聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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儚き夢々
悪夢たちは彼の後ろ髪を引く その二


――――薬が切れ、辺りの空気の変調が俺の(まぶた)を押し上げる。

 

埃臭(ほこりくさ)い空気の中で俺を一番に出迎えたのは天井から()るされた木製のファンだった。クルクル、クルクルと尻尾を振る犬のように、呑気(のんき)に俺を見下ろしている。

「……無事、みたいだな。」

どうやら敵に売り飛ばされたりはしていないらしい。それどころか。窓から見える風景には思わず(なつ)かしささえ覚えてしまう。

 

そこは、俺もよく知るレストランのオーナーの居住区(きょじゅうく)だった。店の味は悪くないが、足繁(あししげ)く通う客層に(なん)があって常に閑散(かんさん)としていることで有名だ。

「オールドマンは?」

俺たちをここまで運んできた男たちは、俺たちをここへ届けると早々に姿をくらましたらしい。顔見知りのオーナーに尋ねてみても「行っちまったよ」の一言だけで行き先も目的も教えてはくれなかった。

ただ、オーナーにはそれなりの説明をしてくれているらしく、パンディットも「客」として扱ってくれていた。

「……おはよう。……ここは?」

ほどなくして、彼女も目を覚ます。回復力の高い彼女にしては遅い目覚めだ。

「ここか?ここはインディゴス(いち)金儲(かねもう)けに興味のないレストランさ。」

少しも変わらない陰気(いんき)な故郷は俺に冗談を言わせてくれるだけの安心感をくれた。

「やっと、ここまで戻って来たんだよ。」

俺たちはひどい遠回りをしてようやく、「初めて出会ったあの晩(ふりだし)」に戻ってきていた。

 

彼女は目を覚ましても「心此処(ここ)にあらず」といった表情をしていた。聞いてみると、どうやら体調を崩しているらしい。使った「睡眠薬」との相性が良くなかったのかもしれない。

俺は彼女をシュウの部屋に置き、買い出しも()ねて今の状況を把握するために「()()()」を探すことにした。そして、付き合いの長いソイツを見つけるのにそう時間は掛からなかった。

「……正直、二度とそのツラを拝むことはねえと思ってたぜ。」

「その辺のヤワな害虫より何倍も強太(しぶと)いんだよ。俺は。」

ソイツは(さび)れた公園のベンチに腰掛け、新聞と軽食を(かく)(みの)に辺りを観察していた。

不意に現れた俺と目が合ってもすぐに無関心を(よそお)い視線を()らすその自然な仕草はさすがと言うべきか。

「お前、ギルド()には寄ったのか?」

グランズ・ポルト・ハディナ。色黒で()りの深い顔立ちから、「さまよえるアデネシア人」とも呼ばれるコイツはインディゴスギルドお(かか)えの情報屋だ。

「いいや。説教を聞かされるのが目に見えてるしな。」

グランズは大きく溜め息を()くと、「それが正解だぜ」とボヤキながら草臥(くたび)れた帽子を目深(まぶか)(かぶ)り直した。

「お前が派手にこの町を出て行った後、お前に賞金を()けた依頼主が来て店を散々けなしていったんだ。そんでもってオヤジは今、かなりご立腹ってわけだ。お前の顔を見ようもんなら問答無用でそのドテッ腹に風穴を開けてくれただろうよ。」

グランズの言う「オヤジ」、バスコフは、ギルドの窓口で(いか)めしい顔と言動でもって新人や依頼人たちをビビらせる、まさにそのポジションが天職のようなオッサンだ。

言動とは裏腹に、普段ほとんど腹を立てないヤツなんだが。そのオヤジがお(かんむり)ってことはそうとうな(なじ)られ方をされたんだろう。

 

「その様子だと、俺の首に懸かった賞金は()ろされたって思ってもイイんだよな?」

俺がリーザと出会った直後、インディゴスでは俺に高額な賞金が懸けられていた。だが、どうにかこうにか追手を()き、プロディアスまで逃げ込むことに成功する。

それに一役買ってくれたのが、オヤジ(バスコフ)だったりする。そんな俺が舞い戻ってきたってのに、関係者(グランズ)も町の同業者も驚いてばかりで「仕事の目」にならねえのは、そういうことなんじゃねえかと期待できた。そしてその期待は当然のように叶えられる。

