聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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孤島に眠る従者 その十二

炎と魔女の寝静まる深い夜。彼らの来訪に一喜一憂(いっきいちゆう)する男たちが人目を(しの)び、村外れの小屋に集まっていた。

 

 

「キサマ、わざとリアを遺跡に近付けさせたな?」

恰幅(かっぷく)のいい初老の男が、一回り小柄な丸縁(まるぶち)メガネの男に()()っていた。

「エルクは優秀な賞金稼ぎです。結果がどうであれ、彼の助けは絶対に必要だった――――」

言い終わるよりも早く、初老の男はメガネの男を殴り飛ばしていた。倒れ込む男に馬乗りになり、黙々と殴り続けた。

もう一人、そこには大柄なスキンヘッドの男がいたが、部屋の入り口から外を見遣るばかりで、二人の遣り取りに割って入るような様子は見せない。

「リアは、お前たちには渡さんぞ。」

初老の息は上がり、殴る拳からは血が流れていた。

「……アナタは何のためにあそこを抜け出したんだ。あの腐った悪魔たちを一人残らず、皆殺しにするためでしょう?」

「……」

「僕の息子はもう、この世にいないんだ。アナタのせいで。」

男はずれたメガネを直すこともせず、向けられる視線に(まさ)るとも(おと)らない鋭い眼光を初老に()えていた。

ナイフを突き付けるように(にら)み合ったまま、二人は動かない。

「……五年待った。エルクなら目当てのものを持ち帰ってくれる。連中はまだ勘付いてない。僕たちはこのチャンスに賭けるしかないんです。」

初老の奥歯がギシリと音を立てる。

「アナタの気持ちは分かる。でも、僕らの怒りは収まった訳じゃないんだ。」

「……」

初老の男は無言で立ち上がると、一言も言い返すことなく乱暴に扉を押し開け、夜の闇に消えていった。

「特別な人間なんていない。どこかで、誰かが死んでるんだ。」

スキンヘッドの手を借りて立ち上がる小柄な男は、殴られた頬を(さす)りながら(くや)し涙を(こぼ)していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを持って行け。」

翌朝、目を覚ますと、オッサンは幾つかの薬品と松明(たいまつ)、ヘッドライトなどの一式を用意していた。

「森に入ったらこの小瓶(こびん)(ふた)を開けておけ。獣除(けものよ)けになる。こっちは強心剤だ。中のガスにヤラれた時に使え。(わず)かだが意識を(たも)てるはずだ。だが、ヤラれたと感じたら迷わず出口を目指せ。症状が軽い内ならなんとかなるはずだ。この島に有効な治療法はないからな。悪化してしまえばアウトだと思っておけ。」

「……どうしたんだよ。今朝はバカに親切じゃねえか。」

「……」

何を言い返すでもなく、オッサンは俺をジットリと見遣(みや)る。そして何事もなかったかのように道具の説明を再開した。

「リアにはもう処方(しょほう)してあるが、オマエたちの言う墓守(はかもり)もある種の病原体を持っとる。脳細胞を破壊する(きわ)めて危険なウイルスだ。」

リアはまだ疲れて寝込んでいる。様子を見に行こうとすると、オッサンは心配ないと言い切り、「まずは自分たちの身の安全を考えろ」と(わず)かに声を(あら)げた。

「短くとも半月の潜伏(せんぷく)期間がある。ワクチンの効果には個人差があるが、10日前後で抗体ができ始める。十分な効果を見込めるかは五分五分だが、ないよりはましなはずだ。」

「……何かあったのか?」

「いいから黙って聞け。」

今度は視線すら寄越(よこ)さない。チラリとリーザに(うかが)ってみるが、彼女もまたオッサンの意を()むようにと黙って首を振るだけだった。

「遺跡に入るとそこかしこに悪魔の像がある。台座には古い言葉で『監視者』と書かれてあるらしいことは分かったが――――、」

その後も延々(えんえん)とオッサンの講義は続いた。

「注意してし過ぎることはない。」

「まあ、確かにな。」

本業の方ではそれが当然だった。それを、真剣な目付きで語るオッサンを見るていると改めて、コッチ側の世界に向いていない人間なんだと気付かされる。

 

