炎と魔女の寝静まる深い夜。彼らの来訪に
「キサマ、わざとリアを遺跡に近付けさせたな?」
「エルクは優秀な賞金稼ぎです。結果がどうであれ、彼の助けは絶対に必要だった――――」
言い終わるよりも早く、初老の男はメガネの男を殴り飛ばしていた。倒れ込む男に馬乗りになり、黙々と殴り続けた。
もう一人、そこには大柄なスキンヘッドの男がいたが、部屋の入り口から外を見遣るばかりで、二人の遣り取りに割って入るような様子は見せない。
「リアは、お前たちには渡さんぞ。」
初老の息は上がり、殴る拳からは血が流れていた。
「……アナタは何のためにあそこを抜け出したんだ。あの腐った悪魔たちを一人残らず、皆殺しにするためでしょう?」
「……」
「僕の息子はもう、この世にいないんだ。アナタのせいで。」
男はずれたメガネを直すこともせず、向けられる視線に
ナイフを突き付けるように
「……五年待った。エルクなら目当てのものを持ち帰ってくれる。連中はまだ勘付いてない。僕たちはこのチャンスに賭けるしかないんです。」
初老の奥歯がギシリと音を立てる。
「アナタの気持ちは分かる。でも、僕らの怒りは収まった訳じゃないんだ。」
「……」
初老の男は無言で立ち上がると、一言も言い返すことなく乱暴に扉を押し開け、夜の闇に消えていった。
「特別な人間なんていない。どこかで、誰かが死んでるんだ。」
スキンヘッドの手を借りて立ち上がる小柄な男は、殴られた頬を
「これを持って行け。」
翌朝、目を覚ますと、オッサンは幾つかの薬品と
「森に入ったらこの
「……どうしたんだよ。今朝はバカに親切じゃねえか。」
「……」
何を言い返すでもなく、オッサンは俺をジットリと
「リアにはもう
リアはまだ疲れて寝込んでいる。様子を見に行こうとすると、オッサンは心配ないと言い切り、「まずは自分たちの身の安全を考えろ」と
「短くとも半月の
「……何かあったのか?」
「いいから黙って聞け。」
今度は視線すら
「遺跡に入るとそこかしこに悪魔の像がある。台座には古い言葉で『監視者』と書かれてあるらしいことは分かったが――――、」
その後も
「注意してし過ぎることはない。」
「まあ、確かにな。」
本業の方ではそれが当然だった。それを、真剣な目付きで語るオッサンを見るていると改めて、コッチ側の世界に向いていない人間なんだと気付かされる。
講義が終わったのか。オッサンは急に黙り、叱りつけられた飼い犬のように力無く目を伏せた。
「どうしたよ。終わったのか?そんなら俺たちは行くぜ?」
「……お前たち、」
その声色もまた、それまでのつらつらと語っていた講義口調とは打って変わり、分かりやすいくらいに歯切れが悪くなっていた。
「大丈夫か?」
明らかに俺の視線を避けている。
「……いいや、何でもない。気を付けて行ってこい。」
その背中はやはり、疲れて見えた。
「おう。」
直前の沈黙が何を意味するのか。さすがの俺でもそれを
「エルク、無事に帰ってこようね。」
「当然だろ。どんな
その例えがツボに
オッサンは俺たちと何かを
そして、俺たちを巻き込む方を選んだ。だがそれはオッサンの本意じゃない。状況がオッサンに強要したんだ。
一つは俺が強情にも首を突っ込んできたから。もう一つは、何かに
どうやらようやくオッサンたちの事情に食い込むことができたらしい。
その「
遺跡の調査に行き詰っていたオッサンたちにとって、俺たちの
これは本当に俺の勘でしかないが、オッサンたちは俺が「何か」を持ち帰って来るのを期待している。それは十中八九、『復讐』のために必要なモノだ。
……兵器か。もしくはそれに
オッサンの小さな背中を見届け、俺たちは色々な問題の始末をつけるために遺跡へと向かった。
「この薬、本当に効くのね。」
俺たちは大して不快に感じないが、パンディットはこの
「ごめんね。」
言いながら彼女はイタズラっぽく笑っていた。
程無くして俺たちは何の障害もなく、遺跡の入り口に
「森の中にある遺跡」ということで、
どうやら背後にそり立つ岩山をくり
「手伝おうか?」
そうであろうとなかろうと、バカ正直に正面から突っ込む前に「関係者」が使うだろう隠し通路の
「……そうだな。じゃあ、あっちを見てきてくれねえか?なんか違和感のあるものを見つけたら教えてくれよ。ああ、でも間違っても触ったりすんなよ。罠かもしんねえから。」
結果、辺り一帯を探してみてもそれらしいものは一切見当たらなかった。万が一のことも考えてパンディットに、山の裏側や切り立つ山肌まで調べさせたが、それでも
正真正銘の一本道ってことだ。
そうなると、これが「
無事に帰るという約束を守れるか守れないかは俺の技量次第ってことだ。
オッサンたちは「もしもの可能性」を気にし過ぎたんだろう。
しかし、この岩山自体に何らかの細工が
俺も『炎』で試そうとしてみたが、これも遺跡の仕掛けが邪魔をしているらしく、
