聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

77 / 236
孤島に眠る従者 その十三

遺跡の中は不気味なほどに開けていた。少なく見積もっても、社交ダンスのホールとして使っても余裕がある。

当然だが明り取りのための窓などない。ならば本来、夜よりも深い闇で閉ざされた場所になるはずのそこにはまるで神話をモチーフにしたような――――誰のためとも知れない――――薄明かりが等間隔(とうかんかく)(とも)っていた。

そして、それらを背後に従え、俺たちを出迎えたのは例の「監視者」と命名された悪魔(ガーゴイル)の石像。

俺には台座に書かれた文字なんて読めないが、眉間に皺の寄った(いかめ)しい悪魔の(ツラ)は、侵入者への「警告」を十二分に伝えていた。

「怖いくらい静かね。」

(つぶや)く彼女は、俺の手を握る手に力を込めた。

 

彼女の言うように、そこは幻想的な明かりに(そそのか)されでもしたかのように不自然に物音に(とぼ)しかった。

そこかしこで石壁から(したた)る水の音がチョロチョロと耳につく。だがむしろ、その(かす)かな音が際立(きわだ)つほどに何も聞こえない。

 

(かろ)うじて足元を確認できる程度に光る鬼火(ウィスプ)たちは、飛行場の誘導灯(ゆうどうとう)のように、()()()()()()()()()へと手招(てまね)きでもするように、薄っすらと明滅(めいめつ)していた。

「明かりの出元(でもと)はこれか。」

「監視者」の視線に気を配りつつ、ウィスプの一つに近付いてみる。

降り積もったばかりの新雪(しんせつ)や、ベテランのサンタクロースが(たくわ)えた(ひげ)よりもよっぽど白いそれは、(まばゆ)いほどの白さの石材でできた(ひつぎ)だった。

それらはまるで、それ自体が生きているかのように何の支えもなく自立している。まるで、闇の中に(たたず)む雪男のようだ。

「これ……、光ってんのか?」

近付いてみると、暗闇の中に立っている時には光っているように見えたそれらはただただ、闇の中にあってなお(かげ)ることを知らない純白の肌を主張しているだけのようにも見えた。

 

「この中にあの人たちが入ってたってのね。」

歩き回ってみると、このフロアの棺の口は全て開いていた。どうやら昨日一昨日、俺たちが倒した連中がこの中に入っていたんだろう。

墓守(はかもり)たちの入っていた棺はほの白く光り、中に持ち主の(のこ)()はない。

残された棺には襲ってきた宿主たちのような悪意は感じられず、むしろ神秘的な印象を臭わせる。てっきり遺跡の毒ガスの正体は、腐った墓守たちの寝床に溜まる肉片か何かが化学変化の温床(おんしょう)になっているものだと思っていたが、そうでもないらしい。

 

……っといけねえ、いけねえ。

未知に()ぐ未知で満たされた世界に踏み入れてしまった好奇心が、ついつい周囲への警戒を(おろそ)かにしてしまう。

「エルク、見て。階段だわ。」

山育ちの彼女は俺よりも先に明かりの先にあるものを嗅ぎ分けていた。

「どうする?」

まだフロア全体を見回ってない。万全を期すなら1フロア、1フロア図面を頭に叩き込むくらい丁寧(ていねい)に見ていくべきなんだろうが、(いま)だに目標までの距離が分かっていないし、できることなら日没までに村には戻っていたい。何度も往復する時間的余裕もない。

「進もう。」

半端(はんぱ)な仕事はかえって危険だってことは重々(じゅうじゅう)承知(しょうち)してるけど、ザッと見た感じでは、まだまだ「撤退(てったい)」を選ぶほどの危険はないように思える。目的云々(うんぬん)よりも、今の段階でどこまで進めるか確認しておく方が得策に思えた。

 