講義が終わったのか。オッサンは急に黙り、叱りつけられた飼い犬のように力無く目を伏せた。

「どうしたよ。終わったのか?そんなら俺たちは行くぜ?」

「……お前たち、」

その声色もまた、それまでのつらつらと語っていた講義口調とは打って変わり、分かりやすいくらいに歯切れが悪くなっていた。

「大丈夫か?」

明らかに俺の視線を避けている。眉間(みけん)には薄っすらと(しわ)が寄っているようにも見えた。そうして、目の前に俺がいることなんて忘れてしまったかのような大きな溜め息を()くと、(おもむろ)に立ち上がり、自分の作業場へと帰ろうとしていた。

「……いいや、何でもない。気を付けて行ってこい。」

その背中はやはり、疲れて見えた。

「おう。」

直前の沈黙が何を意味するのか。さすがの俺でもそれを(さっ)することぐらいはできる。やっと口を開いたリーザの激励(げきれい)も、俺の憶測(おくそく)肯定(こうてい)しているらしかった。

「エルク、無事に帰ってこようね。」

「当然だろ。どんな修羅場(しゅらば)でもゴキブリのように生き残ってきた男だぜ?俺は。」

その例えがツボに(はま)ったらしく、彼女はしばらく俺を「ゴキブリさん」と呼んで笑っていた。

 

 

オッサンは俺たちと何かを天秤(てんびん)にかけた。

 

そして、俺たちを巻き込む方を選んだ。だがそれはオッサンの本意じゃない。状況がオッサンに強要したんだ。

一つは俺が強情にも首を突っ込んできたから。もう一つは、何かに切迫(せっぱく)していたからだ。誰かに脅迫(きょうはく)されたか。単にタイムリミットが迫っているかは知らないが。

 

どうやらようやくオッサンたちの事情に食い込むことができたらしい。

 

その「苦渋(くじゅう)の決断」は、裏を返せば「千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンス」を意味している。

遺跡の調査に行き詰っていたオッサンたちにとって、俺たちの漂流(ひょうりゅう)皮肉(ひにく)にも「助け舟」になろうとしているってわけだ。さらに付け加えるのなら、それは俺たちにとっても後々良いように働くかもしれない。

これは本当に俺の勘でしかないが、オッサンたちは俺が「何か」を持ち帰って来るのを期待している。それは十中八九、『復讐』のために必要なモノだ。

……兵器か。もしくはそれに(じゅん)じる化け物か――――。

 

オッサンの小さな背中を見届け、俺たちは色々な問題の始末をつけるために遺跡へと向かった。

 

 

 

 

「この薬、本当に効くのね。」

俺たちは大して不快に感じないが、パンディットはこの(コウモリ)対策にもらった薬の臭いが(ひど)く気に入らないらしい。いつもならリーザにピッタリとくっついているヤツが近付けば近付くほど逃げ回っていた。

「ごめんね。」

言いながら彼女はイタズラっぽく笑っていた。

 

程無くして俺たちは何の障害もなく、遺跡の入り口に辿(たど)()く。

「森の中にある遺跡」ということで、(しげ)る木の枝や転がる岩なんかで見つけにくいと思っていたが、()()は行き届いているらしく、それは堂々と姿を(さら)し、待ち構えていた。

どうやら背後にそり立つ岩山をくり()いて造られているらしく、入り口こそ人工物らしい門構えをしているが、その先はスッポリと岩山に埋まっている。全貌(ぜんぼう)把握(はあく)することができないだけに攻略の難しいタイプだ。