「でもね、魔法とも違うような気がするの。」
「それも墓守たちからの情報か?」
「ううん。……私も詳しくはないから、絶対になんて言えないんだけど。魔法ってその人の『心』が少しは通ってるものだと思うの。でも、この遺跡にはそれがない。その代わりに、もっと別のもので満たされてる。」
「別の?」
「……すごく言葉にしづらいんだけど、これはもっと……、ガラスみたいな、ツルツルに
「それって、普通の感情と何が違うんだ?」
「うーん……、例えば人の心が文字でできた文章みたいなものだとしたら、これは数字だけがたくさん、たくさん並んでる感じ。意味は分からないけど。だけど求めてる答えはピッタリ言い当ててる。……って言えば分かってもらえるかな?」
「要は機械的ってことか?」
育った環境のせいか。リーザは
「うん。多分、そんな感じ。」
「機械化されながらも魔法のような効果を
対処法が分からないし、当てずっぽうにして最悪の結果を生みかねない。それならヘタに対処するよりも全部の罠をバカみたいに正面から受け止めた方がマシって可能性もある。
シュウがいてくれたらあるいは回避のしようがあったのかもしれねえけど……。
自分の技能ではどうしようもないと分かると途端に、罠やらなんやら難しいことを考えるのがバカらしく思えてきた。
正面から突入して全部ブッ壊す。……それができたらどんなに楽か。
「それにしても、不気味なくらいに何にもしてこねえな。」
昨日は入り口近くで引き返したにも
「誘い込まなきゃ勝てないって分かったのよ。」
またいつの間にか彼女は、
「……無理、してねえよな?」
『悪夢』で手一杯の俺にとって、他人の死体に心が残っていようといまいと、大して気にしない。もしかすると彼女もそうなのかもしれない。それでも、彼女にとって「心のある死体」は生きている人間と大した違いはない。
そして俺たちはこれからそれを何十体と殺さなきゃならない。
子どもにポルノを見せてしまうような不安が俺の胸にモヤモヤと浮かんで落ち着かなかった。
「大丈夫よ。ロリコンほどのショックはないから。」
「……おい、ヤめろよ。マジで。」
「ウソよ。私、そんなことでエルクを嫌いになったりはしないから。」
「そういうフォローもいらねえよ。」
彼女はまた
「行こう。」
そこへ
こんな時にそんなことで喜んでいる自分が、なんだか
――――至る……
炎と魔女が遺跡の土を踏み
※墓守(はかもり)=ゲーム中のマミーのこと。
※強心剤
弱った心臓の働きを一時的に、強制的に活性化させる薬です。これを使うことによって、内臓各部に必要量の血液を送ることができますが、健康な人が使うと血圧の異常上昇から呼吸困難、嘔吐などの副作用を引き起こしてしまうようです。
※病原体(ウイルス、細菌、真菌)
病原体は病気を引き起こす物質の総称です。これを大きく分けるとウイルス、細菌、真菌です。中でも、ウイルスは感染者の細胞に寄生して増殖するため、ウイルスを直接攻撃することが難しく、感染後の治療が難しいようです。予防が肝心!!
後者2つには、有効薬が豊富にあるみたい。
※ワクチン
ワクチンの種類にもよると思いますが、接種後10日くらいで体内に抗体ができ、ひと月後くらいから本領を発揮するみたいです。
ちなみに、今回のワクチン。博士が独自に開発したものではなく、既存のワクチンを島の外から仕入れています。
遺跡の調査も外から人員を確保していました。
※準じる(じゅんじる)
あるものを基準にして同等の価値をもつこと。水準を満たしているもの。
※ツルハシ
ピッケルは雪山登山で多目的に使用する、形はつるはしに似ているが用途が違う。
つるはしは、固い地面やアスファルトを砕くためのもの。
※篝火(かがりび)
野外で使われる照明の一つ。鉄製の篝篭(かがりかご)に火を点したもの。松明の固定版。夜間の見張り台に設置されてるやつ。マッチより大きくてキャンプファイヤーより小さい火。中途半端!!
※科学技術
多分、エルクの生きる時代には指紋や網膜、声紋による認証(生体認証システムといいます)なんてレベルの科学技術はないと思います。僕たちの歴史に照らし合わせるとしたら、大正時代辺りでしょうか。
昭和50年代で指紋認証が一部の事務作業において確立していたらしいです。
……あー、でもキメラとかつくれるくらいだし。大正どころじゃないか(笑)
まあ、雰囲気は戦時中だと思って頂ければ助かります。
※穴をあける
感じにすると「開ける」が正しいらしいのですが、思わず「空ける」を使いたくなりません?(ただの独り言です(*´∇`*))
※鈍色(にびいろ)
濃い灰色のこと。平安時代には「喪に服す色」の意味もあったようです。
刃物などの切れ味が悪くなった時の「鈍(にぶ)る」という言葉が語源になっていることもあり、現代では武器、兵器などをさすこともあるようです。