「まあな。だが用心しろよ。依頼人(ソイツ)の顔を(じか)に見たが、ありゃあ狂ってる側の人間だ。油断してると次の瞬間にはその辺のヤワな害虫のエサになってるなんてことにもなりかねねえぜ?」

「狂ってるのはお互い様だけどな。」

紙面(しめん)から目を逸らさず他人のフリで通していたグランズも、余裕の表情を崩そうとしない俺を見て(あき)れてしまったらしい。溜め息を吐きながら新聞を(たた)み始めた。

「いつものことだけどよ。お前、ちょっとハデにやり過ぎなんだよ。」

「これでも昔よりは自重(じちょう)してる方なんだけどな。」

昔、といっても2、3年前のことだ。『力』をある程度コントロールできるようになった俺は天狗(てんぐ)になり、片っ端から危険な仕事を(こな)していた。そうして付いた二つ名が『炎使い』だ。

だが当然、そんな青臭いガキがいつまでものさばれる程この仕事は甘っちょろくない。

俺は一つの怪事件で多くの負傷者を出してしまう。さらには仕事も未解決のまま放棄せざる()えない状況にまで追い込まれてしまう。結果、ギルドからしばらくの間、仕事の制限を掛けられてしまったんだ。

「下水道掃除」なんて嫌味を言われるのはその名残(なご)りだ。

 

「……それで結局、お前の用件って何なんだ?まさか、身の安全を確認するためだけに俺を探したわけじゃないんだろ?」

仕事のポイントを変えるらしい。立ち上がり、(あご)で俺に催促(さいそく)してきた。

「依頼主の情報が欲しいんだ。」

「……そんなところだろうとは思ってたけどよ。それで、見返りは?」

グランズは露店(ろてん)で二人分のホットドッグを買い、その一つを俺に寄越(よこ)してきた。どうやら真面目に俺の話を聞いてくれるらしい。

「分かっちゃいると思うが、相手は俺たちに圧力をかけられるような大物(デカブツ)だ。テメエの口座全部潰したって買えるようなもんじゃねえぞ。」

 

「賞金稼ぎ」という組織は、立ち上げこそ公的機関が(たずさ)わっていたらしいが、だからといって「賞金稼ぎ」もまた公的機関に(ぞく)しているという訳ではない。

「『国の治安を護ることが専門の警察』があるなら『人の平穏を護ることを専門にした組織』があっても良いのではないか」というのが創設者の言葉らしい。

さらに「国」という後ろ盾を持つ警察に対し、賞金稼ぎは「世界」という規模を(ゆう)している。

ここアルディコ連邦で生まれた賞金稼ぎという機関は今や世界中に拡散している。そしてその全ては、どこの国にも属していない。世界中の賞金稼ぎが一個の組織として機能している。それはつまり、ギルドがその気になれば世界中の賞金稼ぎを動員(どういん)することができるってことだ。

世界的に不景気な今の世の中、軍に所属するよりも実力主義だが賞金稼ぎをしていた方が圧倒的に稼ぎが良い。そういう意味で賞金稼ぎの人口は一個の国にも引けを取らない。また、創設当初こそチームプレーを苦手にしていた俺たちだが、今では暗黙のルールのようなものが俺たちの間に生まれ、どんなチームでもある程度の成果を上げられるくらいに成長した。

非現実的な話ではあるが、戦争をしてまず勝てる国は存在しないと言われている。

だが、そんな無法集団にはお決まりの致命的な弱点がある。それは、「ギルド()」が「ハンター()」を完全に統括(とうかつ)していないことだ。

ギルド()」がいくら依頼を出しても「ハンター()」が動かないこともある。しかし、それはそれで現地の人間と触れ合う彼らの義理や人情が依頼の不当性を食い止める役目として機能しているらしい。

これらの要素が掛け合って初めて「賞金稼ぎ」という組織は、国境を(もう)けず、その大小を問わず「人の持つ問題を解決する組織」として活動することができている。

 

