辺りは――――少なくとも俺の目の届く範囲では――――変わらず
スラムやアンダーグラウンドのように、空気に
「どうしたの?」
俺の胸騒ぎを感じ取ったリーザが立ち止まり、振り返る。俺は二人をその場に残し、木々を
「あそこが例の遺跡か。」
この島に流れ着いて
その中でも鍛冶屋のオールドマンから聞いた警告が最も印象的だった。
「この奥にある遺跡には怪物が棲んでるからできることなら近寄らない方がいい。僕らは村人が不用意に近付かないように。村に
全てが嘘とは言わない。だが、それはあまりにも「言い訳」
それは、「遺跡を守っている」という村人の言葉の裏に感じた「村を守っている」という本音。それとは正反対のニュアンスだ。
やっぱりコイツらの後ろには誰かがいる。
「遺跡の正体」を知っていて、それを利用しようとしている誰かが。
「遺跡の化け物ってのは今までにも村を
「僕らが来る前に何度かあったって聞いているよ。でも、月明かりのない
「被害は?そっからある程度は予測できるだろ?」
「当然そう思うだろ?でも、残念ながら圧倒的に情報が足りてないんだよ。」
「何だよ。キレイに片されてたのかよ?」
だが、弟の口から返ってきた言葉は何とも煮え切らない答えだった。
「中途半端なんだよ。」
「どう中途半端なんだよ。」
――――その晩に起こった事件の被害は成人男性が十数人。
その他の村人に被害はなかった。というよりも、襲われたこと自体気付かなかったのだという。村人たちは皆、魔法でも掛けられたかのように朝までグッスリ眠っていたという。
村人が目を覚ますと男たちの姿がなく、彼らの部屋には森の
土と枝だけで森の獣に焦点を合わせるのは
現に、襲撃者の
村の門を任された番犬でさえ、だ。
少なくとも野生動物の
森をザッと見てきた感じ、肉食の
犯人は人間だ。もしくは人間に飼い慣らされた『化け物』。
魔法で人間だけを眠らせることはできる。ただし、それこそ化け物のような精神力と経験が必要になる。「眠りの雲」で村全体を包むよりも何倍も精神的疲労は大きい。
それだけの労力を
もしも結論を「遺跡の呪い」に落ち着かせるなら、
それと誤解するような
そう考えると確かに「中途半端」だ。
話を聞いた限りでは、途中で邪魔が入ったというような感じはない。何にせよ、「姿」だけは隠し通したんだから一流であることには違いない。
……そうか。
その中途半端さが村人たちに
だから遺跡への
だとしたら、弟たちは?
この島と外とを行き来していることや言葉の選び方から、単なる刀鍛冶じゃないことは間違いない。遺跡への関心は強いように思える。だが、立場によっては敵になるかもしれない俺に平気で遺跡や村の情報を
もしかすると、「遺跡」は部外者を
敵勢力に情報を漏らさないために敢えて情報管制の厳しい
その内容は、人間を使った生物実験。……そう、俺やリーザをドン底に
5年間も
疑うことはこの仕事において欠かせない手順の一つだ。だが、確証がない内は自分自身で仕掛けたトラップにもなりかねない。
「信じるか」、「疑うか」。こればっかりは、たかが5年程度の実績しかない俺にも荷が重い。それこそシュウのような本物にしか「真実」は見抜けない。俺にできることはこれまでと同じように「候補」を
しかし、今はそれがかつてない程に
「それでも、おそらくだけれど、本当に居るんだよ。」
「遺跡の怪物がか?だったらアンタらだけここに
怪物相手に人間の武器やトラップがどこまで通用するかは分からないが、前例がないのも事実。「やってみないと分からない」と言うのなら、それもまた正しい答えの一つと言えなくもない。
だが、それも実績や経験あっての話だ。全くの素人相手なら俺一人だって何をされても返り討ちにする自信がある。
