悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その二
――――薬が切れ、辺りの空気の変調が俺の
「……無事、みたいだな。」
どうやら敵に売り飛ばされたりはしていないらしい。それどころか。窓から見える風景には思わず
そこは、俺もよく知るレストランのオーナーの
「オールドマンは?」
俺たちをここまで運んできた男たちは、俺たちをここへ届けると早々に姿をくらましたらしい。顔見知りのオーナーに尋ねてみても「行っちまったよ」の一言だけで行き先も目的も教えてはくれなかった。
ただ、オーナーにはそれなりの説明をしてくれているらしく、パンディットも「客」として扱ってくれていた。
「……おはよう。……ここは?」
ほどなくして、彼女も目を覚ます。回復力の高い彼女にしては遅い目覚めだ。
「ここか?ここはインディゴス
少しも変わらない
「やっと、ここまで戻って来たんだよ。」
俺たちはひどい遠回りをしてようやく、「
彼女は目を覚ましても「心
俺は彼女をシュウの部屋に置き、買い出しも
「……正直、二度とそのツラを拝むことはねえと思ってたぜ。」
「その辺のヤワな害虫より何倍も
ソイツは
不意に現れた俺と目が合ってもすぐに無関心を
「お前、
グランズ・ポルト・ハディナ。色黒で
「いいや。説教を聞かされるのが目に見えてるしな。」
グランズは大きく溜め息を
「お前が派手にこの町を出て行った後、お前に賞金を
グランズの言う「オヤジ」、バスコフは、ギルドの窓口で
言動とは裏腹に、普段ほとんど腹を立てないヤツなんだが。そのオヤジがお
「その様子だと、俺の首に懸かった賞金は
俺がリーザと出会った直後、インディゴスでは俺に高額な賞金が懸けられていた。だが、どうにかこうにか追手を
それに一役買ってくれたのが、
「まあな。だが用心しろよ。
「狂ってるのはお互い様だけどな。」
「いつものことだけどよ。お前、ちょっとハデにやり過ぎなんだよ。」
「これでも昔よりは
昔、といっても2、3年前のことだ。『力』をある程度コントロールできるようになった俺は
だが当然、そんな青臭いガキがいつまでものさばれる程この仕事は甘っちょろくない。
俺は一つの怪事件で多くの負傷者を出してしまう。さらには仕事も未解決のまま放棄せざる
「下水道掃除」なんて嫌味を言われるのはその
「……それで結局、お前の用件って何なんだ?まさか、身の安全を確認するためだけに俺を探したわけじゃないんだろ?」
仕事のポイントを変えるらしい。立ち上がり、
「依頼主の情報が欲しいんだ。」
「……そんなところだろうとは思ってたけどよ。それで、見返りは?」
グランズは
「分かっちゃいると思うが、相手は俺たちに圧力をかけられるような
「賞金稼ぎ」という組織は、立ち上げこそ公的機関が
「『国の治安を護ることが専門の警察』があるなら『人の平穏を護ることを専門にした組織』があっても良いのではないか」というのが創設者の言葉らしい。
さらに「国」という後ろ盾を持つ警察に対し、賞金稼ぎは「世界」という規模を
ここアルディコ連邦で生まれた賞金稼ぎという機関は今や世界中に拡散している。そしてその全ては、どこの国にも属していない。世界中の賞金稼ぎが一個の組織として機能している。それはつまり、ギルドがその気になれば世界中の賞金稼ぎを
世界的に不景気な今の世の中、軍に所属するよりも実力主義だが賞金稼ぎをしていた方が圧倒的に稼ぎが良い。そういう意味で賞金稼ぎの人口は一個の国にも引けを取らない。また、創設当初こそチームプレーを苦手にしていた俺たちだが、今では暗黙のルールのようなものが俺たちの間に生まれ、どんなチームでもある程度の成果を上げられるくらいに成長した。
非現実的な話ではあるが、戦争をしてまず勝てる国は存在しないと言われている。
だが、そんな無法集団にはお決まりの致命的な弱点がある。それは、「
「
これらの要素が掛け合って初めて「賞金稼ぎ」という組織は、国境を
つまり、この未知数な巨大組織に圧力をかけるってのは、一国家規模以上の力を持った人物にしかできない芸当ってことだ。
そして、そんな
「だろうな。じゃあ、いいわ。」
「あ?」
「別にイイって言ってんだよ。その代わり、ここ最近で何か変わったことが起きてねえか教えてくれよ。」
「……お前、俺をハメようとしてんじゃねえだろうな。」