だが俺の心配を余所(よそ)に、一つ下の階層も特に俺たちを追い込むようなものは現れなかった。

「……なんだか妙だな。」

「どうしたの?」

明らかに石像の数が少ない。俺たちが見かけたのは精々入り口付近の2体くらいだ。オッサンの話じゃあ、10体以上はいてもオカシクないニュアンスだったんだが。

それに――――、

「空気が、キレイだと思わねえか?」

「……そういうえば、そうかも。」

俺たちは簡易(かんい)のガスマスクを着けているが、サイズのないパンディットの分はない。少しでも体調に変化を感じたら引き返すように言ってあるが、そんな兆候(ちょうこう)微塵(みじん)も感じられない。

試しにマスクを外してみると、やはり中の空気はかなり澄んでいた。なんなら湿度の高い(ユド)よりも適度に乾燥していて息がしやすいくらいだ。

「歓迎されてるってことでいいのかな?」

「どうだろうな。」

歓迎される意味も理由も分からない。

俺たちが、墓守が(たば)になっても勝てない相手だから、念には念を入れて奥で確実に仕留(しと)めようと(たくら)んでるって言われた方が何倍も納得がいく。

 

程無(ほどな)くしてまた、下へ続く階段を見つけた。だが……、

下りるまでもなく、今までよりも沢山のウィスプがそこにいるのが(うかが)えた。

「ヤな感じだな。」

ウィスプで(あふ)れかえる墓地(ぼち)を想像して思わずゾッとしてしまう。

「恐いの?」

「……それって、バカにしてんのか?」

「ううん、なんかカワイイなって思っただけ。」

「……やっぱバカにしてんじゃねえか。」

ほんの少しムッとなったが、お陰で全身の力がイイ感じに抜け、笑う余裕もできた。

「じゃあ、行くぜ?」

「うん。」

 

 

…………まるで光の森だ。

これまでのように、壁際(かべぎわ)に等間隔には並んでいない。所狭(ところせま)しと無秩序に林立(りんりつ)している。

そして今度こそ、それ自身が光っていると認識できるくらいに、白銀にも近い石櫃(せきひつ)がフロア一帯(いったい)を満たしていた。

それらは1トンはあろうかという石の(ふた)を固く閉ざし、沈黙を保ってはいるが、ありもしない目や口が俺たちに語り掛けているようにも見えた。

 

「この地を(おか)すことなかれ」……と。

(から)()くように。(うら)めしく。攻撃的に。

 

大人(おとな)しくその言葉に従ったなら、おそらく俺たちは何の妨害(ぼうがい)を受けることもなく無事に地上へと戻れるだろう。

だがもしも、コイツらの「眠り」を(さまた)げるような行動をとったなら、(たちま)ち沈黙は()(はな)たれ、光の中へと()()()まれてしまうに違いない。

この明確な「警告」をするためだけに、俺たちは此処(ここ)()()()()()()()()()()()

 

見えているだけでも20や30は(くだ)らない。俺の『力』も制限されたままだ。なにより、今でこそ煌々(こうこう)と明かりを放ってるヤツらだが、もしもこれが一斉(いっせい)に消えてしまったなら、それこそ恐慌状態(きょうこうじょうたい)(おちい)りかねない。

いくらパンディットが抜きん出て優秀とはいえ、さすがにこの状況で威勢(いせい)のいいことは言えそうにない。そうして、(あきら)め引き返そうとする俺を、(やわ)らかな手が引き止めた。

「エルク、あそこ。何かいる。」

薄暗い景色に目が慣れてしまったせいか。俺には彼女の指差す、森の木々が密集(みっしゅう)する先を見通すことができなかった。

「……人の頭みたいなものが見えるわ。それに……、何か言ってる。」

リーザの様子とこの状況から、それがコイツらの「警告」の原因なんだろうが、この不利(ふり)な状況に(いど)む理由には到底(とうてい)(およ)ばない。

せめて、この「仕掛け」を解除する方法を見つけなきゃ話にならないんだ。

 

――――その時だった

 