つまり、この未知数な巨大組織に圧力をかけるってのは、一国家規模以上の力を持った人物にしかできない芸当ってことだ。

そして、そんな真似(まね)ができる人間なんてのはこの世に10人もいない。……そいつが人間であればの話だが。

「だろうな。じゃあ、いいわ。」

「あ?」

「別にイイって言ってんだよ。その代わり、ここ最近で何か変わったことが起きてねえか教えてくれよ。」

「……お前、俺をハメようとしてんじゃねえだろうな。」

話し始めて初めて、新聞屋は「仕事の目付き」で俺を疑い始めた。

「んなことしねえよ。今のはダメもとで聞いてみただけさ。それよりも、お互いにリスクのない()()りをした方が()()だろ?」

何となく予想はしていたし、実際、その反応で十分な収穫だった。

新聞屋は新聞屋で、散々(きた)えられたその「目」で(もっ)て俺に嘘がないと分かると肩すかしを喰らったというように溜め息を吐いた。

「まあ、確かに前よりは大人になってるみたいで安心したぜ。……最近起こったこと。そうだな……。」

「意味不明な暗号とか、俺を名指ししてるような事件が起きてねえかって思ってさ。」

「……そういやあるな。多分、ドンピシャだぜ。お前の気分を一瞬で胸糞(むなくそ)悪くさせられる話だがな。」

「どんな。」

俺は別の露店で買ったホットコーヒーをグランズに渡しながら話の続きを(うなが)した。

「その前にお前、この間のお嬢ちゃんはどうした。一緒じゃないのか?」

「……故郷に帰してやったさ。それがどうしたってんだ。」

言いながら、大体の話の流れが見えてきていた。その犯人の目星も。

 

「『辻斬り』だ。」

「『辻斬り』?」

「ああ、実際には『辻斬り』なんて生易(なまやさ)しいもんじゃねえんだけどな。」

通称、「スラム街の切り裂き魔」。被害件数は全部で27件。暴行から殺人未遂までが9件。()()が18件。その18人の内訳(うちわけ)は確かに俺の気分を悪くさせた。

五体バラバラや身体を真っ二つ。さらには顔を切り(きざ)まれ、原型も分からなくなるくらいに分解されているものもあるらしい。

もちろん、その18人は全員死んでいる。

「スラム街の」というのは起きた場所ではなく、目撃者による犯人の小汚い()()ちを指して付けられたものらしい。

「ちょっとした猟奇(りょうき)殺人だな。」

俺からすれば殺人者はみんな狂ってる。

「それで?それのどこが俺と関係してんだ?」

新聞屋はコーヒーを(すす)りながら折り畳んだ新聞に目を走らせた。

「お前、今この町で一番の流行語が何か知ってるか?」

「……いいや。」

答えると、新聞屋は俺に一面記事を突き付けながら底意地の悪い声で言った。

「『金髪(ブロンド)の羊』ってやつさ。意味、分かるか?」

そこには新聞屋の吐いた言葉と、被害者の無残(むざん)な死に様が詳細に()せられていた。

「その18人の被害者ってのはもしかして……。」

「ご明察(めいさつ)。もっとも、肝心(かんじん)のお嬢ちゃんが()()()()()()となると話がややこしくはなるかもしれんがな。」

俺は新聞屋の詮索(せんさく)を無視し、事件の詳細を追及(ついきゅう)した。

「ソイツが現れ始めたのは『アーク襲撃』直後。現れるのは決まって深夜。ホシの人相をハッキリと見たヤツはいないが、ボロボロのトレンチにグレーのハンチング帽のホームレス……。まあ、早い話が今の俺と同じような恰好(かっこう)をしてるって訳だ。違う点といやゴミみたいな臭いがするってことぐらいか。」

新聞屋は笑いながら自分のコートを()いで見せた。

「あとは右手から巨大な刃物が()()()()って話も聞くが、俺はこの町でそんな目立つ野郎を見かけたことなんかないね。」

昼が近付き、視界に入る人の数が徐々(じょじょ)に増えてくる。

「警察はなんか対策打ってんのか?」

「いいや。それなりに頑張ってるらしいけどよ。実質、お手上げ状態らしいぜ。」

「……アンタこそ、やけに口元が(ゆる)いけど、俺を揶揄(からか)ってやしてねえだろうな?」

すると、職人気質の強い新聞屋にしては珍しく、仕事中に大声で笑い出した。

「いやなに。ちょっとした()()()さ。それに、俺のいきつけの店にゃ金髪の女が多くてな。俺は仕事に私情を挟むような野郎ってだけさ。」

「それだけの言い訳のためにアンタがそんな爆笑するかよ。」

「まぁ、そういうことにしておけよ。とにかく嘘は言ってねえからよ。」

新聞屋は()()()()()()()()()()()を直すと、去り際に新聞の角を俺の首に突き付けて不敵に笑った。

「探してんなら逆に動かねえ方がいい。変態ってのは鼻が()くと相場が決まってるからな。そういう意味じゃ、次の犠牲者は俺かもしれねえがな。」

クックックと肩を揺らしながら、新聞屋は押し寄せてくる人ごみの中に飲み込まれていった。

 

