聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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捕食者たちの私室 紅 その三

『……そこに、アンデルがおるらしいな。』

 

()()いだ侍女(じじょ)が状況を説明したのだろう。電話口からはいつにも増して重たく、腐臭(ふしゅう)を放つ声が俺の耳を溶かしにかかる。

『全くの予想通りだな。わざわざワシの留守中(るすちゅう)に上がり込むとは(いや)らしい奴だ。』

先に用件を言わないところをみるに、大臣の来訪(らいほう)有無(うむ)を確認するために寄越(よこ)した電話のようだった。

「直接お(うかが)いしたいとのことでしたので、客間(きゃくま)にてお待ち頂いております。」

()えて電話の相手が分かるような返事をしてみるが、極東(きょくとう)の客人に表情を変える様子は微塵(みじん)もない。

奴もまた、この電話そのものを予想していたらしい。

 

二人とも、お互いの出方(でかた)大凡(おおよそ)見当(けんとう)をつけていたということだ。

そうやって身内の腹の探り合いや利用法を模索(もさく)し合っているのだろう。

特に、四将軍の中でもこの二人はそういった智略縦横(ちりゃくじゅうおう)気質(きしつ)()んでいた。

他に抜きん出たその能力を持っているが(ゆえ)に「世界の実権掌握(しょうあく)」以外の重要な任務を王から拝命(はいめい)されるくらいに。

しかし、組織内で毛色(けいろ)の異なる智将(ちしょう)が二人いるということは、()けがたい衝突を生み出す「弊害(へいがい)」とも言えた。

王の目に()まるような醜態(しゅうたい)こそ(さら)してはいないが、水面下で行われる二人の争いでは俺たちのような配下や奴隷(にんげん)がその(わり)()っている。

しかし、それでなんとかその場を(おさ)めることができている。それが現状だ。

 

だが、(くさ)っても『智将』。本来の目的は着実(ちゃくじつ)達成(たっせい)しつつある。それこそ「見事」としか言いようのない手際(てぎわ)で。その上で、互いの目の前をハエのように飛び回っている。

直接手を出すことのできる者の目に留まるほどのミスを(さそ)うように。

 

『……どうやらお前はまだワシの側におるようだな。』

受話器から奴の一部が(ただ)れ落ちる。

 

この男の『影』であること。それが、ここに俺の存在する「意味」。だがしかし、この身をどんなに(いじく)(まわ)してもこの男に「()る」日は永遠にやって来ない。そう思い知らされる一言だった。

「……はい。私は貴方(あなた)忠実(ちゅうじつ)な『影』でございます。」

横目で盗み見た大臣はせせら笑っていた。

所詮(しょせん)、『影』は『影』。主人の足下(あしもと)を離れるのが余程(よほど)恐ろしいと見える。そんな小物が、四将軍の一角を崩そうなどと考えるとは、まるで喜劇(きげき)のようじゃないか。」

そう言っているようだった。

 

とにかく二人の先読みには「脱帽(だつぼう)」の二文字しか浮かばない。

ともすれば「アーク襲来(しゅうらい)」も、今、「この瞬間」も何もかもが、二人の脳内にある盤上(ばんじょう)(すで)展開(てんかい)された光景なのかもしれない。いいや、そうに違いない。

「お帰りの予定は変わりないでしょうか?」

無論(むろん)だ。』

「では、そのようにお伝え致します。」

 

それでも俺が白旗(しろはた)を上げることなどない。

 

『そうしろ。あと、奴にはプランのAとDを見せておけ。後の時間稼ぎはお前に任せる。』

(かしこ)まりました。」

 

俺がこの男の濃い『影』であればあるほどに、俺はそれを貪欲(どんよく)に求める『義務』があり、『(よろこ)び』に満たされた生の謳歌(おうか)が約束されているのだから。

 

『目を離すな。』

「畏まりました。」

 

 

受話器の向こうの男はそう言って去っていった。

俺は与えられた命令のままに客人に視線を戻す。すると、ソレは既に俺を見ていた。俺への命令を挑発(ちょうはつ)するかのように。ジットリと。

「奴は、いつ頃戻る?」

「はい。18時頃には戻られるとのことです。」

随分(ずいぶん)と時間がかかるのだな。」

男は時計を見もせずにそう言った。今は14時。あと4時間、俺はコイツから目を離さず、かつ()()()()()()()()()()()()

「ですので、大臣(だいじん)退屈(たいくつ)をされないようにと2つの案件をお見せするように(うけたまわ)っております。」

「フン、良い時間稼ぎになればいいがな。」

「きっと、興味を持って頂けるかと思います。」

侍女に電話機を返し、(いく)つかの指示を出す。

 