「!?リーザ、伏せろッ!!」

馴染(なじ)みのない『火』の臭いが俺の全身に「非常事態」を()()らした。

いち早く反応した狼に押し倒されると同時に、耳をつんざく炸裂音(さくれつおん)と、無数のウィスプたちを焼く閃光(せんこう)が一瞬にしてこの場を埋め尽くした。

「何なんだ!?」

体が焼けるように熱い。狼を押しのけ確認するが、閃光が直撃した(あと)はない。辺りの空気が一瞬にして高温に熱されたんだ。

閃光の残滓(ざんし)が、(またた)く間に消え去っていく。閃光に焼かれた石櫃(ウィスプ)の明かりは完全に沈黙してしまった。すると、思い描いた通りの深黒(しんこく)が俺たちの視界を()(つぶ)しにかかる。

強い光と闇を同時に受けたのが良くなかった。さらには、閉鎖(へいさ)された空間に突如(とつじょ)現れた大音響が反射に反射を重ねるものだから。平衡感覚どころか、立っているのか宙に浮いているのか分からなくなってしまっている。考えもまとまらない。

手を伸ばして触れた野鹿を素早く引き寄せ、混乱が収まるまでその場に小さく、小さく(うずくま)った。

 

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイッ!!

 

考えをまとめられない状況に(あせ)り、返ってあれやこれやと無駄に考えてしまう。

目も耳もイカれてる。今の俺はコウモリの一匹だって対処(たいしょ)できない。そんな状態で、敵の渦中(かちゅう)にいる。黙ってられるはずがない。

一発目の閃光はパンディットが反応してくれたから良かったものの、パンディットも今の攻撃で五感をヤラれたはずだ。二撃目は()けられない。

『力』がッ……。せめて『力』が使えれば。

 

混濁(こんだく)する感覚が、デタラメな情報を次々に流し込んでくる。

自分の身体が何をしているのか分からなくなっていた。彼女を(ふところ)に捕まえているかどうかも分からない。感覚が一つ一つ途切(とぎ)れる(たび)に、不安が一回り、二回りと大きくなっていく。

「……リーザ、いるか?」

「……いるわ。」

理屈(りくつ)は分からないが、辛うじて聞き取れた彼女の声が呼び水になったらしい。これまで俺の命を幾度となく守ってきた商売道具が一つ、また一つと急速にその機能を復活させていく。

「エルク、私はここにいるわ。」

彼女の(ぬく)もりが復活し、ここが天国でないと分かると初めて、俺は鳴り止まない胸を()()ろした。




※墓守=ゲーム中のマミーのことです。

※出元(でもと)
出所(でどころ)の意味で使われていることがありますが、本来、こんな言葉はありませんのであしからず。

※鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)
鬼火は怪談話で定番の、墓地でフワフワと漂っている火の玉(人魂)のことです。

ウィル・オー・ウィスプ(will-o'-the-wisp)はその海外版と思ってもらっていいと思います。
名前の意味は「松明持ちのウィリアム」だそうです。
なんでも、生前悪さをしたウィリアムは死んで地獄行きが決まった時、言葉巧みに神様を騙し、生まれ変わりました。そこでも悪さを働くものだから神様が天国へも地獄へも行けないようにしました。
それを見ていた悪魔が、煉獄を彷徨う彼を憐れんで明かりとして燃える石炭を一つ渡したそうです。
この明かりがウィルオーウィスプの正体なのだとか。

※サンタクロース
ミッキーは言わずもがな。アークの世界に夢の住人がいるかどうかわかりませんが、表現として使いたかったので僕的にはいることにします♪

※期する(きする)
期待や決意。または期限を定めること。

※石櫃(せきひつ)
石でできた棺桶(かんおけ)のことです。

※残滓(ざんし)
取り除かれた後に残っているもの。残りかす。

※深黒(しんこく)
濃い黒。
なんとなく「漆黒」の使用を避けてしまう自分(笑)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。