ってるの?もちろん、()()()わよ。」

女は小さくアッパーの手振りをして見せたが、不自然さ()()()()だ。

身軽な動きができるだけの筋力はあるようだが、それでも大の男、それもヤクザ連中を相手にできるとは思えない。

すると、女はあっさりと白状した。

「悪かったわよ。本当はこれ、使ったのよ。」

女はパンツの(すそ)に手を滑らせたかと思うと、素早く得物を取り出した。それはスタンガンだった。それもかなり電圧の高いものだ。

「なるほどな。それで、それは誰から流してもらったんだ?」

当然、監視がついているのだから自分では入手できないはず。だとしたら、手引きした仲間がいる。もしくは、この女自体が追っ手の罠かもしれない。それだけ不自然だ。

そして、俺は核心に触れることができたらしい。

 

「……えらく疑われてるじゃないか。」

目付きが変わった。おそらくこっちの顔がこの女の本性なのだ。その威圧感に思わず体が(すく)みそうになってしまったが、どうにか耐えた。

それは虎の目に似ていた。草原に身を隠して獲物に近づくライオンとは違う。竹林を徘徊し、檻の中の獣よろしく獲物に自分の姿を見せつけつつ、それでも確実に距離を詰めてくる、あの傲岸不遜(ごうがんふそん)な殺意。そういう意味では暗殺が専門だったシュウを上回るものがあった。

「こっちが下手(したて)に出てペラペラ喋ってるからってイイ気になるんじゃないよ。」

女の一言は、歌姫とのギャップが、ボクサーのパンチのように響いた。(ゆが)む、女の唇に塗られた赤い口紅に背筋が寒くなった。

「こっちも追われてるんだ。警戒するに越したことないだろ。」

「アンタたちだって、アタシの敵じゃないって保証はないんだよ。少なくとも名前くらい名乗ったらどうなんだい?」

護衛を依頼してきたのは女の方だ。俺は当然の詮索(せんさく)をしたまでのことなのに、どうしてだか相手の方が正しく思えてしまうだけの気迫があった。

「エルク・アルノ・ピンガ。奥にいる子は事情があって言えない。」

すると女はまた唐突に、クスクスと笑いだした。

 

「アンタ、いったい何なんだ。」

緊張が走ったり、(ゆる)んだり。その勾配(こうばい)が急すぎて俺は軽く混乱してしまっていた。

「悪かったね。いくらなんでもアタシを()めるのにアンタみたいなボンクラを寄越したりはしないわよね。」

本当にあの酒場にいた妖精なのだろうか。その口の悪さは、ギルドの連中を相手にしているような気分にさえさせた。

「警戒するのは結構だけど、せっかく現れた駒を味方にするか、敵にするかはアンタのその一言で決まるんだよ。もっと慎重にやりなさいよ。」

どうしてだか口を挟むことは(はばか)られた。

迂闊(うかつ)詮索(せんさく)は相手の警戒心を高めるだけさ。あと、さっきのスタンガンだって、アタシみたいな力のない人間にとっての奥の手だったのよ?それを惜し気もなく見せた心理をキチンと読みとってもらわなきゃ、いつまで経っても話が進まないわよ。」

女はいつの間にか歌姫の顔に戻っていた。

もしかして、これまでのは演技だってのか?俺の力量を(はか)るための。

「OK、まだまだ未熟な坊っちゃんのためにレクチャーしてあげるわ。なんでも聞いてごらんなさい。」

結局、どうしたいんだ。この女は。俺は逃れられないほどに、この女の(てのひら)の上で踊っている気がした。


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