 

――――今夜にも、動きはある。

そう思ったのはあの新聞屋に忠告されたからというわけでもなく、日が暮れていくに従って鉄の臭いがやたらと俺の鼻に(から)み付いてくるからだ。

 

「エルク……」

俺が戻ってきてからというもの、リーザの表情が重い。多分、俺から例の辻斬りの話を『聞いてしまった』んだろう。

「大丈夫。私も、もう慣れてきたから。」

それは、襲われることにという意味だろうか。それとも、他人を巻き込んでしまうことにだろうか。

どちらにしても、落ち込んでいる今の彼女は「賞金稼ぎ」としても、「エルク・アルノ・ピンガ」としてもどこか居心地が悪い。

すると彼女はツイと顔を持ち上げ――――、

 

――――彼女と目が合う

 

当然のごとく、俺の想いは彼女に『聞かれている』。だからこそ、何も言わずに彼女は真っ直ぐに俺の下へやって来る。

俺は俺で、『(のぞ)かれる』ことにスッカリ慣れてしまっていた……というか、彼女だから許せているのかもしれない。何か言いたげな彼女を黙って見守っていられるくらいに。

()()()()()』俺の背中にソッと手を回し、彼女は俺の胸に顔を(うず)める。

「私、エルクだけは信じてる。」

静かに、俺にだけ聞こえる声で彼女は言う。

少し日焼けした金髪に鼻先を埋めると、まだあの常夏(とこなつ)の島の余韻(よいん)があった。……まだ、()()っていた。

俺もまた、言葉ではなく彼女を優しく抱きしめることで返事をした。彼女が次に口にする言葉を受け止める覚悟をするために。彼女は「被害者」だということを忘れないために。

「でも、もうダメかもしれない。もう、誰かを『護る』自信がない。」

彼女の言葉は(しん)(せま)っていた。

事実、俺よりもお互いを理解しあっているはずのパンディットでさえ、つい先日、彼女に命を『(もてあそ)ばれていた』。

俺も自分の『炎』を制御しているなんて言い切れないけど。彼女の場合、『魔女』に頼るほどに彼女は『ソレ』に支配されている(ふし)がある。

生まれながらに強い力を持つ『魔女』は身の回りの生き物(オモチャ)で加減して遊ぶということを知らない。今は(かろ)うじて彼女が彼らの命を(つな)ぎ止めている。そういった構図になっているのかもしれない。

それももう、「限界だ」リーザはそう言っているのだ。

そしてどうしてだか俺は『魔女』の遊び相手に選ばれる様子がない。今まではそれもまた彼女のお(かげ)なのかもしれないとも思っていたが、それが「信じている」という言葉に繋がっているように思えなくもない。

 

「多分、今度こそ、私はリアちゃんもシュウさんも殺してしまうわ。」

「心配すんな。そん時は俺がなんとかしてやるから。」

「……うん。」

とは言ってみたものの、どうしたら良いのか見当もつかない。

彼女の中から『魔女』を消す方法があるなら、今頃俺は『赤い悪夢』に悩んだりしない。黒服は「ヴィルマーの薬」がどうのこうのと言っていたが、リーザはそれを(こば)んだ。

もしかするとリーザは俺と違って『魔女』を追い出そうとは思ってはいないのかもしれない。

……じゃあ、何をしたら……。

口先だけだってことは彼女も見抜いてる。でも、言葉にしなきゃ俺の決意が鈍ってしまう。……とにかく、俺は彼女の(そば)を離れない。それだけは曲げられない。

彼女の傍に――――、

「……迷惑かけて、ごめんね。」

「何度も言わせんなよ。約束だろ?」

「……うん。」

ただ、(いと)おしく。ただ、切なく。

 

