聖櫃に抱かれた子どもたち   作:佐伯寿和2

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孤島に眠る従者 その五

「あ、アリューさんだ。」

村の入り口近くで、リアは大きく手を振った。すると、(むしろ)を広げてニコヤカな顔をしている中年の男がリアの挨拶に(こた)えた。

「あれか?皆の言ってた商人ってのは。」

「そうだよ。リアはね、アリューさんが持ってきてくれる物を見てるの大好きなんだ。」

少ない布地を全身に(まと)った、その商人の()()ちからは何処(どこ)となく、中東(ちゅうとう)の臭いがした。……あくまで俺の経験則(けいけんそく)だが、あそこの人間は先天的(せんてんてき)に、マフィアよりも性質(たち)の悪い思想を(いだ)いていることが多い。

 

「やあやあ、リア、久しぶりだね。また、たくさん、キレイなった、違うか?」

……考えてみれば、そんな奴がわざわざこんな辺境(へんきょう)の島にまで商売をしに来る訳がない。生物兵器の実験にしても、島民が少ないからサンプルデータも(ろく)(そろ)わないはず。

そういう意味ではこの島は「楽園」と言えなくもない。

「イテッ!」

急に耳を引っ張られたかと思ったら、リーザが(ほお)(ふく)らませていた。

「エルク、それは失礼というものじゃない?」

「ああ、ワリぃ。」

つい反射的に(あやま)っちまったが、別に口にした訳でもないのに……ちょっと釈然(しゃくぜん)としない。

 

「さぁ、リア。今日も今日とて、世界中の金品財宝、()(あつ)めてきたよ。どうぞどうぞ、ゆっくり見ていって。」

アリューは大仰(おおぎょう)に手を広げ、ピエロのように(おど)けて見せた。

「ウフフ。」

…カメラのフィルム、ラクガキ帳に色鉛筆、ぬいぐるみに動植物図鑑……。どれもちょっとした日用品ばかりだ。けれど、「財宝」を(なが)めるリアの目はキラキラしていた。

「欲しいのか?」

「……ううん。リアは見てるだけでいいの。」

いくら「謙虚(けんきょ)」を覚えたって、子どもの顔は素直(すなお)なもんだ。

「……なあなあ、オッサン。なんか(りょう)ができるような武器って売ってねえのか?」

商人の顔がやや(くも)ったが、そこは商人。客に対し、文句(もんく)も言わずに背後の風呂敷(ふろしき)から色々と出してくれた。

 

「剣、槍、弓、トラバサミ。私、仲介(ちゅうかい)だから。これくらいしか持ってない。」

こんな辺鄙(へんぴ)な村に来る商人にしては、どれも立派(りっぱ)業物(わざもの)に見えた。娯楽程度に商売している人間に思っていたが、中々どうして、キチンとしたコネクションを持っているらしい。

「そっか。じゃあ取り敢えず、これと、これと、ついでにこれも(もら)っとこうかな。」

「え?」

指差したものを見て、リアとリーザが小さく驚いた。(さっ)したアリューからは影が消え、今度はそのニコヤカな顔を俺に向けてくれた。

「……お客さん、いい人ね。これもサービスしとくよ。」

アリューは指定した商品と一緒に人数分の飴玉(あめだま)をくれた。

「ありがとよ……っあ。」

「いい人、どうしたね?」

……(ふところ)()ばそうとした手が固まり、顔中から冷や汗が出てきた。

「……あのさ、後で必ず何とかするからさ。お(だい)、ちょっとだけ待っててくれねえか?」

俺は二人に聞こえないようにアリューに耳打ちした。けれどもアリューは、俺の面目(めんもく)など関係ないと言うように()()けな笑い声を上げた。

「…アハハハハ、お客さん、カッコつけて買い物して、堂々(どうどう)文無(もんな)しか。オモシロイね。」

「ば、バカ、声がデケえって。」

高度500mからの空中遊泳(くうちゅうゆうえい)をして、こんな所まで流されてきた俺たちに「金」なんてちっぽけなものが残っているはずがなかった。

「いいよ、いいよ。お客さん、面白(おもしろ)い上に、いい人。私、気分いいから、全部、タダであげるよ。」

お前は気分が良いかもしれねえけど、俺は恥ずかしくて顔から火が出そうだぜ。(ほう)けたように俺を見るリアの視線が尚更(なおさら)居心地(いごこち)悪くさせてくれる。

 