「そう見えるのかい?『炎』の賞金稼ぎにそう言ってもらえるなんて光栄だね。だけど、残念ながら僕らに君たちのようなプロの技術はないよ。」
「意味分かんねえな。じゃあ何でなんだよ。」
「確かに、実際に怪物が動き出したら僕らにできることは何もないだろうね。でも、そういう原因を作らせないためになら僕らにだってできることはあるだろ?現に僕らが関所になることでこの5年間、島は実に
遺跡への接触を断つこと。それもまた、もっともな理由に聞こえる。だがそれは同時に弟たちにとっても都合の良い話だ。
弟が、何も知らない
表向きの素性を信じるのなら、この島へは「生き延びるため」に逃げ込んでいるはずなんだ。それでもしも、弟たちがシロだって言うのなら、拾った命を正体不明の怪物たちに
そうやって
その矛盾から嘘へ。嘘から本音へ。
――――遺跡の問題を解決してくれたなら君たちの問題も僕たちが解決してあげよう――――
導かれる本音の先にあるものが、弟たちを限りなくクロに見せる。
コイツらは何者かの――――それはもちろん、ヴィルマーのオッサンも含まれる――――指示で「遺跡の監視」もしくは「調査」を任されている。
それも、応援の
「非戦闘員」なんて言っちゃいるが、人間、皮一枚
……鍛冶屋に科学者。
それぞれに『表向き』の理由はある。けれど――――、
世界の片隅に
もしも、その相手が世界の情勢に大きく
「隠れ潜んでいる」のはあくまでも演技。裏では「未知の
……なのかもしれない。
いくら世間が
だからあれもこれも俺の
とりあえずは、遺跡については警戒以上の意識は置かない。俺がすべきことはあくまで、当初の目的に集中すること。
「船……、どうすっかな……。」
そうは言ってみたものの、何も浮かんでこない。……どうやら俺は自分の手で自分の足を引っ張ているらしかった。
「遅かったな。」
村に帰り着く頃には太陽が空を
「おじいちゃん、ただいま!」
一見、
けれど、
「オッサン、何でわざわざ俺たちを鍛冶屋まで行かせたんだ?」
「……何を言っとるのか分からんな。」
その言い方は俺を試しているようにしか聞こえない。
「……何でもねえよ。」
リアを想う気持ちに嘘がないのだとしたら、リアをそこから救い出そうとしてこんな島にまで逃げてきたのだとしたら。そう思うと、俺はまた自分の仕事に専念することができなくなってしまっていた。
多分、
「早く入れ。飯が冷めてしまうだろう。」
「……ワリぃな。」
――――――――俺にはできない。
リアをこっち側の世界に
誰も、救わない。誰も彼も、巻き込んでしまう。何もかも
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、お休み!」
「ああ、お休み。」
オッサンの家で世話になり始めて三日目。俺たちは初めて四人で食卓を囲んだ。リアとリーザが中心になって場を
食事も済み、少女の笑顔に見送られて俺たちは自分たちの
「四人分となると、明日の分の食材が足りん。悪いが明日、リアと一緒に調達しておいてくれ。」
オッサンはそれ以上のことは言わない。俺たちのことは認めてくれてはいるが、俺たちに
当然だ。こんな島に流れ着いてしまうような連中の抱える問題が、リアの生活に悪影響をもたらさないはずがない。
「オッサンは何してるんだよ。」
「ワシにはすることがある。」
「……そうかよ。」
「日が沈むまでには帰ってくるんだぞ。」
……何か、行動に移さなきゃならない。
このまま静かにしてれば片付いてくれるような問題でもない。……なんとかしなきゃならねぇんだ。奴らがここを嗅ぎつける前に。少しでも早く。
「ああ、分かってるよ。」
一か八か、海を渡るか?