 

そうして夜も深まり出歩く人影もまばらになり始める頃、俺は物静かな、しかし血の気の多い足音に目を覚ます。

「……リーザ、起きてるか?」

「うん」短い返事を聞き届けると俺は扉横に張り付き、訪問者を迎え撃つ準備を整える。すると、模範的(もはんてき)な動きをする俺に彼女が警告を発した。

「窓の外からも来てる。」

挟み撃ちか。素早く窓側に移動し、気配を探るが相手は玄人(くろうと)よろしくハッキリと(つか)ませてはくれない。それでも複数じゃないってことだけは分かる。単独だ。対して扉側は複数。4、5人。おそらく窓側が本命だ。

「リーザは扉側を頼めるか?」彼女の『耳』に(ささや)くと彼女は無言で(うなず)いた。

リーザには今回もハンドガンとククリを持たせてある。結局のところ、実際の戦闘で使わせたことはないが、彼女の持ち前の運動神経があれば『力』なしでも少しは持ちこたえてくれるはずだ。本調子のパンディットもいる。問題ない。

効果があるかどうか疑問だが、少しでも相手のリズムを狂わせられればと思い、俺は窓にピアノ線を張り巡らせる。

 

そうこうしていると、鍵のかかった扉が無理矢理こじ開けられる。

「お迎えだ。エルク、リーザ。」

言うが早いか。パンディットは物陰から侵入者の一人に襲い掛かり、リーザもまた発砲する。

「クソッ。」

二人の奇襲を受け、扉側の連中は完全に混乱している。どうやら格下のようだ。いつもの『力』や統率力に欠けている。黒のスーツを着てはいるが、あの黒服の仲間かどうかも怪しい。

窓側から来ているらしい奴も一向に現れる気配がな――――

「危ないっ!!」

今回も、いち早く反応したのはリーザとパンディットだった。俺もどうにか難を逃れたが、身内らしい扉側の一人が肩から腰にかけて真っ二つに切り裂かれていた。

状況が目まぐるしく変化する。

 

騒ぎに(じょう)じて一人の男が窓から堂々と上がり込む。いかにも汚らしい恰好をした男だ。

するとその猟奇的なホームレスは唐突に、質の悪い変声機のような、耳障(みみざわ)りな声で身に覚えのない人間の名前を口にする。

「……会いたかったぜ、エルクコワラピュール。」

 

――――エルク…、コワラピュール?

 

小汚いグレーのハンチングがつくる影に(ひそ)む男の瞳。

俺はその瞳の色に、見覚えがあった。

『赤い森』に置き去りにした金髪の彼女によく似ていた。




※強太い(しぶとい)
完全な当て字でございます。

※グランズ・ポルト・ハディナとバスコフ・ディル・マドゥナ
いつものことですが、気分で名前を付けているだけなので、憶える必要は全くありません。
二人は以前にも「金髪の少女 その四」で登場しています。

ちなみに、グランズはゲーム中にも登場している名前です。ゲーム中ではプロディアスギルドにいて、エルクのことを「兄キ」などと呼んでいるどう見ても中年のハゲです(笑)

※アデネシア
原作のブラキア、アリバーシャという国のある大陸の名前。イメージは南米。以下、自己解釈で公式設定ではありません。
現在のアデネシアに仕事は少なく、他の大陸に出稼ぎ、移住するものも少なくない。そのため、アルド大陸(アルディア国のある大陸)のあちこちにグランズのような「さまよえるアデネシア人」がいても不思議に思われることはない。

※アルディコ連邦
インディゴス、プロディアスを含むアルディアという国は公式設定上「アルディコ連邦」と記載されています。

※セピア(sepia)
セピア=イカ墨のこと。ギリシア、スペインやイタリアなど一部の国ではコウイカそのものをも指す。

昔はイカ墨をインクとして使っていたらしいです。粒子が粗く、万年筆を詰まらせてしまうので使われなくなっていきましたが。
そのイカ墨を使って書かれた文字は日光で次第に色褪せていくそうです。そうして現れた茶色に近い色(暗褐色)を現代では「セピア色」と言っているそうなんです。へえーーー(*゚Д゚)φナルホド!!

※ククリ
ナイフの一種です。内側に「くの字」に曲がったもので、(なた)と同じような扱い方をします。

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