話し始めて初めて、新聞屋は「仕事の目付き」で俺を疑い始めた。
「んなことしねえよ。今のはダメもとで聞いてみただけさ。それよりも、お互いにリスクのない
何となく予想はしていたし、実際、その反応で十分な収穫だった。
新聞屋は新聞屋で、散々
「まあ、確かに前よりは大人になってるみたいで安心したぜ。……最近起こったこと。そうだな……。」
「意味不明な暗号とか、俺を名指ししてるような事件が起きてねえかって思ってさ。」
「……そういやあるな。多分、ドンピシャだぜ。お前の気分を一瞬で
「どんな。」
俺は別の露店で買ったホットコーヒーをグランズに渡しながら話の続きを
「その前にお前、この間のお嬢ちゃんはどうした。一緒じゃないのか?」
「……故郷に帰してやったさ。それがどうしたってんだ。」
言いながら、大体の話の流れが見えてきていた。その犯人の目星も。
「『辻斬り』だ。」
「『辻斬り』?」
「ああ、実際には『辻斬り』なんて
通称、「スラム街の切り裂き魔」。被害件数は全部で27件。暴行から殺人未遂までが9件。
五体バラバラや身体を真っ二つ。さらには顔を切り
もちろん、その18人は全員死んでいる。
「スラム街の」というのは起きた場所ではなく、目撃者による犯人の小汚い
「ちょっとした
俺からすれば殺人者はみんな狂ってる。
「それで?それのどこが俺と関係してんだ?」
新聞屋はコーヒーを
「お前、今この町で一番の流行語が何か知ってるか?」
「……いいや。」
答えると、新聞屋は俺に一面記事を突き付けながら底意地の悪い声で言った。
「『
そこには新聞屋の吐いた言葉と、被害者の
「その18人の被害者ってのはもしかして……。」
「ご
俺は新聞屋の
「ソイツが現れ始めたのは『アーク襲撃』直後。現れるのは決まって深夜。ホシの人相をハッキリと見たヤツはいないが、ボロボロのトレンチにグレーのハンチング帽のホームレス……。まあ、早い話が今の俺と同じような
新聞屋は笑いながら自分のコートを
「あとは右手から巨大な刃物が
昼が近付き、視界に入る人の数が
「警察はなんか対策打ってんのか?」
「いいや。それなりに頑張ってるらしいけどよ。実質、お手上げ状態らしいぜ。」
「……アンタこそ、やけに口元が
すると、職人気質の強い新聞屋にしては珍しく、仕事中に大声で笑い出した。
「いやなに。ちょっとした
「それだけの言い訳のためにアンタがそんな爆笑するかよ。」
「まぁ、そういうことにしておけよ。とにかく嘘は言ってねえからよ。」
新聞屋は
「探してんなら逆に動かねえ方がいい。変態ってのは鼻が
クックックと肩を揺らしながら、新聞屋は押し寄せてくる人ごみの中に飲み込まれていった。
――――今夜にも、動きはある。
そう思ったのはあの新聞屋に忠告されたからというわけでもなく、日が暮れていくに従って鉄の臭いがやたらと俺の鼻に
「エルク……」
俺が戻ってきてからというもの、リーザの表情が重い。多分、俺から例の辻斬りの話を『聞いてしまった』んだろう。
「大丈夫。私も、もう慣れてきたから。」
それは、襲われることにという意味だろうか。それとも、他人を巻き込んでしまうことにだろうか。
どちらにしても、落ち込んでいる今の彼女は「賞金稼ぎ」としても、「エルク・アルノ・ピンガ」としてもどこか居心地が悪い。
すると彼女はツイと顔を持ち上げ――――、
――――彼女と目が合う
当然のごとく、俺の想いは彼女に『聞かれている』。だからこそ、何も言わずに彼女は真っ直ぐに俺の下へやって来る。
俺は俺で、『
『
「私、エルクだけは信じてる。」
静かに、俺にだけ聞こえる声で彼女は言う。
少し日焼けした金髪に鼻先を埋めると、まだあの
俺もまた、言葉ではなく彼女を優しく抱きしめることで返事をした。彼女が次に口にする言葉を受け止める覚悟をするために。彼女は「被害者」だということを忘れないために。
「でも、もうダメかもしれない。もう、誰かを『護る』自信がない。」
彼女の言葉は
事実、俺よりもお互いを理解しあっているはずのパンディットでさえ、つい先日、彼女に命を『
俺も自分の『炎』を制御しているなんて言い切れないけど。彼女の場合、『魔女』に頼るほどに彼女は『ソレ』に支配されている
生まれながらに強い力を持つ『魔女』は身の回りの
それももう、「限界だ」リーザはそう言っているのだ。