オールドマンたちのような確立した手引き。もしくは、少なくとも
「エルク……。」
振り返ると、金髪の
「どうしたんだよ。体調でも悪いのか?」
「エルクは……私を頼らないのね。」
「……」
そんなつもりはない。むしろこれまで、リーザたちの機転の
俺が彼女に「相談」しないのは俺が無意識に彼女の『力』を
シャンテの時だって、俺は知らない内に彼女の『耳』を頼りに奴がクロかシロかを判断しようとしていた。
オッサンが、不器用なりにリアをそういうモノたちから護ろうとしているんだって分かった時、俺は自分のしていることに矛盾を感じたんだ。
俺は彼女を黒服から護ろうとしているのかもしれない。でもその反面、どんな形であれ、俺は彼女を黒服たちと同じような『道具』として彼女を使っているような気がしてならなくなったんだ。
「そう思ってくれるエルクは、私好きだわ。でも、力になれるのに頼ってもらえないのは辛いわ。」
俺の想いは伝わってる。全て。でも、それでも俺たちは食い違う。それは――――。
「俺は……、俺たちは『化け物』だけど、『化け物』になりたかった訳じゃねえ。」
あの『悪夢』の中の女の子も。
「それでも俺がこの『力』を使って生き延びてきたのは、この『
アレがこの世界と結びついている確証はない。それでもあの子は逃げ続けている。あんな姿になっても。俺の『炎』の中で。
そして奴らは、ソレを無視して生きていけない俺の性格をよく知っている。俺はあの子の名前さえ思い出せないのに。
「記憶は断片的だし、連中の顔なんて誰一人憶えちゃいない。俺には向こうから見つけてもらうことしかできないんだ。」
「それで、どうしてエルクは私を頼っちゃいけないの?」
「……恥ずかしい話だけどよ。リーザに力を借りようって考えると、どうしてもその『力』のことが一番に浮かんじまうんだ。」
「それはそんなにいけない事なの?私だってこんな乱暴な『力』を「好き」だなんて言わない。でも、こんな『力』、使わなかったらただの『毒』だわ。」
――――そうだ。俺たちが食い違っているのは、俺が心の
「言っただろ?『化け物』に生まれたかった訳じぇねえって。俺はリーザを黒服からも、『化け物』からも護れる人間になりてえんだ。」
「エルクがしてることと、私がしたいこと。……何が違うの?」
「……これ以上は上手く言えねえ。でも、俺はリーザを、護りてえんだ。」
野鹿は一歩
「エルクが私を頼ってくれないなら、私は私のやり方でアナタを護るわ。」
多分、今の俺なんかよりも何倍も成果を挙げられるに違いない。それでも俺は、リーザに『
俺はもう手遅れなんだ。でもリーザは違う。わざわざこっち側で生きる必要なんか少しもないはずなんだ。
「好きにすればイイよ。ただ、俺の足手まといにだけはなんなよ。」
「……うん、そうする。」
俺は逃げるようにベッドに
※アンダーグラウンド=英語の意味としては「地下」ですが、それ以外にも色々と付け足された意味があるようです。今回は「非合法」や「裏社会」という意味を採用して……、まあ、簡単に言えばマフィア屋さんたちのような人たちがお世話になるような世界だと思ってください。
地下闘技場や奴隷市がはびこっているようなやつね。
※早計(そうけい)=十分な考えもなしに判断を下すこと。早合点。
※ブラフ(bluff)=はったり。ごまかし。(主に、賭け事の際に使う言葉みたいです)
「囮」や「罠」みたいな意味で使いましたが、それならどっちかっていうと「ダミー」や「トラップ」、「デコイ」の方が正しいみたいです。
例のごとくニュアンス重視です(笑)
※管制(かんせい)=国家またはそれに類する組織が必要に応じて特定の事柄を強制的に管理、制限すること。
ここでの「情報管制」は「情報の取得や要求が制限されている」つまり、ヤゴス島は何処からも干渉を受けない天然の実験場とでも取ってもらえれば助かります。
※焦燥い(もどかしい)=思い通りにならずはがゆいと感じること。苛立つこと。
本来は「擬い」と表記するみたいなんですが、意味が伝わりにくいような気がしたので、過去に用例のある「焦燥い」を採用しました(^o^)b
※「魔法で人間だけを眠らせる方法」
本文に載せられなかったことが悔しかったので、ここで発散させてもらいます。
生き物には「可聴域(耳で認識できる音程の幅)」や「可視域(目に見える色の幅)」など知覚できる領域があります。このお話での魔法は、その領域に働きかけることで種族や性別、個人までも特定して施術することができるのです。
……たったこれだけですけど、「なんかこれ頭イイんじゃね?」って感じになったので書かずにはいられなかったというか(笑)