「手伝おうか?」

そうであろうとなかろうと、バカ正直に正面から突っ込む前に「関係者」が使うだろう隠し通路の有無(うむ)を確認しなきゃならない。当然、オッサンたちもやっているだろうが、念のためってやつだ。

「……そうだな。じゃあ、あっちを見てきてくれねえか?なんか違和感のあるものを見つけたら教えてくれよ。ああ、でも間違っても触ったりすんなよ。罠かもしんねえから。」

結果、辺り一帯を探してみてもそれらしいものは一切見当たらなかった。万が一のことも考えてパンディットに、山の裏側や切り立つ山肌まで調べさせたが、それでも収穫(しゅうかく)はない。

正真正銘の一本道ってことだ。

そうなると、これが「()()()()()()()()()()()()()()()()」でない限り、中にある仕掛けの(たぐい)には必ず回避手段があることになる。

無事に帰るという約束を守れるか守れないかは俺の技量次第ってことだ。

 

オッサンたちは「もしもの可能性」を気にし過ぎたんだろう。(いく)つかのポイントで火薬やツルハシを使ったような跡があった。

しかし、この岩山自体に何らかの細工が(ほどこ)してあるようで、オッサンたちの目論(もくろ)みはどれも失敗に終わっていた。

俺も『炎』で試そうとしてみたが、これも遺跡の仕掛けが邪魔をしているらしく、篝火(かがりび)以上の『力』を出すことができなかった。するとリーザが、遺跡の仕掛けについて何か知っているらしいことを口にし始めた。

「でもね、魔法とも違うような気がするの。」

「それも墓守たちからの情報か?」

「ううん。……私も詳しくはないから、絶対になんて言えないんだけど。魔法ってその人の『心』が少しは通ってるものだと思うの。でも、この遺跡にはそれがない。その代わりに、もっと別のもので満たされてる。」

「別の?」

()らず()らず彼女の『力』が見たものに関心を抱いてしまう自分に嫌気が差しつつも、聞いてしまったものの答えくらいは聞いておくことにした。

「……すごく言葉にしづらいんだけど、これはもっと……、ガラスみたいな、ツルツルに(みが)かれた……透明な『怒り』みたいなの。」

「それって、普通の感情と何が違うんだ?」

「うーん……、例えば人の心が文字でできた文章みたいなものだとしたら、これは数字だけがたくさん、たくさん並んでる感じ。意味は分からないけど。だけど求めてる答えはピッタリ言い当ててる。……って言えば分かってもらえるかな?」

「要は機械的ってことか?」

育った環境のせいか。リーザは科学(そっち)の方面に(うと)いみたいだし、そもそも「機械」って言葉のニュアンスが理解しづらいんだろう。

「うん。多分、そんな感じ。」

「機械化されながらも魔法のような効果を(そな)えた遺跡」それが本当なのだとしたら、俺にとっては未体験の領域だ。

対処法が分からないし、当てずっぽうにして最悪の結果を生みかねない。それならヘタに対処するよりも全部の罠をバカみたいに正面から受け止めた方がマシって可能性もある。

シュウがいてくれたらあるいは回避のしようがあったのかもしれねえけど……。

 

自分の技能ではどうしようもないと分かると途端に、罠やらなんやら難しいことを考えるのがバカらしく思えてきた。

正面から突入して全部ブッ壊す。……それができたらどんなに楽か。

「それにしても、不気味なくらいに何にもしてこねえな。」

昨日は入り口近くで引き返したにも(かか)わらず10体近くの墓守が襲ってきた。それなのに今日は遺跡の目の前であちこち()ぎまわっていてもその気配すら臭わせねえ。

「誘い込まなきゃ勝てないって分かったのよ。」

またいつの間にか彼女は、何処(どこ)かから俺たちを見ているであろう奴らの声を聞いたらしい。迷いなく言い捨てた。

「……無理、してねえよな?」

『悪夢』で手一杯の俺にとって、他人の死体に心が残っていようといまいと、大して気にしない。もしかすると彼女もそうなのかもしれない。それでも、彼女にとって「心のある死体」は生きている人間と大した違いはない。