程無(ほどな)くして、一杯の紅茶とガルアーノの指定した計画書を男の前に用意した。

「計画書」と言っても、正式な書類ではない。

無味乾燥(むみかんそう)な仕事を嫌うガルアーノが、より舞台を盛り上げるために思い付いた、それこそ遊びに分類されるもの。

そのため、手元に残る書類も、要点を箇条書(かじょうが)きにした「メモ」と呼ぶべきものしかない。しかし、ガルアーノにはそれで十分なのだ。

そして、この極東の大臣も(しか)り。受け取ると、不平の一つも(こぼ)すことなく、黙々と目を通し始めた。そうして数分。

男は、ビッシリと書き(つぶ)された2つのそれを全て把握(はあく)したらしかった。

 

「奴にしてはよく調べているじゃないか。まさか、まだあのガラクタが動いたとはな。」

「実際には、(いま)だ休眠状態にあります。ですが、アレの(かく)となる回路は無傷で保管してあります。」

この男は(かま)をかけている。

智将とまで(しょう)される「死に神」が、アレの再起動の兆候(ちょうこう)を見逃すはずがない。

無知な振りで、こちらの(ふところ)(さら)()させるつもりなのだ。

「……お前はこの件に関してどこまで把握しているのだ?」

「全てでございます。」

俺は、そんな()()けな(わな)を全て見抜かねばならない。

「ならば今一度、キサマに問おう。」

男はラクガキの一つを指して言った。

「ヂークベック……。(わし)らの天敵でもあったこれを、破壊せずに利用しようと考えたのはなぜだ?」

 

機神(きしん)『ヂークベック』。それはかつて、「勇者」と呼ばれた七人の人間を援護(えんご)するために(つく)られた、千の機械兵を統率(とうそつ)する機械(にんぎょう)

(みちび)()である勇者(かれら)()して造られた奴の性能は未知数だった。

時に、鮮やかな剣捌(けんさば)きで100の魔人を(ほふ)る超戦士。時に、五元素を自在に(あやつ)り天地を混沌(こんとん)とさせる大魔道士。

その演算力(えんざんりょく)度々(たびたび)、我々の力を退(しりぞ)け、文字通(もじどお)り、彼らのための「道」をつくっていた。それ程に、アレは完成された機械(にんぎょう)だった。

しかし、不意(ふい)(おとず)れた好機(こうき)を我々は見逃さなかった。

 

「今や、アレの『心』は不完全であるからです。」

勇者らの奮闘(ふんとう)により、我々は撤退(てったい)余儀(よぎ)なくされた。

するとアレは、役目を終えたと認識し、その機能を休眠させたのだった。

それに気付いた我々の同胞(はらから)は、アレの『集積回路(しんぞう)』を(うば)うことに成功した。

「心は(つね)に完全であろうと、弱い部分を(おぎな)おうと『欠片(かけら)』を求めて彷徨(さまよ)います。」

 

 

――――機械に『心』などない。

どれだけ優れた機械を造ろうと、数字ばかりに目を光らせる技術者連中が『(Heart)』という文字を知っているはずがないからだ。

……そう、思っていた。

神の名を(かん)する、機神(にんぎょう)のそれに触れるまでは。

 

 

我々は、奪った『心』をできる限り(こま)かく分解した。

「そして、我々はアレの『欠片』の全てを管理しております。大臣は……、」

アレが見付けやすいようにと各地に(やしろ)(もう)けた。

「……我々は今、腹を空かせたネズミとチーズを手にしております。……大臣なら、どうされますか?」

男は答えなかった。鳥の(さえず)りでも聞いているかのような(すず)しい顔で、俺の演説めいた問い掛けを聞き流していた。

もとより、答える必要などないのだ。此方(こちら)側のモノがそれを手にした時の感情(こたえ)など、その一つを(のぞ)いて他に考えられないのだから。

 

「加えて人間は、不安や恐怖の共有を趣味(しゅみ)にしているような生き物です。この(もよお)しは、そんな珍妙(ちんみょう)な生き物たちに、ピッタリのオモチャを(あた)えようという主人なりの愛でございます。」

そう、これはゲームだ。

聖櫃(せいひつ)をもって『力』を剥奪(はくだつ)された我々は、気が遠くなるほどの時を、娯楽(ごらく)の「娯」もない生の中に身を(やつ)さねばならなかった。

これは、そのウンザリする時間から()()()()()()()()()()()()()心ばかりの(おく)(もの)なのだ。

 

互いがプレイヤーになる『混乱(ゲーム)』は、一方的な『破壊(オーガズム)』よりも長く、深い味わいを覚えさせてくれる。俺もあの男も、それが好物なのだ。

だから壊さずに遊ぶ。

「あの醜悪(しゅうあく)(からだ)で『愛』を語るなど、気が狂っているとしか思えんな。」

「とんでもありません。あの方の『愛』はプロディアス市長の名に()じず、ダイヤのように(かた)()んでおります。ただ――――、」

……ただ、それだけの事なのだ。

「――――反射(はんしゃ)する光は、人によって誤解(ごかい)を与えてしまうだけなのです。」

「それが気味が悪いと言っておるのだ。」

 

