出発は21時。例の置き手紙の指定より3時間の余裕がある。まずまずの開きだ。
シュウに伝言を残しておきたいところだが、余計なことをして敵に
それに、シュウなら俺の突発的な行動にも対応してくれる。アパートに帰ってこなかったことは気に掛かるが、期待するしかない。
それにしても、リーザは思った以上に機転が利く。能力のおかげというところもあるかもしれないが、その分、相手を先読むことに専念することができるようだった。
町の逃げ方、町の外での逃げ方も準備をしながら言葉で説明しただけなのだが、彼女の場合、俺のイメージも一緒に見ているのだろう。飲み込みも早い。
なんだか良い後輩ができた気分になった。
「あんまり買いかぶらないでね。私、こんな物使ったことないし、そこは期待しないで欲しいの。」
リーザのために小振りのナイフを用意した。
「大丈夫、それはあくまで最悪の状況の時にだけ使えばいい。むしろ、戦闘になったら俺の、もしくはパンディットのそばを離れないように気をつけてもらえばいい。」
「うん。」
リーザは思い詰めた顔で頷いた。
移動はシュウの車を借りる。車を使えば待ち伏せを受ける確率も高まるが、徒歩で重い荷物を持った状態で戦闘が始まったなら間違いなく荷物は放棄しなきゃならなくなる。だから荷物は最低限に、移動時間はできるだけ短縮したい。
それに、もしも相手が俺たちを空港に近づけるのが目的なら目立った足止めもないはず。どちらにとっても無駄な労力ってやつだ。
何もなければ半日で目的地に到着できる。
「一応、万が一に備えて2日分の食糧は渡しておくが、4日目までは耐えてくれ。もしも襲撃があってもその期間内であれば、途中、町や民家を見つけても入らないようにする。だから
その
「とにかくプロディアスを目指すことだけ考えてくれ。」
「うん。」
各々、背負う荷物は約10kg、それが最善で最低限の荷物になった。
「それじゃあ、覚悟はいいな。」
「うん。」
例の置き手紙が同じ組織の連中であろうと、なかろうと、おそらく
だったら町を出るまではあまりコソコソ動く必要もないだろう。目立たないように動けるのは大歓迎だ。
ところが、奴らは余程俺をバカにしたいらしい。
俺たちがガレージの車に乗り込み、エンジンをかけたところで、「エルク!」リーザが警戒の声を上げた。おいおい、いくらなんでも早すぎるだろ。逃がす気がないのか?
「飛ばすぞ!」
アクセルを思いきり踏み込み、ガレージを飛び出す。背後から追いかけて来るのはボンヤリと姿形のハッキリしない
「
化け物の中でアレほど面倒な奴はいない。物理的な攻撃ができないうえに、精神攻撃を仕掛けてくる。敵を恐れない上に、奴らには障害物や陸海空といった進路妨害は無意味。
俺たちはなんとかなっても、一般人は無防備だ。
「なるほどな。ギルドの依頼は囮か。」
町の人間を盾にして嫌でも俺たちとやり合いたいらしい。時間稼ぎか、本気なのかは分かんねえが。
「わざわざこっちが出向いてやろうってんのに、よっぽど短気らしいな。」
だったら、やってやろうじゃねえか。
なんて言うかよ、バカ野郎!!
「リーザ、どこかに操ってる奴がいるはずだ。位置が分かれば教えてくれ!」
ハンドルを切りながら3本の照明弾を赤、赤、白の順であげる。
この時間、町の出口までの通路を
「まさか
奴らに『意思』はない。つまり
「俺、これ使うの苦手なんだけどな。」
安全装置を外し、アクセルを強めに踏む。
数分後、聞き慣れた
「さすが、よく訓練させてやがる。」
ノロマな
「エルク、あの笛は?」
「警官隊だ。」
「大丈夫なの?」
「ああ、さっきの信号を見て出てきたんなら、アイツらなりの対策は……って、俺の心、読んでねえのか?」
力が弱まったのか?
「ううん。犯人探してたし、ちょっと考え事もしてたし、エルク、
「ふーん。」
それなりに弱点はあるのか。
「それで、操ってる奴、近くにいそうか?」
「まだ遠くてボンヤリとだけど、たぶん、あそこにいると思うわ。」
そう言ってリーザが指差した場所は、町に隣り合う廃墟だった。
どうするか……。いいや、迷ってる暇はねえ。あの
2本の照明弾。どちらも赤、1本を真上に、間を置いて1本を廃墟の方角へと打った。
ほどなくして喧騒が指し示した方向に移動した。と同時に周囲から感じていた奇妙な気配も消えた。どうやら相手も逃げたらしい。『お遊びはここまで……』ってか。
「都会の人たちって凄いのね。」
今度はキチンと心を読んだらしいリーザは感心するように言った。
「まあ、こういうことにはいい加減慣れちまったって言った方が良いのかな。」
誇れるのかどうかは分からず、苦笑いでごまかした。
だが、面倒事はまだまだ終わらなかった。
「まあ、ここまで来たら簡単には通してくれねえよな。」
町の出口に黒服の男たちが車を盾に待ち構えていた。ただ、ここまで
このまま突っ切ろうとアクセルを踏み込むその瞬間だった。
「エルク、危ない!」
俺もリーザも同時に反応した。同時じゃなかったら
車から身を投げ出し、受け身をとってすぐに周囲を見渡す。
運転席から真っ二つになった車。車から転げ落ちるリーザ、リーザのクッションとして先回りするパンディット。迫ってくる黒服たち。
「なんだってんだ!」
とっさに銃で
「走れるか?」
「大丈夫。」
黒服が応戦しようと懐に手を伸ばしたその時、驚異的な反射神経で10人余りの黒服たちを
「……あの化け物。」
足を噛み砕き、蹴り飛ばして腕を折る。銃弾を
空港での動きといい、コイツの強さには俺さえも背筋が寒くなるものがある。
「パンディットが時間を稼いでくれるって。だから先に進もう。」
「お、おう。」
リーザはすでに車から荷物を回収してきていた。リーザといい、化け物といい、状況判断の早さには恐れ入る。どっちがプロか分からなくなってくる。
振り返った時にはすでに黒服たちは全滅していた。
そうして、俺たちは無事にインディゴスを抜け出すことに成功した。