そして俺たちはこれからそれを何十体と殺さなきゃならない。

子どもにポルノを見せてしまうような不安が俺の胸にモヤモヤと浮かんで落ち着かなかった。

「大丈夫よ。ロリコンほどのショックはないから。」

「……おい、ヤめろよ。マジで。」

「ウソよ。私、そんなことでエルクを嫌いになったりはしないから。」

「そういうフォローもいらねえよ。」

彼女はまた微笑(ほほえ)み、一歩前へ進み出ると、導きの光を(そそ)ぐ女神のように力強い手を俺に差し出した。

「行こう。」

そこへ(すべ)()ませると、俺たちの手はパズルのピースのように隙間(すきま)なく重なった。

 

こんな時にそんなことで喜んでいる自分が、なんだか(たま)らなく恥ずかしくも感じられた。

 

 

 

 

 

――――至る……(アーク)欠片(かけら)……至る……我が鈍色(にびいろ)郷愁(きょうしゅう)――――

 

 

炎と魔女が遺跡の土を踏み(くだ)いた刹那(せつな)。戦場の記憶を再生する石の囚人(しゅうじん)が、静かに息吹(いぶ)いた。




※墓守(はかもり)=ゲーム中のマミーのこと。

※強心剤
弱った心臓の働きを一時的に、強制的に活性化させる薬です。これを使うことによって、内臓各部に必要量の血液を送ることができますが、健康な人が使うと血圧の異常上昇から呼吸困難、嘔吐などの副作用を引き起こしてしまうようです。

※病原体(ウイルス、細菌、真菌)
病原体は病気を引き起こす物質の総称です。これを大きく分けるとウイルス、細菌、真菌です。中でも、ウイルスは感染者の細胞に寄生して増殖するため、ウイルスを直接攻撃することが難しく、感染後の治療が難しいようです。予防が肝心!!
後者2つには、有効薬が豊富にあるみたい。

※ワクチン
ワクチンの種類にもよると思いますが、接種後10日くらいで体内に抗体ができ、ひと月後くらいから本領を発揮するみたいです。
ちなみに、今回のワクチン。博士が独自に開発したものではなく、既存のワクチンを島の外から仕入れています。
遺跡の調査も外から人員を確保していました。

※準じる(じゅんじる)
あるものを基準にして同等の価値をもつこと。水準を満たしているもの。

※ツルハシ
ピッケルは雪山登山で多目的に使用する、形はつるはしに似ているが用途が違う。
つるはしは、固い地面やアスファルトを砕くためのもの。

※篝火(かがりび)
野外で使われる照明の一つ。鉄製の篝篭(かがりかご)に火を点したもの。松明の固定版。夜間の見張り台に設置されてるやつ。マッチより大きくてキャンプファイヤーより小さい火。中途半端!!

※科学技術
多分、エルクの生きる時代には指紋や網膜、声紋による認証(生体認証システムといいます)なんてレベルの科学技術はないと思います。僕たちの歴史に照らし合わせるとしたら、大正時代辺りでしょうか。
昭和50年代で指紋認証が一部の事務作業において確立していたらしいです。
……あー、でもキメラとかつくれるくらいだし。大正どころじゃないか(笑)
まあ、雰囲気は戦時中だと思って頂ければ助かります。

※穴をあける
感じにすると「開ける」が正しいらしいのですが、思わず「空ける」を使いたくなりません?(ただの独り言です(*´∇`*))

※鈍色(にびいろ)
濃い灰色のこと。平安時代には「喪に服す色」の意味もあったようです。
刃物などの切れ味が悪くなった時の「鈍(にぶ)る」という言葉が語源になっていることもあり、現代では武器、兵器などをさすこともあるようです。

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