極東の大臣は『(おれ)』の冗談(じょうだん)が気に入らなかったらしい。

話はまたも機械(にんぎょう)に戻った。

「アレが『心』とやらを完全に取り戻した時の対処(たいしょ)も考えてあるのだろうな。」

「はい。そのためにアミーグの『(とう)』に細工(さいく)(ほどこ)してあります。」

アミーグは、ここアルディアと(つら)なる小国。

その国で「塔」と言えば、それだけで誰にでも通じる。それほど、「神の塔」は「()()()()」として世間に浸透(しんとう)していた。

だが、辺境(へんきょう)のオーパーツとしか認識されていないその建造物が実は、この極東の死に神が立案(りつあん)した計画の一端(いったん)(にな)う「悪魔の塔」であることを、人間たちは知らない。

 

我々はそれを利用すると宣言(せんげん)した。

女神像の件を全く反省(はんせい)していないような発言をしたにも(かか)わらず、大臣はこれについて()()てるような言葉を吐かなかった。

「グロルガルデを起動させたのも、お前たちか。」

……やはり気付いていたか。

「はい、(まこと)に勝手ながら。」

 

『グロルガルデ』。ヂークベックと(つい)()すように造られた、同じ「機神」の名を冠する「対勇者抹殺(まっさつ)兵器」。「破壊王」とまで呼ばれた(すさ)まじい火力を(ほこ)りながら、それすらも上回るヂークベックに(かえ)()ちに()っている。

我々は、役目を()たせずに事切(ことき)れた(あわ)れな人形に、今一度『命』を吹き込んだのだ。

 

「対を成す」という言葉の通り、奴の『回路(こころ)』は(よみがえ)ると同時に生前の記憶に怒り狂った。

その場に居合(いあ)わせた無数の技術者を殺し、一帯(いったい)を焼け野原に変えた。猛々(たけだけ)しい咆哮(ほうこう)を上げるその(さま)はまるで、自分が『機械(にんぎょう)』であることすら忘れてしまったかのようだった。

()きの良いオモチャには、何をさせてもオモシロい。」

こちらの予想を裏切るその破天荒(はてんこう)な復活劇は、我々の「娯楽」を増々貪欲にさせてくれた。

 

 

大臣は、我々の童心(どうしん)を鼻で笑い、憐れむようにこの短い暇潰し(ゲーム)に幕を下ろした。

「そこまで手を着けているのなら、この件はお前たちに任せても良い。」

(いささ)か終わりが早いように思えた。だが……、

ボロは……、出していないはずだ。それでもこの男の目からは、「十分な情報を引き出した」というような色が(うかが)えた。

 

「それにしても……、」

続く男の言葉は、そんな俺の不安を増長(ぞうちょう)させる。

「……その『エルク』と『リーザ』といったか?余程キサマらのお気に入りのようだな。」

 

何処(どこ)にでもネズミが()いて出るように、情報の漏洩(ろうえい)は防ごうと思って防げるものではない。特に、この男には。

しかし、リーザの事ならまだしも、エルクに対する主人の執着(しゅうちゃく)に気付かれるのは想定外だった。

その(ため)に5年という歳月(さいげつ)()(しの)び、その為にリーザやヂークを用意したというのに。

 

「さぞ(あぶら)の乗った『(にく)』を()やしているのだろうな。」

 

男の顔色からそれを読み取ることはできなかった。だがその声色には、プロディアス市長をも飲み込んでしまう深く混沌とした『(かげ)』が宿(やど)っていた。

俺は、言葉の合間から(したた)る黒い(つば)に俺の耳は(つぶ)され、(しばら)くの間、思考が止まっていることにも気付くことができないでいた。




※智略縦横=頭の良い人が知恵を総動員して状況に応じた策略を自在に生み出すこと。

※割を食う=損をすること。不利な状態になること。

※オーガズム=性的絶頂、エッチのこと。ここでは、「本能的な快楽」みたいな意味でとってもらえたら十分です。

※破天荒=ちょっと前に流行ったお笑い芸人の芸風です。

※ヂークベックの機兵団
本文では機械兵を束ねているような書き方をしましたが、ゲーム中(ヤゴス島の封印の遺跡)で「死に神」や「ガーゴイル」がグロルガルデの配下であるような発言をしているところから、彼らが束ねる部隊は機械、ロボットに限定されないようです。
でも今回は、ヂークに関しては敢えてロボット縛りにしてみました。

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