そしてどうしてだか俺は『魔女』の遊び相手に選ばれる様子がない。今まではそれもまた彼女のお
「多分、今度こそ、私はリアちゃんもシュウさんも殺してしまうわ。」
「心配すんな。そん時は俺がなんとかしてやるから。」
「……うん。」
とは言ってみたものの、どうしたら良いのか見当もつかない。
彼女の中から『魔女』を消す方法があるなら、今頃俺は『赤い悪夢』に悩んだりしない。黒服は「ヴィルマーの薬」がどうのこうのと言っていたが、リーザはそれを
もしかするとリーザは俺と違って『魔女』を追い出そうとは思ってはいないのかもしれない。
……じゃあ、何をしたら……。
口先だけだってことは彼女も見抜いてる。でも、言葉にしなきゃ俺の決意が鈍ってしまう。……とにかく、俺は彼女の
彼女の傍に――――、
「……迷惑かけて、ごめんね。」
「何度も言わせんなよ。約束だろ?」
「……うん。」
ただ、
そうして夜も深まり出歩く人影もまばらになり始める頃、俺は物静かな、しかし血の気の多い足音に目を覚ます。
「……リーザ、起きてるか?」
「うん」短い返事を聞き届けると俺は扉横に張り付き、訪問者を迎え撃つ準備を整える。すると、
「窓の外からも来てる。」
挟み撃ちか。素早く窓側に移動し、気配を探るが相手は
「リーザは扉側を頼めるか?」彼女の『耳』に
リーザには今回もハンドガンとククリを持たせてある。結局のところ、実際の戦闘で使わせたことはないが、彼女の持ち前の運動神経があれば『力』なしでも少しは持ちこたえてくれるはずだ。本調子のパンディットもいる。問題ない。
効果があるかどうか疑問だが、少しでも相手のリズムを狂わせられればと思い、俺は窓にピアノ線を張り巡らせる。
そうこうしていると、鍵のかかった扉が無理矢理こじ開けられる。
「お迎えだ。エルク、リーザ。」
言うが早いか。パンディットは物陰から侵入者の一人に襲い掛かり、リーザもまた発砲する。
「クソッ。」
二人の奇襲を受け、扉側の連中は完全に混乱している。どうやら格下のようだ。いつもの『力』や統率力に欠けている。黒のスーツを着てはいるが、あの黒服の仲間かどうかも怪しい。
窓側から来ているらしい奴も一向に現れる気配がな――――
「危ないっ!!」
今回も、いち早く反応したのはリーザとパンディットだった。俺もどうにか難を逃れたが、身内らしい扉側の一人が肩から腰にかけて真っ二つに切り裂かれていた。
状況が目まぐるしく変化する。
騒ぎに
するとその猟奇的なホームレスは唐突に、質の悪い変声機のような、
「……会いたかったぜ、エルクコワラピュール。」
――――エルク…、コワラピュール?
小汚いグレーのハンチングがつくる影に
俺はその瞳の色に、見覚えがあった。
『赤い森』に置き去りにした金髪の彼女によく似ていた。
※強太い(しぶとい)
完全な当て字でございます。
※グランズ・ポルト・ハディナとバスコフ・ディル・マドゥナ
いつものことですが、気分で名前を付けているだけなので、憶える必要は全くありません。
二人は以前にも「金髪の少女 その四」で登場しています。
ちなみに、グランズはゲーム中にも登場している名前です。ゲーム中ではプロディアスギルドにいて、エルクのことを「兄キ」などと呼んでいるどう見ても中年のハゲです(笑)
※アデネシア
原作のブラキア、アリバーシャという国のある大陸の名前。イメージは南米。以下、自己解釈で公式設定ではありません。
現在のアデネシアに仕事は少なく、他の大陸に出稼ぎ、移住するものも少なくない。そのため、アルド大陸(アルディア国のある大陸)のあちこちにグランズのような「さまよえるアデネシア人」がいても不思議に思われることはない。
※アルディコ連邦
インディゴス、プロディアスを含むアルディアという国は公式設定上「アルディコ連邦」と記載されています。
※セピア(sepia)
セピア=イカ墨のこと。ギリシア、スペインやイタリアなど一部の国ではコウイカそのものをも指す。
昔はイカ墨をインクとして使っていたらしいです。粒子が粗く、万年筆を詰まらせてしまうので使われなくなっていきましたが。
そのイカ墨を使って書かれた文字は日光で次第に色褪せていくそうです。そうして現れた茶色に近い色(暗褐色)を現代では「セピア色」と言っているそうなんです。へえーーー(*゚Д゚)φナルホド!!
※ククリ
ナイフの一種です。内側に「くの字」に曲がったもので、