女二人がクスクスと笑う中、大切な要件を済ませなきゃならない俺の気分は重たかった。

「……なあ、アリュー。俺たち、自分たちの国に帰りたいんだ。この島から出る方法って何か知らないか?」

アリューは「やっぱり」というような顔で、またも大仰に(うなず)いてみせた。どうやら、それが彼なりの商売道具(テクニック)の一つのようだ。

「お兄さん、やっぱり流れ者か。この島に外の人、いるのオカシイと思ったよ。」

それでも詮索(せんさく)しなかったのは、深入(ふかい)りする危険を知っているベテランだからなのだろう。

「島の西に鍛冶屋、あるよ。そこの人たち、たまにアミーグに行くよ。」

まあ、妥当(だとう)航路(こうろ)だな。

「たまにって、次はいつ出るのか知らないのか?」

「私の商売、あの人たちと一蓮托生(いちれんたくしょう)。だけど、あの人たちの仕事、気分次第。だから次、いつかは私にも分からない。」

まあ、それも当然だな。本当なら、()()()()()()()()()()ってだけでも俺には驚きなんだから。

 

さっきの刃物類はその鍛冶屋の仕事ってことか。

一見してかなりの腕だとは思うが、こんな小さな島に()を構えるくらいだ。そんなに大規模な作業場ではないはず。

そうなると、わざわざこの島で打つのは、資源目当てか?それとも、ヴィルマーのオッサンと同じく、人目を()けないといけない理由があるのか?もしくは、どこかの組織御用達(ごようたし)の鍛冶屋なのかもしれない。同業者に手が付けられないようにここに隔離(かくり)されている可能性もある。

何にしても、ただの酔狂(すいきょう)でこの島を度々(たびたび)出入りするなんて法外な真似(まね)ができるはずがない。

 

だが、目の前の商人がそんなに危険な人間に見えないという事実こそ、この悩ましい問題の答えだと思いたい。

「でも、あの人たち、いい人だから、頼めば連れてってくれるかもしれないよ。」

……信じてみるか。

「ありがとよ、アリューさん。」

俺は、彼から受け取ったスノードームをそのまま、喜びに困惑(こんわく)する少女の手に乗せた。




※筵《むしろ》=(わら)や竹を素材に編み込んだ敷物。

※トラバサミ=狩猟における、罠の一つ。ワニが口を開けたような形をしていて、踏んだものの手足に食らいついて逃がさない。

※中東
私たちの世界でいう中東とは、アラビア半島含む、周辺の国々(エジプトやイラン、イラク、サウジアラビア、イスラエルなど)を指します。
そして、ここでいう中東とは、(ロマリア、私たちでいうロシアを中心にして)バルバラードやアララトス辺りを指します。

アークの世界は配置的にも、ほぼほぼ、私たちの世界と似た姿形をしています。ただロマリアだけは、半分アメリカ、半分ロシアのような性格を持っている気がします。(私的にはロマリアの位置にアルディアがあるとシックリくるんですけれど。どうでもいいことでしょうけど(^_^;))
位置的には北アメリカ大陸で、公式販売されていたカード(アークザラッド、オフィシャルカードコレクション)の「世界の警察を自認している」という記載からはアメリカ臭がしますけど、ゲバージという列車とその情報にトーチカというロシア語が使われている辺りにはロシア臭があるような気もしないでもない。
でも、ロマリアマップにある「クズ鉄の町」にはアメリカともロシアともとれるようなスラム的光景が描かれています。
……どっちなんでしょうね?……もしかしたらドイツなのか?……分からん(@_@;)

ゲバージは、ロマリア城下と近隣都市の物流を支える巨大蒸気機関車。何となく、シベリア鉄道を彷彿(ほうふつ)とさせなくもない。
トーチカは、ロシア語で「点」の意味。軍事用語においては、小規模な防御陣営を指します。詳しくはググってくださいm(__)m

※アリューさんの衣装
中東の男性が着ている一枚布の白装束をカンドーラもしくは、ディスターシャ、と言うそうです。頭に被っている布をゴトラ、それを縛る紐をアガルと言うそうです。ただし、カンドーラにしてもそうですが、地域によって呼び方が様々あるみたいです。
アガルにいたっては、紐の素材でも名前が変わるんだとか。

ちなみに、アリューさんの正式名はアリート・ビム・ベン・マフラド。これ、ただの裏設定(笑)
もう一つちなみに、本編でアリューがエルクたちを指して「流れ者」などと言ってるけれど、これ誤用。正しくは「漂流者」。「流れ者」は当てもなく土地土地を渡り歩く人。「流浪の人」。本当にどうでもいいけど。

※戯ける=冗談をいったりしたりすること。自分自身を笑いの対象にすること。

※一蓮托生=物事の善し悪しに関わらず、運命または行動を共にすること。仏教用語としては、良い行いをした者たちが死後、極楽に咲く一輪の蓮の花の上に生まれること。(へえー)

※スノードーム=正式には、スノーグローブというそうです。主なものは半球状で、透明な容器の中に様々なミニチュアと雪に見立てたものを入れて液体で満たしています。揺らしたり、逆さまにすると中の雪が容器の中で舞い、「雪景色」を描く置物。
ペーパーウェイトとして使われることもあります。

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